守護騎士
「ちょっと行ってくる」
窓を開ける。
「行ってらっしゃい」
机の上に置いてある小さな石板。
そこからイリスの声が発せられる。
「私との約束も忘れないでね」
「わかってる」
外に出てから窓を閉め、夜空へと飛び立つ。
しばらくして目的地に到着する。
場所はアリサの家。今夜はアリサと夜空を飛ぶ約束があった。
事件が終わってすぐの頃、なのははアリサへ事情を説明していた。
今までやっていたこと。魔法を使ってユーノの手伝いをしていたことなどを。
それらをちゃんと話してアリサに謝った。
「許してあげる」
そう言ってくれた。
「そのかわり!」
条件を出される。それは空を飛んでみたいとのことだった。
なのははもちろんと快諾する。いつにするか聞くと今夜と返事が返ってきた。
約束していた場所に降り立ちアリサを待つ。それから少し待つとアリサが外に出てきた。
「じゃあ、行きましょ」
アリサを背負いバインドで固定する。落ちないように注意が必要だった。
なのはは慎重に飛行魔法を発動させる。
「きゃ!」
背中にいるアリサを気遣う。どうやら初めての感覚で少し驚いただけらしく、特段怖がっている様子はなかった。
「わあ!」
アリサから感嘆の声が聞こえてくる。楽しそうでなによりだった。
今夜は雲がなく、夜空の星が良く見えていた。
『Nice date』
レイジングハートが何気ない感じで言う。
なのはは英語が苦手である。よくわからなかったのでレイジングハートに聞き返した。
「なんだって?」
「なんでもないわよ!」
レイジングハートの代わりにアリサが返事する。ただ軽い頭突きのおまけ付きではあった。
「ちょ、暴れんなって!」
揺れるほどでもない衝撃。それでもなのはからしたら危なく感じた。
誰かを背負っての飛行も慣れていない。バインドしているとはいえアリサが落下したら一大事である。余裕なアリサとは対象的でなのはは結構緊張していた。
山の方に向かい大きい木の枝に座る。
二人が街明かりを見下ろす。そこから見える景色は綺麗の一言に尽きた。
「すごいわね。魔法って」
飛行魔法は苦労して覚えた魔法である。なのははその言葉に少し誇らしさを感じていた。
「なのは」
夜の街が綺麗に輝く。今、なのはは日常の中にいた。
「お疲れさま」
「……うん」
穏やかに吹く風は二人の気持ちを現わしていた。
少し休憩を挟み、二人は再び夜空へと戻っていった。
休日。
ある場所へと向かう。ある場所とは図書館であり、なのはからしたら普段来ない場所である。
またイリスに頼まれなければ来ないようなところでもあった。
「あの子」
イリスがある方向を見るように指示する。そこには車椅子に乗った女の子がいた。
「あの子に話しかけて仲良くなって」
「え?」
結構な無茶ぶりであった。
「どうやって?」
「子ども同士なんだし、一緒に遊ぼって声かければいいじゃない」
「図書館でか?」
別に図書館で遊ぶわけではない。それはなのはもわかってはいる。ただ図書館に来ているのだから本に用があるに決まっている。
誘われた方もなぜこんなところで誘われるのだろうと疑問に思うだろう。例え子ども同士でも時と場所ぐらいは選ぶ。
「なんであの子なんだ?」
「あの子が持ってる本に用があるの」
見ると膝に一冊の本を持っていた。
大人でも大きいと感じる本。それを子どもが持っているせいか余計大きく見えた。特徴的な部分としては本が鎖で十字に縛られているといったところだ。
なのははどうしたらいいかわからなかった。なので一旦様子を見ることにした。
少女が本棚に沿って移動する。
目的の本を見つけたのか車椅子を止める。棚から本を取り出し、少女が席へと移動した。
移動した先は長い机だった。他には誰も座っておらず貸し切り状態だ。
少女は端のほうでポツンと座る。
本を開き、独り読み進める。
窓際から差し込む光が少女を照らしていた。なぜだか、その光景は物悲しさがあった。
数分が経つ。
なのはは勝負事において待ちが苦手だった。ゲームでも攻める方が好きである。
これは勝負事ではないが、何はともあれなのはは痺れを切らしてしまった。
もはやヤケクソだった。
なのはが棚から本を取り出す。それから机に向かい、少女の向かい側に座った。
適当に持ってきた本を開き読むフリをする。
少女はほんの少しだけ驚くような反応をする。
他の席が空いているにも関わらずわざわざ前に座ったからだろう。
少女は気になりつつも、再度本に目を落とす。
なのははどうしようかと考える。行動したはいいがいささか考えなしが過ぎた。
もう少し様子を見てもよかったかもしれないと反省する。
向かい側が気になってしまい、チラチラと少女の方を見てしまう。
「あの」
少女がなのはに声をかける。
「どうかされましたか?」
「あー、いや、その」
見られていることに気づいたのだろう。
なのははあからさまに動揺していた。とりあえず誤魔化そうと咄嗟に思いついたことを口にする。
「その本、面白い?」
なのはが少女の本を指さす。
「これですか? うーん。まだ読み始めたばかりやから、なんともやけど」
タイトルを確認する少女。
「面白そうな感じはするなぁ」
普通に受け答えをする。やわらかい雰囲気の少女だった。
「君のは?」
同じ質問をされる。
「え? あー、面白いよ」
適当に答える。
「逆さまやのに?」
なのはの手に持つ本は逆さまだった。
しくじったと焦る。その失態はモロに顔に出ていた。
「ふふっ。君、おもろいなぁ」
でもまあいいかと開き直る。
何にせよ少女と話すことはできた。
「お名前は?」
「高町なのは」
「私ははやて。八神はやてや」
八神はやて。
茶色い髪で、なのはと同い年くらいの子だった。
小一時間、はやてと雑談をした。
本が好きでゲームも好きらしい。そのためゲーム好きのなのはとは話が弾んでいた。
そうして話が進み、楽しい時間はすぐに過ぎていった。
「そろそろ帰らんと」
「送っていくよ」
返事を待たず、なのはは車椅子を押す。はやてに家の場所を聞いて移動を始めた。
「どうして図書館に?」
「たまには本でも読もうかと」
「ふーん」
嘘だと見抜かれている。嘘を付くには本当のことを混ぜる必要があると聞いたことがあった。
「学校の宿題で読書感想文書かなきゃいけなくてさ。でもあんま本読まないし、どうしようかなと思って」
宿題は本当である。そしてもちろん宿題はやっていない。
「はやてが読んでる本の感想を聞こうとしたんだよ」
はやてが納得するような顔をする。なのはにしては上手く誤魔化せていた。
「そうなんやね。でも自分でやらんとあかんで」
はい、と一言返事する。
気づけば家の前まで来ていた。
「上がっていく?」
「今日はもう帰らないとだし、また今度にするよ」
「そうかぁ」
なんだか寂しそうにしていた。その表情を見たからと言うわけでもない。
同情や特別な感情もない。ただ、なのはは普段通りの調子ではやてに言葉を掛けた。
「明日でもいい?」
「え?」
「遊びに来るの」
「そりゃ、ええけど」
明日も休日である。なのでちょうどいいと思った。
なのはの言葉を聞いて、はやては驚きと嬉しさが混じったような表情をしていた。
「ほんまか?」
「え? うん」
なぜ確認を取られたのかわからなかった。むしろこっちが本当にお邪魔していいのかと確認する側である。
一瞬混乱するが、嘘ではないので肯定の返事をする。
はやてはとても嬉しそうにしていた。目が潤んでいてなんだか泣きそうにも見えた。遊ぶ約束ができたときは嬉しいものである。ここまで喜ぶかは疑問だったが、多分そうなのだろうとなのはは自分を納得させた。
「またな」
「うん。また」
はやてが手を振る。
遊ぶ約束をして帰路に着く。なのはにとっても予定ができたのは嬉しいことである。
「なのは君ってさ」
帰る途中、イリスが話しかけてくる。
「女たらし?」
なのはは言葉の意味がわからなかった。代わりに美味しいお団子が頭に浮かぶ。
「みたらし?」
「……やっぱ違うかも」
馬鹿にされているような気はしたが、慣れっこなので無視して歩くことにした。
「ふん、ふふん」
はやてはキッチンで鼻歌を歌っていた。チンっとオーブンのタイマーが鳴る。
焼き上がったお菓子をオーブンから取り出す。それをお皿に移してテーブルへと並べる。
「うーん」
テーブルに並ぶのは数々のお菓子。
「作りすぎてもうた」
今日はなのはが遊びに来る日である。そのため昨晩から楽しみでワクワクしていた。昨日の夜から作っていた分も合わせると相当な数である。
家のチャイムが鳴る。モニターを確認するとなのはが映っていた。
玄関へ向かう。車いすを移動させる速度が自然と速くなる。
それからドアを開けてなのはを迎え入れた。
「いらっしゃい!」
「おす」
なのはが家に上がる。同時に甘い匂いが鼻に伝わってきていた。
「おいしそうな匂いがする」
「お菓子作って待ってたんよ」
なのはとはやてがリビングに移動する。
そこにはパーティでも開かれるのかと思うくらいのお菓子が並んでいた。
「すごっ」
「あははっ」
はやてが乾いた笑いをする。
「全部食べていいの?」
「もちろん、ええけど」
引かれたかなと思っていた。しかしその心配はいらなかった。
なのはは誰が見てもわかりやすいほどに喜んでいた。
早速、なのはが一口食べる。
はやては心の準備ができていなかった。急に緊張が走る。
「おいしい!」
ほっと一息つく。作って良かったと心の底から感じた。
「ゲームしながら食べよか」
なのはが同意し、準備に取り掛かる。
そしてゲームを初めて一時間が経過していた。
「そこや!」
「くっ!」
なのはとはやては対戦ゲームをしていた。なのはは現在負け越している。今も劣勢に追い込まれていた。
「この!」
なのはは得意のキャラで勝負に出ていた。
これ以上は負けられない。熱きゲーマーの血がそう叫んでいた。
「これで終わりや!」
決まっていくコンボ。ゲーム画面でははやてのキャラが勝利のポーズを取っていた。
はやての勝ちである。
「うそだろ」
「現実や」
なのはは意気消沈する。ゲームは得意だった。大得意だった。
それなのに負けてしまった。なのはの口から魂が抜けていた。
「年季が違うんよ」
ゲーマー少女は自慢げだった。
「歳変わらないだろうが」
「時間はあったからなぁ」
そう言ってはやては足をさすっていた。なのははそれ以上追及することはしない。
「ちょい休憩」
なのはがトイレへ向かう。
『なのは君』
その途中、イリスから念話が入る。
『その部屋に入って』
急に指示を出される。言われた部屋ははやての部屋だった。
『いや、勝手に入るのはまずいだろ』
『お願い、どうしても必要なことなの』
断ろうかとも考える。
だがイリスがいなかったら地球には帰ってこれなかった。その恩はとても大きい。
なのはの中にある天秤がイリスへと傾いていく。
仕方ないと思い静かに部屋へと入った。
『あの本の横に私を置いて』
はやてが持っていた本が机の上に置いてあった。
言われた通り本の横に石板を置く。
『ありがとう、少し時間かかるから後で迎えに来て』
イリスはそう言ってなにやら集中し始めた。
なのははトイレを済ませはやての元へと戻った。
「映画でも観よか」
「いいね。でも後でリベンジするからな」
望むところやとはやてが答える。
映画を観賞し、ゲームをいくつかやって遊び続けた。
気づけば日が暮れ始めていた。
時計を見れば夕飯時だった。
「そろそろ帰るかな」
「もうそんな時間かぁ」
寂しそうな顔が目に映る。なのははその顔に弱かった。
というよりも今までにない経験だったので困惑が強かった。
友達と遊び、さよならをする。それはいつもあっさりとしていた。
じゃあね、また明日。
お互いにそれだけ言って別れる。けどはやては別れるとわかったとき寂しそうな顔をするのだった。
「また来るよ。明日は学校だから難しいけど」
「……うん」
なのはが立ち上がろうとする。
『もう少し時間が欲しい』
中腰になりかけた時、イリスから念話が飛んでくる。
イリスはなのは達がゲームをしている最中、はやてが持っている本について解析を進めていた。まだ用事は済んでいないらしい。
「ごはんでも、食べる?」
「え?」
「一緒にさ」
「……うん!」
笑顔が咲いていた。その表現がピッタリだと思った。
それにそこまで喜んでもらえるなら悪い気はしなかった。むしろ提案して良かったと思えた。
なのはが携帯電話を取り出して母親に連絡する。今日は友達の家で食べてくると連絡を入れておいた。
二人でごはんの用意をする。
はやてほどではないが、なのはも料理はできる方だった。家が喫茶店ということもあるが、一人の時間を過ごすことが多かったため自然と覚えていた。
なるべく家族の負担にならないように、一人で出来ることは覚えるようにした。
味付けなどははやてが行い、食材の切り分けや細かい作業はなのはが担当した。
夕飯を食べ終えてはやてがソファで休む。
その間になのはは食器の片づけをしていた。カチャカチャと食器を洗う音がキッチンから聞こえてくる。
その音を聞きながら、はやてがウトウトと気持ち良さそうに舟を漕ぎ始める。今にも眠りこけそうだった。
はやては昨日から楽しみにしていたせいか疲れ果てていた。
楽しい時間が過ぎていた。
いつも感じている曇りのような日々とは違う。色鮮やかで輝かしいひと時。
はやては幸せだった。
これほど幸せな気持ちは、いつぶりだっただろうか。
もしかしたら、初めてだったかもしれない。
夢のようだった。
突然、現れた少年。
その少年は特別な目で見ることはせず、普通の態度で接してくれる。
非日常の出会い、そして楽しい時間。
分け隔てない性格で、表情豊かな子。
(まるで少女漫画やな)
そんなことを考えながら、はやては知らぬ間に眠りについていた。
はやてが眠りについた頃、イリスの解析が終ろうとしていた。
「とりあえず、これで」
未だ起動していない夜天の書。
その魔導書をイリスは無理やり起動させようとしていた。その準備が整い実行プログラムを流していく。
『不正アクセス確認』
夜天の書を縛っていた鎖が解き放たれる。
『守護騎士システムを起動』
イリスの予測していない事態が発生していた。
「なに、これ!?」
起動させることには成功した。だが安全に起動させるには時間が足りなかった。
起動については解析できたが、安全確認にまでは時間が回せなかったのである。
突如四人の騎士が現れる。
ドアが勢いよく開かれる。
魔法の発動を感知したなのはがこの場に駆けつけてきていた。
「どうした!?」
そこには知らない四人がいた。全員、同じような服装である。
剣の騎士シグナム。
鉄槌の騎士ヴィータ。
湖の騎士シャマル。
盾の守護獣ザフィーラ。
事態の把握は非常に困難だった。下手には動けない。
臨戦態勢を取りつつ、様子を伺うことにした。
金髪の女性が立ち上がる。
同時に手のひらをなのはに向けてくる。
魔法の発動。
なのはは敵意を感じ取り、即座に駆け出した。
机の上のイリスを回収しようと手を伸ばす。
しかしそれは許されなかった。
眼前に迫りくるハンマー。
簡易的なシールドを展開する。だがなのはごとあっさりと吹き飛ばされてしまう。
部屋の窓を突き破り外へと押し出される。
「レイジングハート!」
デバイスを起動させ、バリアジャケットを着る。
『Brave mode』
レイジングハートの新モードに切り替える。
なのはの戦闘スタイルにより合わせた新形態である。
それは今までの杖の形とは別物だった。
形は剣を握る部分と大き目の鍔のみ。
鍔からは魔力斬撃を出力する構造となっていた。
より剣として扱いやすいように変化させた近接特化型の形態。
勇気をその手に立ち向かう姿。
名をブレイブモード。
『Divine Sword』
ディバインソードを発動させる。
今までは杖の形に合わせて無理やり魔力刃を作っていたが、このモードでは剣の形となって出現させていた。
「でやぁー!」
空中戦へと移行する。
先ほどハンマーを振ってきた少女がなのはに襲い掛かって来ていた。
再びなのはに鉄槌が迫る。その攻撃を無駄な動きをせずに最小限の動作にてかわした。
瞬時に喉元へとディバインソードを突きつける。
「くっ!」
油断していたのだろう。戦いにおいて油断は禁物であり、そのことはヴィータ自身承知の上である。
しかし余裕とも思える状況であれば、無意識下で力を抜いてしまうこともあるだろう。
ヴィータと比べれば魔力量は低い。それに年端のいかない少年に熟練の戦士である自分が遅れを取るとは思わなかった。
「誰だ、おまえら?」
なのはが鉄槌の騎士から一本取る。
「はあ!」
頭上から剣が振り下ろされる。その攻撃を回避しこの場から離脱する。
「あいつ、つえぇー」
「ああ、油断せずに行くぞ」
ヴィータが気合を入れる。
出し惜しみして勝てる相手ではないと判断する。
「ロード! カートリッジ!」
『Explosion』
ヴィータのデバイス、グラーフアイゼンが変形する。
ハンマー部分が突起のある形となり、逆側に推進力を発生させる噴射口が出現した。
「ラケーテン!」
噴射口から火が飛び散る。スピードを加速させ、なのはへと突っ込んでいく。
「ハンマー!!」
さっきとは比べ物にならない突進力と破壊力。
武器が届く距離となり、なのはに鉄槌が振り下ろされた。
対してなのはは渾身の力を込めて足を突き出した。
突起部分を受けることはせず、棒の部分を足の裏で迎え撃った。
レイジングハートで受けなかったのは腕力では無理だと直感したからだった。脚力であれば止められる。そう判断してのことである。
鉄槌と足蹴り、力が拮抗する。
「な、にぃ!」
ヴィータが驚愕する。魔導師ならば多少なりとも魔法で身体強化されているのは普通である。ただそれを考慮しても足一本で止められるとは想像もしてなかった。そもそも身体強化ごときで止められるものでもない。
それにカートリッジを使用して威力を底上げしている。例えどんな強固なシールドだろうと突破する自信があった。
何もかもを吹き飛ばし、阻むものすべてを粉砕すること。
それが鉄槌の騎士の本領なのである。
そのため足蹴りだけで止められる事態になるとは想像もしていなかった。
「くっそぉー! ブチ抜けぇー!!」
『Jawohl』
圧力が高まる。負けじとなのはは踏ん張る。
「はぁ!」
上からシグナムが現れる。先ほどと似たような状況だが、今は回避することが不可能となっていた。今は鉄槌がなのはの回避を許さない状況である。
振り下ろされた剣をディバインソードで受け止める。
すでに守護騎士に油断はなかった。例え相手が子どもだろうと脅威であれば全力を尽くすのみである。続けざまに真正面からザフィーラが突進して来る。
「うおぉぉ!」
突き出される拳。
空いている足を使い拳を膝で受け止める。
三人の攻撃を同時に受け止めている状況となる。
あと数秒も経たず、なのはは押し込まれてしまうだろう。
このままでは負ける。負けたらはやてが危ない。それは許してはならない。
なのはは迷うことなく決断した。
「アクセラレイター!!」
なのはの体が桜色に発光する。
フローリアン一家にもらった力。それを発動させる。
加速起動システムアクセラレイター。
身体能力が爆発的に上がり、戦闘において圧倒的なパワーとスピードを得ることができる力である。
その代わりに体への負担も甚大だった。
グランツはこの力をなのはとフェイトに伝えていた。
暴走しないように、間違って使ってしまわないようにと、身を案じて教えてくれていた。
アクセラレイターは体が丈夫でないと危険を伴う力である。
グランツは二人に優しく諭していた。
体が大きくなって、上手く使えるようになって、そして守りたいものがあるときに使っていいと。
身を案じて交わしてくれた優しい約束。
なのははその約束を破ることにした。
一つの約束を除いて。
なのはが三人の攻撃を力任せに退ける。
「なに!」
「なんだと!?」
シグナムとザフィーラが驚きの声を上げる。
三人はなのはから目を離してはいなかった。意識はなのはの一挙手一投足に集中していたと言ってもよかった。だがそれでも防ぐことは不可能だった。
使用限界は二秒。
それ以上は体がズタボロになってしまうだろう。
ザフィーラの顔に膝蹴りが入る。
いつ動いたのか、それすらわからなかった。ここにいる誰もが反応できていなかった。
即座にかかと落としが振り下ろされ地面へと衝突する。
一秒。
ヴィータの腹部に拳がめり込む。バキボキッと骨の折れた音が鳴る。
そのまま後方にある建物へと叩きつけた。
二秒。
シグナムの上になのはが現われる。
ディバインソードと剣がぶつかる。奇跡と言っても過言ではなかった。この攻撃を防げたのは数多の戦闘経験から来る直感によるものだった。
しかし、勢いを殺しきれずシグナムはザフィーラと同じく地面へと叩きつけられた。
三秒。
アクセラレイターを解除する。
なのはの体中に激痛が走る。意識が飛びそうになるがなんとか繋ぎ止める。
「ぐっ!」
緑色のバインドがなのはを拘束する。それはシャマルが隙を見て発動させた拘束魔法だった。
なのははその場から動けなくなってしまう。そして気付けば撃墜したはずの三人が復帰してきていた。
「どうするよ」
ヴィータが口からペッ、と血を吐き出す。
腹の骨が何本か折れていた。それでも顔にはおくびにも出さない。
こんな小さな体でもいくつもの戦場を渡り歩いてきた歴戦の戦士だ。
そう簡単に倒すことはできない。
「我らは闇の書を完成させるために存在する」
シグナムの右目からは血が流れていた。
さらに右腕がだらんと垂れていた。肩が脱臼しているらしい。
ザフィーラの額からも血が流れていた。左肩の骨は粉砕されていて使いものにならなくなっていた。
守護騎士の過去に刻まれた戦いの日々。
全員で一人を相手にしてここまでダメージをもらったことなどなかった。拘束しているとはいえ全員が目を光らせる。それほどなのはは脅威であり、もはやひとかけらも油断が許される相手ではなかった。
「主の意識がないとはいえ、我らがやることはただ一つ」
シグナムが本を出現させる。本が開かれ、蒐集が行われようとした。
『待って、シグナム』
シャマルから念話が入り、行動を一時中断する。
『主がお目覚めよ』