聖剣に選ばれたのはヒトでは無かった。ただ、周囲の人間達は唖然とする外なかった。勇者の末裔、何の変哲もない市民、あるいは人間と敵対している魔族が手にしたというのなら何かしらの反応は示せた。
「ホンキャァアア! ウキ。エッキ!!」
体躯は幼児ほど。しかし、手足の付き方は人間のソレ。言葉は交わせないが、一定の知能はあるらしくエサを欲しがる位のことはできる。
全身の毛衣は黒く、夜は樹上で生活する。昼は前肢を地面に付けて地上を闊歩する。―――我々の世界ではチンパンジーと呼ばれる存在の手には聖剣『ブルーノ』が握られていた。
「嘘じゃろ……」
「カーッ!!」
チンパンジーと似たような顔をした長老の顔は見る見る内に絶望に染まっていく。犬や猫のように愛玩的でも無ければ、豚や羊の様に家畜的な存在でもない。
かと言って、魔物の様に侵略的な生物でもない。だけど、人間や家畜に迷惑をかける害獣が聖剣を手にしているのは質の悪い冗談だった。
「ワ、ワーッ! ウワッ! ワーッ!!」
「あっ! おい! 待て!」
折角手に入れた物を手放さまいと。器用に片手で木を昇り、足早に飛び移って行く。狩人達が追いかけるが、彼らを嘲笑う様にして姿を消していた。
~~
「オ、オ、オッー!」
このチンパンジー、仮に名前をサムとしよう。彼らの生活は基本的に肩身の狭い物であった。なんたって人間からは嫌われ、魔族や魔物からは簡単に狩れる食料として扱われていたのだから。
少し前までは雄と雌の集団で過ごしていたが、魔物に食い散らかされ、人間からは普段の恨みを晴らされて。サムは両親とも離れて1匹で過ごしていた。
「ウクーッ」
昼も夜も命の危険に晒されていた彼が、聖剣に引かれた理由があるとすれば、群れの長が骨などの道具を使って、獲物を仕留めていた光景を多数見て来たということもあったからだろう。最も、手にしているのは殺傷能力を極限まで高めた聖剣であるが。
小柄ではあるが、膂力は人間よりも高く。自分の身長を優に超える物を持ちながら、問題なく歩行することも出来た。だが、そんな目立つ物を持っていれば目立たない訳も無かった。
「ブルグァ!!」
「キーッ!!」
ガサガサと草葉を揺らし表れたのは、強靭な牙と顎を持つ四足歩行の魔物『ガレス』だった。サムの仲間も多数食らわれたこともあり、彼は歯を剝き出しにしながら怯えていた。
いつもならば、ガレスの顎で頭を砕かれてクソになるのが宿命だったが、今は違う。手にした聖剣を力任せに叩きつけた。
「オ、オ、ワーッ!」
「グゴゴゴォ!?」
針のような体毛を切り裂き、堅牢な頭骨を叩き割り、刀身は地面に落ちた。グラリと巨体が倒れ血と共に内容物が溢れる。
サムの喉が鳴った。瑞々しい肉と喉の渇きを潤す血が目の前に溢れている。無我夢中で歯を突き立て、舌で舐めとる。渇きと飢えが満たされ、幸福が溢れ出す。
「オホーホッ! オホッ! オホホ!!」
今の自分は追われて食われるだけの弱者ではない。募って来た恐怖と怒りが殺意と嗜虐癖に流転するのは至極当然の話だった。
荒ぶる本能のまま。サムは叫びながら走る。この世界に俺は生きているのだと。俺は声を上げて生きることが許される強者なのだと。
「キチチチ。チーッ!」
「オ、オ、オーッ!!」
猿叫に惹かれて耳障りな翅音と共に接近して来た羽虫型の魔物は、手でつかみ取りバリバリと貪り食った。仲間達を攫い食らって来た巨鳥の翼を叩き切った後は、素に押し入り卵を割って形が出来かけていた中身ごと啜った。
「アッー! アッー!!」
堪らなかった。自分の生命が存分に奮えることが無性に嬉しかった。何よりも、自分を襲って来た魔物達の大半は非常に美味だった。
ガレスの血肉、巨鳥の卵。次はどんな物が食えるのだろうか。どんな物が出て来るのか。聖剣は常にサムの答え合わせを続けてくれた。
「ゴガァアアア!!」
「イ、 イー! イーッ!!」
やがてサムが辿り着いた先にあったのは巨大な石の山だった。立塞がる様にして立っていた、火を吐く巨大なトカゲは今まで食べたことが無い程に素晴らしい味だった。この先には、もっと素晴らしい美味があるのだろう。期待に胸を馳せて進んでいく。
「ほぅ、この気配。聖剣か。今代の勇者は……」
「キーッ!」
勿論、サムに言葉が分かる訳もなく。彼は待ち構えていた魔王に襲い掛かった。まるで躊躇いも口上も無く刺されたのだから、魔王としても何が起きたか分からないまま地に付すこととなった。
自分と似た様な見た目をしているが、果たしてこれは美味しいのだろうか? 長く伸びた手足を端から齧って行く。コリコリとした食感が堪らず5つとも食べた。まだまだ、15本もある。順番に食べて、順番に食べて、背後から叫び声が聞こえた。
「魔王! 聖剣が無くても、俺達人間はお前と戦う!」
やって来た者達も。同じ様な物が付いていた。サムは嬉々として飛び掛かった。