ふたり・ざ・ろっく!   作:ふぁるねる

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友達コンプレックス

 

 凛に連れられて、ライブハウスの外に出る。

 

 気が付けばもう陽も落ちかけていて、僅かに残った陽光が伸びた前髪の隙間から目をさした。

 

「あ、あの、凛ちゃんと陽歌ちゃんは、仲が良いですよね。も、もう何年も友達なんですか?」

「違うよ。私たちが初めて会ったのは二ヶ月前」

「そ、そうなんですか。すごいなぁ。二人とももう、すっごく仲が良くて……。私にはそういう友達いなくて……。というか友達もいないんですけど。アハハ」

 

(たった二ヶ月であんなにお互いのことが分かるだなんて、二人ともすごいなぁ)

 

 多分こっち、と歩き出した凛の後ろを身を屈めて歩く。こんなおしゃれな街を歩くのは怖い。

 

 凛はスラっとしたスタイルで顔も美形だ。ファッションもどこかモードっぽい雰囲気があって、ベースを背負いながら歩けばまさにバンド女子という感じだ。

 

(下北ってこういう女の子がいるべきなんだよね。わ、わたしみたいな寝癖が二つもついてて、スカートも折ったことないような地味で猫背の化石みたいな女子が来るところじゃなかったんだ……)

 

 いつものように暗い想像をしていると、凛が歩きながらこちらを少し見る。

 

「私も陽歌とふたり以外に友達いないよ」

「え、そ、そうなんですか! って、え?」

 

(仲間だ!)と思ったのも束の間、凛の言葉に驚いた。

 

「わ、私も友達なんですか……?」

「ふたりは思ってないの?」

「あ、え、え、と、友達っていうのが、よく分からなくて……」

「私も分からない」

「え"」

 

(じゃあ何をもって友達と!?)

 

 友達の定義とは何だろうと何度も考えたことがある。

 脳内議論を繰り返してたどり着いた結果は、友達の定義を考えるような人間には友達などできないという悲しい結論だった。

 

「陽歌は、ふたりのことを友達だと思ってる。それは絶対」

「………………」

「一緒にいれば分かるよ」

 

 果たしてそうだろうか。

 それ以上に、これ以上一緒にいられる自信がない。

 リストバンドは結束バンドを目指すようなバンドで、ベースとドラムの二人は高校生の域を超えているように思える。

 結束バンドのメインギターとして、かつ天才ギタリストとして名を馳せる後藤ひとり。

 その妹として手腕を期待され抜擢されたにも関わらず、この体たらくでは幻滅されたに違いない。

 リストバンドに相応しいとは言えないだろう。

 

「お、お二人の友達だなんて、私には荷が重いです……」

「…………重荷を背負わせるのが友達?」

「あっ、えっ……とぉ」

「ふたりがそう思うなら、私は重荷を一緒に持ってあげるのが友達だと思う」

「一緒に……」

 

 ずっと前を歩いていた凛がこちらを振り向く。

 無表情で、クールで、かっこよくて。

 そんな凛が少しだけ微笑んだ。

 

「うん。思えばそうやって、私と陽歌は友達になったんだ」

「……わ、私、陽歌ちゃんと話してみます……!」

「うん。ほら、いたよ」

 

 凛が指差した先で、こちらに背中を向けた陽歌がぽつんと佇んでいた。

 駅前の小さな広場で肩を落として俯いているその姿を見て罪悪感を覚えてしまう。

 

 近づく足が若干重い。

 しかしゆっくりと近づいて、ふたりは陽歌に声を掛けた。

 

「あ、あの、陽歌ちゃん」

「……ふたりちゃん」

「さ、さっきはひ、ひどいことを言ってしまって、ご、ごめんなさい!」

 

 グッと頭を下げて謝る。

 怒っているであろう陽歌はどんな顔をしているのだろうか。そう思うだけで顔を上げることがとても怖い。

 

(陽歌ちゃんが傷つくことを言っちゃったことは分かるし、それは本当に申し訳ないから謝るけど……)

 

 実のところ、何にそんなに傷ついたのか、ふたりにはよく分かっていなかった。

 

 他人と大してコミュニケーションを取ってこなかった弊害だろうか。それとも性根の問題なのだろうか。

 

 いつだか姉に「人の痛みが分かる子になりなさい」と言われたことがある。

 あの頃は今のような深刻なコミュ障ではなかった。

 つまり「人の痛みが分からないような子」がふたりの根っこにはあるのだろう。

 人と話すことすらしなかった数年で、それに磨きがかかってしまったのだ。

 

(…………逃げたい)

 

 走って逃げ出して、今日一日のことを全部無かったことにして、また明日から変わり映えのない毎日を始めたい。

 そうすれば楽なはずだ。

 そして明日からはもうバンドなんてものには夢を見ず、ひたすら後藤ひとり(天才)に追いつく作業を繰り返すだけだ。

 

 これまでと変わらない日常なのにどうしてかその想像が怖くなり、俯いてグッと目を瞑る。思わず拳に力が入ってしまう。

 

「私こそ、ごめんね。突然誘ってさ、嫌々だったかもしれないのに」

「嫌なんて思ってない!」

 

 気が付けば大きな声が出ていた。

 通行人の何人かの注目が集まってしまう。

 

「すごく嬉しかった、……です。お、お姉ちゃんみたいな演奏はできないけど! でも、精一杯やろうと、そう思いました!」

「そっか。それなら良かった」

「け、結束バンドを目指すなら、私みたいな劣化版ギターヒーローは要らないかもですけど……」

 

 自分が入ってしまったのでは、姉の代役にすらならない。結束バンドとは程遠いバンドになってしまうだろう。

 

「ねえ、ふたりちゃんはギターヒーローさんみたいになりたいの?」

「え、えっと、はい、そ、そうです……」

「そっか……。その夢さ、私も一緒に見てもいい?」

「え?」

 

 姉へと至る道はこの八年間、一人で走り続けてきた。姉の動画を何度も見返し、両親やジミヘンに聞かせ、ひたすらに突き進んできた。それを一緒に、とはどういうことだろうか。

 

「ふたりちゃんの夢を叶える手伝いを私と凛の二人でするよ。その代わり、私の夢も手伝って欲しいの!」

「陽歌ちゃんの……夢……?」

「うん!」

「そ、それって結束バンドみたいになることですか?」

「それは目標! 夢は別にあるの!」

「陽歌ちゃんの夢……、き、聞いてもいいですか?」

「うーん、今は秘密だよ。でもふたりちゃんとなら叶えられるんだ。絶対!」

 

 そうはにかむ陽歌の笑顔は、やっぱり太陽みたいに輝いていてふたりにはとても眩しく見えた。

 凛の方を見ると、分かったような顔でうんと頷いていた。

 これが凛の言っていた『重荷を一緒に背負うのが友達』ということだろうか。

 

「ほ、本当に、わ、私でいいんですか?」

 

 いつも震えている声が、いつも以上に震えてしまう。

 

「ふたりちゃんが良いんだよ! ふたりちゃんとバンドがしたいの!」

 

 陽歌の叫びはふたりの胸にスッと入ってきた。

 バンドに誘ってもらえて、一緒にステージに上がって、ライブもできた。

 その上で「また次も」と言ってもらえた。

 バンドを組みたいと思ってもらえた。

 

(こんな奇跡、多分一生起こらない)

 

 たとえ後藤ひとり(天才)の妹ということがきっかけだとしても、それでもまだ必要と言ってくれるなら。

 

(絶対ムダにしちゃだめだ)

 

 意を決して飛び込もう。

 は──っと息を吐き、思い切り息を吸い込む。

 

「わ、分かりました。が、頑張ります」

「やったー! 決まりね!」

「一件落着」

「あ、ありがとうございます」

「ふたりちゃん!」

 

 名前を呼ばれて顔を上げると陽歌が涙目になりながら、ふたりに抱きついてきた。

 人と接触どころか、話すことさえ避けてきた人生だ。ふたりは咄嗟に身を交わしてしまった。

 

「あぐっ」

「ぐへっ」

「あっ」

 

 陽歌はふたりの背後にいた凛に一直線に飛び込んで行き、予期していなかった凛は勢いよく飛び込んできた陽歌受け止めきれず、二人は額同士をぶつけてしまった。

 

「あっ、あっ、ご、ごめんなさい……」

「ふたりちゃん!」

「ふたり……」

(やっ、やっぱり私要らないかも!?)

 

 二人は赤くなった額を抑えてうずくまり、ふたりのことを睨んできたため、少しだけ後悔した。

 

 

 ──────────────

 

 

 STARRYへの帰り道、陽歌は後ろを歩くふたりに聞こえないように小さな声で凛に話しかけた。

 

「……ねえ凛。ふたりちゃん、勘違いしてる?」

「うん。気付いてない。動画あるよ。PAさんがさっき送ってくれた。見る?」

 

 陽歌の思うふたりの重荷は二つある。

 まず一つは「ギターヒーローにならなくては」という過剰な思い込みだ。

 さらに、二つ目が「後藤ひとり(天才)の妹だから天才で当たり前」と期待されていると思っていることだ。

 

 二人は顔を突き合わせてスマホを眺める。

 先ほどのライブの録画だ。

 

「……やっぱり」

「まだ見せない方がいいと思う。多分、びっくりして死んじゃう」

「そこまでは──ーあるかも?」

 

 ふたりのネガティブは筋金入りだ。それに今は、少しカロリー高めの話し合いをした後だ。後ろをチラリと見ると今にも魂が口から出そうなひとりがなんとか付いてきているという感じだった。

 

「……また今度にしよう」

「了解」

「あ、あの……何を……?」

 

 疑問に思ったのだろう。ふたりが背後から声を掛けた。

 

「なんでもないよ。さ、ライブハウス戻るよ! 他のバンドの途中で抜けたわけだし、星歌姉ちゃん、めっちゃ怒ってるよ〜!」

「ひぃぃぃ」

 

 見るからに青ざめた顔になったふたりを愉快そうに笑いながら、陽歌は満足気な足取りでSTARRYへと向かった。

 

 

 

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