高町なのはくん   作:わず

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三章
ミッドチルダ


 

「よいしょっと」

 

 ダンボールを部屋の中央に置く。地球から持ってきたなけなしの荷物である。

 入っているのは着替えのみ。残りの必需品は現地調達を予定していた。

 

 ダンボールを開けて服を取り出す。それを持って広く大きい収納部屋へと入る。

 

「広すぎだろ」

 

 地球のなのはの部屋より広かった。どれほどの服を買えば埋まるのだろうか。

 なのははファッションにそれほど興味がないため、無用の長物である。

 これほど広いとどこに入れたかわからなくなりそうだった。そのため、とりあえずドアから一番近くの引き出しにしまった。

 

 リビングも部屋も広い。家具も充実している。

 最新設備にふかふかのベッド、何一つ不自由などない。

 一人暮らしをする者にとっては憧れの部屋である。

 しかし、子どものなのはは何一つ嬉しさを感じていなかった。

 

「……ゲーム持ってくるの忘れた」

 

 暇を持て余す。後は訪問者を待つのみである。

 

 なのはが空になったダンボールを見つめる。

 それを頭から被り胴体に装着した。

 

「うぇーい」

 

 部屋中を走り回る。気が狂ったのかは不明だが電車ごっこを始めていた。

 徐々に走行スピードを上げていく。

 

『大丈夫ですかマスター? 最寄りの病院にご案内しましょうか?』

 

 走行中、チャイムが鳴る。

 そのまま玄関に行きドアを開ける。

 

「申し訳ない。遅くなった」

 

 訪問者はクロノだった。今日は私服姿である。

 

「君は何をしているんだい?」

 

 なのはは今ダンボールと合体している。

 当然の疑問だ。

 

「やることなくて遊んでた」

「……そうか。お楽しみ中すまなかったな」

 

 本日はクロノが街を案内してくれる予定となっている。

 ついでに生活必需品を買い集める予定でもあった。

 

「準備できているなら行こうか」

「うい」

 

 合体を解除し、街へと出かけた。

 

 見たことのない街並み。

 先進的な乗り物や施設。人が住みやすく、人のために作られた数々の設備。

 発達した人間工学が所々に溢れかえっていた。

 

「デバイスは持ってきたかい?」

「あるよ」

 

 レイジングハートはいつも首にぶら下げている。

 

「そのデバイスに決済手段を登録しておいた。店に入るときと出るときは必ずそれを身に着けておいてくれ」

 

 店に入ると自動でデバイスに入店情報が読み込まれる。店で商品を持って外へ出ると自動で決済される仕組みである。

 ちなみに全て経費で落ちることになっている。

 上限はあるが生活に困ることはまずないであろう金額。毎日贅沢しても余るぐらいである。

 生活用品を袋に詰めて外へ出た。

 

「なんか万引きしてるみたいで落ち着かない」

「すぐに慣れるさ」

 

 クロノが歩き出す。次の目的地へと向かう。

 道中、良い匂いがなのはの鼻を刺激する。匂いはすぐ横からだった。

 店のイラストから察するにハンバーガー屋と推測できる。

 

「なあ」

 

 前に歩くクロノを呼び止める。

 

「寄ってかない?」

「そうだな。何か食べて行こうか」

 

 なのはが店に入ろうとする。

 だが、なぜかクロノは立ち止まっていた。

 

「入らないの?」

「恥ずかしい話なんだが、あまりこう言った店に入ったことがなくてね」

 

 仕事一筋。

 勤勉な毎日を送り、遊ぶことはほとんどなかった。

 ここでなくてもクロノが知っている他の店を選んでもよかった。

 しかし、そこまでするほどのことでもないと思い店に入ることにする。

 

 パネルからメニューを選択する。

 なのははバーガーセットを一つ。クロノも同じものを注文する。

 カウンターですぐに商品が用意されるので、それを持ち運び空いている席へと座る。

 

「いただきます」

 

 なのはが慣れた手つきでバーガーを食べる。場所は違えど慣れ親しんだ食事と似ていたので、なのはは手際良く食べていた。

 

 対してクロノは手こずっていた。勝手がわからないので、なのはの食べ方を真似しつつ食べ進める。

 ただ何も難しいことはないのでクロノもすぐに慣れていった。

 

 だがクロノはある誤算をしていた。

 クロノは食べ終わらないうちにドリンクを飲み干していた。

 バーガーとポテト。どちらも塩っ気が強い。そのためついつい飲んでしまったのだろう。

 残されたポテトを口に運ぶクロノはだいぶツラそうにしていた。

 

「はい」

 

 なのはが自分の飲み物を手渡す。

 

「飲んでいいよ」

「……かたじけない」

 

 素直にジュースを受け取る。

 なのはも経験があったのだろう。クロノへの対応は優しかった。

 

 食事を終わらせて買い物を続ける。

 それも大方終わらせて、二人はなのはの家へと帰ることにした。

 

「今日はありがとう。助かった」

「いや、僕も良い息抜きになったよ。楽しかった」

 

 すでに夕暮れ時。

 ここまで遅くなったのは食後にゲームセンターへ寄ったせいだろう。

 どれも見たことも聞いたこともないものばかりだった。なのはは興奮が冷めず結構な時間遊んでいた。

 当然のごとくクロノも連れ回されていた。

 

「明日は遅刻しないようにな」

「りょうかい」

 

 立ち話を終わらせ、高層マンションの前で別れる。

 明日からは講習が始まる。聞いていればわかることでありそれほど難しくはないらしい。

 だとしてもなのはにとっては気が重くて仕方なかった。

 難しくはないとのことだが、優秀なクロノが言うことだからあまり信用できなかった。

 

 ただここまで来たならやるしかない。

 頑張ろうと気合を入れ、明日に備えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 講習が終わる。

 普段とは違う環境。さらに初めて聞くようなことばかりであり、学校の授業より疲労の溜まり具合が激しかった。

 講習の内容は聞いていれば当たり前のことではあるのだが、地球育ちのなのはにとっては新しい常識を脳に作るような感覚だった。

 

 魔法は便利なものであるが危険なものでもある。

 無闇やたらに使用してはいけない。ミッドチルダでは飛行魔法は基本許可制である。許可が必要ない場所もあるが、それは許可不要エリアを参照とのこと。

 などなど、違う世界の常識を教え込まれていた。

 

 いつもより頭を使った分、当然お腹も空く。

 帰るまでには持ちそうになかった。

 

(どこか寄ってこうかな)

 

 すぐ横には丼のイラスト。自然と店に吸い込まれていく。

 

『いらっしゃいませ』

 

 機械音が流れる。

 それから空間に画面が映し出される。見た感じ店内の席の間取りだった。

 

(どうすればいいんだ?)

 

 何が何やらわからず右往左往してしまう。

 そんな姿に親切心を働かせてくれる人がいた。

 

「そこで席を選ぶのさ」

 

 なのはが後ろを振り向く。

 そこにはスーツを着た男性。紫色の髪に金色の目をしていた。

 

「この店は初めてかい?」

 

 頷く。

 

「ふむ。では、まずその画面から席を選択するといい。その後、選んだ席に移動したら食事を注文する流れさ」

 

 言われた通りに席を選ぶ。選んだ部分は青色から赤色に変化していた。

 使用中ということだろう。

 

「では行こうか」

 

 男が先に歩く。その後をついていく。

 

「ここだね」

 

 男が座る。

 

「どうしたのかね?」

「いや」

 

 なぜなのはが選んだ席に座ったのだろうか。

 

「注文の仕方を教えてあげよう」

 

 理由が判明する。

 それでも相席するのもおかしい気がしたが、良くしてもらっている手前断るのも気が引けた。

 仕方ないと思いつつも同席する。

 それからなのはは男に注文の仕方を教わった。タブレットを操作し、お腹一杯食べれそうな丼ものを注文した。

 

「その……ありがとう、ございます」

「構わないさ」

 

 無言。

 気まずくなり、何か話題を振ることにした。

 

「俺、高町なのは。アンタは?」

「ふむ。ドクターとでも呼んでくれたまえ」

 

 本名は名乗らなかった。名乗りたくない理由があるのかもしれなかった。

 特段、なのはは気にする様子はない。

 

「君はミッドチルダに来て日が浅いのかな?」

「二日前に来たばかり」

 

 ドクターも注文を終わらせる。

 

「なぜ、この世界に?」

「あー」

 

 なのはが言いよどむ。

 

「言いたくないのであれば構わないよ」

「そうじゃないんだけど、あんまり説明とか得意じゃないからさ」

 

 事件についてはなるべく話さないようにとも言われていた。

 ただロストロギア事件のため、闇の書事件はこの星でもニュースになっていた。毎日世間に目を向けている人ならば知らないということはないだろう。

 また、勘のいい人ならなのはの話からあの事件だと気づくはずである。

 

 重要なキーワードは避け、不慣れながらも説明をしていく。

 

「そうか。色々と苦労が絶えないだろう」

 

 本気で思っているわけではなさそうだった。それはなんとなくなのはにもわかった。

 所詮他人事である。

 

 注文した食事がテーブルに運ばれてくる。

 ドクターがスプーンを二つ取り、一つをなのはに渡す。

 

「いただきます」

 

 なのはが勢いよく食べていく。ドクターはそれを楽しそうに眺めていた。

 

「いい食べっぷりだね。こちらも食欲が湧いてくるようだよ」

 

 牛、豚、鳥の三種を使った丼ものである。

 この店の名物ではあるのだが、量が多すぎるので普通の人は頼まない一品だ。

 

 ドクターも食事を始める。その所作は丁寧で、品性を感じさせた。

 

「君には欲望はあるかい?」

 

 唐突な話題。

 

「欲望?」

「叶えたい夢。成し遂げたい野望。譲れない思い。そういったものはあるかね?」

「うーん」

 

 あまり深く考えたことはなかった。

 なんとなく喫茶店を継ぐのかもしれないと思ったことがあるぐらいだった。

 

「……電車の運転手とかかな」

 

 昨日のことを思い出したせいか、それを口をしていた。

 

「どうしても叶えたい夢かい?」

 

 言い方は悪いが口から出まかせである。

 

「どうしてもってほどじゃないかな……ドクターはあるの?」

「私かい? もちろんあるとも。それこそ無限にね」

 

 なのはが若干引きつった顔をしていた。

 

「欲を忌避する必要はない。欲を捨てた人間ほどつまらないものはないさ。理性で欲を抑えるのではない。欲で理性を押しのけるのさ。その先にこそ見果てぬ夢を叶えることができるというものだ」

 

 急に饒舌になる。楽しそうに話しているところを見ると、好きな話題だったのかもしれない。

 ただ残念ながらなのはが理解できる話ではなかったようである。

 

 ドクターが壁側を見る。そこにあるのは一枚の張り紙。

 公式魔法戦競技会、インターミドル・チャンピオンシップ開催。

 そう書かれていた。

 

「出てみるかい?」

「え?」

 

 なのはも張り紙を見る。

 

「己の欲を知るには幸福を実感することが手っ取り早い」

 

 また難しい話だった。

 

「大会に出て活躍し、喝采を浴びれば新たな経験を得られるだろう」

「……急に大会に出て活躍できるかな」

「できなくてもいいさ。負けて悔しさを感じ、勝ちたいと思うようにもなるのでもいい」

 

 できれば負けたくはなかった。

 なのはは人一倍負けず嫌いである。

 

「生きていたい、存在していたい。いずれはそんな気持ちが君に生まれることを私は望んでいる」

 

 そんなことは言われるまでもないことだった。

 なのはは死にたくもないし、消えたくもない。

 

「個人で組織を破壊しうるその力、是非その一端でも見てみたいね」

 

 なのはとドクターが同時に食べ終わる。

 通常、子どもと大人であれば大人の方が早く食べ終わる。

 ただ、なのはは男の三倍の量は食べていたので特別ドクターが遅いというわけではないだろう。

 

「ここは私が払っておこう」

 

 席で会計を済ます。自分で払うと言う間もなかった。

 

「ごちそうさまでした」

 

 奢ってもらったので感謝を伝える。

 

「気にすることはない。君が大量に食らう姿。まさに欲望の体現。見ていて気持ちのいいものだったよ」

 

 長居をするつもりはないためか、ドクターが席を立つ。

 

「また会おう」

 

 店を出ていく。

 これが、なのはとドクターの最初の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある定食屋。

 そこでなのはとユーノが向かい合いながら座っていた。

 

「まさかこっちに来ることになるなんてね」

「まったくな」

 

 ミッドに来てからはすぐに連絡は取り合っていた。

 しかし、お互いに時間を合わせることが難しかったため会うのが引き伸ばしになっていた。

 今日もそれほど時間を取れているわけではなく、一緒にごはんを食べるだけである。

 

「ごめんね。あまり時間取れなくて」

 

 ユーノは食べたら仕事に戻らないといけなかった。

 

「いいよ。またごはんだけでも一緒に食べよう」

 

 また時間が合うときは会おうと約束する。

 

「またな」

「うん。また」

 

 店を出てユーノと別れる。

 何気なしに会って、さらっと解散する。それは気の許せる友人だからこそだろう。

 

 そして実は今日、もう一つ約束があった。

 ユーノを見送った後、なのはは待ち合わせの場所へと向かった。

 

 大きくて広いドーム。

 そのドームの前でなのはは待ち合わせをしていた。

 

「やあ」

 

 到着後、程なくしてドクターが現れる。

 今日はスーツの上に白衣を着ていた。

 

「勉強は順調かな?」

 

 あまり触れられたくない話題だった。その証拠に苦虫を噛んだ表情がドクターの目に映る。

 通常ならもっと進んでいるはずである。なのだが、講習の効果測定時に赤点を取ってしまい何度か再受講をさせられていた。

 

「そうか。ならば今日は楽しんでいくといい」

 

 ドクターがドーム会場に向けて歩き出す。

 

「今日はここでインターミドル・チャンピオンシップが行われる」

 

 公式魔法戦競技会。

 己の力を示し合う大会である。

 

「息抜きにどうかと思ってね」

 

 スポーツ観戦は良い息抜きになるだろう。

 ドクターに続き、なのはも会場へと入る。

 

 ロビーには選手と思われる人達がいた。

 コーチとの事前確認。精神統一にイメージトレーニング。

 選手同士で鼓舞しあう光景。

 試合はまだ始まっていないが、ここには熱気と活気があった。

 

「すごいな」

「大きな大会の一つだからね」

 

 アナウンスが流れる。

 そろそろ試合が始まるらしい。

 

「行こうか」

 

 この会場では二階が観戦席となっていた。

 しかし、ドクターは二階ではなく選手達と同じくステージへ繋がる入場口へ向かっていく。

 

(近くで観るのかな)

 

 もしくは一階にも席があるのかもしれないと推測する。

 

 入場口の向こうではステージが五つ設置されていた。

 ゼッケンナンバーを呼ばれた選手がステージに上がる。そこでは多種多様な戦法で戦いが繰り広げられていた。

 

 あるステージで勝負が着く。

 勝利した選手が手を突き上げ、歓声が沸きあがる。

 その光景に多少ながらもなのはの胸が打たれていた。眩しく、輝かしい光景。

 勝利の瞬間。それはきっと嬉しくて楽しくて、声いっぱいに叫びたくなるに違いなかった。

 

「さて」

 

 ドクターがポケットから何かを取り出す。

 

「これを着てくれたまえ」

 

 受け取り、広げる。

 

「なにこれ?」

「ゼッケンだよ」

「ゼッケン?」

 

 ゼッケンにはナンバーが印字されていた。

 その印字されたナンバーがアナウンスでコールされる。

 

「呼ばれたみたいだね」

 

 ドクターがステージを指でさす。

 

「あそこだね。さあ、ステージに上がるといい」

「ちょっと待ってくれ」

 

 慌てるなのは。対照的にドクターは冷静なままである。

 

「おっと、選考会はデバイス禁止だ。私が預かろう」

 

 手を差し出される。

 

「な? え?」

「早くしないと注意されてしまう」

 

 急かされる。

 

「さあ」

 

 言われるがままにレイジングハートを渡す。

 それからドクターに背中を押されて、戦いの場へと導かれる。

 

 気づけばステージの上。

 ルールなんて当然知らない。戦いの準備もしていない。

 

(なんでこんなところにいるんだ?)

 

 試合開始までもう数秒もない。なのに心がまだ日常から離れていなかった。

 相手選手は準備が終わっている。すでに臨戦態勢だった。

 見た感じなのはより年上。というよりもなのはは大会で最年少である。他にも最年少はいるが数は少ない。

 必然的に同い年か年上ということになる。

 

「緊張しちゃってるみたいだね」

「場外に出して終わりにしてあげなさい」

 

 相手選手とセコンドは完全に余裕の態度だった。すでにこの時点で消化試合の気分だろう。

 

 開始の合図が鳴る。頭も心も上の空。

 茫然自失とまでは言わないが、意識はふわふわとしていた。

 

 目の前に迫る拳。

 

「あぶねっ!」

 

 反射的に回避を行い、同時に意識が切り替わる。

 実戦という場数を踏んできただけはあった。

 ただ、死んでしまうような危険を感じなかったため、意識が切り替わるまで時間が掛かってしまっていた。

 

 考えている暇はない。とにかく今は相手をするしかない状況。

 

 なのはは素手の戦いでの心得がない。構えもフットワークも知らない。

 なのでひとまずは相手の動きを見ることした。

 

 ジャブとストレートのコンビネーション。

 スピードがあり、真っすぐな攻撃。

 足技も使うみたいだが、牽制レベルでしか放ってこない。

 足を牽制でしか使わないのは、手を使った攻撃が得意なのか、もしくは余裕だと思い手加減されているだけか。

 真意はわからないが、今はありがたかった。

 なのはは次々と攻撃を避けていく。運動したおかげか段々と体が温まってきていた。

 

「ハアッ!」

 

 少しずつ、相手の攻撃が速くなっていく。リーチ差を活かしてか、なのはの届かない距離から打撃を仕掛けてくる。

 

 その攻撃をなのはが避け続ける。

 相手は攻撃が当たらず、次第に本気になっていく。あからさまだった余裕が消えていき、フットワークも使うようになる。

 

 なのはもいつもの調子を取り戻してきていた。

 

 相手が踏み込む。

 放たれた打撃に合わせて、なのはがカウンターを放つ。

 拳が腹部へと突きささる。

 

「ごふっ」

 

 倒れ、床に伏す。

 相手はカウント内に立つことはなかった。

 

 試合終了。

 なのはの勝ちである。

 

「おめでとう」

 

 ステージを降りるとドクターが拍手をしていた。

 

「ありがとう……じゃなくてよ」

 

 ゼッケンを脱ぎ、ドクターに渡す。

 

「次は地区予選だが準備は大丈夫かい?」

「ドクターを殴る準備ならバッチリだけど」

「いい気迫だ。次も期待しているよ」

 

 涼しげな顔で流される。

 ステージから離れ、自販機で飲み物を購入する。

 

「なんで出場することになってんのさ」

「言っただろう。息抜きになると思ってね」

「いや……観るだけだと思うでしょ普通」

 

 ため息が出る。

 事前に言ってくれても良かったのでは考えるが、多分あえて言わなかったのだろう。

 楽しそうにしているドクターが目に映る。

 

(絶対わざとだ)

 

 やはり一発入れておくべきかと考える。

 しかし、そんなことしても何も得はないので何かおいしいものでも奢ってもらおうと考え直した。

 

 

 

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