高町なのはくん   作:わず

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インターミドル・チャンピオンシップ

 

なのははスーパーノービスクラスに振り分けられていた。

実力は間違いなくエリートクラス。なのだが初参加の場合はどれだけ優秀だろうとスーパーノービスクラスが上限となる。

一度勝てばエリートクラスに上がる位置。なのはは特に苦戦することなくエリートクラスへと駒を進めていた。

 

そして本日、エリートクラスでの初戦である。

 

なのはの試合が始まるまで一時間ほど。

その間、観戦席でドクターと試合を観戦していた。

 

「飲み物買ってくる」

 

席を離れて自販機に向かう。

自販機の前で何にしようか迷っていると、突然横から突き飛ばされた。

 

「邪魔」

 

足蹴りされる。

自販機の前にいたなのはは強制的にどかされる。

 

「ちょ、え?」

 

なのはが男を見上げる。

だが男はなのはの方を見向きもしない。気にすることもなく後からやってきた男は自販機で飲み物を購入していた。

飲み物を手に取りこの場から立ち去る。あまりにも勝手な振る舞いに呆気に取られてしまう。

 

「んだよ……」

 

赤い髪の男。刈り上げヘアーが特徴的だった。

その傍若無人な男を背中を見る。何か一言言うべきか迷うが言葉を飲み込む。

今はドクターを待たせている。なのはは若干イライラしつつ、再び自販機の前に立った。

 

「このスポドリまじーな」

 

先ほどの男が悪態をついていた。

 

「カネ無駄にしたわ」

 

缶を後ろに投げる。

それは見事になのはの頭に命中する。それから中に残っていたスポーツドリンクがぶちまけられ、なのははびしょびしょになってしまう。

流石に見過ごせるレベルではなかった。

 

「おい」

「あ?」

 

呼び止める。

なのはが缶を拾い上げ、男に突き付けた。

 

「ゴミはゴミ箱に捨てろ。あと俺に当たってんだよ。危ないだろうが」

 

男が一瞥してくる。

 

「そうか。じゃあ捨てといてくれ」

 

興味なそうな顔をして立ち去ろうとする。

 

「ちょっと待て、ごめんなさいぐらい……」

 

男が振り返る。

明らかにイラついている様子が見て取れた。

男は近寄り、なのはの胸元を掴む。

 

「ガキが調子乗ってんじゃねーぞ」

 

片手で軽々持ち上げられる。

その腕の筋肉は発達していて、何かしらの競技選手だということをうかがわせた。

 

「んだその目? 気に入らねーな」

 

なのははガンを飛ばしていた。

条件反射ともいえるが、単に睨まれたので睨み返していただけである。

 

「ボコられてーのか?」

「やってみろよ」

 

互いに拳を握る。

それが振るわれようとしたとき割って入る男がいた。

 

「アレン! 何やってんだおまえは!」

 

一触即発の雰囲気。

そこにアレンと呼ぶ中年男性が二人を引きはがした。

アレンのセコンドである。

 

アレン・セルシオ。

赤い髪の男は今大会の出場選手であった。

 

「おとなしくしてろと言っただろうが!」

「はいはい」

 

反省している様子はない。

悪いことをしたという自覚もないのだろう。

 

「ごめんな、坊主……オラ、控室に行くぞ」

 

セコンドに謝罪をされる。とうの本人からの謝罪はなかった。

しかも去り際に中指を立てられる。なのははそれを見逃さなかった。

 

ピクッピクッとなのはの口角が動く。

それはもう怒り心頭であった。

物に当たるなとは親にも先生にも言われていることである。なのは自身も気を付けていることだ。

だが、このときばかりは手に持っていた空き缶を握りつぶしてしまっていた。

 

「そろそろ試合の時間だよ」

 

ドクターが迎えに来る。

 

「どうかしたかい?」

 

何か異変を感じ取ったのか、気遣う様子を見せる。

 

「いや、なんでもない」

 

深呼吸する。

これから試合だ。切り替えて集中しなければいけない。

 

「ふむ。では行こうか」

「うん」

 

缶をゴミ箱へと捨てる。

それから二人は控室へと向かった。

 

バリアジャケットを身に纏い、ステージへと上がる。

向かい側には相手選手。その姿を見て、なのはが目を見開いていた。

 

「おいおい、さっきのガキじゃねーか」

 

アレンとなのは。

ご対面である。

 

「ここはお遊戯会の場所じゃねーぞ?」

 

ヘラヘラと笑う。

なのはの額に青筋が走る。

 

「ママとパパに手振らなくていいのか? 応援に来てんだろ?」

 

アレンがわざとらしく観戦席を探す仕草をする。

試合前に神経を逆撫でして心を乱すという戦法ならまだわかる。

だが、アレンはただ馬鹿にしているだけであった。

 

「親は来てない」

「あっそ、まあいいや。早いとこ終わりにしようぜ」

「そうだな。とっとと勝ってメシにするわ」

 

減らず口には減らず口で返す。

 

「……おまえマジで生意気だな」

 

流石にイラついたのか、その顔から笑みが消えていた。

 

「泣くまでボコってやっからよ。覚悟しろよ」

「こっちのセリフだ」

 

なのはは構えない。そもそも構えを知らない。

それでも何もしないわけではない。足を半歩分だけ開き、重心を安定させる。

 

「両者、準備はいいですね?」

 

アレンが構える。なのはも迎え撃つ準備はできていた。

 

「始め!」

 

レフェリーが試合の開始を宣言する。

 

瞬間、アレンが踏み込む。

あっという間に距離を詰め、右ストレートをなのはの顔へと放った。

なのはは顔だけ動かし、拳が空を切る。

 

口だけではなかった。

その攻撃はアレンが競技者であることを証明するのに十分な威力だった。

それもそのはず、アレンは前回の大会で好成績を残し今大会における期待のホープと言われる選手だ。

 

ストライクアーツの使用者であり、去年の敗北から一年を通して技も体力も一流選手と遜色ないほどに鍛え上げていた。

 

実力は本物。ただその性格には難があった。

実力はあるが素行が悪さが目に余る。いわゆる問題児であった。

 

「オラァ!」

 

左フック。

それを腕で受ける。

 

(速い)

 

速いだけではなく、重くもあった。

攻撃を受けてなのはの重心が崩れる。それをチャンスと見たのか突き上げるようにアッパーが迫る。

 

両腕をクロスしてガードする。かなりの威力がなのはに伝わる。

足が地面から離れ、宙に打ち上げられてしまう。アレンはジャンプし、宙に浮いたなのはに踵落としを食らわせた。

 

地面に叩きつけられ、粉塵が舞う。

 

LIFE 9,700

なのはのライフが削られる。

大会ではライフ制が採用されている。ライフがゼロになれば負けである。

 

「よっわ」

 

聞こえるように、大き目の声で言う。

 

「ここはな、おまえみたいなのが来るとこじゃねーんだよ」

 

見下ろしてくるアレン。なのはが立ち上がろうとするところに唾を吐きかけられる。

避けようとするが、足に強烈な痛みが走り動けなくなる。

ベチャっと唾が頭に付着する。

 

「とっとと帰れや。ママがおうちで待ってまちゅよ~」

 

どれだけ人を小馬鹿にすれば気が済むのか。

 

「君、挑発行為は控えるように!」

 

レフェリーが仲裁に入る。

それからアレンはニュートラルコーナーへと戻っていった。

 

(ケガ、したのか?)

 

挑発行為のイラつきもあるが、それ以上に足の異常が気になっていた。

この程度の攻撃で負傷するはずがない。何か特別な属性攻撃を付与していたのかと疑問が駆け巡る。

 

「クラッシュエミュレートだね」

 

横にいたドクターがなのはに起きた現象について説明する。

クラッシュエミュレート。

受けた攻撃によって身体ダメージが再現されるシステムである。ただ試合後は解除され、試合前の状態へと戻るので本当の負傷とは違う。

 

エミュレートではなのはの足は打撲判定と出ていた。

 

なのはが立ち上がる。

レフェリーが続行可能と判断し、試合が再開される。

 

歩く度に痛みが足から伝わってくる。

だとしても動けなくなったわけではなかった。それにこの程度の痛み、我慢できないレベルでもない。

目を斬られ、背中を斬られ、骨が粉砕されるほど打撃を受けてなお、戦い続けたなのはからすればなんてことない負傷である。

 

ステージ中央に立ち、なのはがアレンの構えを真似る。

続けて、なのはがアレンを挑発した。

 

「こんなもんかよ」

「あ?」

 

鼻で笑い、馬鹿にするように言い放つ。

 

「撫でられたのかと思った」

「……潰す」

 

アレンが魔力を練り上げる。

なのはに接近し、右足を振り上げる。先ほどの再現である。

なのはは横に転がって回避する。

 

「アゴかち割ってやるよ。二度とクチ開けねーようにな!」

 

アレンが再び突進してくる。

対して、なのはは拳を腰のあたりまで引く構えを取る。

 

集束した魔力が拳で光る。

 

なのはの集束スキル。

いつもはレイジングハートを通し、確立されたプログラムのもとで使用していた。

だが今回は勝手が違う。完全なサポートは今はない。現状、己の技術が重要となっていた。

レイジングハートのサポートが全くないわけではないが、大部分はなのはの魔力運用技術が試される場面であった。

 

その魔力運用がここに来て、ようやくコツを掴み始めていた。

 

アレンが距離を詰めてくる。

放たれる拳に対し、なのはも同じく拳を繰り出す。

 

拳と拳がぶつかり合う。

 

「ぐあぁ!」

 

声を上げたのはアレンだった。後ずさり、片方の手で拳を庇う。

 

クラッシュエミュレートが表示される。

右手粉砕骨折。

アレンの拳は粉砕骨折に値するダメージを食らっていた。

 

「クソがぁ!」

 

痛みに負けないよう声を張る。

アレンがなのはを睨みつける。しかし、それが虚勢であることはすぐに判明した。

 

なのはが一歩前に出る。

アレンが一歩後ずさる。

 

先ほどまでの威勢はない。

たった一歩踏み出しただけ。それだけで闘志が削がれていた。

すでに格付けは済んでいた。いくら睨もうとも、いくら吠えようとも、本能は理解していた。

 

目の前にいるやつには敵わない。

 

だが、まだ試合は終わっていない。

粉砕された拳の借りも返していない。アレンの中では恐怖と怒りが入り混じっていた。

 

なのはが踏み出す。攻撃が届く距離。

反射的にアレンが拳を突き出す。それは軽々と回避され、あっさりと懐に入り込まれてしまう。

 

身体を沈み込ませて水面蹴りを放つ。

脚払いをかけられたアレンは体勢を崩し、後ろ向きに倒れていった。

 

倒れきる直前、なのはがアレンの顔付近へと接近する。

このまま顔面に拳を振り下ろせばアレンの後頭部が床と激突するといった状況である。

 

現状、アレンのガードは間に合わない。

大ダメージはもらってしまうだろうが、ここは甘んじて受け入れるしかなかった。

 

クラッシュエミュレートによるダメージ再現も懸念される。おそらく脳震とうの再現が予想される。

これはあくまで再現であり、試合後はなかったことになる。

結局は魔力ダメージのやり取りであり、余程のことがない限り本当のケガを負うことはない。

また、CLASS3以上のデバイスの所有義務があり安全はほぼ保障されていた。

 

だが何事も例外はつきものである。

競技のルールは個人の脅威により変更されることだってある。これを機にルールの見直しが行われるのは必然だろう。

 

アクセラレイターの発動。

そして通常のシールドなら簡単に破砕できるほどの魔力を纏った拳。

 

渾身の力にて拳を真下に突き出す。

拳は顔にめり込み、そのまま地面へと叩きつけた。

 

轟音。

会場のどこかで爆撃でもされたのかと錯覚するほどの衝撃。

床が割れて亀裂が走る。あまりの衝撃によりステージの全てが割れていた。

 

たった一撃による被害。それは甚大な被害であった。

 

会場が静まり返る。

信じられない光景を前に多くの人が動きを止めていた。

 

なのはが手をどける。

どける際、ヌチャっと嫌な音が会場にいる人の耳に届く。

小さな音だが、静かな会場ではその音は鮮明に聞こえていた。

 

ステージの中央、そこでは鮮血が飛び散っていた。

アレンが動く様子はない。レフェリーが様子を見に行く。

カウントを取る必要もなかった。

 

誰がこの結果を予想したか。

なのはが勝つことはおろか、会場が粉砕され負傷者が出る事態など誰も予想していない。

 

『た、高町なのはの勝利!』

 

勝者が決まる。

だが歓声はなく、代わりに緊迫感ある声が聞こえてきていた。

 

「担架急げ!」

 

救命士が駆け足で集まる。

アレンを囲み、男性と女性が担架に運ぼうとする。

 

「ヒッ!」

 

女性が悲鳴を上げる。その女性は新人救命士だった。

声を出してしまうのも致し方ないことだろう。

 

悲鳴の原因。それは変形したアレンの顔だった。

骨が折れているのは確実。歯は何本も砕け、鼻があらぬ方向に曲がっていた。

 

顎も粉砕されているせいか舌がだらしなく出ている。

そして何より殴られた部分がへこみ、拳の形でハッキリとわかるほどだった。

 

非常に危険な状態。

一刻も早く処置をする必要があった。

 

「早くしろ!」

 

男性が女性に喝を入れる。

現場慣れしていないとはいえ、女性も資格を取ったプロである。

今までに習ったことを思い出して行動に移す。

 

後に残されるなのは。

アレンが運び出された後の会場は相変わらず静かなままだった。

 

全員、なのはから視線が外せないでいた。

 

そんな中、ただ一人パチパチと拍手をしていた人物がいた。

セコンドのドクターである。

 

ドクターの前に行き、口を開く。

 

「や」

 

何を言うのか。

会場全員がなのはの言葉に耳を傾けていた。

 

「やりすぎちゃった」

 

ハハハと乾いた笑いが響く。

しばらくの間、会場にいた人達の口は開いたままになっていた。

 

 

 


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