校庭に生徒が集まる。
なのはは久しぶりに体育の授業に参加していた。
事件後は精密検査が必要とのことで、管理局に身体の検査をされていた。
また、運動はなるべく控えるようにとも言われていた。
それからすぐに戦闘があった。体に問題ないと太鼓判を押された直後のことである。
守護騎士との戦闘で再びケガを負うこととなった。
加えてアクセラレイターを使ったため体中が痛くて仕方なかった。
だが、何日か休むと調子は戻っていた。以前よりケガの治りが速くなっていた。
なんだかケガをするたびに治りが速くなっていると実感する。
そして再び体の制御が効かない日々が続いていた。
制御できない中で体育に参加などできるはずもない。参加できないのは退屈で仕方なかったが、上手く動けないのであれば致し方なかった。
ケガするのも、ケガさせるのも避けなくてはいけない。
それから何日か経過し、ここ最近は体の調子が落ち着いてきていた。
もう大丈夫だろうと判断し、なのはは体育の授業に参加することにした。
今日の内容はドッチボール。
フェイトとはエルトリアでは一緒のチームだったが今は敵同士である。
やるからには勝ちに行きたい。
ただ、今日は様子見も兼ねている。優先すべきことを見失ってはいけない。なのはは逸る気持ちを抑えることにした。
試合開始。
ボールが相手チームへと渡る。
初手、サッカークラブに所属していて、運動ができる子に渡っていた。
その男の子がなのはに向けてボールを投げる。少年が投げるには中々に速いボールだった。
それをなのはが片手でキャッチする。
「え?」
周りが、生徒が、先生がシンクロして驚きの声を上げた。
唯一、フェイトは特に驚いた様子はない。
「え?」
周りの反応に対して、なのはも同じような反応を示す。
なのはは思う。
遅いボールが投げ込まれたので、片手でキャッチしただけ。
なのはは考える。
速いボールが投げ込まれたはずなので、両手でキャッチするのが普通。もしくはアウトになるべき。
やってしまったかもしれない。
いやしかし、だからなんだと言うんだと思考する。
別に悪いことはしていないし、もはやどうしようもない。
ただ投げるときに気を付ける必要があると考える。思いっきり投げて当ててしまうと、ケガでは済まないかもしれない。
手加減して投げるべきだろう。これは投げる前に気付けて良かったと思った。
人に向けて投げるのは怖く感じたので、なのはは外野に向けてボールを投げた。
結構な速さで飛んで行く。外野にいる子の後ろの方まで行ってしまった。
「ご、ごめん」
外野の子に向けて謝る。
そこからは避けることに徹して、たまにこぼれ球を拾っては投げる練習をした。
気づけばフェイトと二人になっていた。コート上で相対する。
「行くよ、なのは」
手加減しないからねと意気込んでいた。なのはは売られた喧嘩は買うことにしている。
「いいぜ」
全力で応えることにした。
フェイトがボールを投げてくる。なのはでも取れるか取れないかのスピード。
それに今までのスピード感からの緩急で目が慣れていなかった。
バゴンっと衝撃音が響き渡る。ボールを抱え込むようにどうにかキャッチした。
すかさず、なのはが反撃の一撃を繰り出す。フェイトもこぼしそうになるが、なんとかキャッチしていた。
「やっちゃえフェイトちゃん!」
「行けー! 高町!」
外野が応援する。先生は口を開けて放心していた。
攻防が何度か続くが、最終的にはボールから空気が抜けて使い物にならなくなり、その場は引き分けとなった。
なのはとフェイトがボールを片づける。
倉庫にボールを持っていく途中、カゴからボールが零れ落ちた。
それを拾おうとした時、同じく拾おうとしたフェイトと手が当たる。
すぐさまフェイトが手を引っ込める。
なのはは今まで普通に触れてたはずなのに、と困惑してしまう。
ちょっと、少しだけ、いやかなりショックを受ける。
慌てるフェイトと悲しみの底にいるなのは。
なんだか聞くのも怖くなったので、なのはは粛々と片づけをすることにした。
とある病院。
はやては定期健診を済ませ、ヴィータと待合室で待機していた。
他の面々は主治医から大切な話があると呼ばれたため診察室に入っていた。
「命の、危険」
「はやてちゃんが……!」
主治医からの話を聞いて三人が絶句する。
それほど信じがたい事実だった。
「はやてちゃんの神経麻痺、やはり進行しています」
いつも親身になってくれている主治医。
その主治医は辛そうにしていた。残酷な真実だとしても、伝えないわけにはいかない。伝えることしかできない。
周りの者はそう思わないが、治療をしていた本人はそう感じていた。
「最善は尽くしていますが、このままだと内蔵機能の麻痺に発展する危険性も」
はやての足の具合は悪化していた。
闇の書の呪いとも言える現象。それは自動防衛システムの暴走が原因だった。
診察を終え、一度帰宅する。
それからはやて以外が集まり、この件について話し合いをしていた。
魔力の蒐集を行い、はやてが闇の書の主として真の覚醒をすれば暴走は止まると予想する。
「約束を、誓いを破ってでも、はやてちゃんが死なない未来を取る。私ならそうする」
イリスが口火を切る。
「あなた達がやらなくても私はやる。闇の書を貸して」
イリスが手を差し出す。迷う必要なんてないと意思を示す。
「やらないなんて言ってねー」
「そうだな」
全員、考えは同じだった。
イリスは微笑む。
「はやてちゃんを助けよう。それと蒐集時以外は闇の書を貸して欲しい」
なぜと聞かれる前にイリスが続ける。
「他に手段がないか解析を行いたいの。助かる道は多い方がいいでしょ?」
全員、特に疑うことはなかった。
イリスの申し出に快諾し、闇の書を渡す。そして守護騎士は魔力蒐集を行うことにした。
はやてにはもちろんのこと、高町なのはにも内緒で行うと決める。
万が一にでも管理局にバレるわけにはいかないと判断してのことだった。
一度家に戻り、はやてが寝静まったころに再び会議を行った。
魔力蒐集の実働部隊は守護騎士が担当し、どこでどうやったら効率良く集められるかはイリスが情報収集することになった。
「これを見て」
空中にモニターを発生させる。
早速、イリスは情報提供をした。魔力を保有する生物が多くいる星をピックアップして全員に見せる。
まるで事前に用意してたかのような早さだった。
何にしても今は大助かりである。
「はやてはぜってー助ける」
守護騎士は明日から魔力蒐集を行うことを決める。
イリスは早速闇の書の解析を行っていた。
だが現時点においてイリスの目的の情報は得られなかった。
結局のところ、魔力蒐集を行い闇の書のページを増やしていかなければ、情報を得ることは出来なさそうだった。
魔力蒐集を始めてから数週間。
はやての足がさらに悪化し、入院する事態となった。
時間がなくなり、守護騎士から焦りが見え始める。
一か月も持たないかもしれないとのことだった。
「なあ、シグナム」
ヴィータが夜の街を見ながら言う。
「なのはなら、話せばわかってくれんじゃねーか」
なのはは友達だ。はやてにとっても、ヴィータや守護騎士にとっても。
「そうだな。もはや時間も残されていない。話してみる価値はある」
シグナムも同意する。なのはから魔力を蒐集すれば一気にページが埋まる。
完成まで後少しである。迷っている時間もなかった。
二人が話し合い、魔力の蒐集をさせてもらえるように頼むことにした。
その矢先、大きな魔力を感知する。
かなり大きな魔力反応だった。
「シグナム」
「ああ、行くぞ」
これを逃す手はない。
二人は他の面々に連絡をしてから、襲撃をすることにした。
結界を張り、目標に向かって一直線。
一気に片を付けようとする。
カートリッジをロードし、シグナムとヴィータが武器を振る。
迫りくる脅威。
フェイトはデバイスを起動させる暇もなかった。出来ることは即席のシールドを展開するのみ。
それはあっけなく破壊され、後方へと吹き飛ばされてしまう。
「フェイト!」
近くにいたアルフが人型へと変身する。
それと同時にシャマルが拘束し、ザフィーラが攻撃を加える。
倒れるフェイトとアルフ。
あっという間の出来事だった。
フェイトは攻撃を生身で受けてしまったため、相当なダメージとなっていた。
普通なら立ち上がれるはずがなかった。
しかし、フェイトは立ち上がった。
シグナムとヴィータは驚かない。
二人に油断はなかった。
なのはとの戦闘。
それを経験した守護騎士達だからこそだった。戦闘での油断が危険ということを再認識させられたため、今の守護騎士に精神面での隙はなかった。
シグナムとヴィータがすかさず追撃を仕掛ける。
デバイスを起動させる時間は与えない。飛び込んだ二人が武器を振りかぶった。
襲撃してくる二人に対してフェイトは引くことはせず、逆に踏み込んで間合いを詰めた。
二人の武器を持つ腕をそれぞれ掴み取る。
武器を振る腕が止まる。
少女の出せる力ではなかった。フェイトが握力を強めていく。
メキメキと音がし、二人が苦痛を顔に浮かべる。信じられない膂力だった。
まさかの事態ではあるが、すかさずシャマルとザフィーラの援護が入った。
四肢が縛られ、ザフィーラの拳がフェイトを襲う。
再びダウンさせられそうになるフェイト。
二人がカートリッジを二発ずつロードする。
シグナムとヴィータは得意な技で決着を付けようとした。
炎を纏った剣が、突起を付けた鉄槌がフェイトに迫る。
だが攻撃が当たることはなかった。
迫り来る攻撃から守るようにレイジングハートが間に入っていた。
攻撃をフェイトに届かせることはしなかったが、剣を受けた部分は真っ二つとなり、鉄槌を受けた部分は粉々になってしまっていた。
フェイトを抱え、なのはは距離を取る。
「なにやってんだ、おまえら」
なのはが三人と向かい合う。
「すまない。どうしても必要なことだ」
シグナムが剣を構える。
なのはもそれを見て身構える。
「頼む! なのは、話を聞いてくれ!」
ヴィータが叫ぶ。
「このままじゃはやてが危ないんだ。だから……頼むよ」
悲痛な表情。必死な思いは伝わってきていた。
「俺が話を聞けば、これ以上フェイトに手を出さないでくれるか?」
騎士達の口は開かない。
それが答えだった。
「そっか」
「なのは!」
先ほどより悲痛な声で叫ぶ。
「ヴィータの言うことは信じるよ」
なのははつらそうに言葉を続ける。
「けど、何が正しいことなのか悪いことなのか、俺にはわからない」
思い悩む。
だけど、どんな理由があるにしてもこれ以上友達が傷つくのは見過ごせなかった。
「おまえらだって知ってるだろ、俺がそんなに頭良くないこと」
壊れてしまったレイジングハート。
それでも不屈の心は折れていなかった。
まだ行けますとレイジングハートがなのはに言う。
誰に似たのか――元々こんなやつだったかもしれないと思いつつ、なのはは構えた。
「これでケリを着けよう。ただし、恨みっこなしだ」
ヴィータ達も譲れない。なのはも譲れない。
「殺しはしない。だが、事が終わるまで拘束させてもらう」
シグナムの決意は止まらない。
「そのあとは煮るなり焼くなり好きにするがいい」
「恨みっこはなしだろ」
「……そうだったな」
決闘が決まる。
全ては戦いに委ねられた。
フェイトがなのはに手を差し出す。
「なのは、これ」
フェイトからバルディッシュを受け取る。
代わりに壊れたレイジングハートをフェイトに渡した。
「行くぜ、バルディッシュ」
『Yes sir』
バルディッシュを起動させる。心なしかやる気が伝わってきていた。
静寂。
ザフィーラが構える。
――目を、瞬きする。
瞬間、目の前になのはが現れる。
ザフィーラが前方にシールドを張る。二度同じ手を食うわけにはいかない。
だがシールドは粉砕されてしまう。迫りくるなのはの膝蹴り。
腕をクロスして攻撃を受けるが、遥か後方へと吹き飛ばされてしまった。
なのはは初動でアクセラレイターを使用していた。
一瞬だけ使用し、すぐに解除する。
それでも体には負担が掛かるため、戦闘を継続をするのであれば連続での使用はできない。
なのはの狙い通り、一時的にザフィーラをこの場から遠ざけることには成功した。
多対一において、サポート役は厄介な存在となる。
まずはこの場から盾を排除することにした。その間に前衛を落とす算段である。
なのはが攻撃を続けようとする。だが、ほんの少し、動きが止まった。
ザフィーラを攻撃した膝に、熱さを感じていた。
胸が、ぎゅっと締め付けられるような、息が苦しくなるような感覚。
今は戦闘に集中するべきと考え、それらを全て払いのける。
シグナムと剣を交差させる。すかさず、ヴィータがフォローする。
攻撃をかわし、反撃の斧を繰り出す。
間一髪でヴィータを守るようにシグナムの剣がバルディッシュを防ぐ。
なのはが慣れたようにバルディッシュを振るう。近接も想定されて作られているため、なのはの手には馴染んでいた。
レイジングハートとバルディッシュはインテリジェントデバイスである。
一般的にインテリジェントデバイスは高価なものと認識されている。
その中でバルディッシュはさらに高価なものに位置していた。
フェイトのために予算を度外視して作られたデバイス。それはすでにこの世にはいない、リニスという心優しい使い魔が残してくれたものだった。
オールレンジで戦うことができ、近接戦闘でも高い性能を発揮してくれる優れモノ。
なのはは全性能を引き出すことはできなくても、近距離戦で問題なく扱えていた。
むしろ近接戦において使う分にはレイジングハートより適したデバイスだった。
二対一。
現状、なのはが優勢である。
さらになのはの圧力が高まっていく。手数が、威力が、速度が増していく。
ヴィータとシグナムが押し込まれていく。
なのはが押しているようには見える。だがそれは、ザフィーラが復帰するまでに一人は落とそうと考えての連撃であった。
ヴィータとシグナムもそれをわかっていて、やられないように全力で守っていた。
ザフィーラが復帰してくれば戦況も変わるはずである。
「くっ!」
「こ、のぉ!」
防戦一方。
二人は戦いを長く共にしてきただけあってお互いの動きを熟知していた。
この二人の連携がなければとうに落ちていたことだろう。
そして攻撃を受けるシグナムとヴィータは感じていた。
目の前にいる戦士は、聖王を思わせた。かつてベルカが戦乱の時代にいたとされる聖王。
強靭な肉体と莫大な魔力を持ち、武術にも秀でていたとされる人物。
それを想起させるほどの攻撃だった。
事実、なのははこの世界、管理局が認識している世界において、その戦闘力はトップクラスに位置していた。
近接戦闘においてはおそらく十本の指に入るほどである。
攻撃の激しさが増していく。
もはや防御も間に合わなくなっていた。
なのはが振るったバルディッシュがヴィータの顔を掠めていく。
血が飛び散る。
血が、なのはの目に映る。
動きが――止まった。
「でやぁーーー!!!」
「はあぁ!!!」
ヴィータとシグナムが全力で攻勢に出る。
渾身の連撃を畳みかけた。その攻撃をなのはが捌いていく。
そして前線に復帰したザフィーラがなのはを羽交い絞めにした。
「ロード! フルカートリッジ!!」
この機を逃して勝機はない。
シグナムとヴィータがカートリッジを使い切る。
なのはがザフィーラの拘束を解除しようと後ろ向きに頭突きする。
しかし、一向に離れなかった。
「離さん!」
絶対に逃がさないという意思があった。
「翔けよ、隼!」
「ギガントシュラーク!」
火の鳥が、巨大なハンマーが迫ってきていた。
全力の攻撃がなのはに襲い掛かる。
経験の差、覚悟の違い。
それらが要因となり、勝負は決着となった。
その後、フェイトは魔力を蒐集され、なのはは守護騎士達に連れていかれることとなった。