魔物に襲われた日の翌日。
なのははいつも通り学校へ通い授業を受けていた。
『なのは』
算数の授業中、ユーノから念話が届く。
『今大丈夫かな? 色々話したいことがあるんだけど、僕のこととか魔法のこととか』
『大丈夫』
念話で応答する。
学校へ来る前、簡単だからとユーノに教えてもらっていた。
『ありがとう。じゃあ今から話すね』
『うん。頼む』
『それじゃまず、あの青い宝石から。あれはジュエルシードといって僕らの世界の古代遺産なんだ』
ジュエルシード。
きれいな光を放つひし形の宝石。
『総称をロストロギア。その一つがジュエルシードで手にした者の願いを叶える魔法の石と言われている』
『願いを、叶える』
『うん。けど力の発現が不安定でこの前みたいに単体で暴走してしまうこともある。使用者を求めて周囲に被害を加える場合もあるんだ』
昨夜の戦い。あれは死に物狂いだった。
結果としては顔に切り傷が出来ただけだったが、それもただ運がよかっただけなのかもしれない。
『たまたま見つけた人や動物が間違って使用してしまいそれを取り込んで暴走することもある』
『そんな危ないものがなんで家の近くに?』
ユーノはゆっくりと話し出す。
『……僕のせいなんだ』
自分の責任だと言う。
なのははユーノの言葉を待つ。
『僕は故郷で遺跡発掘を仕事にしているんだ。ある日古い遺跡の中であれを発見して調査団に保管してもらってたんだけど、運んでいた時空艦船が人為的災害に遭ってしまって……』
言葉の端々には悔やむ気持ちがあった。
『二十個のジュエルシードはこの世界に散らばってしまった。今まで見つけられたのはたった二つ』
結構な数だった。あの小さい石を見つけるのは相当苦労するだろう。
ひとまず事情は把握する。それから気になることが一つ。
『願いを叶えるってのは、どんな願いでも?』
『断言は難しいけど、正しい方法で使用すれば願いは届くはず。それでも不明な部分が多いから危険な物には変わりないんだけどね』
どんな願いでも叶う。それは死んだ人間でも生き返らせられるのだろうか。
なのはは仏壇の前に置いてある父の写真を思い出していた。
『なのは?』
『なんでもないよ。というかジュエルシードが散らばったのはユーノのせいには思えないけど』
『だけどあれを見つけてしまったのは僕だから、全部見つけてちゃんとあるべき場所に返さないと駄目だから……』
話を聞く限りユーノに悪い点はない。
ただ、ユーノは困っている。ジュエルシードを回収したいという気持ちだけは伝わってくる。
『昨日は巻き込んじゃってごめん。助けてもらった上にこんなお願いするのも心苦しいのだけど、僕の魔力が戻るまでほんの少し休ませてもらいたいんだ』
本当に、ただただ申し訳なさそうに話す。
『一週間……いや、五日もあれば力が戻るから、それまで』
『力が戻ったら?』
『また一人で、ジュエルシードを探しに出るよ』
『他に知り合いとかはいないの?』
『この世界には一人で来たから僕以外の人はいないんだ。それにこれは僕が解決しないといけない問題だから』
一人で頑張って一人で戦う。それがどれほど大変なことなのか。
ただでさえ知らない世界で一人にいる。それはとても辛いことだろう。
『ユーノ』
なのはにその過酷さはわからない。
けれど、一人が辛いということだけはよく知っていた。
『手伝うよ』
あまりにもストレートに言ったものなので、少し気恥ずかしくなってしまう。
『まあ、その、俺でよかったらさ、出来ることは助けになれればなって』
『なのは……』
『病み上がりで探しに行ってもまた倒れちゃうかもだろ? 一緒に探すよ、ジュエルシード』
『……うん!』
ユーノの一生懸命なところ。それは手を貸してあげたいと思わせる一生懸命さだった。
出来ることは少ないかもしれない。それでもユーノの助けになりたい思いは本当だった。
願いを叶えるジュエルシード。
なのはが家族のことを思い出す。
それは時折仏壇の前で悲しそうにしている母の姿。
無茶な修行をする兄。
そして、父の遺影だった。
魔獣化した犬、街中に出現した巨木。
いずれもジュエルシードが原因で発生した現象である。
ユーノの指示の元、なのはがそれらの対処にあたり封印を施していく。
現状、二日連続で対応にあたっていた。流石に疲れが見え始めユーノも心配する。
「大丈夫、なのは?」
問題ないと頷く。
言葉とは裏腹に顔には疲労が残ったままである。そのため、かえって心配をさせてしまう。
「ごめんね。なのはばっかり」
「フラフラになるほどじゃないからさ。そんな心配しなくも大丈夫だよ」
明るく答える。心配ないよという意味を込めて。
そんなやり取りをしてるとき、二人はジュエルシードの反応を感知した。
『なのは』
『すぐ近くだな』
ユーノを肩に乗せて走り出す。
反応があった場所にたどり着くと巨大化した猫がいた。
「でっか」
「はは……」
ユーノも目の前の光景にただ驚いていた。
「ここだと人目が……結界を作らなきゃ」
手際よく行い、魔法が発動する。通常空間から遮断され、周りの景色の色が変わっていく。
ドシンと重い音が響く。
猫が歩くたびに振動が伝わってきていた。
「大きくなりたかったのかな?」
「おそらくね。その思いが正しく叶えられたんじゃないかな」
願いが正しく叶う。その実例をなのはは観察するように見ていた。
「だけどこのままじゃ危険だから元に戻さないと」
「そうだな」
ポケットからレイジングハートを取り出し起動させる。
「よし」
いつものように封印魔法を発動させようとする。
だがその作業は中断させられた。
どこからか飛んでくる金色の光弾。真っすぐと飛来し、巨大化した猫に着弾した。
「バルディッシュ、フォトンランサー」
『Photon Lancer』
何発もの魔力弾が巨大猫に当たる。苦しむ声とともに、猫は倒れてしまった。
「攻撃魔法!」
魔力弾が飛来してきた方向には一人の少女が立っていた。
金髪に黒い服、黒い杖。
杖というよりは斧と言った方がより正確かもしれない。
「あなたもジュエルシードを集めてるの?」
なのはの後ろから声が聞こえてきた。さっきまで遠い場所にいたはずだが、一瞬にして後ろを取られてしまう。
首元に斧が突きつけられる。
「バルディッシュ」
『Scythe Form』
斧の部分が直角に開き金色の鎌が飛び出てくる。それはちょうど首を刈り取るかのように添えられた。
「あれはもらっていく」
そう言うと同時に鎌が動き出す。
しかしなのはの首が切り裂かれることはなかった。
響き渡る金属音。首元に割り込ませたレイジングハートが鎌を食い止める。
少女から動揺が伝わってくる。
この距離、このタイミングで防がれるとは思っていなかった。
なのはが半回転して裏拳を放つ。だが軽々とガードされる。先ほどは少し動揺したが、すでに平常心が戻っていた。
少女が足を使い、なのはの腹に膝蹴りを直撃させる。
「ごふっ!」
みぞおちに入っていた。
体が折れ、前のめりに倒れていく。少女に容赦はない。追撃の鎌が襲い掛かってくる。
なのはは回避行動は取らない。むしろ少女に向かって突進していた。
良い判断だった。後ろに引いていれば鎌の餌食になっていた。
吹き飛ぶ少女。距離が空き、互いに睨み合う。
「なんで……ジュエルシードを?」
お腹を抑えながら言葉を絞り出す。
「答えても、意味はない」
『Arc Saber』
光刃を飛ばしてくる。回転しながら飛んでくるそれを避けるため、思いっきり上に跳んだ。
それは少女の狙い通りだった。待っていたかのように上から鎌が振り下ろされる。
レイジングハートを盾にして防御する。受け止めはするが、勢いを止められずに地面へと叩き付けられてしまう。
舞い上がる土煙。
「いってぇ」
後頭部をさする。幸いなことに血は出ていなかった。
なのはが上を見る。少女は空に飛んだままだった。このままではこちらから攻撃することはできない。
「ユーノ、俺も空飛べたりする?」
「うん。なのはならできるはず」
今は戦闘中であり、余裕のない状況である。
しかし、なのはは空を飛べることを知って少しワクワクしていた。
「どうやって?」
「イメージして。自分が飛ぶ姿を。そして強く願うんだ」
空を飛ぶイメージ。
海の見える街をほうきで飛ぶ少女を思い浮かべた。
なのはがレイジングハートにまたがる。
「よし!」
桜色の羽が出現する。
それは両足首の部分から出現していた。
大地から足が離れていく。そしてこのまま空を飛んでいく思いきや、予想とは逆の結果になってしまう。
魔法が安定せず、顔から地面に突っ込んでしまった。
「いっでえぇぇぇ!」
その状況を見ていたユーノが自分の鼻を手で押さえる。見ているだけで痛みを感じるかのようだった。
なのはの顔が赤くなる。
しかも鼻血が出ていた。痛みに悶絶してうずくまってしまう。
「は、鼻が……!」
鼻血がさらに吹き出して顔が真っ赤になる。
ちょっと涙目になってしまったのは仕方のないことだろう。
「大丈夫!? もっと上に飛んでいくイメージを持って!」
「う、上に」
「あと、デバイスにまたがる必要はないからね」
今度こそと意気込む。
息を吐いて集中する。今回は杖をまたいだりせず直立で行った。
再び足に羽が生える。今度は行ける。そう思ったのだがやはり上手くいかなかった。
「あだぁぁぁ!」
足だけが宙に浮かぶ。足の裏がお天道様に向いていた。
今度は後頭部が勢いよく地面に激突していた。しかもその体勢のまま飛行魔法に引っ張られて地面を引きずられていく。
「いだだだ! はげる、はげる!!」
頭を削られていくように進んでいく。そのまま引きずられていき、木にぶつかってようやく止まることができた。
『Photon Lancer』
「やばっ!」
魔力弾が飛んでくる。避けれず、木ごと吹き飛ばされる。
「ごほっ、ごほっ!」
口に入った砂を吐き出す。
「ユーノ……飛ぶのは後で練習しよう。遠くに当てられる魔法を教えてくれ」
「うん。と言っても今は時間がないし詳しいことは教えることができない。だからさっきみたいにレイジングハートに願って。発動させたい魔法のイメージを強く持って」
「わかった」
レイジングハートを握りしめる。自らが想像できる魔法を思い浮かべて心に願う。
『Shooting mode』
レイジングハートが変形する。
使用する魔法に特化した形へと変わっていく。
『Divine buster, Stand by』
杖の先端に魔力が集まっていく。丸く、膨れていき、桜色の球体が出来上がる。
「まさか、砲撃魔法!」
ユーノが驚きの声を上げる。少女も警戒したのか杖を構えていた。
なのはが空に浮いている少女に照準を合わせる。
『Divine』
「バスター!」
集束した魔力。それが砲撃として放たれようとした。
しかし、放たれると思われた魔力の塊は膨張していき、遂にはその場で爆発してしまった。
「うぎゃ!」
情けない声が出る。
爆発に巻き込まれ、放物線上に吹き飛ばされる。
「ごふっ」
頭から地面に落下する。
「……なんで」
ただ、悲しかった。
『Fire』
血も涙もないとはこのことである。再び少女の魔力弾が放たれ着弾する。
本日、三度目のぶっ飛びである。
「なのは!」
ユーノが駆けつける。なのはを覆うように防御魔法を展開した。
これ以上攻撃を受けないように。
少女は猫の近くへと着地する。
『Sealing form. Set up』
バルディッシュを地面に叩き付けると電撃が猫のほうへ向かっていく。直撃すると電流が全身を包んでいった。
「ジュエルシード封印」
『Yes sir』
巨大化した猫の姿は元に戻っていき、青い石が飛び出てくる。
ジュエルシードを杖の中に取り込み回収に成功する。
「ジュエルシードは諦めて」
それだけ言い残し、少女はこの場から立ち去っていった。