硝煙香るロング・バケーション   作:MOMIZI1942

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第二章:Walk along the razor`s edge
第二十話 In Cold Blood


 バティスタ中部の主要都市、サンタ・クララ。クリストファー・コロンブスによって開かれ、キューバで最初に欧米人に築かれた都市である。

 

 人口凡そ20万人のこの都市はスペインによる植民地統治の中心地として栄え、サトウキビ、タバコなどの産業の集積地としても機能し、植民地支配から解放された後にも各種関連産業の中心として発展を続けていた。

 

 そしてこの街は、かつてのキューバという国家にとって、大きな意味を持つ都市でもあった。1958年、キューバ革命の最中、かの有名なエルネスト・チェ・ゲバラがこの地での決戦に勝利し、バティスタ政権よりこの街を解放、革命の成功をもたらしたのだ。

 

 革命によって成った社会主義政権が再び起きた革命で倒れた現在でも、街の中心部からやや外れた位置の霊廟には巨大なゲバラの像が立っており、その力強くも優しい眼差しでサンタ・クララの街を見守り、そして遠く故郷のアルゼンチンを見据えている。

 

 中部の主要都市とは言うものの、サンタ・クララの町並みは大都市と言う程の物ではない。僅かに存在する集合住宅やホテル、鐘楼を除けば建物の殆どは2、3階建てで、全体としては平坦な街並みである。そして日が暮れた後の夜半ともなれば、街灯の明かりのみが街を疎らに照らし、街の殆どが闇に包まれ眠りに落ちていくのだ。

 

 眠りに落ちた街の中、闇に包まれた路地を一台の商用バンが走り抜ける。バンはいくつかの角を曲がると速度を落とし、手入れされずひび割れた、お世辞にも上等とは言えない路面をまるで忍び足で歩く様にゆっくりと行く。

 

 やがて目的地と思しき、一室の窓から明かりの漏れるアパートの前に差し掛かる。するとバンのスライドドアが開き、何かが地面を踏み締める音が僅かに鳴る。しかし、周囲には人影はおろか野良犬や野良猫の類も見当たらず、またバンの中にも人の姿は見受けられなかった。

 

 バンはゆっくりと角を曲がってアパートの裏手に停まりエンジンを切る。ドアが開き、僅かに軋むサスペンションが人が下りた事を示すが、やはり人影は一切なく、まるで幽霊が車を運転していたかのようであった。

 

「アンナ1-1よりチャリトン、配置完了。準備は良いか」

 

《こちらチャリトン、準備良し、データリンクよし》

 

 小さな白熱球の街路灯が透明な影を僅かに照らし出す。おぼろげに見えるシルエットは透過する背景を僅かに歪めるのみで影も無く、傍目には陽炎のように見える。だが、砂漠でもなく、深夜の市街地で陽炎が起こり様も無いのは明らかである。

 

 アンナ1-1ことダニール・カザコフは様々な戦術情報を拡張現実で投影するゴーグルを通し、周囲の透明な仲間達を確認する。データリンクを介して位置情報を共有している彼らは、光学迷彩(OPT-CAM)を使用していてもシルエットをフレームで強調され、互いの距離も表示される事で建物や地形などの遮蔽物越しであっても柔軟な連携が取れるのだ。

 

 カザコフは不可視の片手を数度前へ振って前進を指示し、透明な影はゆったりと動き出し、アパートの裏口にするりと侵入していった。正面から3名、カザコフを含むもう3名が裏手より侵入し、目的の部屋へと向かう。寝静まった廊下は薄暗く、人の影も形も無い。カザコフは行動開始前の、日中のやり取りを思い出して舌打ちを一つした。

 

 

 

――数時間前、サンタ・クララ近郊のセーフハウス

 

「あら、私は御免よ。あんなの罠に決まってるじゃないの。それに行動ローテーションも私の隊は休養になっているし」

 

 黒髪の狼の亜人女、ライーサ・アルトゥーホヴァは悪びれもせずに任務を却下した。3日前、あの国道でアメリカの手先を取り逃がしたのは自分だというのに、態々情報を持ってきてやり、挽回の機会を与えようという善意をこの女は無下にするのかと、カザコフは憤りを隠せなかった。

 

「罠だと。貴様、そうやってリスクを回避しようとでも言うのか」

 

「想定されるうえで必要なリスクを負うのと、自分から糞壺に足を突っ込みに行くのとでは話が違うわ。良いじゃない、自分で得た情報でしょう? ここで一つ手柄を上げて、国に帰ったらいいじゃないの」

 

 ライ―サはシャツの前を開け、豊かな胸元をバインダーで扇ぎながらラム酒をちびりとやる。急用配置とは言え、何かがあれば即座に行動しなければならないというのに、完全にだらけたその姿もカザコフを苛立たせるには充分だった。

 

 出自もまた二人の部隊長の間に溝を作る要因だった。カザコフは軍部隊35690(特殊任務センター)出身のエリートであり、この田舎の島国に飛ばされた事に不満を覚えているのに対し、ライ―サはチェチェン人で、特殊部隊大学を出たとはいえ戦中に少しばかり特殊作戦に従事しただけの一兵卒に過ぎず、そんな女がこの国で活動する部隊を統括している事が我慢ならなかった。

 

 しかし当のライ―サが一兵卒だったのはあくまで戦中当時の話で、戦後細々としたロシアの秘密作戦に従事した彼女は、今や実際の階級よりも遥かに高い権限を有する存在となっていた。それでありながら、この田舎の島国になかば左遷の如く飛ばされ、CIAエージェントの捕縛などと言う小間使いにも等しい雑務に文句の一つも漏らさないのは、ライ―サ自身が中央(本国のお偉方)を嫌っている証であった。だがそれを知らないカザコフにとってみれば、ライ―サはただ顔が整っているだけの、田舎出身で自堕落で任務に不誠実で国家に対する忠誠心の欠片も無い、田舎に左遷されて当然の落第者にしか映らなかった。

 

「良いだろう、私の部隊のみでやる。貴様の事は国に帰ってから確りと報告させてもらうからな」

 

 去り行くカザコフの「チェチェンの田舎者め」と呟き、部屋を後にする。ライ―サの耳はそれを聞き逃さなかったが、既に聞きなれたその言葉を意に介する事もせず、ライ―サはただグラスに残った氷を口に流し込み、噛み砕いただけだった。

 

「良いんですか、指揮官(カマンディール)。奴ら全滅しますよ」

 

「別にいいじゃない。寧ろ全滅してもらわなくてはね。いい加減中央のお目付け役にジロジロ見られているのもうんざりしてきた頃合いよ」

 

 

 

 

 大小の羽虫が白熱球に集り、時折ばちばちとその羽を打ち付ける音のみが廊下に響く。遠く聴こえる犬の遠吠えを聞きながら、カザコフとその部下達はそれ以外の音の兆候に神経をとがらせつつ目標の部屋へと迫りつつあった。

 

 カザコフは突入前に再度部隊のデータリンクと、想定される敵への電子攻撃をチェックする。僅かばかりのノイズが拡張現実の表示を乱すが、ハッキング以外に電波妨害を行う以上、通常どおりの動作であった。

 

 部屋の前に到達し、証券から侵入した部下達と合流したカザコフは自身の視界と表示を共有し、磁気映像装置を使用して目標の部屋の中をスキャン、敵の所持する銃火器や、ブービートラップの類の有無を確認する。トラップは無し、武器の所持者は4名、他に非武装の1名がラップトップを扱っているが、恐らくはそれがターゲットだ。

 

 カザコフの指示で部下達は扉の淵にテープ状の爆薬を張り付け、その上に錠剤ほどの大きさの起爆装置を取り付ける。

 

「突入」

 

 号令と共に爆薬が起爆、必要最小限の制御された爆発が扉を部屋の中へと弾き飛ばし、間髪入れずにカザコフたちが雪崩れ込む。素早く標的へ指向される消音火器が大口径の弾丸を吐き出し、抑圧された銃声が数度鳴り響くと、打ち倒された標的が床に転がって部屋の中は静寂に引き戻される。

 

制圧(チスタ)!」

 

 倒された者に数発撃ち込んで射殺を確認し、部屋を完全に制圧したことを確かめると、カザコフはデスクの前で驚愕の表情を浮かべたまま凍りつく、CIAの犬、オーランド・オルドリンの髪を掴んだ―――筈だった。

 

「…なんだ?」

 

 カザコフは不思議そうに自分の右手を見る。確かに今、オーランドの髪を掴んだはずだが、手には何の感触も無かった。自分の手も透明になっているがゆえに距離感を見誤ったか。些か間の抜けた姿を晒したが、仕切り直してもう一度だ。と、再び髪の毛を掴みにかかるが、今度は明確に、オーランドの頭をカザコフの手がすり抜けた。

 

「なにっ!?」

 

『驚いたか、良い表情してるぜ、お前』

 

 突如脳裏に直接響く女の声。実際に聞こえている音声ではなく、これは部隊間で使用している思考通信(シンクコム)を介しての声だった。

 

 背景を透過する透明なバラクラバとゴーグルの奥でカザコフは驚愕の表情を浮かべる。この表情ですら目の前にいる男には見えない筈だ。そう考えたカザコフだったが、オーランドの顔を見てその驚きはさらに増した。オーランドの顔がいつの間にやら金髪狐耳、ヘテロクロミアの女の顔に変わっていたのだ。

 

「な、なんだあっ!?」

 

 半ば恐慌状態のカザコフは捕縛対象に向けて引き金を引くが、弾丸はすり抜けて背後の壁を抉るのみ。目の前でニヤけ面を浮かべる、男の身体に女の顔を持つ者は健在であった。

 

『お前の視界は中々愉快な事になってるな。どれ、ネタ晴らしだ』

 

 カザコフ達の視界にノイズが走り、強烈な閃光とけたたましい金切り音が襲う。その閃光も音も現実の物ではなく、電子的に合成された物が再生されたに過ぎないが、視覚と聴覚を電子機器頼りにしていたカザコフ達にとっては大きなダメージとなり、思わずその場にうずくまってしまう。

 

「くそ! 応戦体勢だ!」

「目が、耳が!!」

「光学迷彩が剥がれた!!」

 

 視界が戻りつつあるカザコフが見たのは、うずくまっている部下達の姿。彼らの姿は黒灰色のレインコートを被っているだけになっており、カザコフも自分の腕を見て光学迷彩が機能を喪失している事を認識する。

 

 直後、開け放たれた扉の外から腹に響くような銃声が轟き、身動きの取れないカザコフの部下達は銃弾を浴びて片端から床に沈んでいく。部下達は先程倒した敵の死体の上に倒れ込むが、その死体もまた透け、倒れた部下達の身体をすり抜けていた。

 

「う、うおおあああぁぁ!!!」

 

 カザコフは半狂乱で狙いも付けずに戸口へ向けて引き金を引き、消音機の抑圧された銃声が短く響いてその場を賑やかす。射撃レートの高い銃は即座に弾倉の中身を空にしてしまい、必死に引き金を引くカチカチと言う金属音のみが虚しく鳴り続ける。

 

 息を荒げ、何が起きたかを確かめようと必死に周囲に視線を巡らせ、カザコフは思考を整えようとするが、それを許すまじと両膝が撃ち抜かれ、部下達同様カザコフも床に転がる事となる。唯一違う点は、物を言えぬ部下達と違い、激痛に苦痛の叫びをあげられる事だった。

 

 カザコフは苦痛にのたうちながらホルスターから拳銃を抜き、戸口に向けて銃口を向けるが、その拳銃ごと右手が見えない何かにより床に叩きつけられる。苦悶に呻くカザコフのバラクラバとゴーグルがむしり取られると、眼前には心底愉快そうに下卑た笑みを浮かべるヨハンナの姿があった。

 

「よぉ、手玉に取られた気分はどうだい」

 

 その言葉と同時に、ヨハンナの拳が視界いっぱいに広がり、衝撃と共にカザコフの意識は途切れた。

 

 

 

 

「しかし、よくもまぁ簡単に罠に嵌まったもんだ」

 

「なに、前に襲ってきた連中とちっとばかし違ったからな。同じだったら中止してたさ」

 

「なぜわかる」

 

 両足の止血を済ませたうえで両手両足を縛ったカザコフをバンの荷室に詰め込むヨハンナにマヌエルは問う。マヌエルも先進技術の実験場と謳われた『大戦』に従軍した身ではあるが、古いタイプの人間を自負するマヌエルはこの手の知識には些か疎かった。

 

「ワザとらしく流した情報に引っ掛かったのは抜きにして、以前襲撃を受けた時と同じ攻撃パターンでネットに侵入してきたのと、ジャミングの方法もな。パターンが読めりゃ逆襲のしようもあるってモンだ」

 

「それだけか?」

 

「前回の襲撃してきた連中は攻撃に対する逆襲の対策が見えた。だからあの時すぐに逆ハックを仕掛けなかったんだ。だが今回は、裏口ががら空きでね。ナメてやがるぜ」

 

「電子戦について俺は何も分からん。だが、敵がマヌケで助かったって事だな」

 

「そゆこと」

 

 カザコフを詰めた死体袋のジッパーを閉じると、その横にマヌエルの部下達が部屋から回収してきた武器装備を無造作に放っていく。無許可で隊を離れ、独自行動を取っているマヌエルら一行は当然バックアップは何もなく、装備は独自に調達せねばならない為、敵の装備は可能な限り回収しなくてはならないのだ。

 

 ヨハンナは回収した装備を一瞥すると、カザコフを罠に嵌めた時よりも上機嫌な笑みを浮かべる。むしろこの罠は、カザコフと言う情報源を捉えるよりも、敵の持つ上等な装備を確保する方に重きを置いていたと言って良い。敵の隊長クラスの人物とは言え、この男は大した事を知らぬか、知っていても喋りはしないだろう。情報源としてはやや実用性に欠ける存在である。だが、敵の持つ武器や装備は、誰が使っても最低限は性能通りの働きを見せるのだ。

 

 多少穴は開いているが使用に耐える光学迷彩(OPT-CAM)が6着、消音突撃銃(AS-VAL)が4挺、SR-2M短機関銃が2挺に消音拳銃(マカロフPB)が人数分。弾薬も十分な数があり、少しばかり静かに仕事をするには充分な収穫であった。

 

「釣果は上々、後はコイツがどう鳴いてくれるか楽しみだな!」

 

 「喋る」ではなく「鳴く」と言う言葉から、ヨハンナが何をするつもりなのかを察したマヌエルはやれやれといった表情を浮かべるが、ヨハンナはどこ吹く風。気にする事も無くバンに乗り込むと、やっとで出動して来たサイレンの音を背後に、その場から走り去っていくのだった。

 

 

 

 

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