「もふら君、話って…?」
「ちょっと長くなりそうだから、座って話そっか」
部屋の中へと戻ったもふらは、まず椅子に座ってお茶を淹れた。もみじもそれに続く。
「まず話を始める前に一言だけ」
お茶を一口飲んだ後、後ろ暗い表情をしながらもみじに向き直る。
「ごめんなさい!」
「なんで!?」
急に土下座しながら謝罪してくるもふらに、もみじは驚きを隠せないでいた。話より先に土下座が来るなど普通は思わないだろう。
正直いきなり謝っても混乱させるだけなので説明をしなければいけないなと思い、もふらは頭を上げた後、コホンと一つ咳払いをしてから口を開いた。
「──正直に言うよ。ボクはキミの事を避けていた。ううん、キミから逃げていた」
自分の胸を抑えながら話すもふら。胸が締め付けられそうになるのを必死に堪えながら、一つ一つの言葉をゆっくりと紡いでいく。
「でも逃げるのはもうおしまいにする。キミの事が好きだから。これ以上、隠し事はしたくないんだ」
「──えっ……え?」
真剣な表情でもみじを見つめるもふら。いきなり今までと違う態度を見せてきたことに、そして今までと違う言葉をかけてきたことに、もみじは混乱していた。
(──え? 今なんて? 私の事? どういうこと? もふら君が…?)
先ほどの言葉をもう一度頭の中で繰り返す。
キミの事が好き──
「──うええぇっ!!?」
「ど、どうしたの!?」
いきなり頬を赤く染めながら叫ぶもみじに、もふらは驚きを隠せないでいた。
このタイミングで叫ばれる理由など彼には特に思い浮かばなかったからだ。
もしや自分の想定が甘く、もみじにとっくに嫌われてしまっている可能性を想像してしまうこともあった。だがすぐに首をブンブンと横に振って切り替える。
もし相手に嫌われていたとしても、この想いを…この気持ちを伝えなければ
「大丈夫?」
「う、うん…! ちょっとびっくりしちゃっただけだから。取り乱してごめんね。うん、もう大丈夫!」
大きく深呼吸をして気分を落ち着かせるもみじ。顔色も徐々にだが元に戻っている。少しすれば、またいつもと同じ状態になるだろう。
とりあえず今は、冷静になって真意を聞かないと。そう思っているのだが、初めて受けた告白にどう対応していいのか分からず、戸惑ってしまう。
「──えっとね…もふら君。す、好きって言うのは、その…あの」
「…んん?」
勇気を振り絞って出したかのようなギリギリ聞き取れる程の小さな声で話すもみじ。もじもじしているその姿に、もふらは些かの疑問が湧いてきていた。
(あれ…何か、何かおかしい気が? まるでとてつもない間違いを犯してしまったかのような…)
その何かがもふらには一切分からない。分からないのなら聞くしかない。これ以上彼女との溝を広げる訳にはいかないので、すぐに質問をする。
「あの…もしかしてボク、何か傷付けるような事言っちゃったり?」
「何でそうなるの!? いやそうじゃなくって! …その、もふら君が好きになるのは、てっきりあさひの方だと思ってて…」
「…あっさー?」
いきなり出てきた名前に思わず疑問符が浮かぶもふら。確かに彼女の事も好きではあるが、どちらか一方にしか好意を抱いてはいけないような言い方には何か引っかかるものを感じていた。
「その呼び方だってそうだよ。だってそれ、あさひに
「えっ…なぜバレて」
「だから──」
「いや待って待って! なんでさっきからどっちがより好きか、みたいな話になってるの…!? ボクはキミも、あっさーも、姉御も、兄者も、
「……んん?」
皆のことが同じくらい好き。
その言葉を聞いた瞬間、もみじの動きがピタリと止まった。そして今までのもふらの発言をよくよく思い返してみる。
そして思索に耽ること数秒、何かを突き止める為かのような疑念を持った表情でもふらへと質問をするのだった。
「…ねえもふら君、一つ聞きたいんだけどいいかな?」
「……? いいけど」
「その好きってもしかして…友達としてって意味?」
「そうだけど? それ以外の意─たぁい!!」
もふらの返事を最後まで聞く前に、頭へチョップを繰り出すもみじ。大きなため息を吐いた後、とんでもなく呆れた表情になった。
「あ、頭がぁ…割れ…」
「…紛らわしいよ、もう」
「え? いまなんて──」
「反省して!」
(あっ、ヤバい。これ、昔あっさーにガチ切れした時のとまったく一緒のやつだ)
明らかに怒った顔と声でそう促すもみじ。その圧力にもふらは恐れおののき跪いた。これには逆らってはいけない、と心が警鐘を鳴らしている。
そしてそれから数分間、もみじのありがたいお説教を食らう羽目になったのだった。
「いい、もふら君? 女の子に好きだって言葉、これからは軽々しく使っちゃダメだよ?」
むすっとした表情でこれでもかと言うくらい注意を促すもみじ。無言で正座をずっとさせられていたもふらは足が痺れて顔がヤバい事になっていた。
「か、軽く言ったつもりは…」
「また反省する?」
「…ごめんなさい」
この状態のもみじは静かに恐怖を与えてくる恐ろしさがある。昔はあさひがその被害者となっていたのだが、当時はまさか自分がこうなるなどとは思いもよらなかっただろう。
「なんか昔に戻ったような気分だなぁ。またこうやって話して、一方的にやられて…いや、やられてたのはあっさーか」
「なんか私のこと乱暴で暴力的みたいな言い方してる気がする」
「気のせい気のせい。でもあの頃はホント、毎日が楽しくて輝いてて。まひ兄やみは姉も、あの時は凄く仲が良くって」
その思い出を
「──
「…………あ」
思い出に酔いしれていたせいで、大事な事をうっかり口に漏らしてしまった事に気付くもふら。前に穂月姉妹にそんな説明をした事をみはりから伝えてもらっていたのだが、一番大事な部分である名前だけはまだ知らせていない。と言うか考えていない。
(ややややややヤバい!! やっちゃった! どうするどうするどうする?)
突然の出来事に頭の中がパニック状態になるもふら。唯一の救いは、ポーカーフェイスが崩れないままこの状態になったことだろうか。
「お兄さんの名前──というより愛称だけど初めて聞いたなぁ。何だかまひろちゃんみたいな呼び方だね」
(やっぱそこに行き着くよね。同一人物だから似てるどころか同じなんです!)
早く言い訳と都合の良い嘘を考えねばと躍起になる。しかし焦りのせいか上手く思考が纏まらないでいた。
(と言うかどうしてこんなことになったんだ…彼女に話があるって呼びつけて、それで──)
そこまで思い返した時、もふらの思考はふと止まった。そうだ、自分が話そうと思ったのは二年前の、あの頃の自分の事ではなかっただろうか。何故この程度の事すら思い浮かばなかったのか。
話す
深呼吸してゆっくりと口を開いていく。
「実は、ボクが話したかったこと…それは、そのまひ兄──緒山
かつてないほどの真剣な表情をするもふらに、もみじは静かに頷くのだった。
♂♀♂♀♂♀
緒山もふら君。彼のことは今でも不思議な子だなぁと思っている。
小学校の体育の授業で出会うまでの彼を一言で言うなら、いつも無気力な子って印象だった。後でお姉さんに聞かされたけど、どうやら相当なお姉ちゃんっ子だから1人で学校に通うのが憂鬱だったみたい。
体育の授業の後、友達になった彼を一言で言うなら好奇心旺盛な子って印象だった。後でお姉さんに聞かされたけど、どうやら初めて友達が出来たから相当にはしゃいでいたみたい。あの時は女の子のような髪型だったのも相まって可愛かったなぁ。
小学五年生に上がって少し経った頃、その時の彼を一言で言うなら何かを必死に我慢している子って印象だった。お姉さんにも理由は分からなかったのか、この時の事だけは聞かされることはなかった。この頃から少しずつ、彼と遊ぶ回数は減っていった。
今まで色んな顔を見せてくれたもふら君。その彼とどう接するのが正しかったのかは今でも分からないけれど、それでも何もしないよりは、やった方が良いのは確かだから。せめて挨拶だけでもと、学校の日はほぼ毎日交流を続けていた。
そんな日々を過ごし続け、中学一年の2学期になった頃。休日に1人の女の子と出会った。
女の子らしさを感じる綺麗な長い髪と可愛い衣装。でも顔だけはなんだか彼に似ている。何処か不思議な子だった。
頼まれたおつかいをこなそうとしていたけど、人混みが苦手な性格だったから、1人でずっと困っていたみたい。
そんな彼女を手伝って買い物も無事完了した後、合流してきたお姉ちゃん曰く、彼女の名前は緒山まひろちゃん。お姉ちゃんが聞いた話によると、もふら君とは双子の兄妹らしい。どおりで似ていると思った。でも小学校の頃、こんな可愛い子見かけた覚えがないんだけどなぁ。また今度それとなく聞いてみようか。
後日。最近もふら君が私の事を妙に避けているような気がする。元々話す機会は減っていたけど、まひろちゃんと知り合ってからは目に見えて少ない。
これは良くないよね。そう思ってまず、家に寄るところから始めて、そのまま別の話題に話を繋げてみようとしてみたら、物凄い早口で捲し立てられた上に凄い速度で逃げるように去って行ってしまった。何か理由があっての行動なんだろうけど、ここまで目に見えて友達に避けられると少し悲しいな。
まひろちゃんのお部屋にやってきた。意外と男の子っぽい部屋だと思っていたら、実際は大学生のお兄さんの部屋をそのまま使ったものだったらしい。でも女の子が使う部屋にエッチな本を置いたままにするのはどうかと思うし、会った事ないけど正直軽蔑したかも。
その後行った本の片付けを手伝った際、ちょっとトラブルが起こっちゃって……まひろちゃんのを揉んでしまっていたところをもふら君に見られてしまう。柔らかい──じゃなくて早く誤解を解かないといけないんだけど、すぐにいかがわしい関係だと断定されて逃げられてしまった。事情を聞いたお姉さんやまひろちゃんが説明してくれたからか、誤解だと気付いてすぐに謝ってはくれたけれど、彼との距離は余計に広がった気がする。
…あれ? 何だか、まひろちゃんと関わる度にもふら君との仲が悪化している気がするような。でもまひろちゃんとはもっと仲良くなりたいし、もふら君ともどうにか仲直りしておきたい。
そう思っていた矢先、お姉さんとお姉ちゃんからの提案で温泉旅館での一泊旅が提案される。勿論私もまひろちゃんも同意した。もふら君はお姉さんが何とか説得して連れてくるらしい。
そして旅館の中で行ったゲーム。その罰ゲームの結果で二人きりになった途端に、もふら君から話があると言われた。
いきなり謝ったと思えば、私の事を好きだと言ってくるもふら君。突然告白されて頭がパニックになったけど、実は友人として好きだと言っていたみたい。何でこのシチュエーションで言ってくるのかな…もう。ホントに紛らわしいよ。
そして現在。もふら君は真剣な表情でお兄さんの事、そして自身の事を一つ一つ丁寧に教えてくれた。
「二年前。緒山まひみち──まひ兄は大学に通った後、勉強も人間関係も上手く行ってなかったみたいでね。次第に落ち込んで笑顔も見せてくれなくなってしまったんだ……その反動なのか、いかがわしい本やゲームがどんどん増えていったみたい。まひーの部屋の本棚はその名残、みたいな物かな」
「あの本棚にそんな理由があったなんて……まひろちゃんが捨てないように頼んできたのは、そんな意味も込もってたからなんだね。事情も知らず、勝手に軽蔑しちゃったのは良くなかったな…」
「いや、それは軽蔑していいと思う」
「え?」
「ううん、何でもない!」
もふら君は何かを誤魔化すかのように首を横に振った。何か気になる事を言った気がするけど、今は話を聞く事に集中しよう。
「コホン。それと同時期にまひーも病気が酷くなっていってね。今でこそ元気にしているけど、当時は本当に酷かったんだよ」
「まひろちゃんが…?」
「小学校にいなかったのもこれが原因なんだ。最近になって本当に良くなってきたし、激しい運動をしてももう大丈夫だけど、それでも学業復帰にはもう少しかかりそうかな」
「そうだったんだ…まひろちゃん、家にいる時はよく寝てるみたいだけど、もしかしてその病気が原因だったりするのかな」
「いや、それは元からで」
「え?」
「ううん、何でもない!」
もふら君はまたしても首を横に振った。何か隠しているような気がして気になるけど、話はまだ終わっていないみたい。でもなんだか、さっきまでより少し口が重いように見える。
「…そんな二人が大変な時期。両親は海外で仕事、みは姉も大学に入ったばっかで忙しくて中々手がまわらない。そんな状況でボクが家族に出来た事なんて…結局一つもなかったんだ。一つもね」
言いづらそうにしながら、ゆっくりと話すもふら君。悲しげな表情をしながら、彼は強く拳を握りしめていた。
「そんなボクが日々を楽しむ資格なんてあるのかって、ずっと考えて考えて考えて、そして周囲に嘘吐いて悩んでの日常が今になってまで続いて」
「………」
「何も出来ないどころか皆に心配ばっかりかけさせてしまってさ、ホント…ボクは何の為にこんな事してるんだろうってなって。もう自分自身のことすらよく分からないでいて」
「もふら君…」
「…ごめんね。こんな話聞かせちゃって。それでも、キミにだけは聞いて欲しかったんだ」
もふら君はそう言って私に微笑んでくる。明らかに無理をして作った笑顔をしながら。
そんなに無理して笑う必要なんてないのに。そんなに無理して話す必要だってないのに。それでも彼は自身の過去を告白し続けていった。
♂♀♂♀♂♀
「──これがボクの話したかったこと。自分勝手でわがままで、未練がましいボクの過去……失望したよね? 何だかんだ言っても、結局は自分の意志で皆を避けてたんだから」
「それは…」
「無理しなくて良いよ。隠さずに話すと決めた時点で覚悟してたから。こんな状態で仲直りするなんて虫のいい話、あっちゃいけない」
言葉とは裏腹に、もふらの顔はすっかり気落ちしていた。当然だろう、かつての友に嫌われるというのは辛いものなのだから。
「…こんな事言えた立場じゃないけどさ、まひーとは友達のままでいてあげて。表には出してないけど凄く嬉しそうで──」
「待ってよ! なんで自分は嫌われてるみたいな言い方するの。そんなことは誰も、少なくとも私は一言も言ってない」
「えっ?」と驚愕の声をあげながらもみじを見る。その表情は悲しげで、だけどもなんだか怒り気な雰囲気を感じた。
「もふら君は自分に責任を押し付けすぎだよ…! もっと自分を許してあげよう? もっと友達と遊ぼう? もっと皆で相談し合おう? もっとちゃんと、今の自分を見てあげよう?」
「今の、自分…?」
言われて窓ガラスにうっすらと映っていた自分の姿を確認するもふら。そこに映し出されていたのは涙を流す黒髪の少年の姿。
「え……ボク?」
「もふら君、ついさっきから泣いてたんだよ…? 本当は辛かったんだよね。もっと遊びたかったんだよね」
「……うん。でも、お兄ちゃん達の事も大事で…! だからボク…」
「…泣いても良いんだよ。今だけはね」
よしよしと、何も言わず優しく頭を撫でてくれるもみじ。もふらはその厚意に甘え、ただひたすらに涙を流してしまうのだった。
「───情けない格好、見せちゃったな…」
少し心が落ち着いたもふらは、さっきまでの自分を思い返し、顔が赤くなったり青ざめたりを繰り返していた。
「でも私は良いと思うなぁ。例え格好悪くても情けなくても、最後に笑えた人が一番格好良いと思うからさ」
「…発言がイケメンだなぁ。その台詞で一体どれだけの女の子を落としてきたんですか?」
「も~、真面目に聞いてよ」
ぷんすかしているもみじに「ははは」ともふらは誤魔化し笑いをする。少し調子が戻ってきたようだ。
今なら約束──仲直りも果たせるだろう。ちょっと照れくさそうにしながら、もみじの方へと向き直った。
「…今頃になって、行動を始めて…こんな情けない姿まで見せて何だけどさ。その…ボクともう一度、友達になってくれませんか…?」
それを聞いたもみじはすぐに返事を返そうとしたが、何か思うところがあったのか、突如「うーん」と唸り、何を思い浮かんだのかおもむろに人差し指を立てて言ってきた。
「条件が一つ」
「条件?」
「昔みたいにちゃんと愛称で呼んでよ。それが条件」
「愛称…」
「ずっとキミって呼ばれるの、何だかくすぐったくてさ」
かつて呼んでいた愛称を思いだすもふら。二つある内の一つは、あまりお気に召していなかったようなので、すぐに変えた覚えがあるが、もしかするともう一度呼んで欲しいのかもしれないので、こちらの方を先に口に出す事にした。
「えっと──じろちゃん?」
「そっちじゃないから! ほら、その後
「うーん…この歳になってちゃん付けはちょっと」
「変なところで恥ずかしがるよね、もふら君」
「つきだけだと収まりが悪いし。う~ん……そうだ! これならどう?」
もふらが名案を閃いたような顔でもみじに提案をしてきた。何故か自信満々な表情をしている。
「
どうどう? と言いたげなキラキラした瞳で返答を待つもふら。その表情はまるで褒めてもらいたい子犬のようで、そう言うところはなんだかあさひに似てきたなぁ、ともみじは思った。
「うん、それでオーケーという事で」
「それじゃあ!」
「改めて、緒山もふら君。私とまた、友達になってくれますか?」
「──うん、よろこんで!! ……ありがとね、つっきー」
もみじから差し伸べられたその手をギュッと強く握るもふら。旧来の親友と出会ったかのように、二人は笑顔でその握手を交わしていく。その
「もふら君」
「ん?」
「お兄さん…いつか笑える時が来ると良いね」
「…うん」
返事をするとほぼ同時に、窓の外に罰ゲームを遂行中のまひろ達の姿が見えてきた。かえでが相当手助けしてくれたのだろう。じゃないとここまで来れる訳がない。
まひろが何か叫んでいる。その声は中にも聞こえてくる程だ。
かえではサポートと応援をひたすら行ってくれている。一番苦労をかけさせてしまったので、何かお礼でもした方が良いだろう。
みはりはなんだか凄い喜んでいる。こんな展開であろうとも、兄におんぶしてもらえるのは嬉しいものなのだろう。
三者三様の姿を見て思わず笑ってしまうもふら。もみじは少々苦い笑いになっている気がするが、まあそれでも良いだろう。悲しくしてるよりは、笑っている方が何十倍も良いことなのだから。
(……大丈夫だよつっきー。今はちゃんと、笑ってるからさ)
まひろの姿を見ながら、もふらは静かに微笑んだ。
仲直りも王様ゲームも無事終了。丁度良い時間帯になったので浴衣に着替えて温泉へと直行。
向こうの入浴時間が長いのは分かっているので、一人ゆったりと普段よりも少し長めの時間浸かっていくもふら。リラックスこそすれど、銭湯の時の二の舞はしないように細心の注意は払っておく。
「ただいまー……なんて──あれ?」
温泉からあがってすぐに部屋へと戻ったもふらだったが、そこにはすでに先客がいた。
「2人だけ…? 一体どうしたの?」
「それが──」
みはりは温泉に浸かっている間の出来事を丁寧に教える。
まひろに使われた女の子になる薬の効果が抜け始めたこと。今は下だけだが、明日の朝頃には完全に男へと戻ってしまうことを伝えられた。
「…それは、もしバレてしまったら」
「きっと、今まで通りじゃいられないでしょうね」
「そんな…何もこんな旅行の最中にならなくても」
いくら嘆いたところで運命の神は微笑まない。どれだけ尽力しようと起きてしまった事は変えようがないのだから。
「オレ……けっこう居心地良かったんだ……これでもう、おしまいなのか…」
「まひ兄…」
涙を流しながらそう口にするまひろ。その姿に嘘偽りなどはなく、本当に
「大丈夫…終わったりなんてしないよ。だって──」
まひろを優しく抱き締めるみはり。しかしその後、懐からおもむろに何かを取り出す動作をしたかと思えば、何か液体の入った瓶状の物体がいつの間にか手に握られている。
「ちゃんと持ってきてるからね。女の子になる薬!」
「は……早く言え~~~!!」
「この姉は…」
絶妙に引っ張って公開していくスタイル。もしかすると姉にはサディズムの傾向があるのかもしれない。と将来が少々心配になってくるもふらであった。
「けどいいの? それ飲んだら当分は女の子のままだけど。それにもふらも、最初はこの計画に反対気味だったと思うんだけど」
「えっ、そうなの?」
少し驚いた顔でちらりともふらを見るまひろ。女の子になった瞬間、やたらと写真を撮ってくる姿を見れば疑いたくもなるだろうが。
「大丈夫。覚悟ならとっくに出来てるから。それに姿形だけがまひ兄の全てじゃないし」
何一つ曇った表情も偽りもなく、ただただありのままの表情でもふらは話を続けていく。
「いつかは終わる事かもしれないけど、今だけは良い夢見たってきっと、バチは当たらないはずさ」
「ふふ……なんか変わったね、もふら」
「だからまた始めよう、まひ兄。ここからボクらの
「…おう!」
薬をグビッと一気飲みするまひろ。きっとこの先も苦難はあるだろうが、今はもう少しだけ…この話を続けていこう。
「んー…? まひに──まひー、何して…」
真夜中。眠りが浅かった為か、隣で寝ている兄から何かゴソゴソしているような音が聞こえて目が覚めてしまうもふら。
眼をこすって見てみると、そこには衝撃のシーンが待ち構えていた。
(───えっ……え? つっきー…? えっ?)
その目に映るは兄から毛布を剥ぎ、更に浴衣をひん剥いて下の部分を覗くもみじの姿が映しだされていた。
「ななななななな…!」
「……ハッ!! う…うーん…むにゃむにゃ」
驚愕のあまり、うっかり口から声が漏れてしまうもふら。それに気付いたもみじは、焦ってどうするか迷った末にふて寝を決め込む事にした。
謎に誤魔化されて流れる暫くの沈黙。もみじに起こされて同じく放心した状態になっているまひろへと質問を迫る。
「えっ…えっ? どとどど、どういうこと?」
「オレが聞きたい! 今のなに!?」
こそこそと話し続ける
翌朝。もみじも合わせた三人の弟妹達は揃いも揃って寝不足で目に隈が出来ていた。
「つっきー……あれ、一体なんだったの~…?」
「な、なんのことー!? 私寝てたからよく覚えてなくって…!」
「目に隈出来てますけど!?」
リスタートの初日から、まひろを巡った受難は続いていく。何はともあれ危機一発の状況を乗り越えたのだから、これからもきっとこんな日々が続いていくのだろう。
(しかし、まひ兄の胸を揉んだ次は下を見て……一体次は何をするんだろう? なんか心なしかドキドキしてきたような)
しかし、二人の関係性…それがもふらの心に一つの爪痕を残す事になろうとは、この時誰も思いもよらなかったのだが、その話はまた後日に。
閲覧ありがとうございます。もみじへの唐突な愛の告白(偽)は、当初入れる予定がありませんでしたが、この先考えている話に恋愛系の展開が今のところないので急遽ぶっ込みました。もうなるようになっちゃえ。
今回の話をもって、第一部 完みたいな感じです。ここからもふらも少しずつですが成長を遂げていくことでしょう。弟属性ばっかり目立っているので、少しずつ頼りになる男子へ変貌出来れば良いなぁ、とは思ってます。
半端に書いて半端に終わったイラスト。
【挿絵表示】
さて、次回はもふらの目標の為、お兄ちゃん達が身体を張ってくれる話になります。お楽しみに。
以下オリキャラ(仮想)設定
緒山まひみち
もふらが誤魔化す為に創りだした架空の兄。遠くの大学に通っていたものの、二年間勉強も人間関係も上手くいかずに孤立した存在となっていたらしい。その感情をぶつける相手もいなかった彼はエロゲーやエロ本に走るようになり、日々のそのストレスと孤独感により段々と笑顔を失うようになっていった。
まひろの使っている部屋は元々彼の部屋であり、大量に積まれたエロゲーやエロ本は大学で上手くいっていない自身の心の表れのようなもので、その膨大な数は周囲の人々には計り知れない程の苦難と苦悩に満ちている事を表している。
ともふらは説明しているのだが、実際のところは只の妄想である。まひろの設定もだが、息をするかのように嘘を吐いていくスタイル。
しかし、この説明のおかげでもみじの真尋に対する好感度が少し戻ったとかなんとか。
ちなみに名前を漢字で書くと真比路。こんなガバガバな嘘と設定で本当に大丈夫なのだろうか。