ガンスモーキー・カプリツィオ   作:豆電球

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ガンスモーキー・カプリツィオ II

 

「あ〜! またセツくんがお姉ちゃんを無視した〜!」

「チッ。はいはい、聞いてますよハルカオネエサマ」

 ぷくりと頬を膨らませて抗議してくる隣のアホを無視して、俺はタブレットを操作し依頼の確認を行う。

 今回の殺しの依頼は、ある要人を強襲して行われる。所謂暗殺であり、相手側の護衛も、その道のプロである相当な手練の用心棒が少数人ではあるが雇われているらしい。

 そして、そんな奴等を相手に確実な殺しを出来るのは俺達──というか、コイツら夜叉月家位なもんだと白羽の矢が立ったのが数刻前。

 ごく普通に学生生活を送っていたというのに、呼び出されて黒塗りの車に詰められたと思ったらこれだ。溜まったものでは無い。

(なんでまた、俺はコイツと行動させられてんだ)

 盗み見る左隣の矮躯は、何が嬉し楽しいやら。鼻歌まで歌いながら、この揺れる車内において一切のブレが見えない体幹の、見事なまでのバランス感覚で己の得物たる刀の手入れをしていた。

「でね、お話の続きなんだけど〜。咲良ちゃんがね、酷いんだよぉ。あ、咲良ちゃんっていうのは、お姉ちゃんの同級生の、図書委員長してるお友達なんだけどね」

「その人は知ってる。お前の日常こぼれ話は知らん」

 別に聞きたくもない話をポロポロと零しながら。

 やれ、天然だなんだとまた揶揄われたやら、体育の授業でヘマやらかしたやら、英語が苦手だから助けて欲しいやら。死ぬ程どうでもいい話をしながら、やはり一切の乱れがない動きで手入れを終えると、彼岸花の拵えが映える黒鞘に収めた刀を、膝に置いたハルカがこちらへ向き直る。

 少しだけ詰められた距離の分だけ、揺れる野暮な長髪から金木犀が香った。

「ねぇ、セツくん。お姉ちゃんのお話はきちんと聞かなきゃダメだよ〜? そんなんじゃモテないぞ〜」

「はっ、生憎。そんな浮ついた感情は持ち合わせていないんでね。何より、お前のクソつまんねえ話を聞くくらいなら、窓の外眺めてた方がまだ心が安らぐわ」

「んもう、素直じゃないんだからぁ。でもそういうところも可愛い」

「・・・・・・お前、マジで人の話し聞けよ。耳ついてんだろ」

 俺の悪態にめげず。寧ろ更に機嫌が良くなった様子で、ニコニコ笑顔を浮かべるハルカを尻目に、タブレットに目を落として依頼の詳細を確認していく。

 今回の依頼主は、夜叉月家が懇意にしているらしい裏社会では名の知れた男。とはいえ、依頼人の情報は俺のような裏方には秘匿され、名前とほんの少しの情報以上のものは知らないし、興味も無い。

 男は、裏の世界で名の知れた武器商人らしく、今回はその商売ルートを荒らしやがった相手とかで、報復と警告の意味を込めた依頼を出してきた。

「やあ、お嬢さんと弟さんは今日も仲が良さげですな」

「えへへ〜、でしょ〜?」

「目と耳腐ってんすか榊さん」

 うにゃうにゃと鬱陶しく話しかけられては無視を決め込む俺とハルカに向けて、不意に飛んできたのは運転席からの穏やかな声だ。

 この人は、俺達の送迎兼、夜叉月家の専属ドライバーを長年続けている榊さん。

 年齢は確か、五〇歳後半だったか。短く切り揃えられた僅かに白やむ髪に、少しばかり鋭い眼光。

 見た目だけなら、ただちょっと目付きが悪い堅気のおじさんにしか見えない風貌だが、殺し専門の傭兵一家である夜叉月家御用達の運転手である。彼もまた腕利きの殺し屋だ。

「おっと失敬。弟さんはこう言うと照れちまうんでしたね。あ──っと、そうそう。ツァンデ・レイって奴でしょう?」

 そして、ちょっと変わった人でもある。なんだ、その古代文明かロボットアニメの兵器にありそうな固有名詞は。

「も〜、榊さん違うよぉ。それを言うならツンデレ。普段はツンツン素直になれないけど、内心はデレデレ心を許してる萌えジャンルの一つだよぉ」

 今日び『萌え』とか聞かねえな。何時の時代の会話だよこれ。

「おや、こりゃすいません。お嬢さんは詳しいんですね」

「ふふん。私、こう見えてお友達が沢山いるんだ〜。だから結構物知りなのです。ふんす」

「そりゃ凄い! いやぁ、感服しましたよ!」

「えへへ〜。もっと褒めてくれても良いんだよ〜。具体的には私の事を世界一の物知り美女博士と〜!」

「それは流石に勘弁ですな! 世界一の美女はうちの女房以外に居ませんので」

 はっはっはと快活に笑う榊さんの横顔をルームミラー越しに見ながら、俺はげんなりとした表情を浮かべた。

(これから殺しの仕事に行こうってのに。何だこの和やかな空気は。相変わらず狂ってるな。夜叉月家の人間は)

 そんな事を思いながら、タブレットに表示されている今回の標的情報を再確認する。

 依頼書に添付されていた写真に写っているのは、スーツを着た白人の男性。

 名前はグレイ・コンラッド。年の頃は二十代前半。金髪碧眼で高身長。如何にも金持ってますよといった感じの好青年然としている。

(・・・・・・んで、こんな今朝のニュースで見かけるような、ボランティア活動して讃えられてた優しげな人が裏社会の住人で、今もまだお天道様の下を練り歩き、ウチみたいなのに狙われるような悪人だと。世も末だな全く)

 この男。グレイは表の世界を股に掛ける運送会社を成功させ、大層な御身分で生きているくせに、裏ではその才能を見込まれて運び屋なんてやってるらしい。

 その運び屋としてのルートが、たまたま件の依頼主たる武器商人の商売ルートとブッキングしてしまい、おまけに輸送中だった商材を蹴散らす所か構成員を殺した上で強奪したらしく、今回の暗殺依頼と相成ったわけだ。

 つまりこれは、言わば仕事の競合相手を殺す為の作戦であり、今後似たような事があれば同じように処置するという、武器商人から裏表を問わず社会全体に向けた通告である。

「・・・・・・本当、クソッタレた世界だ」

「ん〜? 何か言った? セツくん」

「何も。いいから榊さんと談笑してろサイコ女侍」

「あ、ひっど〜い! 榊さん今の聞いた〜!?」

「はっはっはっ! 仲良きことは美しきかな、ですな!」

 ぷっくりと頬を膨らませて、不満げにこちらを睨むハルカと、何が楽しいのか大きく笑い出す榊さん。

 にわかに騒々しくなった車内の、無駄に和やかな空気が鬱陶しくて。ポケットから取り出したワイヤレスイヤホンを耳にはめると、バイト代で買った少し型の古い携帯端末を操作し、流れ出すバラード調の音楽に身を任せて瞳を閉じた。

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