第8話 もふらとクッキングファイター
「こ、これは──!?」
休日、緒山家のダイニングにて。まひろ達と遊びに来たもみじは衝撃的な現場を目の当たりにしてしまう。
まひろが床にぐったりとして倒れていたのだ。意識も何だか朦朧としている。
「まひろちゃん!? しっかりして、まひろちゃん!」
「あ、もみじ…? 来てくれたんだ……わたしは、もう駄目みたい…後はお願…い……ガクッ」
「まひろちゃーーーん!!」
その握った手から力が失われ、静かに息を引き取る(死んでない)まひろ。何だかその目は安らかなもので、とても美しく、そして儚い印象がイメージされてしまう。
「もふら君…これは一体どういうこと!?」
顎に手を添えながら立ち尽くすもふらに疑問をぶつけるもみじ。状況が理解出来なさすぎて唯一無事な人物に情報をもらうしか手がなかったのだろう。
「──ん? うーん…まあ内容はシンプルなんだけど、一応最初から説明しておくね」
冷蔵庫の中を物色しながら、もふらは説明を始めていく。
数時間前。
「それじゃあ、しばらく出掛けてくるからお留守番よろしくね。お金置いといたから、お昼はお兄ちゃんと何か食べに行ってきて」
「はーい、いってらっしゃい」
休日の朝から何の用事があるのか、大学の先輩に呼ばれたようで、みはりは早くから出掛けていく。その姉が出掛けたのを見届けたもふらは、ニヤリと悪い笑みを浮かべていく。
「フッフ…これはチャンスか。よし、今この時より計画を実行する」
まっすぐキッチンへと赴き、シュババっと材料を用意する。卵にひき肉、玉ねぎに牛乳、そして調味料を複数。作る料理はすでに決まっている。オムレツだ。
「これより第一回、MOHU`Sキッチンを開始する」
素人とは思えない程の速度でテキパキと工程をこなして行き、数十分の時間を経て遂にそれが完成した。
「出来…た?」
皿の上に乗るは、ボコボコと不穏な音をたてる真っ赤なドロドロの液体。その下に隠された謎の黄色い物体が余計なアクセントを付け加え、これ以上ない程の不協和音をかき鳴らしていた。
どこをどう見てもヤバい品物である。
「ふわぁ、よく寝た。今からもみじも来るし早く──ん? なんか変な匂いが…」
「あっ、まひ兄おはよう」
「おー………何それ?」
階段から降りてきたまひろは、いつもの挨拶を返すと同時に、見慣れない物体が皿に盛り付けられているのを目に入れてしまう。そんなまひろの疑問に、もふらは目を逸らしながら返答をする。
「……オムレツ」
「んな訳あるかぁ! どう妥協しても激辛料理だろそれ!」
あからさますぎる誤魔化しにつっこむまひろ。この後もふらは、しばらく兄に怒られる事となった。
単刀直入に言うと、緒山もふらは料理が下手である。もっと正確に言うと、工程を覚えるのが下手なのである。
レシピを見ながら作る分には問題ないし、誰かの指示を的確にこなすだけの理解力もちゃんと持っている。だが、それらの行動は彼の頭に内容を刻む程の影響を与えてはくれず、いざ自分1人で何も見ずに以前作った料理を作れと言われても100%無理である。
自分の頭で考え自分1人でこなす事によって、彼は初めて料理というものを覚える事が出来る。一度覚えれば二度と忘れる事はないのだが、その覚えるまでが異常な程に大変なのが緒山もふらという少年なのだ。
故にキッチンに1人で立つ事はみはりに固く禁じられているとかなんとか。
「──んで? なんでこんな事してたんだ? 1人で作るのは禁止だって、みはりにもキツく言われてたろ」
「ぬぅぅ……」
兄にこってりと叱られた後、今度はテーブル越しに対面しながら質問を受けるもふら。二人の間に置いてある真っ赤なオムレツ? が未だにボコボコと音をかき鳴らしているせいで、絵面がだんだん尋問しているかのように見えてくる。
黙ったままばつが悪そうな表情で俯くもふらにどうしたもんか、とまひろが考えていたのだが、もふらは少し思考する素振りを見せた後やがて観念したのか、その重い口をゆっくりと開いてきた。
「……前にみは姉が風邪を引いた時があったでしょ」
「あー…あの時の」
今から約2ヶ月前。学校も二学期が始まったばかりの頃に、実験研究や家事による忙しさと疲労でみはりが風邪を引いてしまったことがあった。まひろの尽力のおかげで幸いにも一日で完全に治ったのだが。
もふらも学校が終わった後、風邪薬やスポーツドリンク、栄養ドリンク、それにゼリー等を買ってはいたのだが、正直役に立っている気はしなかったようで。
「あの時からずっと思ってたんだ…みは姉に頼りすぎているんじゃないかって。なら少しでも負担を減らそうと思って、こうやってこっそり練習して。まあ、作った料理食べたせいで倒れることもあったけど」
「たまに倒れてたのそう言う事だったのかよ!」
「でもお陰様で、今なら目玉焼きは作れるようになったよ」
「いや誰でも作れるだろ! と言うか今までどうやって失敗してた」
「グハッ…!!」
兄から繰り出される怒涛のツッコミ。特に最後のはもふらの心にグサリと刺さった。
料理素人のまひろでさえ失敗しなかった物を、彼は見事に真っ黒な何かへと変化させた経験がある。焼くだけのものをここまで失敗出来るのはある意味才能とも言えるだろう。
だがそれでも、もふらは諦めることだけはしなかった。いつか必ず、この経験が役に立つという事を信じているから。
「ふ、ふふふ…流石まひ兄。地味に痛いダメージ与えてくるじゃないの…」
軽い息切れとともに胸を抑えながら笑みを浮かべるもふら。何か口から血が漏れ出てるように見えてくる。
「精神攻撃で嫌がらせする奴みたいな言い方するんじゃない。ってかレシピ見ながらやれば良いだけじゃないのか?」
「それだと今までの自分と何も変わらないし……それにレシピ見ながらだと愛情入れる暇もないし。料理は愛情って言葉があるんだからこれだけは譲れないよ」
「変なところに拘るなぁ…」
もふらは真っ直ぐな目でまひろにそう言った。
変なところで恥ずかしがったり意固地になったり。そんな弟の中学男子離れした変人っぷりにもさすがに慣れて来てはいるが、ここで無茶をして倒れてもらっては困るというもの。
はぁ…と少々のため息を吐いた後、諦めたかのような表情でまひろは返答した。
「わかったわかった、もう止めないから」
「ホント!?」
「……それに、みはりがああなったのはオレの責任でもある訳だし」
「えっなんて?」
ボソりと呟いたまひろに疑問符を浮かべるもふら。思わず口に出てしまっていた事にハッとなり、一つ咳払いをして誤魔化す。
「…コホン! とにかく、今回はオレも手伝ってやるからさ。大船に乗った気分でやってみろって」
「うん、ありがとうまひ兄。じゃあまずはこのオムレツを食べて──」
「ちょっ、待て! 近づけるな! それを入れるには心の準備──もがぁっ!」
もふらに無理矢理オムレツ? を口に運ばれたまひろ。あまりの辛さに食べたすぐ後に火を吹くという現実離れしたモーションを行う事になるのだった。
「──って事があってね。それから二品目も作って食べさせたらこうなっちゃった」
(まさかのみよちゃんと同じタイプ……いや、自覚があるだけまだマシなのかな?)
もふらの回想を聞き終わったもみじは調理実習時の友人の事を思い出していた。あのあさひですら言葉を失う程の惨状。あの惨劇は二度と繰り返してはいけない。繰り返さない方法は現状見つかっていないが。
「なんにせよ、今日はみは姉が帰って来るまで練習するつもりだからさ。せっかく遊びに来てもらったのにごめんね」
「ううん、それは大丈夫なんだけど……その、全部食べるの? これ」
少々言い辛そうな表情をしながら重い口を開くもみじ。視線の先には名状し難い食べ物のような何かが置かれてある。
一品目と違い、今度は外は黒く中は真っ赤なオムレツの形をした何かになっている。全体の3割程食べられた形跡があるが、おそらくまひろが食べたものだろう。
「食材を無駄にするわけにはいかないからね。それに、まひーがここまで身体張って食べてくれたんだ。この程度の量を入れるくらい訳ないよ」
「ま、まひろちゃんが食べてた物の残り…? ゴクリ……よし、いただきます!」
「えっ、つっきーさん…?」
勢いよく食べ始めるもみじの姿に思わず目を丸くするもふら。まひろが食べてた物の残りだと聞いた瞬間、唾を飲み込んだ音がした上に目の色が変わったような気がするが、まあ食べてくれる分にはありがたいのでとりあえず問題無しと判断する事にした。
「うっ…予想以上に炭っぽい。あと凄く辛い!」
「火加減が分からなくてつい焦がしちゃうんだ。あとボク辛い物好きだからなのか無意識の内に作る物が真っ赤に染まっちゃってて…」
「それ大丈夫なの!?」
料理の練習云々の前に、明らかに別の問題が発生した気がするが、それを克服する前にまずは目の前の物体の処分が先決だ。
もみじの面倒見の良さ、人当たりの良さ、そしてまひろの食べかけという三つの力が彼女に食べ進める勇気と忍耐力を与えてくれた。そして数分後、遂にオムレツ型物体 名称オムレッドを完食する。
「うぅ、気分が……」
「ありがとうつっきー、まひー。これで3品目が作れる。二人の犠牲は決して無駄にはしない!」
明らかに気分悪そうにしているもみじと、ソファーの上でうなされているまひろの姿を見届けたもふらの目から一筋の涙が零れ落ちる。
今までの自分ならば、こんな結果になるのが分かっているが故に、今まで通り1人でずっと練習を繰り返していただろう。だが今の自分は違う。家族が、友達が自分を助けてくれる。今ならばきっと、自分史上最高のオムレツが出来るだろう。
気合いは充分。だが普段通りの平常心を保ち冷静に、そして丁寧に作っていく。
「完成だ」
見た目はまだ不揃いだが、今度はちゃんとオムレツとして認識出来る形にはなっていた。しかし問題は中身と味だ。
初めての出来映えの良さに、思わずもふらの中で緊張が走った。ゴクリと唾を飲み込んだ音を立てた後、スプーンで取って口へと運ぶ。いざ実食の時だ。
口に広がるは良い感じに火が通った肉の味と溶岩のような熱さを感じる異常な辛味。どれだけのスパイスや調味料を加えたらこうなってしまうのか分からない程の辛さで口の中が痛みに満ちて──
「ファーーッ!!!!」
「口から火が!?」
あまりの辛さに思わずファイヤーするもふら。辛さに慣れている自分でさえこうなる程の辛味。おそらく今までの比じゃないと判断する。
だが何故、いつこんな量を入れたのかがはっきりと浮かんで来ない。そうやってしばらく頭に疑問符を浮かべていると。
「………あ」
その様子を見ていたもみじが思わず口から洩らす。少し前にもふらが自分で言っていた事を思いだしたのだ。
『あとボク辛い物好きだからなのか無意識の内に作る物が真っ赤に染まっちゃって…』
気合いを入れすぎた結果、スパイスや調味料までいつの間にか入れすぎてしまったようだった。その説明を聞いたもふらは、とりあえず次作る時は辛い調味料等を近くに置くのを止める事にし、作った料理を気合いを入れて完食することにした。無意識って怖い。
「……知ってる天井だ」
ソファーの上で目が覚めるもふら。完食した後いつの間にか意識が飛んでしまっていたらしい。時計の方を見ると現在13時の半ばへと差し掛かる時間になっていた。あまり長時間気絶していなかったのは唯一の救いか。
「おっ、目覚ました」
「大丈夫?」
まひろともみじが起きた事に気付き声をかけてくる。随分と心配をかけてしまったようだ。
体を起こした後に、うんと伸びをする。あんな劇物を食べたわりには身体に異常は見当たらない。ある意味これも才能なのかもしれない。
伸びが終わった後、もふらは先ほど作った料理に思いを馳せる。失敗の原因を研究し続けた結果、形だけとは言え良いところまで行った。良いところまで行ったからこそ少し悔しさを感じている。
「…あともう少しだったんだけどなぁ」
「次があるさ。どうせ諦める気はないんだろ?」
「当然」
子供っぽい笑みを浮かべながらまひろにそう返すもふら。このまま考えて考えて考えながら挑戦していけば、あと数回でちゃんとした物が作れるだろう。ただ残念ながら今はもう挑戦出来ないが。
「材料も切れちゃったし、買い物ついでに口直しで何か食べに行こっか。丁度お金もあるし」
「賛成。もみじも一緒にどう?」
「うん、行く行く!」
「つっきーの分も奢るよ。付き合わせたお礼も兼ねてね」
「えっ、大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。もし足りなかったらポケットマネーから出すし。こう見えてお小遣い、結構貯まっているからね」
良いのかな? と戸惑っているもみじに、財布をシャカシャカと振って見せ、その中身の重さをアピールしていくもふら。それを見たまひろはやれやれと呆れ気味な顔をしつつ、もみじの肩をポンと叩いて諭していく。
「まあまあもみじ、遠慮してやるなって。こう見えてこいつ、こう言った事には結構しつこく食い下がってくるからさ」
「うーん、じゃあそういうことなら遠慮なく。ありがとね、もふら君」
「ふふ、どういたしまして」
それから三人はファミレスで軽い物を食べ、食後のデザート代わりに通りにあるたい焼きを買っていった。食事中や移動中、三人の共通の話題だったり、それぞれの好きな話だったりと、楽しい談笑時間はあっという間に過ぎていき──
──最後の目的地である駅前のスーパー、名称LIKEの前までやってきたのだった。
「買い物するならやはりLIKE。LIKEは全てを解決してくれる」
「誰目線で言っとるんだ」
「あはは…そう言えばまひろちゃんと初めて会ったのもこのスーパーだったなぁ」
「おやそうなの。みは姉におつかい頼まれた際に会ったとは聞いてたけど、まさかここだったとは」
「うっ、人混みのトラウマが…」
今日は日曜日。あの頃とほぼ変わらない人の出入りに参るまひろ。あの頃と違い、見知った人物が傍に二人いるだけ遥かにマシではあるのだが、やはり苦手な物は苦手なのである。
そんなまひろの様子を心配そうに見つめる二人。うーん、と唸った後にもふらが提案を始める。
「…まひー、買い物ならボク1人で大丈夫だし、つっきーと一緒にここで待っときなよ」
「ま、待て待て! 大丈夫だぞオ──わたしは!」
もふらの心配に慌てて返事を返すまひろ。せっかく兄としての威厳を順調に回復させていったのに、ここで崩してしまっては元も子もない。
震える手と足を無理矢理奮い立たせて、ぎこちなく動きだしていく。
「ほ、ほ~ら大丈夫だろ? もみじと二人の時だって買い物ぐらい出来たんだ。こんくらい余裕だ余裕!」
「「………」」
明らかにやせ我慢して言ってるその姿に思わず苦笑してしまうもみじともふら。
ここまで言ってくるなら仕方ない。なるべく早めに終わらせるとしようか、とスーパー内へ歩を進めようとすると。
「あれ、もふらに穂月か?」
突如後ろから掛けられた声にピタリと足を止める。くるりと振り返った先にいたのは桜田ゆうたと千川みなとの二人だった。
「ゆう、それにみなも! どうしてここに?」
「こんにちは。二人とも奇遇だね」
「え………誰?」
いきなりの来訪者に驚き、もみじともふらの後ろへそそくさと隠れるまひろ。先程までの勢いは何処へ行ったのやら。
その姿を見たゆうたはハッと思い出す。いつかの銭湯に行った日に見かけたもふらの双子の妹と言われていた少女の事を。
そんな事などつい知らず、もみじは後ろに隠れているまひろに簡単に二人を紹介していく。
「え~と、まひろちゃんは初めましてだよね? 二人はクラスメートの桜田ゆうた君と千川みなと君」
「ゆうの方は実は初対面ではないんだけどね。会ったの一度きりだし、4ヶ月ぐらい前だったから覚えてないかもしれないけど」
「えっ、そうなの!?」
もふらの補足を聞いて驚愕の表情を見せるもみじ。実は自分よりも先にまひろに会っていたという事実に、若干嫉妬の視線をゆうたへ飛ばしてるようにも感じる。その姿をどうどう、と制しながらもふらは説明を続けていった。
「あの頃はお互い挨拶もきちんと出来てなかったし丁度良いかもね。二人とも、こっちはボクの双子の妹の緒山まひろ。病気で基本的に自宅療養中の身だけど、たまにこうしてリハビリがてら外出しているからさ、仲良くしてね」
「お、おう」
「よ、よろしく」
「う、うん。よろしくね~…」
若干照れながら挨拶する二人と打って変わり、苦笑いしながら挨拶を交わすまひろ。弟と同年齢の中学男子相手にここまで緊張してては兄の威厳などもはや欠片程も残っていない。
そんな自分の姿など頭から抜け落ちてるのか、と言うより入れる暇がなかったのか。本来の自分とは掠りもしない設定をペラペラ喋るもふらの事の方が心配になっていた。
(にしても、息をするかのようにスラスラと嘘吐くなこいつ…)
表情一つ変えずに説明していく弟の姿に頼もしさと共にドン引きが入り混じるまひろ。妹と化した自分の設定も、もふらが殆ど考えてくれたという事を考えれば感謝するべきではあるのだが、将来詐欺師にでもなるんじゃないかと不安になったりするものだ。
そんなまひろの考えを余所に、もふらはゆうた達の方へと向き直って話を進めていく。
「話を戻すけど、二人はどうしてここに?」
「新作ゲームの予約に行ってた帰りだったんだけどさ…」
「そこでたまたま見知った姿を見かけて」
「ああ、なるほどね。そう言えばあの作品もうすぐなんだっけ」
「……ん?」
突如話題に挙がってきたゲームの話に、後ろに隠れていたまひろのセンサーが突如反応を示す。
(新作の予約だと…? まさかこれは…!)
ゲーム、新作、予約。以上の事を踏まえて出てきた作品は一つのみ。まひろのゲーマーとしての勘がそれを告げていた。
「ね、ねえ。その…それってもしかして、ロスクエの話だったり……?」
まだ少しおどおどした様子を見せながらも、勇気を出してゆうたとみなとに質問するまひろ。予想外の相手から飛んできた質問に驚き、ゆうたとみなとは思わずお互いの顔を見合わせた後、少ししてから返答をする。
「えっと…そうだけど」
「もしかしてそっちもロスクエを?」
「うん、やってるやってる!」
パ~ッと明るくなった表情でそう返してくるまひろに思わずドキッとする二人。
人見知りで少しビクビクしていた初対面の美少女が、いきなり笑顔で距離を詰めてくるそのギャップに、彼らは心の中でこう呟いた。
(なんか、良い……)
うんうんと頷くゆうたとみなと。ゲームの話が出来る相手が増えたことに喜ぶまひろ。そして急に三人で盛り上がり始めたおかげで手持ち無沙汰になるもみじともふら。
「……どうする? もふら君」
「しょうがないなぁ…」
もふらはため息を一つ吐いた後、パンパンと手を叩いて三人の目を注目させてから口を開いた。
「まひー、ゲームの話出来て嬉しいのは分かるけど、まず買い物済ませてからにして。それとゆうにみな。この後もし暇なら家に来ない?」
「「え!?」」
「また唐突な…」
もふらの意見に戸惑うゆうたとみなと。まひろは注意されたおかげか一周まわって冷静になっていた。
「お姉さんに事前に伝えとかなくて大丈夫?」
「今から連絡しておけば問題ないよ。みは姉ならむしろ喜ぶだろうし。それに…」
「?」
まひろの方をじっと見つめるもふら。先程の、初対面の相手に自分から話しかけていく兄の姿を思い返していた。
例え自分の得意分野だとは言えども、こんなところが少しずつ変わっていく切っ掛けになっていくものだから。あの日始めたリスタートを、兄はきちんと果たしている。ならば自分もと…そう思ってしまうのだ。
「……中途半端なままじゃ、終われなくなったからね」
「もふら、おまえ……」
そんな弟の発言に、まひろは震えていた。
「またあれを作る気か!?」
「思い出したらまた気分が…」
「「……え?」」
そう、主に恐怖的な意味で震えていた。何かを想像しながら青ざめた顔をするまひろともみじに、ゆうたとみなとはただただ困惑するのだった。
買い物を済ませ、半ば強引にゆうたとみなとを家まで連れ出していくもふら。
そしてまた、地獄が始まった。
「ただいまー……あれ? 靴が多い。もふらがお友達でも連れて来たのかな」
夕方。先輩のお誘いから帰宅したみはりは靴の数を目にして笑顔になっていた。どんなお友達かは知らないが、もふらが家に連れて来る程の仲が良いのであれば、姉としてこれほど嬉しい事もないだろう。それにこれを切っ掛けに兄にも友達が増えてくれるのなら万々歳だ。
少しウキウキした気分でリビングへのドアを開ける。その先に映ったのは──
「──死屍累々!?」
リビングに居るは4人の少年少女の倒れ伏した姿。その中にはみはりの見知った姿もあって。
「ちょっ、おに──まひろちゃん、もみじちゃんも! しっかりして。一体何があったの!?」
いきなりの状況にパニックに陥りそうになるのをなんとか抑え、近くで伏していたまひろの元へかけつけるみはり。
「みはり…? ああ、帰って…来たんだな……あいつの…変わりっぷりを…見て、やってく…れ……ガクッ」
「まひろちゃーーーん!?」
握った手から力がゆっくりと失われていく。今日この日、緒山まひろは二度目の死を迎えた(死んでない)。
まひろの手を離し、キッチンの方へと向き直るみはり。兄が遺したあいつ、という言葉のおかげで誰が犯人なのかが瞬時に分かったからだ。
そのキッチンにはただ1人、たった今作られたばかりの料理と向き合う少年の姿があった。少年はその作られた料理をプルプルと震えた手で口に運んでいき、そして──
「うぅぅ……」
目から涙を零すのだった。それがどんな味だったのかは分からないが、これだけの惨状を招いたのだ。少なくとも一度や二度の失敗どころの話ではないだろう。
みはりはもふらの隣まで近づき、無言で彼の作った料理、オムレツをその口へ運んだ。
「みは姉…?」
「……うん。普通ね」
いきなりやって来て普通扱いはいかがなものかとも思うが、今までのもふらからすれば遥かに好感触な対応だろう。
「火加減、調味料、中のひき肉に至るまで、まだまだ改善点は多い。けど」
いくつもダメ出しをしてくるみはり。だけどもそれとは裏腹に、その顔はとても穏やかに笑っていた。
「頑張ったねもふら。ふふ、えらいえらい」
笑顔で頭を撫でてくる姉の対応に、もふらは少し恥ずかしそうに顔を背ける。さっきまで涙を流していたからか、その顔は少々赤らんでいた。
「ぬぅ…そうシンプルに褒められると何も言い返せないじゃないか…」
「頑張った弟の事を労うのは当然だと思うけどなぁ」
「それなら皆を褒めてあげてよ。ボク1人の力じゃここまで出来なかったから」
「ええ。皆にも後でちゃんとお礼を言っておかないとね」
この子の友達になってくれて、ありがとうって。
「お兄ちゃんもありがとう」
「どうした突然?」
皆が帰ったその日の夜。まひろとみはりは二人、リビングにて寛いで話していた。
「あの子があんな惨劇を作ってまで料理を頑張ってたのって、きっとお兄ちゃんが発破をかけてくれたからなんでしょ?」
「…そんな事ないけどな。それに切っ掛けは──」
「切っ掛けは?」
「………知らん! もう寝る!」
「ちょっ、お兄ちゃん!?」
みはりから顔を背けた後、そそくさと自分の部屋へと退散するまひろ。1人残されたみはりは頭に疑問符を浮かべたまま、しばらく佇んでいるのだった。
閲覧ありがとうございます。一から十までをきっちり自分なりに覚えていかないと機能しないもふら。ポンコツの極みである。それにしても、まひろももみじもゆうたもみなとも優しすぎる。普通はこんな地獄に付き合ってくれん。
諸事情により次回から更新遅れます。とりあえず期待せずにお待ちをば。