それは高校入学を控えたある春の日の事
俺こと日枝和彦はリビングで父と机を挟んで対面していた
いつもなら妹と母が居るのだが、今は夕飯の買い出しに出かけている
俺は目の前にいる父に話があると言われ、2人で残っているのだが
その父は机の向こう側で何から話そうかと悩んでいる様で
その内容が何なのか、皆目見当もつかない俺は沙汰を待つ囚人の様に嫌な緊張と共に待っている
「よし」
と、父の中で整理がついたのか手を1つ打って
「どっから話したら良いか分かんないから先に聞いておきたいんだけど
和彦が秘密結社ベイクドモチョチョで改造手術を受けたサイボーグってとこからでいい?」
「うん……うん??」
なんつったこの
聞き間違いか?
「あの時は確か和彦が5歳の時だったっけなー」
「いや待って待って待って待ってwait。話をそのまま進めるのは待って」
「え?もう?何か気になる部分有った?」
大ありだよ。その言葉を飲み込んで2度深呼吸
さっきの父の如く、今度はこっちが頭を抱える番となった。
どっから突っ込めばいいんだよ。聞き間違いと思いたいが物心ついたころから健康には自信が有るし五感も頗る良好である
なのだが…その壮健さが一気に不穏に感じる事になるとは思いもしなかった。
「俺の聞き間違いじゃなかったらその…変な組織に俺がサイボーグにされたって聞こえたんだけど」
「変な組織じゃなくて、秘密結社ベイクドモチョチョ。
その名を世界に広めておまけに支配しようと目論んだ一大結社だよ。尤も、もう潰れたけどね」
その名前を一般化するついでに世界を支配しようとし存在した結社ってなんだよ
と言うか
「俺そんなとこに改造人間にされたって聞こえたんだけど??」
「そうだよ?」
「そうだよ?じゃねえよ?」
なんでちょっと誇らしげなんだよこの
「まあ信じられないのも無理はない。だがこれは事実なんだ
覚えが有るだろう?健康診断の時何故か1人だけ別室に連れて行かれた事
そしてその度に全身麻酔を受けていた事……もっとも、和彦にとってはそれが普通となっていたのだろうが
その時も含めて少しずつ改良とメンテナンスが行われ成長した様に見せていたんだ」
「……いや、流石に嘘だろ?
確かに俺だけ別室にも連れて行かれてたし、全身麻酔も受けてたけどさ
急にそんな事言われても…それに、父さんはそんなに詳しいんだよ」
確かに、1人だけ別室に連れて行かれたり麻酔を受けたりはした
が…それはそれだ。自分がサイボーグだなんて言ってるのは目の前の父親しか居ないのだ
少々ガタイこそ良いと自覚は有るが、それ以外は普通の人と同じ様に生きてきたと自分は思っている
「分かっている。到底受け入れられるものではない事は
ただ、お前達は見慣れていると思うアレを改めてよく見てくれ」
「あれって…?」
そう言う父の指さした方にはテレビ…の置き台
前面がガラス張りになっているその中にはDVDプレイヤーと、少し埃を被った三角錐の置物が置いてある位だ
「あれはな、お父さんが秘密結社ベイクドモチョチョで悪の科学者として働いていた時に腕に付けていた…ドリルだ」
「腕に……ドリルを!!!?」
そんなまさか
あれが腕に付けるドリルだった事も驚きだが
父がそれを着けていた……間違いなく悪の科学者だ。そう確信を得た
そんな証拠を見せられたら一先ず信じて見ようという気になってしまった
いやしかし待て、そうなると…
「……俺を改造したのは、父さん?」
「そうだ…父さんと、母さんの2人で和彦の体を改造した
和彦、君が小学校に入学する前…5歳だね。その日に改造を行ったのをよく覚えている」
しみじみと語る父の顔をじっと見つめる
懐かしむ様な、それでいて少し悔やむ様な表情だ。
当時、何が有ったのだろうか…少なくとも自分では思い出せない
ただどこか寂し気な表情をした父の言葉にきっと嘘はない……今はただ耳を傾けてみよう
「まだ桜子が生まれてない頃だったね
父さんと母さんが一緒に夕飯の支度をしていると、ふと『あれ、これ応用すればサイボーグ化いけるな』って閃いたのは同時だったんだが」
うん?
「それでね……こう、和彦の料理に一服盛ォ゛っ!!」
前言撤回。手が出た。
聞き間違いのない耳の良さと健やかに改造された体が感情をストレートに表してしまった
「お前…お前……馬鹿か!?
なんでそこで実の息子を実験台に使おうとか思うんだよ!!?」
「き、聞いてくれ和彦……納得してくれるかは分からないが
工学系の人間は出来る環境と材料が有ったら試さずにはいられないんだ」
「それは……分かるけどさぁ!!!」
倫理とか!法とか!情とか!!そういうのが邪魔するんだよ普通は!
なおここで一定の理解を示した事で将来『和彦にはやっぱ才能が有ったんだねぇ』とか言われるけど今は置いておく
「えー……じゃあなに、俺知らず知らずのうちに悪の組織の手先になってたとかそんな感じなの?」
「ああ、そこは安心して欲しい。さっきも言った様に秘密結社ベイクドモチョチョは既に壊滅している
と言うか、結果的には父さんと母さんが壊滅に追い込んだんだが」
「本当?何が有ったのか凄い気になるんだけど」
我が子を悪の手先になんかさせないとかそんな考えが…あるのか?
多分無いだろうけどそれはそれとして、少なくとも1人の人間をサイボーグ化する程の科学力を持った組織を壊滅させたのだ
それなりの事が有ったとは思うので一応聞くと、目の前のクズは教えてくれる様だった
「そうだね、結社は時代をいくつも先取りしていた…それが原因と言ったら良いのかな
和彦を改造した時、会社の設備や備品を使った訳なんだけどその後で総統に『秀樹さん*1、会社のもの勝手に使うのはコンプラ的にまずいよ』って言われてね
当時にしては社内規則だなんだと厳しい、時代の先を行く組織だった」
「…それで?」
「それが原因で他の幹部からもやり玉に挙げられて、結果的に父さんと母さんは結社をクビになった訳なんだけど
退職する直前に結社の資金を根こそぎ現金化して奪い去ったら立ち行かなくなったみたいでね
最終的に結社畳んじゃったみたい」
みたい。じゃねえのよ。無敵か?
そもそもコンプラ気にする秘密結社ってなんだよ…
「一応残党は居るみたいだから気を付ける様に。
地図アプリでうちの住所を検索したらカテゴリ風〇店って出るのはそのせいだから」
「あれお前らのせいかよクソボケェ!!!!
既に友達と一緒の時に検索して大恥かいとるわ!!!!」
確実に買う必要のない恨みを買うんじゃねえよ
いや現在進行形で俺からの恨み買ってんな、我が両親のくせに
オホン、と一度目の前のモノが咳ばらいをして
「ところで…
そろそろ本題に入ろうと思うんだけど、良いかな?」
「………嘘でしょ」
ここまでが…前座?
人知れぬ秘密結社が有って親が悪の科学者で自分が改造人間だとか知らされるのが、前座?
けっこうどころか普通の人生で味わう事のない衝撃既に受けてるんだけど……
「うん、まあそれで資金を持ち逃げしてこれまでなんとか生きてきたんだけど
ここにきて少々問題が発生してね…和彦も無関係じゃないから相談はしておこうと思って」
「まるで今までの事は些事だったみたいに言うじゃん。
自分の罪を自覚した方が良いと思う」
正直に言えば聞きたくない
聞きたくないが一応親だし、妹の桜子の事も有るので聞かざるをえない
「資金は私達家族が悠々自適に暮らす分には何の問題も無い額が有った
ただ1つ、誤算が有ってね」
「誤算って?クビになる時にはもう桜子が生まれる事は分かってたんでしょ?」
「ああ、そうだ……ただ
アーク〇イツや〇神が面白くてェ゛――――」
胃に右拳を叩き込む。
加減は無はしていない。改造人間のくせに人並みの力しか出せないこの身が恨めしい。
「か、和彦聞いてくれ…
我々無職に、昼と言う時間は長すぎるんだ…」
「働けボケェ!一応人体改造出来るほどの技術は持ってんだろうが!!」
「ふ、ふふ…勤労か、一応それも考えなかったでも無い」
胃から込み上げてくるものを我慢してるのか、大きく息をしながらクズは言う
「和彦、親子と言う情報…ひいき目も無しとして言って欲しい
父さんが桜子と手を繋いでいたらどう思う?」
「顎から頭にかけてと腹」
「刺そうと思う場所を聞いてるんじゃないよ?」
「えー…いや、絵面が犯罪だし」
そうそれだよ。と目の前のモノは大仰に頷くが今のところ良い所ゼロだぞ?
「ぶっちゃけ父さんは見た目が悪い。居るだけでセクハラ訴訟リスクが有るヤツを誰が雇おうと思うだろうか
父さん自身、母さん以外の女性に声をかけようものなら訴えられてストレート負けすると思っている」
「なんでそんなマイナス方向に自信満々なの…」
「正直和彦と桜子が産まれた時明らかににんげ……母さんに似てて安心したもん」
正直父の見た目の悪さに関してはあまり否定できないし、その辺の感性はこう、変な優しさすら感じるんだけどさ
それでも思い付きで人体改造施すサイコパスなんだよなあって思うと何とも言えない表情になってしまう
「それで、本題って言うのはお金がないって事で良いの?
まさか俺が高校行けなくなるとかそんなレベル?」
「いや、流石にそこまでじゃないよ。このまま父さんや母さんが今のソシャゲに課金し続けて和彦と桜子を大学に行かせる位の余裕はあるとも」
まず課金止めようぜ、と言いたいが止めねえんだろうなあ
ただ金銭的に余裕が有るとなると何が問題なのだろう?両親の老後資金とかその辺だろうか?
「ただ問題と言うのが…和彦、このままだと君は普通の企業に就職するのはまず不可能と言う事だろう」
「……え、なんで?」
ほんとになんで?
両親の過去のやらかしに関してはよーーく分かったがそれが何で俺の将来にまで影響するのか
「よく考えてくれ和彦。君は父さんと違って見た目がセクハラなんて理由で落とされる事はないだろう
高校も進学校を選んでくれた事で将来の選択肢も沢山有る……が
君の中身は時代を何歩も先を行ったサイボーグで、まず間違いなく普通の健康診断を受ければ『ナニコレ?』と言われるのが目に見えている」
「な……!」
「学生ならば父さんや母さんがかつてのコネを使って何とか誤魔化せるとは思う。
ただ一企業となるとそれも難しい。特に昨今、アラフォー既婚魔法少女を狙った怪異が大企業の更衣室に潜入した事で国も警戒しているからな……
『かつて存在した悪の秘密結社に改造を受けたサイボーグです』とバレようものなら特に罪は無くても『不安ですね~』と言う市民の声がニュースになり解雇…それ以降普通の生活を送れなくなる可能性すらある
そしてそれは……無論桜子の生活や将来にも大きく影響する!」
そう言われ…息を飲む
俺だけならまだしも…桜子にまで影響が及ぶ?
それだけは避けねばならない。だがそれは同時に俺が普通の人生を諦めるという事にも繋がる
だがしかし…しかし、同時に思ってしまった
「結局てめえらのやらかしが原因じゃねえかスットコドッコイ!!!!」
ベチィッ
と頬を張る音と俺の声が重なって鳴り響く
そもそも両親が俺を改造しなけりゃ起こらなかった事故…事件?である
痛がるクズは放っておいて、顔を両手で覆って大きく息を吐いていると…
「も、勿論父さん達だって黙って指を咥えている訳じゃないさ
解決策も有るし、それを伝える為にこうして話し合いの機会を作ったんだ」
「解決策?…俺を元の体に戻すとか?
あとは父さんのコネかなんかで就職するとか?」
「前者は無理なんで後者かな…と言う訳で、ハイこれ読んで」
そう言われて渡された一枚の紙を手に取る
目を通すと格式ばった文章で…
「…なんか『日枝和彦を首領とする新たな秘密結社の結成を認める』って書かれてるんだけど」
「そうだよー。因みに構成員は父さんと母さんでーす。
市
ほーん、なるほど。
ツッコミ所は沢山有るけど、なるほどなあ……
「クソボケがよぉ!!!!!」
この叫びを号令に、俺こと悲劇のサイボーグ日枝和彦の悪の秘密結社の首領としての生活は始まった。
真に不本意で有る事は最初に書き記しておきたい。