ふと、気づいた時、人間であった彼はコジオという小さな岩塩で出来たポケモンとなっていた。
思えば微かではあるが事故に遭ったような記憶がある。
もしや死に、生まれ変わったのでないか、と彼は思った。
死んでしまったのは確かにショックな事ではあるが、それ以上に大事な出来事に彼は直面していた。
手足が、無いのである。
彼は絶望した。
何故なら彼は走る事が大好きだったからである。
幼い頃から兎に角走り回り、大人になる頃には競技者として活躍する程走る事に情熱を燃やしていた。
それは、自分が死んだことより、自分が人ならざるものに生まれ変わったことより、よほど大事なことだった。
失意のどん底にいた彼に転機が訪れたのは、群れの仲間内、1体のコジオが突如光を発した事がきっかけであった。
物理的に光明が差していたのである。
そのコジオは光の中で姿が変わっていき、いつの間にか岩塩で作られた四足歩行の動物のような姿に変化していた。
ジオヅムへの進化である。
彼は驚いた。
ジオヅムには短いとは言え手足が生えていたからである。
手足と呼ぶにはずんぐりむっくりしていたが、それでもそのジオヅムは自身の足で大地を踏み締め、歩いていたのである。
どうも、自分の種族は他の生き物と戦っていく内に強くなり、ゆくゆくは姿も変わっていくらしい。
そう理解した彼の心は熱い炎に燃えていた。
もし、鍛え上げてジオヅムになったとして。
更に鍛え上げればどうなるだろうか。
もしや、ちゃんと走れる体を手に入れられるのでは?
そう思った瞬間、彼の行動は早かった。
チンピラのごとく他の生き物に喧嘩をふっかけ、よく分からないが出せる岩や泥、時には硬いその身をぶつけて倒して回った。
よくよく考えてみれば随分酷いことをしているが、それでも走りたいと言う熱い気持ちを止めることは出来なかったのである。
そうしてトントン拍子にジオヅムになり、更に強くなる為に生き物を連れた人間にさえ戦いを挑んでいった。
時には手痛い返り討ちにあったが、それでもめげずに戦い続けた。
そうして季節が十数度変わった後に、彼は念願の、走れる手足を手に入れた。
そう、キョジオーンへと進化を果たしたのだ。
それはもうとても喜んだ。
とってもはしゃいだ。まるでクリスマス当日の子供の様だった。
兎に角走ろう!ウキウキ気分の彼は太く大きい脚を一歩踏み出した。
新しい体にまだ慣れていないのか、その動きはゆっくりとしたものだった。
もう一歩。もう一歩。
一歩一歩を噛み締めるように踏み出し、慎重に、けれど段々と大胆に脚を動かした。
それは、人間からすれば走ると言うには遅く感じるものだったが、それでも確かに、走ることに成功した。
「ゴ〜ン!!!ゴゴゴゴ〜〜〜ン!」
彼は感動のあまり目から塩をこぼした。
これを嬉し泣きと言えるのかは些か疑問ではあるが、嬉し泣きをしたのは前世を含めても初めての事であった。
彼は改めて走ることの素晴らしさを感じた。
そうして、段々進化した感覚に体が追いついたのか、ジョギング程度のスピードで走れるようになった彼は、生まれ故郷である東3番道を走り回った。たくさん、たくさん走った。
進化して手に入れたこの体は、スピードは兎も角体力はかなりある様で、昼夜問わずぶっ通しで走る事が出来た。
そうして、満足するまで走り回った後、ふと立ち止まった時にその目に飛び込んだのは朝日に照らされる今世の故郷の姿であった。
陽の光に照らされた岩山は光を反射してキラキラと煌めき、辺り一体が宝石の様に輝いて見えた。
美しい。
今まで景色を楽しんだ事など一度もなかったが、好きなだけ走った果てに見たこの光景は、彼の心に深い感動を刻んだ。
そうして日が完全に昇るまで故郷を見届けた後、彼は自身の身の振り方を考えていた。
目標を達成して心に余裕が出来た今、自身の現状を改めて考える。
この世界、もしやポケモンの世界なのでは?
彼は知るよしも無いが、パルデア地方はポケットモンスタースカーレット・バイオレットの舞台である。
対して彼はポケモンの知識が金銀で止まっており、いまいち自分が生まれ変わった世界について正体が掴めずにいた。
しかし、進化する過程で色んな生き物と戦っている内に自分でも見たことのある生き物と出会い、疑念は確信へと変わって行った。
この世界は、自分にとって、ある意味では未来のポケモンの世界なのだ、と。
小学生の頃は友人と一緒になって遊ぶ程度にはポケモンを楽しんでいたが、中学生になってから競技者としての道を本格的に進み始め、結果としてポケモンからは離れてしまっていた。
しかし、ポケモンが嫌いになった訳では無い。
むしろ好きだし、そんな世界に生まれ変わったのは好ましい事だと思った。
進化の過程でコテンパンにしてしまったが、進化した今となっては戦う理由は一つもなく、その気になれば友好関係さえ築けるだろう。
ふむ、と彼は考え込んだ。
走った先で見た景色。
未知のポケモン達。
久しぶりに思い出した走る為に走ると言うことの気持ち良さ。
せっかくの新しい人生なのだ、目一杯楽しみたい。
そして彼はこう考えた。
この世界を走ろう、と。
こうして、世にも珍しい走るキョジオーンが誕生した。