SHIN KAMEN RIDER ~The Re:Build~   作:フォレス・ノースウッド

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第二幕最後の回です。

『真の安らぎはこの世になく』で描かれた設定、展開をできるだけ反映させたくて毎週ヤンジャン読んでますけど……ほんと緑川博士、出てくる度に株が落ち続けるマッドサイエンティスト。
『プラーナ・システム』を『人も自然も傷つけない新エネルギーとして作り出す』と今週の時点での最新話で豪語してましたけど、そんな都合のいい資源(エネルギー)なんてありませんよ(苦笑
ほんとこの人の向かう先は絶望しかないと言うか……いかに奥さんが良心回路だったか痛感させられます。

そんな博士を本作のルリ子は『バカ父』と呼びます(真の安らぎで博士のことを『父』呼ばわりだったので)が、本家でもそうなりそう(コラ

そんなルリ子さんの視点が(書いてる内に)多くなった偶発性が働いた今回、どうぞ。


ひと時の安息

「緑川……なぜ誰もわしを理解せんのじゃ……」

 

 オペラハウス調の地下ホールの壁にて磔にされた《コウモリオーグ》に打撃(ライダーパンチ)と言う名の槍を一刺ししてトドメを刺したライダーの背中を見つめるルリ子。

 

「貴方が、誰に対しても理解しようとしなかったからさ……」

 

〝コウモリ小父さん〟の最後の言葉にそう応じ、しばしの間黙して佇むライダーの後ろ姿から、ルリ子の碧眼(ひとみ)でも彼が今この場で失われた命全てに〝黙祷〟を捧げているのだと悟る。

 それを終えて振り返るライダーは、強化服(スーツ)と仮面(マスク)を着したまま、ホールを後にしようとルリ子を横切った。

 

「早く行こうルリ子くん、陽が暮れる前に樹海を出たいから」

「え、ええ……」

 

 仮面の複眼の下に流れるラインが、どこか涙の様にも見えたルリ子は、帰りもライダーの先導に続く形で地下道を登る。

 ホールから地上までのルートをオーグメントとしての超感覚と、元より備える頭脳で正確に記憶するライダーの足取りは、一転の曇りも迷いもなく進み、そんな彼の背中を暗視ゴーグル越しで見つめるルリ子の脳裏は、一週間前の記憶を思い返していた。

 

 

 

 

 

 一週間前の夜、セーフハウスの一つだった廃屋にて。

 

「このバカ父……」

 

 父、緑川博士と組織離反に関する密会をしていたルリ子は博士を罵倒していた。

 

「そんなこと、私聞いていないわ」

 

 この時ルリ子は、たった今博士から〝本郷猛を協力者とし、彼を最後のオーグメントとする為、その日に彼を拉致してオーグメンテーション中である〟旨を聞かされたばかりだった。

 

「今話しているだろうルリ子」

「今聞かされたから腹が立ってるのよッ!」

 

 どうにか落ち着かせようとしていたルリ子だったが、薄闇の中でも苛立たせてくる父のすまし顔に、とうとう声を荒げてしまった。

 

「計画を進める上で重要になるその要素、もっと早く教えなさい!」

 

 思わず手を挙げて父の顔へ平手打ちしそうになるルリ子は、必死に荒ぶる激情を抑えようとこらえる。《人外合成型》ではないだけで、自身も実質《プラーナ》で肉体を強化されたオーグメントの一人でもある為、辛うじて暴力を振るうのだけは阻止した。

 一方で白状すればこの時のルリ子の怒りの度合いは、仮にも同じ遺伝子を有する実父に《パリハライズ》――精神への攻撃(ハッキング)を仕掛けたいくらい激しいものだった。

 

「そもそも、なぜ本郷猛を私たちの協力……いえ共犯者に選んだのよ?」

「組織が以前から我が教え子をマークしていたことは、ルリ子も知っているだろう?」

 

〝ええそれぐらいは言われなくても知ってるわバカ父がッ!〟

 

 本郷猛の経歴諸々は、ルリ子の方でも一通り調べがついている。

 彼女の知る限り、オーグメントの素体としては最も高性能な人間であり、《SHOCKER》から目をつけられるには十分かつ、自身が作られるずっと昔に兄たちが経験したのとよく似た〝絶望(ふこう)〟も過去に背負っていた。

 もし彼が他の研究グループの手で、洗脳措置込みで人体改造(オーグメンテーション)されてしまったら、自分らが押し進める計画に対し、最大の障害となって立ち塞がったのは想像つく。

 そうなるくらいならいっそ、こちらが先んじてオーグメントにし、協力者としてしまおう博士の意図と理屈自体はルリ子も理解はしていた……納得までに微塵も至っていなかったことは別にして。

 

「ならせめて、本人に前以て説明はしたんでしょうね?」

「彼なら分かってくれる、本郷君は〝あの時〟から人を守れる強い力を持つことを望んでいた」

「っ………」

 

 とうとうルリ子の心中は、憤怒を通り越して呆れ返り、絶句させられていた。

 本郷猛は何の事情も知らぬまま今日、彼の生化学の師でもある父の一方的な意図(エゴ)の下、SHOCKERに拉致され、今この瞬間改造させられている事実に対して。

 

「個人のエゴのまま力を振るって、多くの力無き人々を虐げるオーグメントから彼らを守り、プラーナの未来を託せるとしたら、本郷君しかいない」

 

 己が何をしようとしているのか、少しも疑念を抱くどころか、全く自覚すらできてないとしか思えない博士の涼しい表情から目線を外せずにいるまま、ルリ子の機械化された脳から、血の気が引いていく感覚を彼女は味あわされた。

 クモオーグ――マサは昔、瀕死の重傷を負ったまだ幼い〝イチロー兄さん〟を救う為とは言え、他生物のプラーナを移植してオーグメンテーションを施した父に――。

 

〝超人的肉体は、並の精神で御するのは不可能です〟

〝君の信念かね?〟

〝経験則です、多くの失敗例をこの目で見てきましたので……〟

 

 ――そう忠告したと言う。

 今ルリ子は、彼の父へ送った言葉の意味を重く受け止めているだけに、父の行いを安易に許容などできるわけがなかった。

 本郷猛をオーグメントに仕立てた上で自分たちの共犯者(きょうりょくしゃ)にすると言うことは、肉体は人外(かいぶつ)、されど精神は人間のまま自分らに代わって同類(オーグメント)と戦い、殺すことを彼に強いることに他ならない。

 これはSHOCKERに生まれし自分たちの問題にして内紛、今まで組織の人間社会への暗躍を知らず過ごしてきた部外者を巻き込んでいい事柄じゃない……そもそもそも無関係な部外者を信用して託せるほど、自分はできた人間じゃない。

 他人を信じたくても信じられない……我ながら薄情で弱虫だ。

 そんな自分ですら、呆れて何も言えなくなる愚行を平然と実行できる父の人となりには何度もうんざりさせられてきた。

 父の言う〝個人のエゴのままに力を振るうオーグメントたち〟も、あそこまで一線を超えさせてしまった原因には、そう発言した当の本人も深く関わっているのに……まるで他人事みたいに。

 こんな調子で、一体どれだけの人間を巻き添えにしてきたのか……思わずその数を把握し直そうとしたルリ子だがすぐに止めた……多過ぎてキリがなかったからだ……教え子の本郷猛を含めて。

 

「これ以上貴方と口論しても埒が明かないし時間の無駄」

 

 この父の勝手(マッチポンプ)で、また既に賽は投げられてしまった。オーグメンテーション手術を中途で中止すれば、本郷猛は命を落としてしまう。

 さらに、これから小人数でSHOCKERを離反し、自ら裏切者の汚名を被ろうとしている自分たちには、少しでも組織の魔の手に対抗できる戦力が……兄を止める手段が……必要不可欠である事実からも避けられない。

 

「彼を協力者にしたいなら好きにしなさい、でも――」

 

 感情面で納得させるのはまだ当分できそうにないが、その分少しでもルリ子は理性で代用しようと努めることにしながらも。

 

「ほんと貴方って――〝そうやってなんでも独断で進めて、人を都合よく利用し続ける〟大バカだわ」

 

 コートのポケットに両手を深く入れたルリ子は、自身が人工子宮を出て眠りから目覚めたばかりの幼子だった頃、自分の育児(当時出生のことは秘密にし、組織の同志の遺児を養子にしたなんて嘘(せってい)で兄を欺いた)に関する面倒を押し付けてきた父に対してまだ〝ヒーロー〟として不条理を前に無力な人を守りたい〝希望〟を胸に抱いていた当時の兄ですら幻滅して冷笑した記憶を掘り返し、その時の兄が口にした言葉も引用し吐き捨てて博士に背を向け、アジトの扉を蹴破る勢いでその場を後にしていった。

 

 

 

 

 

 その時の記憶とシンクロする形で、ルリ子は地上に出た。

 暗視ゴーグルを外すと、ずっと暗闇の中にいた影響で瞳が外光を過敏に取り込み、咄嗟に腕を翳して陽光を遮り、瞼が強く閉ざされる。

 腕が差した影の助力も得て、少しずつ碧眼を開き直していくと……地上(そと)はすっかり夕方。

 この辺りは草木の密度が樹海内では比較的薄い方だったので、暁色となっている太陽の光が一帯へほぼ直接降り注いでいた。

 

「綺麗か、そうだねサイクロン」

 

《仮面ライダー》はと言えば、ずっと待機していたサイクロンの顔(カウル)を撫で、陽光と、樹海の緑を揺らす風を全身に浴びて夕空を見上げていた。

 流れる雲の一部が太陽に掛かり、陽光の一部が薄明光線(エンジェルラダー)となってライダーの凛と佇む立ち姿を彩らせ。

 彼の勇壮な姿をさらに引き立てる父の遺品であり、今や強化服(ライダースーツ)の一部となり、ルリ子が彼の首に巻いた真紅のマフラー。

 

〝これで貴方は自由―――籠(ここ)を出たければ、私と一緒に来て〟

 

 ルリ子が今日、持ち前のハッキングスキルでSHOCKERの研究施設のインフラを混乱させた隙を突き、《バッタオーグ》のオーグメンテーションを完了したばかりの本郷にマフラーを巻いたのは……彼に自由を与えるのと引き換えに、これから自分たちのエゴに彼を巻き込む〝罪〟を忘れない為に自身に突きつけた〝戒め〟の意味合いも含んでいた。

 そのマフラーは今、夕焼けの輝きを受け、一層鮮やかさを増して風が流れる宙を泳いでいる。

 

〝きれいっ……〟

 

 ライダー――本郷猛の改造された肉体も、強化服も、仮面(マスク)も、傍らにいるサイクロン号も、全てSHOCKERのおぞましいオーバーテクノロジーで構成された人工物だと言うのに、それらを纏って自然(プラーナ)の中に在る彼の姿を前にルリ子は、その碧眼に映る光景を前に、自分でも理由が分からない〝心〟がある種の感銘で震える現象で戸惑う。

 しいてこの光景を、絵画や写真として記録したとして……作品名を付けるとするなら――。

 

《大自然の使者》

 

 ――とでも命名しようか。

 我ながら、悪くない表現だと内心自画自賛した矢先。

 

〝世界を変える前に《SHOCKER》を変えよう、人類の幸福のために……!〟

 

「っ!」

「ルリ子くん?」

「なんでもないわ……なんでも」

 

 複眼越しに、ルリ子の心身を心から気遣う目線を送ってくる本郷(ライダー)から目を逸らすルリ子。

 せっかく心地いい気分だったのに、どうして急に水を差す形で、兄が決定的に変質してしまった瞬間を思い出してしまったか?

 纏う強化服一式が、ほぼ同じデザインをしているからか? 彼のスーツもベルトも、かつて兄が使っていたプロトタイプにアップデートを重ねてきたものだから、形状も特徴も似ているのは当然なのだが。

 それとも同じマフラーを巻いて、似たような信念を以て人々を守ろうとする〝ヒーロー〟だったからか?

 分からない……自分の心の動きの正体が、まるで読み取れない。

 手に触れれば、この目で見つめれば、ありとあらゆる情報(データ)を瞬時に収集、把握できる《生体演算機》の身なのに。

 と、ともかく――。

 

「いい加減樹海(ここ)から出ましょう、夜になる前に」

「それもそっか、呑気に景色を見てる場合じゃなかったな」

 

 ライダーはベルト右腰部のスイッチ二つを同時に押し、肉体とスーツともども変身を解除させる。

 本郷とルリ子は、通常形態に戻ったサイクロンに乗り、まだ陽が沈み切っていない今の内に青木ヶ原樹海から出るべく、発進させたのだった。

 

 

 

 仮面(ヘルメット)の機能で、脳内に直接表示された青木ヶ原の俯瞰図と、太陽と富士山の位置と風向きを頼りに本郷は帰りもバッタよろしく樹海の悪路をサイクロンによる八艘跳びかつ、行きよりはスピードを抑えた運転で遊歩道に入り、そのまま注意書きが添えられた木製の看板を横切って国道一三九号線の道路(アスファルト)の上を走らせて、《A.S.U》の移動司令室が設置された《森の駅・風穴》の駐車場に戻ってきた。

 空は暁色と紺色の二色に分かれ、配色の比率が夜へと向かって変遷している。

 目標(ターゲット)のコウモリオーグが撃破されたので、実働部隊が撤収作業に勤しむ中。

 

「お勤めご苦労諸君」

 

 班長(キャップ)の立花が、タンブラー二つ乗せたトレーを手に二人を出迎えてくれた。

 

「淹れたての〝あったかいもの〟でもいかがですかな?」

「じゃあありがたく、あったかいものどうもです」

「まあ……丁度喉が渇いてたし、頂くわね」

 

 対照的な反応で、本郷とルリ子は立花からの御厚意(あったかいもの)を受け取り、タンブラーの蓋を開けると、中の絶妙にミルクが混じるほうじ茶ラテが湯気を立たせていた。

 飲めば苦味と甘味と温か味が秀逸にブレンドされた美味が、口から喉へ、体内へと広がり、異形の五臓六腑の芯まで染み渡る。

 先のセーフハウスでは立花のコーヒーを遠慮したルリ子も、今はまんざらではない様子でタンブラーを両手で握り、少しずつラテを味わっていた。

 

「おやっさん? このメモって?」

 

 本郷はトレーの上にあった、例の特殊用紙に特殊インクで書かれた機密メモを手に取る。

 書かれていたのは住所。

 

「次の依頼まではそこで休むといい」

 

 行き先は《A.S.U》の構成員たちが、人知れず《SHOCKER》との戦いを送る日々の狭間で、ほんの一時の休息に使われるセーフハウスの一つだった。

 

 

「鍵はこれだ」

 

 滝が投げてきたそこの鍵を本郷はキャッチし。

 

「ありがとうございます」

「感謝はしておくわ」

 

 立花の特製ほうじ茶ラテを飲み終えた二人は、早速その隠れ家がある住所へと向かい出した。

 そのセーフハウスは東京都調布市内に置かれているので、サイクロン号は国道一三九号線から大月インターチェンジで中央自動車道に入って、再び東京都方面調布インターチェンジめがけ高速道路上を走っていく。

 東京都と神奈川県の県境に位置する小仏トンネルを通り抜け、目的地までの残る走行距離が半分を切ったところで。

 

〝~~~♪〟

 

 サイクロンの排気音(エンジン)でも消えない腹の虫の鳴き声が、彼らの周囲に響いた。

 常時空気中のプラーナを摂取している本郷は当然違うし、サイクロンも犯永久機関な特殊エンジンで動いているので、バイクにとっても空腹――ガス欠の心配は全くない。

 

「っ……」

 

 では、消去法で一人しかいない腹の虫を鳴らした張本人はと言えば……気まずそうに、気恥ずかしそうに俯き、固く口を締めきっていた。背を向けている本郷からは死角だが、ヘルメットの隙間から見える彼女の顔は、若干赤味をおじている。

 

「次のサービスエリアで腹ごしらえでもしましょうか」

 

 本郷からの提案に、彼女は黙して頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 八王子市内にある石川パーキングエリアに立ち寄った本郷たちは、レストラン・フードコートのタッチパネル式券売機にて。

 

「ルリ子くんはどれにする? 〝なんでもいい〟以外で」

「え~と、きつねそばでいいわ」

「おやっさんから結構貰ったんだから、もうちょっと奮発していいんだよ」

 

 出発の際、立花から依頼料(ギャラ)として当面の生活費(現金とキャッシュレス共々)を貰っていたので、今の彼らにはかなり金銭的余裕がある。

 

「食事なんて所詮、栄養補給の為の生理現象でしょ?それだけで十分」

「分かった」

 

 お札を券売機に入れて、ルリ子と自分の分の注文をタッチする本郷。

 

「待って本郷くん……」

 

〝ちっ、バレたか〟

 

 涼しい顔で自然と自身の注文分と取ろうとした本郷だったが、あっさりジト目なルリ子に見抜かれ、内心冷や汗を流す。

 

「食事の必要がない身体で、何食べようとしてるの?」

「あのね、いくら腹の虫が鳴かない身体になっても、精神(こころ)には食欲がちゃんと残ってるんだ、それに人間にとっての食事は娯楽でもあんの、君がどう思おうと食べさせてもらうからね」

 

 常に待機中のプラーナを摂取して空腹には困らない体質の本郷は、心と身体は別腹と主張して有無を言わせず注文と取った。

 ほんと味覚が残されていたのは幸運と言う他ない……この先永遠に霞だけ食って生きられる程、本郷とて神でも仏でもなく、食欲も食べたい時は食べたい俗っぽさも残っている一介の〝人間〟に他ならないのだ。

 

「俗物」

「言ってなさいな、オーグメントだって食文化を堪能して何が悪いか」

 

 その証拠に、ルリ子からの苦言も構わずに本郷が選んだのは八王子チャーシューメンを大盛かつおにぎり三種三個のセットと言う、結構ボリューミーの高カロリーな組み合わせだった。

 当然オーグメントは、仮にこれだけの偏食を毎日繰り返しても、体形は一切変化しない仕様である。

 

 

 

 

 

 窓際のカウンター席。

 ルリ子は先にできたきつねそばをちゅるちゅると啜って食していると、隣に遅れて大盛チャーシューメンおにぎりセットをトレーに乗せて本郷が腰掛け。

 

「いただきます」

 

 瞑目して合掌しつつ一礼して、食べ始める。

 景気よく麺を啜らせ、おにぎりを頬張る本郷の顔は、一週間振りの本格的な食事であることを差し引いても、頬を綻ばせて料理を味わっていた。

 ルリ子は彼の様子をこっそり窺い、心中で〝味覚〟を残しておいたのは正解だと思った。

 なにせ父は教え子をオーグメンテーションする際、プラーナ摂取で食事する必要は無いのだから問題ないと、舌から味覚を取り除こうと考え、ルリ子は異論を唱えて阻止した経緯がある。

 

〝彼は何の心の準備も覚悟もできずに、いきなり人間でない肉体と付き合う運命に晒されるのよ、せめて五感は全て残しておくべきだわ〟

 

 あの時はそれらしい反論(いいわけ)を咄嗟に述べたが、実際のところ、勝手に何もかも独断(本郷をオーグメント化した上で協力者にするは無論、ルリ子が生まれる以前から兄たち家族が被ってきた分も全て含めて)で進める父への反抗心から来る行為であり、特に意味は無かった。

 それが結果的に、仮にも恩師な人物から一方的にオーグメントにされた事実を許容する要素とか、助けになったのなら………幸いだったのかな?

 

「伸びちゃうよ」

 

 さすがにオーグメントの超感覚を前に気づかれず覗き見は土台無理な話で、ルリ子からの視線に気づいた本郷が箸を動かす手を止めずに食べながら、気遣いらしい言葉を発してくる。

 

「言われなくてもその前に食べきるわ」

 

 先程こそ皮肉などの憎まれ口を発しつつも、消されずに済んだ味覚と、それを使って食事を堪能する本郷の姿から、ルリ子は少なからず安堵していた。

 そう思うと、自分では〝所詮栄養補給〟と高を括っていた食事そのものも、実際にこうして食べている料理も、《プラーナ・システム》からすれば不便ではあるが、案外そう悪いものでもないと思えてきた。

 

〝お、美味しい……〟

 

 ――からか、不思議なことに食べ始めた時よりも蕎麦も具も汁も、目がハッと開きそうなくらい、美味を舌が感じられた……ところで。

 

〝待って……〟

 

 ルリ子はここである事実に気づく。

 

「本郷くん」

「ん?」

 

 一個目のおにぎりを食べ切った本郷が目を向けてくる。

 

「〝その身体〟でどうして苦も無く箸が使えてるの?」

 

 ルリ子はたった今浮かんだ疑問を投げかけた。

 オーグメントの身体機能は常人を遥かに上回っている。

 いくつか例を挙げれば――。

 

 さび付いた水道の蛇口の旋を引き抜いてしまう。

 コップや、実験に使うビーカーに試験管を軽く割ってしまう。

 時速60キロ以上で走るトラックを、正面から片手一つで強制停止させ、フロントフェイスに手形が深々とできる。

 市販のバイクの前輪を引き千切られる。

 

 ――上級オーグメントならば、変身せずともこれだけの性能(スペック)を有しており、そして当然、世間一般の日用品はオーグメントの使用を想定していない。

 ましてや箸を普通に使って食事するなど、幼児以上に困難(ルリ子も幼い頃は知識では分かってても、実際に正しい箸の使い方を習得するまで相応の訓練を要した)だと言うのに、先に本人も口にした通りオーグメントになり立ての筈の本郷は割り箸を圧壊させることなく、器用に食べている。

 

「ああ、それは身体の中の風のお陰と言うか――」

 

 オーグメントの生命を支え、全身に流れるプラーナの感覚は、各個体によって差異がある。

 兄の場合は、体内に別の生物が動いている感覚に悩まされていたらしい。

 本郷の場合は、風の感触と音でプラーナを感じ取れると言う。

 

「サイクロンを乗ってる間、身体の風の勢いに比例して力加減を制御できると分かってね、お陰様で今でも箸で食事できてるわけさ」

 

 とは言うものの、実際に実行できたのは、オーグメンテーションされる前から長年武術を学び、身体の適切な使い方を心得ていた賜物でもあるだろう。

 

「な、なるほど……」

 

 この短時間でオーグメントの肉体で日用品を扱うコツを手にしていた事実に、思わずルリ子は感心させられつつも、残る蕎麦の麺と汁を味わい続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 夕食(はらごしらえ)を経て、サイクロン号は東京都調布市に入り、多摩川から目と鼻の先に近い指定されたセーフハウスの住所に到着した。

 本郷とルリ子が見上げる先には、どこの市街地でも見かけそうな特徴のない五階建てかつサイクロン号も住まわせられるガレージ付きの事務所用ビルがそびえ立っている。

 しかし本郷の超感覚の瞳は、ビルのガラス全てが特殊なマジックミラーになっていると見抜いた。おそらく時間帯や天候に合わせてガラス表面が常に無人の屋内を常に偽装する迷彩機能だろう。出入りする瞬間を見られたり、屋上に顔を出したりしなければ、常人からは無人ビルとしか認識されない。

 本郷は滝から渡された鍵で出入口の鍵を開けて、二人は中に入る。

 

「電気は、ちゃんと通ってる」

 

 彼の超感覚なら、わざわざ電灯を点けずとも電気が使えると把握でき、そのまま二人は四階まで上がりメモに記されていたオフィスへと入室。

 その気になれば十人分の机が並べられる広さで、窓際には管理職用の長机、壁には本棚と書類、中央には応接用テーブルとソファーも備えられている。

 今夜は月明りが一際強く、わざわざ電気を付けなくても二人の視力なら外光だけでも充分屋内が見渡せた。

 応接用テーブルには、紙袋が複数置かれており、表面には本郷とルリ子の名前がマジックで記されていた。

 

「着替えか」

 

 自分の袋の中を見てみると、着替え用の衣服一式が入っており、立花(おやっさん)の気遣いに改めて感謝する。

 

「僕はソファーで見張ってるから、ルリ子くんはこの部屋で安心して休んで」

 

 事務室の出入り口の丁度向かいにある扉を本郷が開くと、人一人ならぐっすり寝られそうなベッドが設けられた仮眠室だった。

 

「うん、おやすみ本郷くん」

 

 自分の着替えが入った紙袋を手に、ルリ子は仮眠室に入り、扉を閉めると。

 

「安心……」

 

 さっき本郷の発した単語をオウム返しして。

 

「初めて言われた……」

 

 ようやく安息の時間を一時的にでも手に入ったからか、本郷に聞こえないよう小声で呟いて微笑んだ。

 

 

 

 

 

「さて……」

 

 前言通り、ルリ子が一休みしている間も本郷は念の為見張りを一晩中する気でいた。

 一応の運営者たるケイにその気は無くとも、クモオーグの様に他の上級オーグメントが自分ら離反者を狙わないとは限らない。

 幸い、この肉体と《プラーナ・システム》ならば、仮眠もせずに徹夜しても問題はなかった。

 特殊マジックミラー越しに、地上からでも月面のクレーターがよりくっきり見える瞳で神々しく輝く満月を眺めながら、本郷は調布市インターチェンジから中央自動車道を出た時、ほんの一瞬感じた〝視線〟を思い返す。

 明らかに上級オーグメントの類だったのだが……奇妙なことに、その気配からは敵意も殺気も感じられなかった。

 むしろ……あの気配を表すなら……〝興味〟とか〝好奇心〟で、とても秘密結社に属する輩には似合わない、潔さと一本気さと言った芯を、僅かな隙間(じかん)から本郷は汲み取っていた。

 それともう一つ気になるのは、あの視線を感じた時から少し間を置いて、聴覚があるバイクの排気音(エンジン)も、捉えていた。

 よく似ていたのだ………愛機(サイクロン)のものと。

 

「君は、誰だ?」

 

 こちらからはまだ正体不明の相手に対し、本郷はふと呟いた。

 ただ二つはっきりしているのは、その何者かが《SHOCKER》の一員である以上、戦闘は不可避であること。

 もう一つは、その者は自分と同じ……〝ライダー〟であることだ。

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡り、調布市内のビルの屋上――。

 

「危ねえ危ねえ……」

 

 ―――の塔屋の影に身を隠す青年が一人。

 

「さすがに、せめてもの一枚も撮らせてはくれねえか……心スッキリしねえな」

 

 ニット帽を被り、手には一番古いモデルだと一九五〇年にまで遡るミノルタ16タイプによく似た小型カメラを携えている。

 

「まあ、また次の機会にでも会いましょうや、本郷猛さんよ」

 

 青年は不敵に笑みを浮かべて屋上から地上へ飛び降り、ニット帽がナノ分子レベルで変形してバイクヘルメットになったと同時に、眼下のオートバイにそのまま飛び乗り、夜の闇の中へ排気音を鳴らせて去っていく。

 そのバイクの姿は、同じサイクロン号であり、ヘルメットの後部には《SHOCKER》のエンブレムと一緒に、こう刻まれていた。

 

 

《BATTA-AUG BAA-02》

 

 

 つづく。

 

 




はい、シンカメ屈指の人気キャラ、シン一文字さんの先行登場でした。
仮面(ヘルメット)が普段ニット帽に擬態してるのは無論原典(テレビ版漫画版共々)からですね。

その元のテレビ版でもシンでも使ってたミノルタ16(シンライダーカードでも明言)、放送当時でも廃盤だった代物、令和の時代に使うとなるとフィルム代だってバカにならないでしょう。普段から取材で使ってたとは限らないのですが。
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