この破綻者に憐れみを 作:熾烈
私と日向が滞在していた小さな国。その国が魔王、ロイ・ヴァレンタインに襲撃された。
そして彼女が目にしたのは、魔王相手に自身を顧みずに向かう聖騎士達だった。
逃げようと彼女に声をかけるが、目は戦いに釘付けになって耳は遠くなっていた。
「私、聖騎士になろうと思う。貴方はどうする?」
それからある日、日向は私に言ってきた。
「………たしか、宗教には良い思い入れはなかったと思うが?」
彼女の母は宗教に嵌まり、彼女の心を締め上げた。
「…………そうね。でも私は母のようにただ縋ることはしない。教義も良いと思ってる。………それに、宗教を否定する訳ではないわ。そうしたら私は貴方を否定することになる」
まあそうだろう。彼女は人を騙す事が嫌いなのだ。
「では、私も聖騎士を目指すとしよう」
「一緒に来てくれるの?」
ああ、勿論。お前の生き様を特等席で見させてくれ。
◇◇◇
あれからどれくらい経っただろうか? ヒナタは今や
正義感が強く、事故犠牲が正義だと思う節がある。それなのに、全てを救うことは出来ないと理解し諦めている。
合理的であり、最小限の犠牲を許容する。その度に罪悪感を募らせる。
真面目で頑なで、法と教義に縛られている。
私はこの国、ルベリオスについて考えていた。魔物に脅かされることのない幸福な国と謳われているが、私からしたら歪でならない。欲が無いのだ。この国から出た聖教会派の国々では、欲が溢れているというのに。
魔王によると、安定して幸福な血液が得られるようにした結果だと。であれば、ルベリオスを国と見るより工場と表現する方がしっくりくる。ここに住まう人間は家畜なのだ。
「静江と別れてしまって良かったのか?」
あの後聞いてみた。
「……ええ。これでいいの」
新たな魔王の台頭は瞬く間にに周辺諸国に伝わった。魔物の国、それは国々を震撼させるに足るものだ。様子見をする国、滅ぼすべき主張する国、友好を築くべきとする国。中でもルミナス教及び西方聖教会は困ったことになった。
宗教は、魔物を否定し排斥、排除するものと、そう言う認識に取り敢えずなっている。ジュラの大森林に出来た魔物の国は、教義に引っかかるのだ。しかしルミナス様は、リムルとことを構えるのは得策では無いと判断し、面倒ごとになるので事態が動いてから対処していこうとお考えのようだ。つまり様子見だ。
取り敢えず静観することを通達するため、両翼会議を開いた。
ルミナス教の面倒な所は、宗教が2つあるようで1つである所だ。言い方が悪かった。組織が分断されているのだ。ルミナス教があり、それを広める為に西方聖教会が存在している。広義では西方聖教会もルミナス教の一部だが、殆ど独立しているようなものだ。ここ最近はヒナタが2つの組織の実質的トップにいるため、安定はしているが、西方聖教会を七曜の老師と呼ばれる聖教会最高顧問が私物化しているのも事実であり、非常に面倒くさい。
「待たせた」
さらに、聖騎士団と法皇直属近衛師団の仲は悪い。
会議は進み、終盤に差し掛かり、話をまとめようという時に七曜の老師が現れて混沌と化した。私は七曜の試練を受けていないので奴らの実力がどれ程か分からないが、脅威に感じるものはない。
「お前に、コレを授けよう」
「この、
これを笑わずにいられるだろうか。暴風竜ヴェルドラを屠るためにヒナタに渡した剣の名前がドラゴンバスターとは。その剣が過去に竜を倒したはずもないのに、大それた名前だ。それに、鈍らな剣ときた。あまりにあからさまで、思惑があけすけで、なんて滑稽。あれ等は未だにルミナスの寵愛の席取り合戦をやっているのだ。
仕方なくヒナタは剣を貰った。
おそらく、いや確実に今回の勝手な行動で七曜は失脚する。ヒナタはルミナスのお気に入りだ。おそらくもうルミナスにとって七曜は、西方聖教会を運営している奴、程度の認識だろう。そして、本格的に邪魔になってきた彼女を排除しようとしている。そうなれば、ルミナスがどちらを取るかは明白だ。
会議が終わったあと、2人で話していた。
「私1人で行くわ」
「そうか」
「何も、言わないのね」
「お前は頑固だからな」
「....行ってきます」
ほんの少し、残念そうな顔。
「ああ」
弱ったような、しかしてそれを対外に悟らせないようにした背中を見送った。
大方、魔王リムルにヒナタをぶつけ、ヒナタが消えてくれば良いとでも画策しているのだろう。あわよくば、共倒れも狙っている。
とすれば彼女は、死ぬことだろう。
知人の、友の、恋人の、あるいは家族の。愛する者に迫る死を知っていながらも、心も脳も凪いでいた。
私はどうしたいのだろう。
言葉にならない不思議なものがある。
おそらく怒り、憤り、焦燥、恐怖。では、いったい何に対して?
わかっている。彼女が死んでしまう、殺されてしまうことに対してではないのだと。では何に? 碌でもないことだとは思う。
彼女が死ぬことに賛成か? そんなことは無い。命を奪うことに快感を覚えるような質では無い。
それは認められない。認めたくない。だから私はこの胸の燻りを、彼女への心配ということにした。そう自分に思い込ませた。
あの日、我が上司であるルミナスに言われたことが、脳裏に浮かんだ。
そして、無意識に自分の欲も。
「ふっ、時には思うままに動いてみるか」
ヒナタが消えた方へ足を運んだ。
「ヒナタ!」
遠くにいたから大きな声を出した。そのせいかビクッと肩を震わせ彼女は振り向いた。そして私が近付くまで待って、口を開いた。
「久しぶりに私の名前をちゃんと呼んだわね」
確かにヒナタの事を呼ぶ時は代名詞を使っていた。
「何の用?」
「気を付けて行って来い」
しっかり微笑みを浮かべられているだろうか。
「どうしたの急にっ!?」
彼女が驚くことを気に留めず、私はヒナタの唇に自身のを当てがった。
数秒、あるいは十数秒。
唇を離すと。
「なっ、どうしてっ!? 今更っ!」
彼女の反応は複雑だった。怒っているのか。驚いているのか。
「...で、 なんで、なんでよっ!」
これは、私に対しての怒りではなさそうだ。
「あの時に、こんなもの捨てたというのに! この感情を諦めたのにっ!!! .......どうしてなの」
目は涙に濡れ、嗚咽混じりの声。
笑っているのか。喜んでいるようにも。
「私は、愛した女に死んでほしく無い」
「愛。そんな、私を愛しているの?」
「ああ、勿論」
「分かった。帰ってきたら、伝えたいことがあるの。それまで色々整理させて」
「いつでも良い。」
そう言って、今度こそヒナタを見送った。
まったく、何を思ってこんな行動をしたのか。
自分でもわからない。