ガンスモーキー・カプリツィオ 作:豆電球
黄昏をもうすぐ過ぎる暗やみ時。繁華街から外れた場所にある倉庫街の一角。
普段はトラックの出入りがあるであろう場所には、今は一台の高級車が停まっていた。
先に運転席と助手席側から黒服の屈強な男が出ていき、周辺をくまなく確認してから耳元に手を当て何事か口を動かし終えると、後部座席のドアを開いた。
同時に、そこから一人の男が降りてきた。
「──」
日本人とはかけ離れたスラリと伸びた高身長。彫刻張りの白い肌に、整った優しげな風貌が良く似合う白スーツ。纏う雰囲気は富裕層のそれで、自信と余裕に満ちた表情からは成功者特有の気品が溢れているように見える。
グレイ・コンラッド。依頼された殺しのターゲットが、目下数百メートルの位置で湿気た風を煩わしげに受けていた。
「ひゃ〜、クレーンの上って高い上に寒いねぇセツくん」
学校指定コートの首元まであるボタンを締めて着用し、身を縮めながら緩い口調を崩さず言ちたハルカは、しかしその細すぎる目を対象から外すことなく腰に佩いた彼岸花の太刀に手を這わせていた。
「・・・・・・護衛はあれだけか? いや、何か通信していたところを見るに、散らばって警戒しているのか。チッ、依頼主から渡された情報と違うじゃねーか。何が『誤情報で誘い出した上、数人の護衛しか連れていないから楽な仕事』だ。舐めてんのか」
そんなハルカを無視しつつ、俺もまた、雇い主に対する文句を呟いて、しかし油断無く周囲を見回しながら仕事の工程を脳内で組んでいく。
「ふふふ、でも隣にセツくんが居るとそれだけで私の心はポッカポカだよぉ。寂しくないねぇ、温かいねぇ〜♪」
意味のわからない呪詛を吐きながら俺に擦り寄る、妖怪辻斬り女を片手で押し退けながら周辺確認を急ぐ。
「直下、ターゲットを囲む護衛は黒服の三人。これが情報にある『手練の用心棒』だと推定。だとすると、そいつらが通信していた他の護衛は、頼りにならない
「えへへ、今日も冷たいセツくんだぁ。でもそこが良いんだよねぇ。だけど、もっと私に構ってくれても〜・・・・・・ん?」
「あ? どうしたハルカ。お前の出番はまだ先だぞ」
「ううん。そうじゃないんだけど、ほら、あそこのコンテナの陰に隠れてる人影がさ。なんだか見覚えある気がして〜」
言われて、俺はハルカが指差す方向を見やった。
確かに、その先には人が一人隠れられるくらいの大きい鉄箱があるが、正直なところ肉眼での目視確認が難しい距離だ。
そんな所の、しかも視界が悪くなり始めたこの時分の違和感に気が付くとか、相も変わらず化け物染みた身体能力である。
「見えないな。ちょっと待ってろ、確認す──」
足元に置いてある、榊さんから預かったケースに手を掛けたのと、ハルカが俺を引き倒しに掛かったのは同時だった。
瞬間、一発の銃声と俺のいた空間を擦過する音速の金属塊。
「っ!」
「ひゃ〜! 危なかったねセツくん〜」
「呑気に言ってる場合か! 早く起き上がれ、次が来る!」
「大丈夫だってぇ。こんなのお茶の子さいさいだよぉ」
言いながら、ハルカは腰に差した鞘から彼岸花の太刀を抜刀し、一拍遅れた銃声と共に飛来してきた二射目の銃弾を真っ二つに切り裂いた。薄く日暮れた虚空に鮮烈な火花が舞う。
「お見事・・・・・・。だが、これは」
「うん〜。バレちゃったねぇ。下に居る標的さんたち、散らばった護衛さんを集めてるよ〜」
「チッ、このやり方覚えがあるぞ。護衛依頼に託けて、邪魔な〝同業者〟を潰しにかかるクソッタレた下衆の発想。撃ってきやがったのはアリスか」
「あは〜、正解みたいだよぉ。流石はセツくんだねぇ。狙撃失敗したからか、アリスちゃん出てきて手振ってる〜。お〜い」
「ああ、やっぱりか。あのガキ・・・・・・!」
素早くケースを開き直し、渡された狙撃銃──McMillan TAC-50のカスタムモデル──を取り出すと、ハルカが呑気に手を振っている方向へスコープを覗き込んだ。
標的との最適距離に合わさっていたピントを調節し、視界に現れたのは無表情に手を振り、しかし俺の視線に気が付いたのかダブルピースに切り替えてコンテナの影から煽ってくるブロンドの少女。
護衛と言うには、あまりに派手で動きにくそうな、フリルがふんだんにあしらわれたゴシックドレスを纏う彼女は、何度も仕事中に鉢合わせたことがある殺し屋の一人。
海外の人形然とした整った容姿と、比喩ではなく人形そのものだと称される表情筋の死滅具合が特徴的な、キチガ・・・・・・頭のおかしなクソガキ。
「〝ダブルクロス〟アリス・ジョーカー。あのクソガキ、また俺たちを殺しに来やがったな・・・・・・!」
「あは〜、アリスちゃん一週間ぶりくらい〜?」
「五日ぶりだアホ。頻繁に
「やぁ、私セツくんの事だったら完璧に記憶できるんだけどなぁ」
「知るかバカ」
まるで飽きた玩具にそうするように、使っていた狙撃銃──奇しくも俺の銃と同型──を放り捨てたアリスは、僅かにコンテナの陰へ引っ込むと直ぐに飛び出してきた。
「・・・・・・わぁ」
「アイツ嘘だろ・・・・・・?」
もはや、直下で集団行動中の学生よろしく、にわかに騒ぎ出して当たらない無駄弾を撃ち続けている暗殺対象ご一行なぞ眼中に無く。俺とハルカの視線は、個人携行用に改造されているらしい気狂いなブローニングM2重機関銃
「ハルカ」
「はぁい、お姉ちゃんに何か御用かな?」
「アイツが出てきた時点で作戦もクソもねえ。さっさと
「わぁ、言葉を取り繕えてないよぉセツくん〜」
でも賛成〜。緩く告げたハルカの背に狙撃銃が入っていたケース──防弾仕様だ。万が一の防具代わりに──を括り、GOサイン代わりに叩くと、通信用のインカムを付け合い散開。
俺は薄闇に紛れてクレーンの上を駆け抜け、アーム伝いに直近の倉庫へ飛び移るため移動を開始。
ハルカはと言うと、撃ち上がってくる無駄弾が時折突き刺さる手摺に飛び乗り、見え始めた月明かりに煌めく白刃を携えて調息。
『じゃあ、いってきま〜す』
緊張感のない間延びした声を最後に、ハルカは重力と引力に身を任せて、そこから幽鬼の如く頭から落下を始めた。
当然、それに狙いを絞った銃弾が殺到するが、宙を舞う羽のように体勢を入れ替えると、月光を乱反射させる多重の一閃が、肉薄する弾丸の尽くを火花と共に散らしていく。
「相変わらずデタラメだな、あの女・・・・・・!」
俺も負けじとクレーンを蹴飛ばし、隣の倉庫上へと跳躍。
着地と同時に全身で衝撃を流すために転がり受け身を摂る。しかしそれでも心底痺れた脚を黙殺。
すぐさま狙撃体勢を整え、ターゲットの居る集団を照準に捕捉。ハルカに夢中になっている護衛一団の最後方を陣取り、警戒する黒スーツ三人に囲まれて、乗ってきた車に誘導される間抜けな背中へ発砲。死亡確認をするまでもなく心臓を撃ち抜いた手応えを感じた頃には、場所を移動して再度狙撃体勢へ。
「標的は殺った。後は離脱するだけだ」
『えぇ〜!? 私、今やっと着地したトコなのにぃ〜!』
ハルカに報告をして見れば、確かに彼女はクレーンの上から地上へ着地すると同時、要人を殺され激昂した護衛集団に斬り込む所であった。
いや、まあ。分かっていた事だけど地上から何百メートル離れていたと思ってんだ。普通に着地してんじゃねえ化物かよ。
「知るか。兎に角、仕事は完了したんだ。直ぐに撤収──っ!」
インカムに手を当て、ハルカが撤退する為の支援射撃を行おうとした直後、狙撃体勢を解いて後方へ飛び退る。一秒と置かずに俺が居た倉庫の天井端は跡形もなく破砕されていた。
「チッ、アリスか!」
爆発的で破滅的な音を携えて、個人携行用の改造ブローニングM2二挺持ちとかいう気狂いが、いつの間にや俺の眼下にまで肉薄していた。
「いえーい。五日と十一時間三〇分五二秒ぶりだねセツ」
死んだ表情筋が織り成す無表情と、感情まで死に腐った抑揚のない風鈴のような声が、肉食獣の咆哮より喧しい銃声の合間に耳朶を刺す。
「テメエ、何でこんな所にいやがんだ!」
「当然、セツを追い掛けて。アリスは戦場で見掛けたあの日からずっと、セツの綺麗なお目目が欲しい。だからこうして逢いに来てしまったのです。きゃっ」
「ふざけんな。お前みたいなキチガ・・・・・・キチガイに付き纏われてたまるか!」
「うふふ、照れなくていいのに。アリスは知っている。セツってば、本当は私に構われるのが嬉しい。うふふ、ツンデレ善き哉。びば温故知新」
「違ぇよ!?」
倉庫の上に陣取った所で、寧ろ逃げ場が制限されてしまい不利になると踏んだ俺は、しかしその予想に正解を突き付けるよう、ストラップよろしく安全ピンを腰のベルトに引っ掛けただけという、自爆の危険性しかない手榴弾をブローニングのストックで叩き落とし、落下する前に蹴り込んでくるアリスから逃げるように地上へ退避。
元いた場所が爆発炎上すると同時に着地の瞬間を照準され、絶え間なく銃撃してくるアリスを一瞥。
コンテナの隙間を縫うように逃げ回りながら応射し、何とか彼女を引き剥がそうと試みるが、一向に離れる気配はない。むしろ、俺が逃げるほどに嬉々として追ってくる始末だ。
「まってセツ。ブローニングが邪魔で愛の追いかけっこが上手くできない」
「そのまま転けて朽ち果ててろクソガキ!」
嵐のような銃撃の中、吹き荒れる着弾の粉塵に惑わされずノールックで反撃をするも、どういう訳かアリスはこちらが
こちとら弾速には一過言ある狙撃銃だぞ。なんなんだよハルカもこいつも。
「平然と銃弾を見切んな!」
「ラヴ・パワーは時として常識を凌駕するの。凄いね、愛」
「うるせえ死ね!」
ワンマガジン撃ち切っても、フリルの一欠片すら削れていない現実に怖気が走りつつ、元からそれしか用意されていない狙撃銃を、逃げる先に着弾してから迫るブローニングの津波に放り込み、遅れて転がってくる焼夷手榴弾によって掃除屋に渡すまでもなく粉砕処理。
サイドアームとしてホルダーに詰めたSIG SAUERを抜き放ち、即座に撃発。しかし、やはりこれも避けられてしまう。
「埒が明かねえ」
コンテナを隠れ蓑に走り続けながら独り言ちる。
制圧力も身体能力もアリスの方が圧倒的に上だ。
何度もやり合ってきて分かっているのは、過去の俺をアイツが一方的に知っていることと、頭がおかしい事。そして、ハルカと同程度の身体能力を持ち合わせているということだけだ。
「・・・・・・はっ、泣きたくなるには充分な情報だな」
特に最後の項目が。
アリスに近付かれた場合は、業腹だがハルカに守って貰うか、逃げに徹するしかないのだ。
「──ッ!?」
突如、全身を悪寒に貫かれ、咄嵯に身を投げ出して地面に伏せると同時、頭上に火花が散り、コンテナの薄い壁が粉々に吹き飛ばされた。
一瞬の逡巡すら惜しい窮地に、染み込んだ反射思考が体を起こし、疾走。俺の背後では、ついさっきまで居た場所に無数の弾丸が突き刺さっていた。
「クソ、アリスを止められねえ」
「そして逃げることもできないよ、セツ」
掃射される弾丸の驟雨が、突如としてセミオートライフルの如く精密さで足元を狙いすました偏差撃ちに切り替わった。
変化に着いていけない置き去りの右足に向けた三発もの弾丸が機動力と感覚を奪いさる。
一拍置いて、バランスを崩した俺の顔面スレスレを音速が交差。鋭い痛みと共にインカムが弾け飛ぶ。
馬鹿みたいに吐き出すばかりの、フルオート射撃に当たるはずが無いと無意識の内に驕っていた。そう思考を誘導されていた。
「!」
体勢を立て直そうと、倒れそうになる体を無理矢理に支えて立ち上がり振り向く。
そこには撒き上がる粉塵を引き裂いて、漆黒の気狂いが猛進していた。
両手のブローニングが唸りを上げ、どのタイミングでどう弾倉交換しているのか。無限にも思える弾薬が再度弾き出される。
瞬間、世界が遅延した。
眼前の危機に脳が見せた幻影か、極限状態に生き延びようと藻掻く思考の加速か。或いはその逆、もはや考えるのを無駄とみて、俺の意思と関係なしに機能を停止させたのか。
花火みたいな一瞬の火焔を上げて、銃口から吐き出される鋭い銃弾の一発一発を視認しながら、久方振りに感じる強烈な死の気配に酩酊する。
「く、そ──!」
一矢報いようと、せめて何か。例えば、そう。ハルカが無事に逃げられる突破口を作ろうと、銃を構える時間すら拡張される。
最速で放たれた一発目が、右脇腹を食い破り貫通していく刹那、眼前に
「私の弟に──」
そして、
「──何してるのッ!!」
余りにも見慣れた、容易く銃弾を弾き斬るその姿。
夜叉月ハルカが、返り血に濡れた姿でそこに居た。
「ハルカ・・・・・・!」
「お待たせセツくん! 言われた通り囮役やってたんだけど、通信が途絶えたから心配で。だから急いで向こうの奴らは全員、ナマス斬りにしてきたよー!」
「すまない、助かった」
数十人は居ただろう構成員に突っ込んでいったのに、もうそちらを対処して合流してくれたハルカは、アリスに向けて切先を向けると同時に、俺に背を向けたまま叫ぶ。
「セツくん、上!」
「・・・・・・!」
俺は即座にハルカに背負わせたケースを踏み台に蹴り上がり、彼女がアリスの銃撃を引き受けてくれている間に、傍にあった倉庫の上へ逃げ延びる。
「逃げちゃヤダよセツ。貴方はアリスに殺されなきゃダメ」
「アリスちゃんの方がダメに決まってるでしょ!」
俺を追い掛けて跳躍してきたアリスの、向けられたブローニングの射線上へ割り込むハルカ。
それを構い無しに放たれた銃弾は、一発として彼女の剣閃を潜り抜けることは出来なかった。
意志を宿さず、方向転換ができない無機質な弾丸であっては、どう足掻こうとハルカの刀が誤たず斬り落とし、故にその背後で守られる俺に対して無力だった。
しかし、それでも尚、俺に詰め寄ろうと壁を蹴ったアリスは、それを許さないハルカの斬撃をブローニングで受け止め。中空故に踏ん張りが効かず吹き飛ばされた。
それによって、逆にハルカが俺の前へ着地し、立ち塞がる為の一助となった。
「ハルカ邪魔。そこどいて」
激突した倉庫の壁面をぶち破り、埃まみれのゴシックドレスを払いながら現れたアリスは、どうやら大したダメージになっていないようだった。
「死んだら退くかも〜」
「なら、殺す」
ハルカの一撃を受けて半ばからひしゃげた右のブローニングを投げ捨て、かと思うと右袖からスライドしてくるデザートイーグルを携えた。重機関銃とマグナム銃という異色の二挺持ちでアリスが迫る。
対するハルカは刀を鞘に収め、腰を落として迎え撃つ姿勢を取る。
「アリスがセツを殺すために死んでね」
「むり〜っ!」
アリスの指先が引き金を引くより早く、ハルカの抜刀術が疾駆した。
一瞬にして鞘走る白刃が煌めき、一拍遅れてデザートイーグルの銃声が轟いた。
大口径の化け物弾薬『.44マグナム弾』と人間離れした速度の抜刀術が鍔迫り合い、
その衝撃に大気が震える。
流石に手応えが重いのか、そこで踏みとどまったハルカは、しかし甲高い切断音が響くと同時に、その大きな銃弾を通り抜ける斬撃の軌跡に倣い、マグナム弾は行儀よく両断された。
「振り抜いたカタナは切り返しが遅い。そのまま死んで」
到底、片手で扱っていい代物ではないのに、アリスは弾倉を弾いたブローニングを下げ、スカートの中から落下する新しいそれを蹴り上げて装填するという曲芸リロードを完遂しながら、そちらも反動なんてないかのように。まるで普通のハンドガンを扱う動作で、続けてデザートイーグルを連射した。
「忘れたの〜? アリスちゃん私ね、結構器用なんだよぉ」
だが、その銃弾は全て、冗談みたいな速さで戻ってくる返す刃が斬り落とした。
小爆発でも起きているかのような、炸裂する火花と擦過音が連結し、耳朶を重く突き刺す。
「本当に邪魔」
デザートイーグルの遠吠えが止んだのも束の間、今度は
「よいしょぉ〜!」
それに対応するのは、いや出来るのがハルカという女だ。
先のマグナム弾にしたような、力を込めた斬り払いではなく。肩から続く腕全体をしならせ、スナップさせた俊敏な多重の剣閃がブローニングの烈火を斬り刻む。
「セツくん、今の内!」
ハルカは、そうしてアリスを引き付けている間に、俺に逃げろと言っている。
俺はそれに応え、彼女が対応している間に続けていた応急処置を切り上げ、走る痛みを黙殺して行動に移す──が、
「に、が、さ、な、い」
熊に遭遇した時と同じだ。対象から目を離さず、退却に注力できる距離まで銃を構えてジリジリと気を伺う足運びを、やはりアリスは察知した。
瞬間、表情は変わらずの鉄面皮だというのに、膨れ上がったのは腹の底まで冷える殺意。
アリスの瞳が澱んで濁り、右のデザートイーグルを投げ捨てたその手が掴んだのは、ジャラジャラと多種多様な手榴弾の、安全ピンが括り着くコンバットベルト。
「てめ、まさかっ」
「──わぉ」
それを勢いよく引きちぎると、力任せにフルスイング。
当然、安全ピンだけで繋がれていた五指を越える数の爆発物は軽快な音を立てて中空へ躍り出た。
「爆発はカタナで斬れない。ね、ハルカ」
まるでゆっくりと落ちる流れ星のように、致命の殺意がゴロゴロと降ってくる。
躍り出た拍子に安全装置は当たり前みたいに解除されており、爆発するまで既に秒読みだ。
「セツくんっ!」
振り返らずに、寧ろ爆弾の雨の中を突貫するハルカが叫ぶそれは悲鳴ではなかった。
投げかけられた声に応えるより早く、俺は片膝立ちに姿勢を安定させて、SIGを構えていた。
「──ああ」
安全ピンが弾かれた順番は完璧に記憶している。
最も爆発するタイミングが早い物から順に、火薬が仕込まれた胴体部ではなく安全装置を備えた金属部を狙い、また、残弾を考慮して殺傷性の有る物のみを定めて射撃。
暗闇を飛翔するマガジン内全ての9mmパラベラム弾が、ブレることなく火花を散らし、ピンボールのように弾かれた手榴弾たちは、俺たちが上に立つ倉庫の脇へと落下。
直後、幾つもの閃光手榴弾が倉庫上を照らし、落下した地面からは爆風が吹き荒れた。
「アリスちゃん!」
「っ、どいてハルカァ!」
耳を劈く爆音すら置き去りにして、上書き轟くのは強烈な風切り音と、それを受け流す金属の擦過音。
俺を信じて肉薄したハルカの刃は、ブローニングの胴体で上手いこと受け流すアリスを釘付けにした。
それを隠れ蓑に、瞬時に俺は駆け出した。
今度は様子を見たりなんかしない。脇腹と足の出血も、痛みも知ったことか。
全力で駆ける俺を、しかし逃してくれる気狂いではなく。
「ぐっ、ぬ。ぁあ!!」
「ふぁ!?」
機関銃と刀などという、異種格闘技を名乗るのも烏滸がましい攻防は、受け止められるのを想定して振るわれた白刃を、アリスが右肩の半ばまでを犠牲に受け止めた事で終わりを告げた。
「え、うそ。う、動かないぃ〜!」
「邪魔!」
「きゃんっ」
直後にそのまま斬り落とそうとしたのか、握る柄に力を込めたようだったハルカは、けれど文字通り『肉を切らせて骨を断った』アリスが、左手で振り回すブローニングでハルカを殴り飛ばし、自身に突き刺さった刀を体を捻る動作だけで乱暴に抜くと、転倒していたハルカの脚に蹴り込む。「あぁっ!」命中したそれに一瞥もくれず、俺の進行方向を塞ぐように疾走した。
敵は正面。遮蔽物は無し。背後に飛べば倉庫下へ逃げられるものの、撃墜した焼夷手榴弾の炎は隣の倉庫まで燃え移り激しく燃焼する程で、地面の安全確認が取れない為逃げ場はなく、俺の死を覗きたいアリスは、至近距離でそれを成したいからこそ近付いてくる。
もう二度と逃げられないように、引き返そうとたたらを踏んだ左脚へ銃弾を撃ち込むのも忘れ無い。
崩れる姿勢。強かに打つ膝を支点になんとか転倒は防いだ。
脂汗を噴出させながら瞳を閉じ、その時が来るのを受け入れた俺はゆっくりと顔を上げ、アリスを見据えた。
どうせ、そうだ。夜叉月家に拾われなければ捨てられていたモノだ。今更、固執することも無い。
「セツくん!」
ハルカの悲痛な叫びが耳を打つ。
「ひ、にひひ。セツ、セツゥウウ!!」
眼前、銃口が迫り、今まで表情が変わる瞬間を見たことが無いアリスが、鋭すぎるギザ歯を顕に壮絶な笑みを浮かべた。
それは勝者の悦だ。手に入れたいものを手にして、敗者の全てを支配した気になった、クソッタレの浮かべる愉悦の興奮だ。
俺がこの世で、争いの次に嫌悪するモノだ。
だから俺は、きっとハルカを躱してお前が近寄ると信じて。
「BURN」
瞳を閉じ、デザートイーグルを構え、安全ピンを外したフラッシュバンを放った手で、片耳を塞ぐ。
ピンを抜くことで開放される撃鉄は、安全レバーを弾き飛ばしつつ約一八〇度回転して、信管上部の雷管を叩く。雷管から発生した火焔によって遅延薬が着火し、定められた時間を燃焼したのち、信管下部の起爆薬に引火して炸裂。
きっかり四秒。
アリスが俺の死に様を確認するための、背後で燃える炎により出来る濃い影を避けて、故にフラッシュバンがそれを隠れ蓑にあるのに気が付けず、鮮明に見届けるに足る距離へ踏み込んだタイミング。
それはアリスの目の前で爆ぜた。
────!
同じく至近距離に居た俺もまた、衝撃すら伴う音響で鼓膜を打ち貫かれ、閃光により瞼の上から視界を焼かれる。
それでも、爛々と目を血走らせて、塞ぐための両手を怪我と銃に取られている
ゆっくりと瞳を開ける。
そこには、定まらず揺れる瞳を。それでも開いて俺を見るアリスが、覚束無い銃口を持ち上げ引き金に指を掛けていた。
早撃ちだ。
構え合い相対した速射合戦は、手にした銃器が弾丸を射出する工程数によって決まる。
即ち、引き金を弾くと同時に撃鉄が起こり、薬室に鎮座する銃弾の炸薬が産声を上げた瞬間。
トリガーを引き絞り、弾倉から装弾された弾丸が、機関部の発動によって長い銃身を駆け抜け、漸く撃ち出された時。
そうしてアリスの銃弾が俺の左頬を掠めた時には、銃口を狙うべき眉間に偏差置きしていた俺の、或いはアリスの使っていた『.44マグナム弾』が彼女の顔面ごと、その体躯を暗闇の向こうへ吹き飛ばしていた。
「──ッ。はぁ! はっ! ぁ、っづぁ! どうだクソッタレのキチガイクソガキ! 俺の! 勝ちだッッ」
肩で息をしながら、未だ硝煙燻ぶる拳銃を構えたまま、俺は倉庫脇に落ちた、アリスとブローニングが立てる鈍い音を聞いた。
「セツくんっ、セツくんん〜!」
ズリズリと足から愛刀を生やしながら這いつくばって、それでも俺の元へ辿り着いたハルカが、動けない俺をしがみつく様に抱き締めると、ワッと泣き出した。
「痛ぇよ。馬鹿力・・・・・・」
そんなハルカに苦言を呈しつつも、俺は抵抗せず。痛いほど胸板へ頭を擦り寄せるハルカの、野暮ったくて硝煙臭くて、血腥いのに透き通る金木犀が香ったサラサラの髪を撫で梳いた。
夜は遅く。月光輝く深夜。唐突に遭遇した気狂いとの、壮絶な狂想曲は漸く終わりを告げたのだった。