咲き得る枝先の華   作:rippsan

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どうも作者です。
本編書かずに何をやってんだと。
支部側で作品を読み漁り見付けたイベント創作がありましたので私も一つ筆を執ろうと思い至った次第です。
 本編では見られない若干距離感近めのトレーナーとサクラチヨノオーの一頁をお楽しみ頂ければと。

※イベントシナリオ「されば君、かなし」をベースに作成した物になります。イベント本編で満足された方は読まない方が幸せでいられます。
 上記の本編にあたる褪せた夢中の千年桜との関連性は言う程ありません。


夜桜開くは君が為

 中央から離れた北の大地。

日高に居を構えるトレセン学園。

 宿泊施設の二人部屋はだだっ広く、静かな目覚めは風のように冷えた言い様のない孤独感が呆けた意識の隙間から心を刺す。

高級感溢れる空間も共有する相手が無ければ虚しく、田舎暮らしの長かった地方住まいの目には下らない夢を見せる毒だ。

 少し固い生温い布の上、手探りで携帯電話を求める。

サイドテーブルの上、雪の様に冷えた固い感触に一瞬手を引く。

 

「冷たっ」

 

再び手を伸ばし、今度はその感触を確かめ、握る。

寝返りを一つうってうつ伏せの体勢になり、肘をついて体を持ち上げる。

 画面に映るのは引き攣った下手クソな笑顔の俺と、隣で満開の笑顔を咲かせるウマ娘。

いつかのレース終わりに知人に急かされて撮られた写真。

面倒の一言で放置したままのそれに失笑し、画面を操作して電話の履歴から一つを選ぶ。

 数度のコール音の後、聞き慣れた優しげな声がする。

 

「おはようございます。櫻庭トレーナーさん」

「はい。おはようございますたづなさん」

「体調はどうですか?出張最終日と言えど気を抜かず、寒さにはお気を付けて下さいね?」

「ええ、分かっていますよ」

「....突然の出張でお疲れではないですか?」

「いえ、寧ろ満喫していますよ。先方も大喜びで歓迎してくれましたしね」

「すみません。出張を予定していたトレーナーさんが急にお休みを取ってしまい」

 

 日高トレセン学園への新人トレーナー教育として中央トレセン学園所属のトレーナーに出張依頼が舞い込んだのが一月前。

担当となったトレーナーが休暇を取り、急遽代役が立てられる事となった。

 季節は三月の末日。

新学期を控え、トレセン学園でも各所が騒々しくなるこの時期。

各チームのトレーナーは新入生の入学に向けて勧誘の準備を始め多忙になる。

そんな中で、俺の所属するチーム「止り木」は他チームと異なる態勢で活動しているため、比較的手すきになる時間が多い。

そこでサブトレーナーを務める俺に白羽の矢が立ち、今に至ると言うわけだ。

 突然の担当トレーナー交代で迷惑を掛けたが、いざ出向けば先方は手厚く歓迎してくれた。

エリート揃いの中央トレセン学園から、その中でも人気の高いトレーナーがやって来たと喜ばれたが、持ち上げすぎだ。

 

「中央の様にトレーナー同士でいがみ合う事も無いですし、大自然の中でウマ娘の皆に指導出来る。心身共にリラックスも出来て久々の休暇気分ですよ。もう少し此方に居たいと思うくらいです」

「それなら良いのですが....チヨノオーさんの事は」

「ああ、そうでしたね。リーニュ・ドロワッド。どうでしたか?」

「皆さんとても楽しんでいましたよ。是非お見せしたかったです」

「先輩に撮影をお願いしていますので、帰ったら見させてもらいますよ。生の迫力は無いですけどね」

 

                  ●

 

「そんな!どうしてトレーナーさんが」

 

トレーナー室に驚愕の声が飛ぶ。

出張の代役の件をチヨノオーに報告したのだが、案の定彼女は納得のいかない様子で抗議する。

 

「担当のトレーナーが急用で休んだらしくてね。この時期は他のトレーナーも手が離せなくなるし、偶然時間が合うのが俺だったんだ。仕方ないよ」

「それは、そうかもしれませんけど」

「大丈夫。チヨならベストデートも夢じゃないさ。相手はあのアルダンさんでしょう?」

「うう....」

「それにドロワ開けのトレーニングには間に合うようにたづなさんにも頼んでおくから、遅れは取らせないよ」

「トレーナーさんは良いんですか?」

「何が?」

「楽しみにしてましたよね。リーニュ・ドロワッド」

「そうだけど、仕事を放っておくのもいけない。チヨなら分かるでしょ?」

「それは....はい」

 

口では分かったように振る舞うチヨノオーだが、その態度はどうにも煮え切らない様子だ。

 

「お土産も買ってくるし、向こうでの経験で君の役に立つものがあるかもしれないよ」

「....」

「まあ、楽しみに待っていてよ。君はリーニュ・ドロワッドに挑戦して、俺が帰ったらお土産でも食べながらお互いの思い出話をしよう」

「はい....」

 

肩を落としてソファに腰掛けるチヨノオー。

何故そうも気を落とす事があるのかが俺には分からないが、出張の準備を止めている余裕もない為、理由を聞こうとは思わない。

 

「それじゃあ、少し早いけどトレーニングでもしようか。今日は夕方には帰らないといけないからその分ね」

「......」

「チヨ?どうしたの?」

「え!?は、はい!チヨノオーです!」

「.....うん」

「な、何でしょうか!」

「寝不足?いや、俺がか....」

「ダンスの練習ですか!?」

「え?....ああ、そうだね。なら簡単にミーティングだけして今日は解散にしようか」

「へ?トレーナーさん?」

 

 少し気遣いが足りていなかったかもしれない。

憧れの相手。マルゼンスキーの背を追って走る彼女にとって、それが一時の学園の催し物であっても全身全霊で打ち込むのは当然の事だろう。

こちらの私情で邪魔をするのも無粋な考えだ。

閉じ掛けたカバンから資料を取り出し、彼女の前に座る。

 

「向こうで仕上げるつもりだったんだけど、丁度いい機会だ。是非君の意見も聞かせて欲しい」

「私は.....トレーナーさんが」

「俺が?」

「はい!?」

「.....保健室行く?」

「え!?あ.....と」

 

押さえつけられたバネの様に跳ねたチヨノオーが広げられたメニューを見て顔に驚きの色を浮かべる。

 

「大丈夫?付き添いしようか?」

「要りません!チヨノオー!保健室に行って参ります!」

 

集団行動さながらのビシビシと音が聞こえそうなキレのある動きで彼女はトレーナー室を飛び出していく。

 

「....トレーニング減らした方が良いのかな」

 

 一人のトレーナー室で首を傾げ、資料をコピーしてメモ用紙と共にテーブルに置いてトレーナー室を出る。

 

『資料はトレーナー室のテーブルにコピーを置いておきました。鍵は開けておくので余裕のある時に目を通しておいてください』

 

LANEでメッセージを送るが、普段通りの業務的な内容では悪い気がする。

 

『リーニュ・ドロワッド。デートのアルダンさんや周囲のライバルの存在に焦る事もあるかもしれませんが、貴女らしさを忘れず精一杯戦って来てください。遠くからですが応援しています』

 

「こんなところかな....」

 

 携帯をカバンに仕舞い、一足早く帰路につく。

 

                 ●

 

「そう言えば、チヨノオーの体調はどうですか。出発前にはあまり優れないように見えましたが」

「チヨノオーさんが?いえ、そのような様子は見えませんでしたが」

「....そうですか。それなら大丈夫です」

 

 不思議そうに答えるたづなの言葉に首を傾げる。

続く質問をしようと口を開き掛けたところで職員が朝礼の呼び出しに訪れる。

 

「あ、すぐに行きます。すみませんたづなさん。報告は後程」

「はい。それでは本日も気を引き締めて頑張ってくださいね」

 

 通話を終え、職員の案内で学園に向かえば、学長や所属のトレーナーが馴染みのある明るい歓迎をしてくれる。

「おはようございます!櫻庭トレーナーさん!」

「今日もよろしくお願いします!」

 

活気に満ち溢れる新人トレーナーの弾ける様な声を前に早朝の不安感はすっかり吹き飛ばされ、地方レース業界を背負う彼らの為に最後の一時まで全力を尽くそうと誓う。

 

「おはようございます皆さん。朝の周知事項ですが、本日で櫻庭トレーナーさんが府中にお帰りになられます。貴重な体験を得られた期間かと思いますが、最後まで一生懸命に取り組んで下さいね」

「はい!よろしくお願いします!」

 

 中央の知り合いによく似た柔らかな学長の声と、続く応援団の様にまとまりのある溌剌とした挨拶。

きりりとした朝の北海道の寒さをいっそう引き締める快活さに押され、寝惚けた目も覚める。

 トレーナー達に囲まれ、彼らのトレーナー室に向かう。

始めこそ気だるさもあったものの、一週間も経てば道中の質問責めにも慣れ、明るい笑顔で目を輝かせる姿は学生時代の後輩を思い出させ可愛らしく感じる。

 

「....もう暫くこれでも....いや」

 

 朝の電話で何気なく口をついた言葉が妙に心地よく心の穴に当てはまる。

中央での張り詰めた空気感の中、ゆるやかに穿たれた穴は、一度糸の張りが緩んだ途端決壊したダムの様にその痛みを訴え出す。

チヨノオーに身を案じられた事もあったが、ここまで疲弊しているのであれば痩せ我慢にも限界が透けて見えていたのだろう。

 

「着きましたよ。櫻庭トレーナーさん。朝のミーティング。始めましょう!」

「ああ、了解」

 

定位置となった席に荷物を置き、先に着席しているトレーナー達の前に用意した資料を配る。

 

「昨日もらった質問について簡単にまとめてみた。詳しく知りたい事があったら遠慮なく聞いてね」

「ありがとうございます!」

 

 トレーナー達が資料に目を通す間、手ぶらになる俺も中央から持ち出した資料を開いて作業を行う。

 

「櫻庭トレーナーさんは、随分と楽しそうに仕事をされますよね。初日の堅い雰囲気からも穏やかになった様で」

「そうだね。今は中央と変わらない気分でやらせてもらってる」

「中央のトレーナーさんはもっと堅苦しい人だと思っていたので正直驚きました」

「俺が変わってるだけ。殆どは皆が思うようなトレーナーばっかり。トレーナー同士で潰し合って、それに巻き込まれる側はいつも胃が痛いよ」

「やはり厳しいんですね」

「まあ、俺がその環境に歯向かってるからっていうのもあるんだろうけどね」

 

 苦笑しながら答えるが、トレーナー達はすぐにそれを否定してくれる。

 

「トレーナーさんに担当してもらえるウマ娘はきっと幸せ者ですよ。こんなに熱心に指導をしてくれる人はそう居ませんから!」

「そう言うモノかな。実力は伴わないし、ただウマ娘達と走ってるだけだと思うけど」

「それが良いんですよ!」

「なるほどね」

「....トレーナーさんは、これまでも地方に行かれたことはあるんですか?」

「日帰りでしょっちゅうね。俺の先輩が生粋のレース好きでさ。全国飛び回って翌日には中央でトレーニング。こうしてゆっくり出来るのがありがたいよ」

 

何人かのトレーナーと意見を交わしつつ、中央での思い出を語る。

 

                  ●

 

 午前の授業時間をトレーナーに指導技術の教育に使い、時計の時針が頂点を指す頃にカフェテリアで惣菜パンと缶コーヒーを購入してグラウンドに向かう。

 観戦席に座り、ソーセージの巻かれた三つ編みのパンに噛みつき、傍らに置いた缶コーヒーのタブを開ける。

 人の居ないグラウンドをぼんやりと眺める。

北海道の春は遅く、植えられた桜の木々は未だ禿げ上がった枝を揺らすばかりだ。

中央を出る時に見たトレセンの桜はちらほらと花を綻ばせ、それを見たチヨノオーと満開を見られたらと話していた事を思い出す。

 

「もう....散ったろうな」

 

無念さに溜め息を溢し、啜ったコーヒーを飲み込んだ時、何者かの呼ぶ声がした。

声の主を振り向けば、小さく手を振りながら歩いてくるウマ娘が見える。

日高に来てから知り合った彼女は、初対面からくだけた態度で俺に接し、気付いた時には親しく会話を交わす間柄になっていた。

 

「まーた考え事してるの?話聞くよ?それともボーッとしてただけ?」

「ここに居るのも今日までだったなと思って、北海道の風を満喫してたんだ」

「そんなこと言って、また中央の事考えてたんでしょ?あ、隣良いよね?」

 

 質問は一応の様式とでも言うつもりか、こちらの意見を求めるつもりなど無いように遠慮なく俺が座るベンチの右隣のスペースに腰を下ろす。

 

「静かな休憩時間にここより酷い場所の事なんて考えてると思う?」

「トレーナーならあるんじゃない?天才揃いの中央トレセン学園の人気者でウマ娘の相談役。そんな人ならどこにいたって考え事ばっかりでしょ」

「案外下らない事かもよ?お土産はどうしようかとか、出張期間を延ばしてもらおうかとか」

「でもトレーナーさ、担当の娘居るんでしょ?」

「そうだね」

「ならその娘の為に何か考えてるんじゃないの?」

「.....どうだろう。中央を出る前に調子が悪そうだったくらい?それも今朝聞いた話じゃなんともないらしいけど」

「へえ?そう言えばウチのトレーナーが言ってたけど、中央のトレセン学園って何かイベントがやってるんじゃなかったの?」

「リーニュ・ドロワッドの事かな。俺の担当も参加したらしくてね。本来なら俺も向こうで見に行こうと思っていたんだけど」

「.....ふぅん?それ、担当の娘には話してたの?」

「それはトレーナーだしね。トレーニングの事で話はするよ」

「なるほどねぇ.....」

 

 ウマ娘が面白そうに笑みを含んだ声を溢す。

特ダネを前に沸き上がる喜びを堪える記者のそれに似た言葉のあと、彼女は悪ガキみたいにニヤニヤと生意気な笑顔で俺を見る。

 

「それさぁ、担当の娘落ち込んでんじゃない?」

「落ち込む?何で」

「え?マジ?分かんないのトレーナー」

「君は分かるの?」

 

 俺の反応に困惑した様子を見せる彼女。

何かおかしな事でも言っているのだろうか。

 

「そりゃ分かるでしょフツーさ。自分のハレの舞台だよ?見てて欲しい人も居るって。一生懸命努力して輝いてる姿を見せたい相手がさ」

「そう言うモノなのかな」

「いやいや、そう言うモンだし。てかそれトレーナーじゃないの?」

「俺?」

「えぇ、鈍感すぎない?」

 

分かりやすく呆れの表情を見せる彼女。

 

「彼女の事なら理解してるつもりで居るんだけどな」

「うーん、それホンモノだよトレーナー」

「何か悪い事しちゃったのか....な?」

「....うん、帰ったらフォローしてあげて。何のフォローになるかは知らないけど。取り敢えずそのイベントの事」

「了解」

 

 残ったパンの欠片を口に放り込み、コーヒーを一息に飲み干して立ち上がる。

 

「俺が話を聞かれる側になるとはね。助かったよ。良かったら休み時間の終わりまでトレーニングの相手になろうか?ちょっとしたお礼に」

「トレーニングって。そんなのすぐ時間来ちゃうって、そりゃ個別トレーニングは嬉しいけどさ?」

 

振り返って向き合い謝礼と提案をするが、彼女は苦笑を溢し少し考えるような素振りを見せる。

 

「っし、じゃあトレーナー。スマホ出して」

「スマホ?」

「LANE交換しようよ。良いでしょ?減るもんじゃないしさ。また話させてよ」

「君とだけは何か不公平な気もするけど....」

「いいのいいの。こう言うのはやったもん勝ちだからさ。それにウチもトレーナーの相談に乗れるよ?今回みたいに担当の娘の事で。悪くないと思うよ?」

「....そう言うことならアリ....なのかな?」

「アリアリ!任せといてって!」

 

 ウマ娘は手早く携帯を操作し、返却されたLANEの画面には片目にVの字に立てた二本指を当てたいかにも彼女らしい写真のアイコンが載っていた。

 

「よしよし。優しい天才トレーナーの連絡先ゲット!これはウチの活躍がバズるのも時間の問題っしょ!」

「あはは、随分と買い被ってるみたいで」

「んなことないって。トレーナーの指導でタイムも縮まったんだからさ」

「昔の担当みたいな事を言うんだね。自分のトレーナーとも上手くコミュニケーションを取ることも大切だよ。彼女にもアドバイスはしているから、俺の指導そのままではなくても君の役に立つ筈だから」

「勿論。分かってるって」

「最後に君を支えてくれるのは君をよく知っている彼女だ。本当に辛くなった時、隣を歩いているパートナーの存在は何よりも心強いものになるから」

「おー。何か深そうな話じゃん」

「実体験だから」

「へぇ。頼りになる~」

 

 小さく跳ねて喜んだり、俺を小突いたりと上機嫌なウマ娘と談笑し、昼休憩の終わりに別れてトレーナー室へと戻る。

道中、たづなへの業務連絡を忘れていた事に気付いたが、その頃には手遅れであった。

 

 「お帰りなさい。櫻庭トレーナーさん。午後の準備は終わりました。いつでも始められますよ!」

「頑張りますので、時間ギリギリまでよろしくお願いします!」

「っし、じゃあ始めよう。グラウンドへ行こうか」

「はい!」

 

 トレーナー達を連れて再びグラウンドへと戻る。

トレーニングウェアに身を包み集まったウマ娘達と数人の教官。

俺が先行して教官に声を掛けると、皆それまでと同様にウマ娘をいくつかのグループに分ける。

 

「今日もトレーナーさん達が指導をお手伝いしてくれますので、良い経験を得られるように励んでくださいね」

 

教官の指示の後、ウマ娘のグループは俺を除くトレーナーの下に集まりトレーニングを始める。

俺は各トレーナーのグループを訪れて指導のサポートに回る。

 午後のトレーナーへの指導を終え、トレーナー室に戻ると、関係者の面々がやって来て思い思いの土産品を手渡してくれる。

テレビで見慣れたモノから観光の際には見なかったモノまで、荷物いっぱいになる程にお礼の品を受け取り、北海道のトレセンを後にする。

 

                ●

 

 中央への帰路。

羽田に到着し、タクシーを使ってトレセンに戻る頃にはすっかり日も沈んでおり、リーニ・ュドロワッドの終了にもとうとう間に合わなかったようだ。

 トレーナー室に戻り、北海道の土産品と受け取った資料を整理していると、暗がりにふと外の景色が目に入る。

寂しげに枝先を揺らす花の落ちた桜の木。

出発前と変わらないその姿も、俺が見ている桜はこれ以上花を付けはしない。

 

「桜は満開になってから二週間で散ってしまうんです。『お花見は満開のうちに』ですよ。トレーナーさん!」

 

いつかチヨノオーが言っていた言葉を思い出す。

リーニュ・ドロワッドを見逃し、満開の桜も見逃す。

どちらも楽しみにしていた物だっただけに、一息ついた今になってそれらを惜しむ気持ちが湧いてくる。

 

「結局見られなかったな....桜」

 

 荷物を持ってトレーナー室を出ようとした時、遠くから何者かの走る足音がする。

幽霊か何かが来るのかとぼんやりとしていると、凄まじい音を立ててトレーナー室の扉が開かれる。

 

「トレーナー!」

「....テイオー....?」

 

引き戸に手を掛けて俺を見るウマ娘。

白いメッシュのある髪を後ろで結わえた彼女は「トウカイテイオー」。名実共に学園でずば抜けた人気を誇る生徒の一人で、俺とは住む世界の違う超一流のウマ娘だ。

 

「間に合ったー。キミを見掛けたって聞いたから探したんだぞ!」

「そ、それは....まあ、ごめん?」

「本当だよ!LANEも未読スルーでさ。チヨノオー心配してたよ?」

「....LANE?」

 

 携帯電話を取り出し画面を開くと、上部のバーに機内モードを示すアイコンが表示されていた。

 

「ああ、機内モードにしてた」

「ええ!?」

「リーニュ・ドロワッド。ギリギリで間に合わないかなと急いでいたから....まあこの様だけど」

「まあそれはいいや。行くよトレーナー!」

「は?行くって、どっ!?」

 

 言い終えるより先にテイオーが俺の腕を掴んで走り出す。

何度も転びそうになりながら彼女の足について走る。

いや、引きずり回される。

 

「痛い痛い!腕取れるってテイオー!?」

「男なんだから我慢する!嫌われるよ?」

「何だよその脅し!」

 

 一切スピードを緩めてもらえないまま走られ、彼女が足を止める頃には右腕がビリビリと痛みを訴えていた。

 

「さてと、ようこそトレーナー」

「....何が」

 

手を離した彼女が俺に歓迎の言葉を告げるが、俺の前に広がるのは薄暗い体育館のエントランスだ。

 

「こんな時期に肝試しでもしようって?君お化け嫌いじゃなかった?」

「違うよー。本っ当にトレーナーはバカだなぁ」

「....煽ってるか?」

「さあ、ボクは気にせず中へ」

「だから何で」

「ノリが悪いなぁ。細かい事は気にしないの~」

 

テイオーは有無を言わせず俺の背を押し進め、扉の取っ手に自身の手を掛ける。

 

「さあさあ!特別ゲストのご案内だよー!」

 

 ゴトゴトと音を立てながら扉が開くと、暗闇に包まれた体育館の中には肝試しには不釣り合いなきらびやかな装飾が施された景色が広がっていた。

 

「....えーと」

 

目を凝らして中を眺めると、広い空間の中心に人影を見付ける。

ゴースト役だろうか。

そんな呑気な事を考えていると、カッという音と共に目の前が光で照らされる。

突然の事に目を細め、再び開く頃に光の正体とその焦点が明らかになる。

 見覚えのあるシルエットの人物。

見たこともない華麗なドレスに身を包んだ彼女が俺を振り向く。

 

「....チヨ?」

 

スピーカー越しの音声でその声が俺に届く。

 

「お帰りなさい。トレーナーさん」

 

確かに彼女だ。

普段のイメージと掛け離れた姿に頭が真っ白になっていると、再び彼女が口を開く。

 

「ようこそ!リーニュ・ドロワッド後夜祭へ!」

 

再び眩い光が視界に閃く。

チヨノオーの奥、レッドカーペットに彩られたフロアには鮮やかなドレスとスーツに身を包んだウマ娘達の姿があった。

 

「わっはっは!どうかねトレーナー君!」

 

自信に満ちた笑い声を上げるウマ娘。

トウカイテイオーだ。

黒を基調としたスーツを着込んだ彼女に続き、スポットライトに照らされた深紅の舞台に立つ名優が挨拶をする。

 

「お待ちしておりましたわ。櫻庭トレーナー様」

 

メジロマックイーン。

純白のドレスを着こなす姿は、普段のレースで見せる漆黒の勝負服が醸し出す高貴さとは一転して華やかな印象を抱かせる。

 

「ど、ドウモ....実行委員会のナイスネイチャです。何やら大事に巻き込まれた様で....」

 

ナイスネイチャ。

普段の一歩引いたスタンスからは思い付かない随分と張り切ったデザインの衣装の彼女は、半分パニック状態の様子だ。

 

「お久しぶりです。トレーナーさん....随分とお硬い表情をされていますよ?」

 

メジロアルダン。

チヨノオーのデートとしてリーニュ・ドロワッドを舞った彼女は、白雪の様なタキシード姿で上品に笑う。

やはり慣れないものだ。

 そして最後に一人。

スポットライトの下を静かに歩み、メジロアルダンの隣に並ぶウマ娘。

 

「如何でしょう。トレーナーさんの為、皆さんに協力していただきました。一緒に楽しみましょう。貴方の為のリーニュ・ドロワッドを!」

 

サクラチヨノオー。

見違える程に鮮やかなドレスを纏うその姿は、さながら空を舞う桜の華に見えた。

強気な笑みを浮かべた表情は、それまでの心配事の全てを杞憂の一言で片付けるには十分過ぎるモノだった。

 

「それでは皆さん。準備はよろしいですか?ミュージック、スタートです!」

 

 チヨノオーの合図と共にスピーカーから賑やかな音楽が流れ出す。

ウマ娘達が各々の立ち位置に移動すると、デートと手を取り合って優雅な舞を披露する。

 スピード感と迫力溢れるダンスを見せるトウカイテイオーとメジロマックイーン。

対するチヨノオーとメジロアルダンのダンスもまた、声を失う程に素晴らしい仕上がりであった。

 

「いやはは、流石ベストデートを争った二組ですねぇ」

「....ああ」

「おや、トレーナーさん感動していらっしゃいます?」

「それは勿論」

「そうですかそうですか。それなら準備した甲斐があるってもんですよ。あ、こちらドリンクです。余り物ですが良ければ、どぞ」

 

ダンスの輪を離れて隣にやって来たナイスネイチャからドリンクを受け取り、その流れでゲスト席なる場所に案内される。

 

「随分と本格的な....これ大丈夫なの?」

「やっぱ気になります?それがですね、リーニュ・ドロワッドが終わった後にチヨノオーさんがこのメンバーを集めましてね?トレーナーさんの為にもう一度ダンスをして欲しいと」

「チヨが?」

「意外って顔ですね。でも本当なんですよ。テイオーもアルダンさんも面白そうって乗せられちゃって、マックイーンさんだけ押し切られる形ですけど、日頃の感謝と言うことで」

「なるほど?」

「たづなさんにも相談したんですけど、これが二つ返事で快諾ですよ。いやはや驚きましたなぁ」

「たづなさんが.....」

 

 羽田から学園に向かうタクシー内で交わしたたづなとのやり取りを思い出す。

 

「楽しみにしていてください。きっと良いことがありますよ」

 

何を言い出すのかと思っていたが、これの事だろうか。

 ドリンクに口を付けながらナイスネイチャと話をしていると、スピーカーから流れていた音楽が止まり、二組のデートがお辞儀をしてダンスが終了する。

心に響き渡る舞いに称賛の拍手を送る。

 

「如何でしたか。トレーナーさん。実際のリーニュ・ドロワッドには及ばないかも知れませんが、楽しんでいただけたのなら嬉しいです」

 

チヨノオーが前に出てそう口にする。

 

「短い時間でしたが、皆さんもご協力ありがとうござい」

「よーし、じゃあ第二ラウンドいっくぞー!」

「て、テイオーさん!?」

 

チヨノオーの横をお得意の軽業ですり抜けたトウカイテイオーが高らかに宣言する。

 

「さて、お次はトレーナーにも参加してもらうからね!覚悟するがいいのだ!」

「は、俺?」

「にっしっし。折角のボク達だけのリーニュ・ドロワッドなんだし、ボクたちにしか出来ない事をしないと詰まらないでしょ?」

 

巧みなステップで跳ねながら語るテイオーに困惑する会場。

凡そ予定外の発言だったのだろう。

 

「それじゃあ早速始めるよ!トレーナーも立ち上がって!ほら早く!」

「まっ、ちょっと待てテイ」

 

テイオーが俺の腕を掴んで引き寄せる。

つんのめって転びそうになる体を俺よりも小さな彼女の手に支えられる。

 

「あれぇ?誰も踊らないの?ならボクが行くからね!」

 

他のウマ娘が動かないのを良いことに、楽し気に笑うテイオーは流れる様に俺の手を組んで踊り始める。

 

「どんな曲でもワガハイに任せてくれたまえ!さあどんどん流しちゃっていいぞよ!」

 

 遅れて再生されるラテンの音楽を聞くと、テイオーはにししと意地の悪い笑みを浮かべる。

地獄への行進曲とでもなるか。

タン、と鳴ったテイオーの靴音が開戦を告げる銅鑼の音にも聞こえた。

素早い動きで俺から離れたかと思えば、間髪入れず腕を引いて寄せる。

独楽でも回すかのようにクルリと俺を回し、自身は颯爽とソロパートへ移行する。

悪代官に回される遊郭の花魁の気分だ。悔しいやら恥ずかしいやらで頭が混乱し始めた所で、目の前に白い人影が現れる。

 

「分かりましたわテイオーさん。私もメジロのウマ娘。勝負とあれば全霊を以て臨ませて頂きます!」

 

 何やら飛躍した事を仰るご令嬢。

勝負とは何の事だ。

 

「トレーナーさん。行きますわよ」

 

にこやかに微笑んで自身の手を俺に重ねるマックイーン。

その笑顔に影が差しているように見えてならないのは俺の勘違いだろうか。

 

テイオーとは異なり静かな動きで踊り始めるマックイーン。

 

「あ。ずるいよマックイーン!ボクの番がまだ終わってないのに!」

「隙を見せる貴女の落ち度ですわ。そんなことより、足を止めてよろしいんですの?」

「っ!よーし、やってやるぞ!」

 

マックイーンの煽りに焚き付けられたテイオーの動きのキレが増す。

今の彼女が相手なら俺はどんな惨劇に巻き込まれたか。

 

「トレーナーさん。余所見をする余裕がおありで?」

 

意識の外から体を引き寄せられ、自身が未だ戦場から解放されていないことを再認識させられる。

 

「マックイーン?何か勘違いしているような」

「いいえ、そのようなことはございません。挑むからには必ずや勝利を!」

 

 聞く耳を持たない。

彼女の動きはテイオーほどに激しいモノではないが、かといって俺がそれに付いていけるのかと言えば不可能だ。

僅かに与えられた問答の猶予の後、マックイーンは再び白い衣を翻して踊り出す。

遊ばれるばかりのダンスでは格好がつかないと俺も動きを真似るも、淡々とした足運びでリードを維持する彼女にはとてもではないが追い付かない。

 

「トレーナーさん。リズムです。私の動きではなく音楽のリズムに。フォローはお任せ下さいませ」

「....!なるほどね。ありがとう」

 

自身のダンスを維持しながら素人相手に指導の余裕があるとは、流石メジロの名優と呼ばれる逸材だ。

集中する先を彼女の動きから流れる音のリズムへと変える。

ダンススタジオでのウイニングライブの練習を脳に浮かべ、マックイーンのリードに合わせて足を運ぶ。

 

「ネイチャ!君もトレーナーの相手をしてあげなよ!」

 

 不恰好ながらもマックイーンに振り回される事が無くなった頃、再びテイオーの無邪気な声が木霊する。

 

「え、私?」

「ほら早く!」

 

困惑するネイチャをテイオーが囃し立てる。

俺は回しモノにされる玩具か何かか。

 

「それでは私はテイオーさんと踊って参ります。トレーナーさん。頑張って下さいませ」

「え、あ」

 

マックイーンが俺の胸をトンと押す。

彼女の手を離れ、突っ立ったままになる。

数歩先の距離で何とも言えない微妙な笑顔を見せるナイスネイチャ。

 

「あー、トレーナーさん。もしかして乗り気だったりします?」

「どうだろう。折角集まっているんだし君さえ良ければ?」

「あはは....ではお願いしても?」

「了解。じゃあ踊ろうか」

 

互いに苦笑を交わし、歩み寄って三度目のダンスを始める。

ネイチャの動きはそれまでの二人に比べて庶民....もとい素人の俺でも合わせやすいシンプルなスタイルだ。

 

「ごめんね、ネイチャ。変に気を遣わせてるみたいで」

「いえいえ、私も二人みたいなダンスは出来ないんで。退屈させちゃったらスミマセン....」

「寧ろやりやすくて助かるよ。ありがとう。ネイチャ」

「っ....チヨノオーさんに妬かれますよー」

「別に他意はないよ」

「そういうところですよトレーナーさん」

「気を付けます」

 

おぼつかないながらも最低限の動きが出来る様になり、幾らか余裕が出来た意識でネイチャと会話を交えながら踊る。

ラテンから一転して穏やかなテンポで流れる曲を背に、二人で苦笑を溢す。

 

「気合い入ってるよね」

「それはまあ、区切りと言いますか何と言いますか。気持ちの一新ですよ」

「君はのらりくらりでやんわり流すと思っていたよ」

「失礼しちゃいますね。私だってやるときはやりますって」

「心機一転。レースでも一着目指して走るってこと?」

「そ、それは....ええと」

「だと思った。応援してるよ。お相手ありがとう」

 

ネイチャが爆発する前に組んだ手を離し、感謝の一礼を一つ。続いて遠巻きに様子を見ていたアルダンとチヨノオーを振り向く。

 

「ふふ、トレーナーさん。楽しまれているようでなによりです。それでは、私とも踊っていただいても?」

「む、ああ」

 

 チヨノオーの隣で静かに佇んでいたアルダンがワケありげな笑顔を浮かべ、前に出る。

隣で耳を立てたチヨノオーがあわあわと狼狽える姿に笑いを堪え、アルダンの申し出を受ける。

彼女を待ってから手を組むと、アルダンは柔らかく微笑んで口を開く。

 

「リーニュ・ドロワッドに向けたチヨノオーさんの努力は凄まじい物でした。憧れの力とはこれ程までに強いのですね」

「ふむ....是非見たかったね」

「この舞台ばかりではトレーナーさんの先を行きましたね」

「....妬かないよ」

「そうですね。トレーナーさんはそう言うお方ですから。では、お手を」

 

 伸ばされたアルダンの手を取る。

 

「マルゼンスキー。その背を追う姿に幾度も焦がれ、この度結ばれたデートとしてその思いをいっそう強く感じました。誰よりも前を見据えて。時に道を見失って。その果てに挫折し、涙に濡れようと、チヨノオーさんはその涙を拭い立ち上がる」

「....」

「そんな彼女だからこそ、私はチヨノオーさんとリーニュ・ドロワッドに臨む事が出来た時間を嬉しく思いました。しかし」

「しかし....」

 

嫌な空気だ。

 

「今宵が終われば彼女とは互いの道を競う敵となる。その先で、チヨノオーさんはまた貴方と歩いて行くのでしょう」

「んー?」

「チヨノオーさんを導き、一番近くでその背を後押ししていく貴方が羨ましく、ほんの少し憎いのです」

 

ねばつく感情に晒され、背にうっすらと汗の感覚が現れる。

 

「少しばかり意地悪をさせていただきますね。トレーナーさん?」

「....勘弁してくれ」

 

 穏やかで、繊細で、正に完璧と言うに等しい動き。

 

「....?」

 

意地悪どころか完全にリードされている状態だ。

木の葉の揺れる様な静かな動きは、俺の動きを意識しているかのようだ。

介護でもされているのか俺は。

 

「アルダンさん?何か高度な事してらっしゃる?」

「ふふ。どうでしょう」

「....?」

 

アルダンの意図がつかめない。

 

「楽しんでいただけているでしょうか」

「むぅ。物足りないかな....」

「チヨノオーさんはもっと物足りないと思いますよ?」

「へ?チヨ?」

 

 その言葉に抱いていた疑問が風に吹かれるように消え、非日常の空間から意識を引き上げられる。

アルダンのリードに合わせながら周りを見回すと、先刻の位置から動かず耳を畳んで俯いているチヨノオーの姿が見えた。

なるほどそう言う事か。

俺の不得手な事をよく理解している。

悪戯っぽく笑うアルダンはチヨノオーを振り返り彼女を呼ぶ。

 

「チヨノオーさん。貴女は踊らないのですか?」

「え....ええと」

「練習の成果をトレーナーさんにお見せしたかったのでは?」

「っ!?アルダンさん!」

「ふふ。ごめんなさい。しかし、その反応は自白しているようなものですよ?」

「.....っ」

 

おずおずと顔を上げたチヨノオーの表情がコロコロと変わっていく。

アルダンはクスクスと笑うと、チヨノオーの下へ向かいその手を引いて戻ってくる。

 

「それではトレーナーさん。後はお任せします」

「あ、ああ」

 

アルダンがひらひらと手を振りながらその場を離れる。

残された俺とチヨノオーは何をするでもなく呆然と見つめ合う。

こうして彼女の姿を見ると、普段と大きく異なる華やかな印象に狼狽してしまう。

 前向きで元気いっぱいなチヨノオーとは一転。淡い桜色と空色の生地と、それを締める鮮やかな色の大きなリボン。

幾つもの桜の飾りをあしらったそれは揺れる枝の先に笑う華の様だ。

耳に通した白い雪花も彼女の紅色の髪によく映え、一回り大人びて見える彼女の姿はとても魅力的だ。

 

「えと、緊張....してる?」

「トレーナーさんも、さっきまでの余裕が無いような?」

「それは....うん。君があんまりにも綺麗だから....ね?」

「きっ!?」

 

化粧に彩られた薄紅の顔が更に赤くなる。

普段であれば目を回してあたふたと謙遜をするところだが、今の彼女はすっかり固まってしまっている。

ここにやってきた時の様子とは相対的に、気迫を失くしすっかりしおらしくなっているチヨノオー。

何か出来ることはと思考を巡らせるが、彼女の姿や慣れない周囲の状況を前に、適切な答えは何一つ思い浮かんでこない。

 

「さ....さあ。始めようか?」

「.....はい。よろしく....お願いします」

 

 やっとの事で絞り出した言葉さえ、ぎこちなく格好のつかない物だ。

そんな俺の様子が面白かったのか、チヨノオーが小さく笑う。

 

「ふふ....何だか変な感じですね」

「....俺達らしくない?」

「です」

「かもね」

「では、私達らしく踊りましょう『形は違えど人参は人参』衣装やステージが変わっても、私達は私達ですから!」

「....!そうだね。折角楽しむならそうしないと」

 

それまでの食い違いを払う様、同時に笑みを交わして互いの手を重ねる。

背に添えた手から伝わる彼女の温度に妙な緊張感を覚えるが、それもすぐに振り払われる。

 

「リードは任せて下さい。今日までの努力をお見せします!」

「ああ、お願いするよ」

 

 自信満々のチヨノオー。

一度スイッチが入れば、彼女は積み重ねた技を欠け目なく発揮出来る立派なウマ娘だ。

その言葉に甘えて動きをフォローすれば、それまでの誰よりも体に馴染むダンスが出来上がる。

 

「わっ、トレーナーさん。上達がお早いですね」

「なら君のダンスが上手いんだよ。俺は君に合わせてるだけだから」

「そ、そんな。私なんてまだまだ」

「自信を持って踊って良いよ。俺は君を信じて付いていくから」

「っ!はい!」

 

初めは俺を気遣う様だった動きも、少しずつ速度が増し、彼女の踏むステップの数も増えていく。

フロアを鳴らす靴音は軽快なリズムを奏で、場を流れる曲に溶けていく。

 

「トレーナーさん。疲れていませんか?」

「大丈夫。まだまだやれるよ」

「ではもう少しだけ激しいものを」

 

時間を忘れてチヨノオーとのダンスに熱中し、気付く頃には流れる曲も変わっていた。

 

「ふぅ。お疲れ様。チヨ」

「はい。トレーナーさんもお疲れ様でした。とっても楽しかったです」

「それは良かったよ」

 

うっすらとあがった息を整えながら笑うと、拍手の音が聞こえる。

 

「素晴らしいダンスでしたわ。トレーナーさんもチヨノオーさんもお見事です」

「阿吽の呼吸って奴ですかねえ。息ぴったりでしたよ。お二方」

「ええ、それにとても楽しそうに踊っていらっしゃいました」

 

実際の会場でのダンスには見劣りしただろうが、こうして称賛の言葉を貰えるのは素直に嬉しい。

 

「皆様のご指導の賜物で」

「はい。皆さんのご協力あっての成果です!」

「....ところで二人はいつまで手を繋いでるの~?もう曲もダンスも終わってると思うけどなぁ?にしし」

「ん?.....おわっ!?」

「ひゃわっ!!」

 

それまで静かにしていたテイオーに指摘され、弾かれたように互いの手を離す。

 

「....これは優勝は決まったみたいなモノだね」

「優勝?」

「トレーナーのベストデートは誰だ!って。決まってるんでしょ?」

「んー....」

「そこで悩んじゃダメじゃない?」

「チヨノオー?」

「自信持ってよトレーナー....」

 

テイオーがやれやれと溜め息を吐き、続いて手を叩く。

 

「それじゃ、パーティーはここまで!皆お疲れ様!トレーナーもゆっくり休んでくれたまえ!あ、後片付けの手伝いは心配いらないよ。ゲストを働かせるのはナンセンスだからね」

「いや、そうは言っても夜も遅いし....トレーナーとしての監督責任が」

「もう!大丈夫だってば。パパッと片付けて解散するから。さあ帰った帰った!」

「ちょっとテイオー。押すなって。全く何て力だよ」

 

 人間はウマ娘に敵わない。

こう言う場面でその事実を実感させられる。

簡単に体育館から押し出され、きらびやかな装飾に満たされた会場から一転。

暗く静かな夜の景色が視界を包み、緩やかな眠気がやって来る。

大口を開けて欠伸をしながらトレーナー室に戻る。

 

「トレーナーさん!」

「....ん?」

 

 ノロノロと廊下を歩くトレーナー室への道。

チヨノオーの声に振り返ると、制服に着替えた彼女が駆け寄ってくるのが見えた。

 

「もう、お帰りですか?」

「うん。特に用も無いし、明日も休みだからね。テイオーに引き摺られてきた時に荷物も置いたままだったから」

「そ、それは....すみません」

「チヨが謝ること無いよ。帰る前に少し歩くだけだし。軽い運動だよ」

 

 トレーナー室で荷物を取り、戸締まりを終えたところでチヨノオーが口を開く。

 

「あの、トレーナーさん」

「ん?」

「まだ、お疲れではないですか?」

「うん。どうして?」

「でしたら、少し付き合って欲しい事が」

「トレーニング?流石に今日は止めた方が」

「違います!取り敢えず付いてきて下さい」

「ん?うん」

 

 チヨノオーの後ろを歩き、グラウンドに到着すると、彼女が振り返る。

 

「やっぱりトレーニングなんじゃ」

「いいえ、少しお話がしたいだけです」

「....なら良いんだけど」

「どうでしたか。その、リーニュ・ドロワッド後夜祭は」

「楽しかったよ。それに貴重な体験も出来た」

「それなら良かったです....それで、ですね」

「うん」

「ご褒美のお話。ありましたよね」

「そうだね。休み明けにしようと思っていたけど、今渡そうか?それなら寮まで送るけど」

「い、いえ!そうではなくて」

 

カバンに手を伸ばした俺を慌てて制するチヨノオー。

 

「その、ですね。ご褒美の事、なんですが....残念ながら、私とアルダンさんはベストデートには選ばれませんでした」

 

暫く口ごもった後、チヨノオーはそう告げた。

 

「そうだったんだ」

「マルゼンさんとルドルフさんの様には行きませんでした」

「ライバルがテイオーとマックイーンだからね....壁は高い」

 

テイオーとマックイーンのダンスを思い返す。

プロのダンサーと言われても違和感の無い二人の動きには圧倒されるばかりだった。

 

「ですので!....その、来年こそはベストデートに選ばれる様に....もう一度私と踊ってくれませんか!」

「....そんなことで良いの?」

「はい!」

「まあ構わないけど」

 

チヨノオーは強く踏み出して答える。

断る理由も無く、土産物も後日渡せば良いと考え了承する。

 

「それじゃあ今日は解散?そうだ。これお土産ね」

 

 チヨノオーに北海道の土産物を手渡し、寮までの道を指した所で下ろしていた鞄を提げていた手にチヨノオーが触れる。

 

「ご褒美。今すぐじゃ駄目ですか?」

「え?今って、もう制服に着替えてるじゃない」

「はい。でも、制服でもダンスは出来ますから」

「....ふむ。それでグラウンドに」

「はい。お気付きでしたか?」

「いや、風にでも当たるつもりかと思っていたよ」

「そうですか....ふふ」

「どうかした?」

「いえ、やっぱりトレーナーさんだなと」

「鈍感って?」

「どう思います?」

「....それじゃあ踊ろうか」

「はい」

 

 チヨノオーが優しく微笑む。

日高でウマ娘に言われた言葉が分かる気がする。

四月の中央の夜風は心地の良い温度で肌を撫でていく。

少しばかり赤く染まった顔のチヨノオーの手を取る。

 

「あ、曲」

 

音もなしに踊るのも雰囲気が無いと携帯を取ろうと動かした手をチヨノオーが握る。

 

「ーー」

 

 優しい声が夜に溶ける。

閉じたチヨノオーの口から紡ぎ出されるその音は先刻体育館で聞いた曲だった。

表情に驚きの色が見えていたのか、チヨノオーがクスリと笑う。

 

「任せて下さい。ダンスも音楽も、しっかり覚えていますから」

 

チヨノオーの足が動き、その手と共に浮かんでいた意識を引かれる。

 自信はあった。

今回はチヨノオーをリードして格好を付けようと決めたばかりだと言うのに、それもあっさりと彼女に奪われてしまう。

我に帰りチヨノオーを見れば、閉じた瞳で笑みを浮かべながら踊る彼女の顔が映る。

 

「トレーナーさんも歌ってくれますか?私一人だと恥ずかしくて」

「うろ覚えで良ければ」

「是非」

 

チヨノオーを真似て歌えば、彼女の小さな笑顔が綻ぶ。

 

「やっと二人で踊れました」

「さっきも踊ったと思うけど」

「さっきは他の皆さんも居ましたから」

「ふむ?」

「ですから今は私を見ていて下さい。他の誰かではなく私を」

「了解」

 

何か拘りがあるのだろうが、やはり俺には分からない。

会話を交わしながらも、チヨノオーは器用にステップを踏んで俺をリードしていく。

 

「やっぱりチヨは凄いね。ダンスの腕もテイオーとマックイーンにも負けないくらいだよ」

「トレーナーさんが上手なだけですよ」

「そんなことないさ。素人をここまでリードするんだから十分だよ。それに、君とのダンスが一番踊りやすいし、一番楽しい」

「っ!そ、それはずっと一緒に居るんですから....動きも合いますし、息がピッタリなのも」

「そうだね。一緒だったから君を信じられるし、信じて君にリードを任せられる。君が笑って踊っているから、俺も自然に笑えるんだと思う」

「ーーーっ!」

「君じゃなければ俺も無理して踊ろうとするだろうし、いつもみたいにヘタクソに苦笑いばかりしているんじゃないかな」

「あ、あの。トレーナーさん....えと」

「いつか君が言ってた『特別』って何だろうって考えたんだけど分からなくてさ、今になって気づいた。飾らない俺で居られる相手は沢山は居ない。何の気遣いもしないで俺らしく接せられる相手が、特別な存在なんじゃないかなって思うんだ」

「....え、う」

「飾らない俺を認めて信じてくれる。多分俺の考える『特別』は君なんーー」

「もももももう良いです!」

「ん?」

「トレーナーさんの思いは伝わりました!もう大丈夫です!」

「そう?」

 

 突然手を離し、チヨノオーが悲鳴にも近い声で言葉を遮る。

俯いて手を突き出す様子がなんともおかしい。

 

「....」

「君は自分を平凡だとか普通だとかって評価するけど、俺はそんな君だから担当になれて良かったんだと思う。俺だって誇れるような所なんて無い平凡以下のトレーナーだからさ」

 

 チヨノオーは止めろと言ったが、まだ伝えきれていない事はある。

ここで言わないで消化不良になるのも寝覚めが悪いので、もう少し付き合ってもらおうと続ける。

 

「俺みたいなトレーナーを信じてくれて、その走りを信じさせてくれる。君なら大丈夫だって何の根拠もなくそう思わせてくれる。トレーナーとウマ娘なら当たり前に出来る事の筈なのに、それがなかなかに難しい」

 

幾人ものパートナーを目にしてきたから分かる。

結果を出せずに中央を去るウマ娘を、そんな彼女達とトレーナーとの関係を。

 

「そんな当たり前の事が出来るから特別なんだと思う」

「そう....なんですね」

「ありがとう。チヨ。俺を信じてくれて。君を信じさせてくれて」

 

いつかチヨノオーに聞かれた特別の意味の答え。

正しいかは分からないが、俺に見付けられた答えはそうだった。

 

「あ、あの」

「ん、どうしたの?」

「....今のトレーナーさんの考え。きっと私も同じです!」

「....そう。なら良かった」

「マルゼンさんに、アルダンさんに、ヤエノさんに....皆さんに負けたくない。私の思いを受け入れてくれて。だから私も、一つの目標も捨てずに走って来られました!この人ならどんな夢でも信じてくれるって、どんな道を選んでも一緒に居てくれるって」

 

 それまで慌てふためいていたチヨノオーが真っ直ぐに俺を見つめる。

レース前のそれとは違うが、瞳には明るい光が灯っている。

 

「私に当たり前の事をさせてくれたトレーナーさんは、私にとって代わりの居ないたった一人のトレーナーさんだと思います!ですからこれからも、私の隣で走って下さい!」

「....勿論。君が走る限りどこまでも」

「っ!ありがとうございます!」

 

チヨノオーはぱっと笑うと、開いていた距離を踏み出す。

 

「それとですね。トレーナーさん。ダンス、途中で止めてしまったんですけど、もう一度続きを踊ってもらえませんか?」

「....門限は」

「たまには破っても良いと思います。トレーナーさんも一緒に謝ってくれればヒシアマさんも許してくれると思うので」

「うーん....まあ、良いかな?」

「はい!」

 

時には少しばかりの悪さをしても良いだろう。

チヨノオーに押される形でその願いを了承する。

 

「では!もう一度最初から始めましょう」

「了解。リードは....お願いしても良いかな」

「勿論です!」

 

 お任せ下さいと元気に答え、チヨノオーは軽快にダンスを始める。

目映いくらいに笑う彼女は、携帯電話の待ち受けで見た満開の笑顔を咲かせていた。

 

「桜。見られたな」

「どうかしましたか?」

「満開の桜」

「トレーナーさんったら。残念ですがもう桜は散っていますよ?」

「目の前のサクラの笑顔が満開だから」

「へっ!?」

 

 最高の夜だ。

リーニュ・ドロワッドに留まらず桜の華。

見逃した筈のモノを二つも目にする事が出来たのだ。

この懸命に咲き続ける桜をこれからも輝かせて行こう。

そう決意した。

 

か?」

「え....ええと」

「練習の成果をトレーナーさんにお見せしたかったのでは?」

「っ!?アルダンさん!」

「ふふ。ごめんなさい。しかし、その反応は自白しているようなものですよ?」

「.....っ」

 

おずおずと顔を上げたチヨノオーの表情がコロコロと変わっていく。

アルダンはクスクスと笑うと、チヨノオーの下へ向かいその手を引いて戻ってくる。

 

「それではトレーナーさん。後はお任せします」

「あ、ああ」

 

アルダンがひらひらと手を振りながらその場を離れる。

残された俺とチヨノオーは何をするでもなく呆然と見つめ合う。

こうして彼女の姿を見ると、普段と大きく異なる華やかな印象に狼狽してしまう。

 前向きで元気いっぱいなチヨノオーとは一転。淡い桜色と空色の生地と、それを締める鮮やかな色の大きなリボン。

幾つもの桜の飾りをあしらったそれは揺れる枝の先に笑う華の様だ。

耳に通した白い雪花も彼女の紅色の髪によく映え、一回り大人びて見える彼女の姿はとても魅力的だ。

 

「えと、緊張....してる?」

「トレーナーさんも、さっきまでの余裕が無いような?」

「それは....うん。君があんまりにも綺麗だから....ね?」

「きっ!?」

 

化粧に彩られた薄紅の顔が更に赤くなる。

普段であれば目を回してあたふたと謙遜をするところだが、今の彼女はすっかり固まってしまっている。

ここにやってきた時の様子とは相対的に、気迫を失くしすっかりしおらしくなっているチヨノオー。

何か出来ることはと思考を巡らせるが、彼女の姿や慣れない周囲の状況を前に、適切な答えは何一つ思い浮かんでこない。

 

「さ....さあ。始めようか?」

「.....はい。よろしく....お願いします」

 

 やっとの事で絞り出した言葉さえ、ぎこちなく格好のつかない物だ。

そんな俺の様子が面白かったのか、チヨノオーが小さく笑う。

 

「ふふ....何だか変な感じですね」

「....俺達らしくない?」

「です」

「かもね」

「では、私達らしく踊りましょう『形は違えど人参は人参』衣装やステージが変わっても、私達は私達ですから!」

「....!そうだね。折角楽しむならそうしないと」

 

それまでの食い違いを払う様、同時に笑みを交わして互いの手を重ねる。

背に添えた手から伝わる彼女の温度に妙な緊張感を覚えるが、それもすぐに振り払われる。

 

「リードは任せて下さい。今日までの努力をお見せします!」

「ああ、お願いするよ」

 

 自信満々のチヨノオー。

一度スイッチが入れば、彼女は積み重ねた技を欠け目なく発揮出来る立派なウマ娘だ。

その言葉に甘えて動きをフォローすれば、それまでの誰よりも体に馴染むダンスが出来上がる。

 

「わっ、トレーナーさん。上達がお早いですね」

「なら君のダンスが上手いんだよ。俺は君に合わせてるだけだから」

「そ、そんな。私なんてまだまだ」

「自信を持って踊って良いよ。俺は君を信じて付いていくから」

「っ!はい!」

 

初めは俺を気遣う様だった動きも、少しずつ速度が増し、彼女の踏むステップの数も増えていく。

フロアを鳴らす靴音は軽快なリズムを奏で、場を流れる曲に溶けていく。

 

「トレーナーさん。疲れていませんか?」

「大丈夫。まだまだやれるよ」

「ではもう少しだけ激しいものを」

 

時間を忘れてチヨノオーとのダンスに熱中し、気付く頃には流れる曲も変わっていた。

 

「ふぅ。お疲れ様。チヨ」

「はい。トレーナーさんもお疲れ様でした。とっても楽しかったです」

「それは良かったよ」

 

うっすらとあがった息を整えながら笑うと、拍手の音が聞こえる。

 

「素晴らしいダンスでしたわ。トレーナーさんもチヨノオーさんもお見事です」

「阿吽の呼吸って奴ですかねえ。息ぴったりでしたよ。お二方」

「ええ、それにとても楽しそうに踊っていらっしゃいました」

 

実際の会場でのダンスには見劣りしただろうが、こうして称賛の言葉を貰えるのは素直に嬉しい。

 

「皆様のご指導の賜物で」

「はい。皆さんのご協力あっての成果です!」

「....ところで二人はいつまで手を繋いでるの~?もう曲もダンスも終わってると思うけどなぁ?にしし」

「ん?.....おわっ!?」

「ひゃわっ!!」

 

それまで静かにしていたテイオーに指摘され、弾かれたように互いの手を離す。

 

「....これは優勝は決まったみたいなモノだね」

「優勝?」

「トレーナーのベストデートは誰だ!って。決まってるんでしょ?」

「んー....」

「そこで悩んじゃダメじゃない?」

「チヨノオー?」

「自信持ってよトレーナー....」

 

テイオーがやれやれと溜め息を吐き、続いて手を叩く。

 

「それじゃ、パーティーはここまで!皆お疲れ様!トレーナーもゆっくり休んでくれたまえ!あ、後片付けの手伝いは心配いらないよ。ゲストを働かせるのはナンセンスだからね」

「いや、そうは言っても夜も遅いし....トレーナーとしての監督責任が」

「もう!大丈夫だってば。パパッと片付けて解散するから。さあ帰った帰った!」

「ちょっとテイオー。押すなって。全く何て力だよ」

 

 人間はウマ娘に敵わない。

こう言う場面でその事実を実感させられる。

簡単に体育館から押し出され、きらびやかな装飾に満たされた会場から一転。

暗く静かな夜の景色が視界を包み、緩やかな眠気がやって来る。

大口を開けて欠伸をしながらトレーナー室に戻る。

 

「トレーナーさん!」

「....ん?」

 

 ノロノロと廊下を歩くトレーナー室への道。

チヨノオーの声に振り返ると、制服に着替えた彼女が駆け寄ってくるのが見えた。

 

「もう、お帰りですか?」

「うん。特に用も無いし、明日も休みだからね

。テイオーに引き摺られてきた時に荷物も置いたままだったから」

「そ、それは....すみません」

「チヨが謝ること無いよ。帰る前に少し歩くだけだし。軽い運動だよ」

 

 トレーナー室で荷物を取り、戸締まりを終えたところでチヨノオーが口を開く。

 

「あの、トレーナーさん」

「ん?」

「まだ、お疲れではないですか?」

「うん。どうして?」

「でしたら、少し付き合って欲しい事が」

「トレーニング?流石に今日は止めた方が」

「違います!取り敢えず付いてきて下さい」

「ん?うん」

 

 チヨノオーの後ろを歩き、グラウンドに到着すると、彼女が振り返る。

 

「やっぱりトレーニングなんじゃ」

「いいえ、少しお話がしたいだけです」

「....なら良いんだけど」

「どうでしたか。その、リーニュ・ドロワッド後夜祭は」

「楽しかったよ。それに貴重な体験も出来た」

「それなら良かったです....それで、ですね」

「うん」

「ご褒美のお話。ありましたよね」

「そうだね。休み明けにしようと思っていたけど、今渡そうか?それなら寮まで送るけど」

「い、いえ!そうではなくて」

 

カバンに手を伸ばした俺を慌てて制するチヨノオー。

 

「その、ですね。ご褒美の事、なんですが....残念ながら、私とアルダンさんはベストデートには選ばれませんでした」

 

暫く口ごもった後、チヨノオーはそう告げた。

 

「そうだったんだ」

「マルゼンさんとルドルフさんの様には行きませんでした」

「ライバルがテイオーとマックイーンだからね....壁は高い」

 

テイオーとマックイーンのダンスを思い返す。

プロのダンサーと言われても違和感の無い二人の動きには圧倒されるばかりだった。

 

「ですので!....その、来年こそはベストデートに選ばれる様に....もう一度私と踊ってくれませんか!」

「....そんなことで良いの?」

「はい!」

「まあ構わないけど」

 

チヨノオーは強く踏み出して答える。

断る理由も無く、土産物も後日渡せば良いと考え了承する。

 

「それじゃあ今日は解散?そうだ。これお土産ね」

 

 チヨノオーに北海道の土産物を手渡し、寮までの道を指した所で下ろしていた鞄を提げていた手にチヨノオーが触れる。

 

「ご褒美。今すぐじゃ駄目ですか?」

「え?今って、もう制服に着替えてるじゃない」

「はい。でも、制服でもダンスは出来ますから」

「....ふむ。それでグラウンドに」

「はい。お気付きでしたか?」

「いや、風にでも当たるつもりかと思っていたよ」

「そうですか....ふふ」

「どうかした?」

「いえ、やっぱりトレーナーさんだなと」

「鈍感って?」

「どう思います?」

「....それじゃあ踊ろうか」

「はい」

 

 チヨノオーが優しく微笑む。

日高でウマ娘に言われた言葉が分かる気がする。

四月の中央の夜風は心地の良い温度で肌を撫でていく。

少しばかり赤く染まった顔のチヨノオーの手を取る。

 

「あ、曲」

 

音もなしに踊るのも雰囲気が無いと携帯を取ろうと動かした手をチヨノオーが握る。

 

「ーー」

 

 優しい声が夜に溶ける。

閉じたチヨノオーの口から紡ぎ出されるその音は先刻体育館で聞いた曲だった。

表情に驚きの色が見えていたのか、チヨノオーがクスリと笑う。

 

「任せて下さい。ダンスも音楽も、しっかり覚えていますから」

 

チヨノオーの足が動き、その手と共に浮かんでいた意識を引かれる。

 自信はあった。

今回はチヨノオーをリードして格好を付けようと決めたばかりだと言うのに、それもあっさりと彼女に奪われてしまう。

我に帰りチヨノオーを見れば、閉じた瞳で笑みを浮かべながら踊る彼女の顔が映る。

 

「トレーナーさんも歌ってくれますか?私一人だと恥ずかしくて」

「うろ覚えで良ければ」

「是非」

 

チヨノオーを真似て歌えば、彼女の小さな笑顔が綻ぶ。

 

「やっと二人で踊れました」

「さっきも踊ったと思うけど」

「さっきは他の皆さんも居ましたから」

「ふむ?」

「ですから今は私を見ていて下さい。他の誰かではなく私を」

「了解」

 

何か拘りがあるのだろうが、やはり俺には分からない。

会話を交わしながらも、チヨノオーは器用にステップを踏んで俺をリードしていく。

 

「やっぱりチヨは凄いね。ダンスの腕もテイオーとマックイーンにも負けないくらいだよ」

「トレーナーさんが上手なだけですよ」

「そんなことないさ。素人をここまでリードするんだから十分だよ。それに、君とのダンスが一番踊りやすいし、一番楽しい」

「っ!そ、それはずっと一緒に居るんですから....動きも合いますし、息がピッタリなのも」

「そうだね。一緒だったから君を信じられるし、信じて君にリードを任せられる。君が笑って踊っているから、俺も自然に笑えるんだと思う」

「ーーーっ!」

「君じゃなければ俺も無理して踊ろうとするだろうし、いつもみたいにヘタクソに苦笑いばかりしているんじゃないかな」

「あ、あの。トレーナーさん....えと」

「いつか君が言ってた『特別』って何だろうって考えたんだけど分からなくてさ、今になって気づいた。飾らない俺で居られる相手は沢山は居ない。何の気遣いもしないで俺らしく接せられる相手が、特別な存在なんじゃないかなって思うんだ」

「....え、う」

「飾らない俺を認めて信じてくれる。多分俺の考える『特別』は君なんーー」

「もももももう良いです!」

「ん?」

「トレーナーさんの思いは伝わりました!もう大丈夫です!」

「そう?」

 

 突然手を離し、チヨノオーが悲鳴にも近い声で言葉を遮る。

俯いて手を突き出す様子がなんともおかしい。

 

「....」

「君は自分を平凡だとか普通だとかって評価するけど、俺はそんな君だから担当になれて良かったんだと思う。俺だって誇れるような所なんて無い平凡以下のトレーナーだからさ」

 

 チヨノオーは止めろと言ったが、まだ伝えきれていない事はある。

ここで言わないで消化不良になるのも寝覚めが悪いので、もう少し付き合ってもらおうと続ける。

 

「俺みたいなトレーナーを信じてくれて、その走りを信じさせてくれる。君なら大丈夫だって何の根拠もなくそう思わせてくれる。トレーナーとウマ娘なら当たり前に出来る事の筈なのに、それがなかなかに難しい」

 

幾人ものパートナーを目にしてきたから分かる。

結果を出せずに中央を去るウマ娘を、そんな彼女達とトレーナーとの関係を。

 

「そんな当たり前の事が出来るから特別なんだと思う」

「そう....なんですね」

「ありがとう。チヨ。俺を信じてくれて。君を信じさせてくれて」

 

いつかチヨノオーに聞かれた特別の意味の答え。

正しいかは分からないが、俺に見付けられた答えはそうだった。

 

「あ、あの」

「ん、どうしたの?」

「....今のトレーナーさんの考え。きっと私も同じです!」

「....そう。なら良かった」

「マルゼンさんに、アルダンさんに、ヤエノさんに....皆さんに負けたくない。私の思いを受け入れてくれて。だから私も、一つの目標も捨てずに走って来られました!この人ならどんな夢でも信じてくれるって、どんな道を選んでも一緒に居てくれるって」

 

 それまで慌てふためいていたチヨノオーが真っ直ぐに俺を見つめる。

レース前のそれとは違うが、瞳には明るい光が灯っている。

 

「私に当たり前の事をさせてくれたトレーナーさんは、私にとって代わりの居ないたった一人のトレーナーさんだと思います!ですからこれからも、私の隣で走って下さい!」

「....勿論。君が走る限りどこまでも」

「っ!ありがとうございます!」

 

チヨノオーはぱっと笑うと、開いていた距離を踏み出す。

 

「それとですね。トレーナーさん。ダンス、途中で止めてしまったんですけど、もう一度続きを踊ってもらえませんか?」

「....門限は」

「たまには破っても良いと思います。トレーナーさんも一緒に謝ってくれればヒシアマさんも許してくれると思うので」

「うーん....まあ、良いかな?」

「はい!」

 

時には少しばかりの悪さをしても良いだろう。

チヨノオーに押される形でその願いを了承する。

 

「では!もう一度最初から始めましょう」

「了解。リードは....お願いしても良いかな」

「勿論です!」

 

 お任せ下さいと元気に答え、チヨノオーは軽快にダンスを始める。

目映いくらいに笑う彼女は、携帯電話の待ち受けで見た満開の笑顔を咲かせていた。

 

「桜。見られたな」

「どうかしましたか?」

「満開の桜」

「トレーナーさんったら。残念ですがもう桜は散っていますよ?」

「目の前のサクラの笑顔が満開だから」

「へっ!?」

 

 最高の夜だ。

リーニュ・ドロワッドに留まらず桜の華。

見逃した筈のモノを二つも目にする事が出来たのだ。

この懸命に咲き続ける桜をこれからも輝かせて行こう。

そう決意した。

 




後日サクラチヨノオー視点が上がるかもしれないと言う話。
どうせ嘘になるけど

イベントシナリオ過呼吸なりながら読んでました。
イベントガチャ250回して天井分でサクラチヨノオー迎えた以外一度も出なかったですツライ。
ゲームやるの我慢しないかん思って書いてても結果エルデに敵わない。
頭で分かっても身体はフロムに正直なんだなと。
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