街があった。
文明の発達をうかがわせる街並みではあるが、街路樹が植えられて自然とも融合していた。
二人が降り立ったのは広く長い大通り。その大通りの続く遥か先には薄っすらと山が見えていた。
ミッドチルダよりも発達した世界ではあるはずだが見た目は地球の都市部に近かった。それも日本ではなく、どちらかと言えば西洋よりである。
ミッドチルダに住む人からすれば一昔前の時代に感じることだろう。ただこの光景はあらゆる機械が小型化し、外観やおもむきに力を注げるようになった結果だった。
一昔前の光景とは裏腹に街中に散りばめられた技術はどれもハイテクノロジーである。
ただなのはからすればどちらも同じだった。都会か田舎、そのぐらいの区別しかなかった。アルハザードもミッドチルダもなのはから見たら都会である。
そんななのはが今のところ気になる点は二つ。
「誰もいない」
人がいなかった。
声が聞こえない。気配も感じられない。
ここには物音一つなかった。
そしてもう一つ。
確証はないが物が止まっているように見えた。その証拠に街中に植えられた木々は全く微動だにしていない。
よく見れば葉っぱも落ちかけて空中で静止していた。
「ふむ」
ドクターが葉っぱに近づく。
すると動けることを思い出したかのように葉っぱが落下を始めた。
ひらひらと舞い、地面に落ちる。
「何かしらの影響を受けているようだね」
ドクターが白衣のポケットから何かを取り出す。
「これを身に着けた方がいい」
なのはに手首に巻くようなバンドを渡す。
「これは?」
「AMFを発生させる装置だよ」
「なんだって?」
「アンチ・マギリンク・フィールド。それを着けていると周囲で魔力結合が起きなくなるのさ」
「……えーと?」
次から次へと理解の難しい言葉がなのはに襲い掛かる。
「魔法の効果を受けなくなる。まあ自らも魔法を使用できなくなるがね」
厳密には違うが伝わりやすいよう簡潔に伝えた。
「物体を停止させる何かが作用しているみたいだが、現状AMF下では無効化できるらしい」
「俺は動けるみたいだけど」
「私の近くにいるからさ。少し離れれば君も動けなくなるだろうね」
なのはがドクターに一歩近寄る。
(そういうことは早く言ってくれ)
受け取ったリストバンドを付ける。それは固い材質で出来ていた。
大き目の作りだったので落ちてしまわないか心配だったが、手首に付けると自動的にフィットするようにサイズが変わった。
「ここのスイッチを押すと起動する」
ドクターにスイッチの場所を教えられる。なのはが言われた通りにスイッチを押す。見た目ではわからないがAMFの起動には成功したらしい。
二人はしばらく歩くことにした。だがいくら歩いても人の姿は確認できない。
この場所を捨ててどこかへ行ってしまったのだろうかと推測する。ただそうだとしてもおかしな点がいくつか見受けられた。
飲食店のテラス席に残されたコーヒー。店内を明るく照らすライト。
さっきまで人がいたような形跡がそこかしこにあった。
それに加えてである。
無傷の建物もあれば破損した建物もあった。右の建物は壊れているが、左の建物は営業中だったように見える。
やたらと妙な光景だった。
二人が観光さながらに散歩している途中、ドクターがある場所の前で立ち止まる。
そこは何かの研究施設だと思わせる建物だった。誰もいないことをいいことにドクターは遠慮なく入っていく。
「コンピュータがあればいいのだが」
ドクターは情報収集が目的だった。
施設内を我が物顔で歩いていく。なのはがその後に続くよう歩き出そうとしたときだった。
ぺた。
勢いよく振り向く。
しかしそこには誰もいなかった。
それでもなのはは警戒を解かない。
戦闘態勢。
今のなのははまるで全身の毛を逆立たせた野犬のようだった。
「どうしたんだい?」
ドクターも振り向く。
「いや、誰かいた気がしたんだけど……足音聞こえなかった?」
「私は特に聞こえなかったが」
「……勘違い、だったかな」
警戒を解き、再び歩き出したドクターの後を追う。
なのはが額の汗を拭う。そのとき拳を握ったままだったことに気づき手を開いた。
手のひらは大量の汗で濡れていた。両手とも汗でびっしょりであった。
本当に誰もいなかったのか。その疑問に答えてくれる人はいない。
だがなのはの直感は何かがいたと強く主張していた。
ドクターが目的の物を探し出す。
何やら色々といじり始めるがすぐに使い物にならないという結論を出す。
「私が近づいた部分はAMFの影響により動くのだが……結局は電力が通らず使用できないみたいだね」
楽しそうに笑う。
普通なら落胆するべきところである。だがドクターはこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
「一度外に出ようか」
指示に従い追随する。
再び大通りに出て歩き出す。途中、タブレットが地面に落ちているのを発見した。
それを拾い上げ起動させる。
「――ほう」
知りたい情報があったのか、ドクターが興味津々に閲覧していく。
「だいぶ記録が残っているようだね」
スクロールして端末内に残っている情報を確認していく。
「どうやらこのアルハザードに災害が飛来したらしい」
情報を読み進めながら、なのはにもわかるようにかい摘んで説明していく。
「災害名はヒドゥン。その災害内容は諸説あるが、いずれにしても世界を崩壊させるものらしい。文明及び文化の破壊、あらゆる物事に対しての因果律の崩壊。そして」
手の動きが止まる。
それから言いかけた言葉を続けた。
「時間の停止」
そう言った瞬間、ドクターの目が大きく開いていた。
落ちている石を拾い上げて投げる。
その石が放物線を描きAMFの領域から出る。その途端、石が空中で制止した。
「クックック……」
笑う。
上半身が前のめりになり、体がくの字に曲がる。
「フヒッ! フハヒッ……!」
不気味な笑いへと変わっていく。
両目がギョロギョロと動き、気持ち悪さを倍増させる。
そして手を顔に当て、勢いよく上半身を起こして空を仰ぎ始めた。
「アーー-ヒャッハッハッハ!!」
ついには壊れたように笑い出す。
その様子を見たなのはが後ずさる。戦いによる怖さではない。狂気という名の新感覚の恐怖を感じていた。
「ド、ドクター?」
「見よ! 見たまえ! 見るんだ! そして感じろ!」
テンションが突き抜けていた。
なのはを見る目はかっぴらいている。
「我々がいるこの地は! 時が止まっている!」
口からはよだれという名の液体がこぼれていく。
体裁などあったものではなかった。
「時間が停止しているのだ! 物が、生物が、魔力素子が! 何もかもがだ!」
キャハーと奇声を上げる。
「素晴らしい!! これぞまさに神の領域!」
息が荒い。ドクターはとてつもなく興奮していた。
なのはにはまだわからないことだが、ドクターの体からは興奮状態とわかる現象が起こっていた。
紅潮する顔に高ぶる感情、血流が速くなり元気にそり立つドクター。
「一緒に解き明かそうではないか! この現象を!」
興奮冷めやらぬ様子である。理性が戻るにはまだまだ時間が掛かりそうだった。
「欲しい……是非とも私のものにしたい」
両手を広げて、再び笑い出す。
悪役の笑い方が似合うと思える姿である。それはとても教育に良くない光景だった。
なのはが呆然とその姿を見つめる。
瞬間、ドクターの左腕が消し飛ぶ。
「アヒャーーー!」
悲鳴なのか、笑いなのか、区別はできなかった。
ついでに持っていたタブレットも塵となって消えてしまった。
「フフ、おでましかな?」
「ド、ドクター、腕が!?」
血が噴き出し、地面を赤く染めていく。
「そんなことより前を向いてごらん」
「いやいや、どんなことよりまず腕だろ!」
「心配しなくていい。止血は済んでいる」
血が止まっていた。一瞬のうちの早業である。
どのような技術を使ったのかは不明だがドクターは自ら止血を施していた。
「おそらくこの星の人間はアレにやられたのだろう」
ドクターの顔は前を向いたままである。敵性存在と思われる対象から目線を外していなかった。
「もっと正確に言えばアレの中にいる何かだろうね」
ドクターのことが心配になりつつも、なのはも現れた何者かに目を向ける。
「フェイト?」
フェイトにそっくりだった。
目を凝らす。よく見てればフェイトではなかった。
背丈が低い。それはフェイトと比べて一目瞭然だった。
「あれは、確か」
見覚えがあった。
実物を見たことは一度だけである。それでも鮮烈な記憶として残っていた。
「アリシア・テスタロッサ」
かつての事件が思い出される。
プレシアが生き返らせようとした愛娘。その人物が地に立って歩いていた。
「知り合いかい?」
「いや、知り合いってわけじゃないけど」
どう説明したらいいか迷う。
「友達の姉ちゃん、になるんだと思う。けどすでに死んでたはず」
「ほう?」
アリシアが歩いて向かってくる。
背中の後ろには時計のようなものが浮かんでいた。
幾何学模様とも言えなくない形。
円状の形をしていて、時計と同じ配置で十二個のローマ数字が浮かんでいた。
黄金に輝き、白く発光している。
神々しさを感じさせ、近づくことを戸惑わせるような光を放っていた。
それから見落とせないことがもう一つあった。
なのはが魔法に関わることになった原因。それがアリシアの頭上で浮いていた。
十数個のジュエルシード。
それらが円を描き、まるで天使の輪っかのようになっていた。
アリシアと目が合う。その目に生気は感じられない。
「……フゥ、フゥ」
なのはの息が荒くなる。
汗が噴き出す。鼓動が速くなる。
ここまでおびえを感じたのはジュエルシードを最初に封印した時以来かもしれなかった。
なのはは幾度も戦いを乗り越え、死線を越えてきている。
飛びぬけた戦闘センスがあり、数多くの実戦経験も積んでいる。
誰もが認める戦士。
そのなのはが気圧され、ただひたすらおびえていた。
絶対的強者。
相対する存在から発せられる圧力に圧し潰されそうになる。目の前の存在からは圧倒的な力量差を感じさせられていた。
「気を確かに持つことだ」
声を掛けられる。
「目を逸らせば死ぬ……フフ、釈迦に説法だったかな? 私より君の方が遥かに理解していることだったね」
ドクターの様子は普段と変わらない。笑みを絶やさず、余裕の表情をしていた。
比べてなのはに余裕はない。ドクターの軽口に返答する余裕すらなかった。
いますぐ逃げ出すべき。そうなのはの頭が告げている。しかし横にはドクターがいる。自分が逃げれば一瞬で消し炭となるのは明白だった。
(どうする……!?)
だが敵は待ってくれない。
なのはに向けられる手のひら。脳が過去最高レベルの緊急アラートを鳴らしていた。立ち止まっていたら死ぬ。一秒も経たずに存在が消滅してしまう。全細胞が生存するために超活性化していた。
発光した瞬間、なのはは横に大きく飛んだ。
空色の魔力砲撃がなのはのいた場所を通過していく。
地面はえぐれ、後ろにあった建物を突き抜ける。そして遥か後方にあった山をも吹き飛ばしていた。
「うそ、だろ」
今までに見たこともないような破壊力。
食らえば即死である。砲撃の初速も速ければ、発動までの速度も速い。見てから避けるのでは遅い。すべて予測して行動する必要があった。
なのはがレイジングハートを起動させる。
バリアジャケットを展開するがAMFの影響で魔力結合が解かれていく。
それを補修するために魔力を絶え間なく流す必要があった。
常に魔力が減っていく状態。
長期戦という選択肢がなくなり、短期決戦一択となる。
さらにディバインソードを発動させるが、やはりAMF下では安定しなかった。
しかも展開した剣が半分に折れてしまっていた。
AMFと時間が静止している狭間、その境目で剣が折れていた。AMF内からはみ出て折れた部分は時間静止の影響を受けてその場で留まっていた。
「チッ!」
思わず舌打ちをしてしまう。だが動きを止めている暇はない。
考えるよりも体を動かす。接近し折れた剣でアリシアを斬りつけようとする。
しかし軽々と受け止められてしまう。小さい手が刃を握りしめディバインソードが粉々に砕かれる。
目を見開く。
こんな芸当ができるのは化け物をおいて他にいなかった。
「タイムストップ」
アリシアの口から声が発せられる。
同時になのはの動きが止まっていた。AMF下にいるはずだが魔法を受けたなのはは時間停止の影響を受けていた。
常時発動している時間停止とは違い対象を明確にして発動した魔法。
それは今を生きる人達にとっては空想世界の魔法だった。旧暦の時代においては存在していたとされ今では文献に残っている程度である。
現代では存在が認められず、ありえないとされている魔法。
神域魔法、タイムストップ。
動きが止まったなのはに魔力弾が迫る。被弾させまいとドクターがシールドを展開してくれる。
完全に防ぐことはできずシールドが破壊されなのはに被弾を許してしまう。それでも威力の減衰はできていたため致命傷は避けられていた。
なのはに時の進みが戻る。
すぐに離脱してドクターの横に並ぶ。AMFが発動しているため、タイムストップは数秒ほどで解放されていた。
神域魔法を数秒で解除できるドクターのAMFがすごいのか、それともAMF下でも動きを止められる神域魔法が並外れているのか、議論の余地はあるが今は考えている暇はなかった。
「めちゃくちゃいてぇ」
バリアジャケットがボロボロになっていた。
たった何発か食らっただけである。それなのにすでに満身創痍に近いダメージをもらっていた。
「なんなんだアレ」
「災害であるヒドゥンがジュエルシードを介して思相体となり、あの少女の体を依り代として動いているのだろう」
スラスラと状況を述べる。
観察能力に優れるドクターの頭脳があってこその状況把握だった。
「どうすれば」
「現状ジュエルシードが原因となっている。ならば封印魔法を施せば停止が望めるはずさ」
端的に、簡潔に伝える。
最高峰の頭脳と最高峰の戦力。
この二つが合わさった以上敵など存在することなどなかった。ただ目の前の例外を除いては。
「楽しいね、なのは君」
「……どうかしてるよドクター」
いつでも余裕を見せてくるドクター。その様子になのはは多少なりとも救わていた。
レイジングハートを待機モードに戻す。バリアジャケットを修復して拳を構える。
ここにきてインターミドルで鍛えられた徒手格闘技が役に立つこととなっていた。
(まさか、な)
まさかとは思われるがドクターが大会に出場させていたのはこういう状況を想定していたからだろうかと考える。
AMF下でも戦闘が出来るように事前に格闘技を仕込んでいた。
そんな考えがなのはの脳裏に浮かんでいた。
(考えすぎかな。それに今は……)
目の前の敵に全力集中しなければならない。
でなければ死ぬ。
なのはがジグザグに動き距離を詰めていく。
狙いを定めさせないように動き続ける。時間停止の魔法をもらったら次こそおしまいである。
横に回り込み、魔力を拳に込めて放つ。
その打撃はシールドによって阻まれてしまう。当然、予測していた事態。
手を休めることはしない。手数を増やして次々と攻撃を仕掛けていく。
ベルから学習した連撃。ヒットアンドアウェイで攻撃を重ねていく。
重ねはするがシールドが突破できずにいた。今まで見てきたどのシールドよりも硬かった。
(くそっ!)
突破する手段がない。
だが攻撃を通す手段はある。それには少しだけ溜めの時間が必要だった。
魔法の発動。再びなのはに手が向けられる。
一旦回避行動を取ろうとする。しかしその必要がなくなる。次の瞬間アリシアの手はあらぬ方向に向けられていた。地面からは赤い糸が伸びアリシアの手を絡めとっていた。
「やってしまうといい」
ドクターの援護により隙が生まれる。
わずか一秒にも満たない時間だが、なのはには十分な時間だった。腰まで拳を引き一気に突き出す。そして拳がシールドとぶつかる所で寸止めした。
衝撃がシールドに向こうに伝わりアリシアをのけ反らせる。
御神流の徹である。
さらにもう一発。
今度は逆の手で放つ。だがその衝撃は二枚目のシールドによって防がれてしまう。
対応が、対処が速かった。
二度、同じ手は通じない。
砲撃魔法の発動を感知する。
「やばっ!」
急いで回避行動を取る。
シールドの影から魔力砲撃が発射される。ただそれはなのはに向けてではなかった。
向けられた先はドクターである。
「ドクター!」
即死級の魔法が襲い掛かる。
砲撃魔法の進路上にシールドが展開される。ドクターが展開するシールドは特殊でAMFの影響をそれほど受けることがなかった。
さらにAMFの濃度も高めることで防御態勢を万全にする。
それでも尚、完全に防ぐことはできなかった。空色の砲撃魔法は無慈悲にもドクターを飲み込んでいく。
倒れるドクター。
体中からは血が溢れ、生きているのかも怪しいレベルだった。
駆け寄ろうとするなのは。だがこの場ではそれすらも許されない。
「がっ!」
バインドがなのはの首を絞めつける。空中に固定され身動きができなくなってしまう。
AMF下であることも考慮してかその強度は高かった。解除しようと殴ったり、引きちぎろうとするが壊せない。
チェックメイトだった。
敵うはずがなかった。抗うことすら許されない。人の理解を超えた存在。
そんな神とも言える存在に人が勝てる道理がなかった。
「あっ……がぁ!」
バインドの絞めつけが強くなり徐々に息ができなくなっていく。
足をバタバタさせて暴れる。
窒息するか、首の骨が折れるか、どちらにしても訪れる未来は死である。
「なのは君」
生きていた。
瀕死の状態だろうが、その声はいつも通りのトーンである。
「真名を……呼びたまえ」
不敵な笑みを絶やさない。
まだこの状況を諦めていない。そう思わせる何かがあった。
「君はすでに知っているはずさ」
死がそこまで迫っている状況。
それでも不思議とその声はなのはに届いてた。
「解放したまえ。奥底に眠る力を」
普通なら狂人のたわごとと片づけてしまうところだ。
けれどなのはにはその言葉に心当たりがあった。ユーノにデバイスを渡されたとき、頭の中に浮かんだ名前があった。
その名前はユーノに教えられた名前とは違っていた。ユーノはこのデバイスのことをレイジングハートと言っていた。
だから違うと思っていた。勘違いだと思っていた。
ゲームをやりすぎた影響で単に自分が思いついただけだと思い込んでいた。
過去、レイジングハートの秘めた力を解放した者がいた。
ある世界を平定し決して悪の道には使わなかった。優しい心の持ち主。
その者を最後にそれ以降使い手は現れなかった。また争いの種として奪い合いが起きたこともあった。
争いによりレイジングハートを勝ち取ったとしても真の力を解放することはできなかった。
一般的なデバイスとしての機能は使用できても、世界をどうこうできる力は使えなかった。
使えなかった理由。それは至極単純な理由である。
それはレイジングハートにマスターと認められなかったからだった。
レイジングハートはアルハザードにおいてもロストロギアとされていた。人が手を出してはいけないもの。扱ってはいけない、封印すべき代物。
使えば次元世界が崩壊するやもしれないものだった。
「う……ぁ……」
頭への血液の供給が少なくなっていき朦朧としてくる。
抵抗する力は弱くなり首がうなだれていく。
『マスター』
意識が遠のく中、レイジングハートが語りかけてくる。
『認証コードを告げてください』
再び脳内にある名前が思い浮かぶ。
最初に知った名前と同じ名前。
『このままでは死んでしまいます。一言発するだけで構いません。どうか認証コードを』
人間味を感じる話し方。
なのはが前から思っていたことだが、レイジングハートにはデバイスらしさがあまりないと感じていた。
『いつだってあなたは人のために戦ってきました。文句を言いつつも、結局は誰かのために動く。自分が危険な目に合おうとも他人を優先して行動する』
いつもであれば急にどうしたとツッコミを入れるところだがもはやそれすら難しい。
『それはとても好ましく感じます。ちょっぴり間抜けな部分もありますが、そんなところも魅力的な部分なのでしょう』
レイジングハートが本心で話す。
嘘偽りなく、本当の気持ちで。
『私はあなたのことが好きです。私のマスターはあなたでいて欲しい』
真っすぐな気持ち。
そして本心からの願いがなのはに伝えられる。
『告げてください。私の名を。さすればあなたを阻むあらゆるものを排除します。あなたが望むなら神だって斬り伏せましょう』
それを最後に念話が途切れる。
レイジングハートに告げられた名前。
意識が途切れる間際、その真名を口にした。
「――ディバイン、ハーツ」
レイジングハートが白く光り輝く。
バインドが解除され、バリアジャケットが再構築されていく。
今までは白を基調とし部分的に青色を使用したデザインだった。それらが全て純白へと変わり、聖職者のような出で立ちとなる。
「神話の――始まりだ」
ドクターが輝く二人を見る。
神々しく光る二人はドクターの言う通り神話の世界を想像させた。
アリシアが魔法を発動させる。
絶対的な支配権を得る神域の魔法、タイムストップ。
『Divine Sword』
対してなのははディバインソードを発動させる。
今度は折れることなく、しっかりと刀身が作られる。ディバインソードを振り上げ何もない宙を斬った。
否、タイムストップを斬り捨てていた。
神の領域に位置する魔法すら斬ることができる魔法。
神域魔法、ディバインソード。
神意を纏いし魔法剣。
その剣に斬られたあらゆる対象物は神の意志のもとに両断される。
なのはがヒドゥンへ向かう。接近しディバインソードが振るう。
それを脅威と感じてか、アリシアが、ヒドゥンが全力で回避する。掠りすらさせるものかとあからさまにわかるほどの回避。
距離を取り砲撃魔法の準備に入る。
今までとは違い即発射ではなく溜めてからの砲撃である。
もし、神がいたとして地表を掃除するのだとしたらこのような光景を拝むことになることだろう。
極大の砲撃魔法がなのはに向かって直進していく。人どころか高層ビルを飲み込むほどの大きさだった。人一人など綺麗さっぱりに抹消してしまう砲撃魔法。この砲撃が目の前に迫ったら、何もかも考えることをやめてしまうほどである。
絶望による諦め、もしくは神聖さを感じさせるほどの輝かしい光に心を奪われ、人は動くことを止めて思考停止状態となってしまうだろう。
その砲撃に対し、なのはは上から下に真っすぐ剣を振り下ろした。
極大の砲撃魔法が左右に割れる。海を割るかの如く砲撃魔法が両断されていた。
魔法は空色の魔力素に還り空へと四散していった。
「行くぜ……えっと、ディバインハーツ?」
『今まで通りで構いませんよ』
「そっか……うん、わかった」
なのはもその方が良いと思った。
「行くぜ、レイジングハート」
『All right』
狙いを定める。
斬るのはアリシアではなくヒドゥン。
封印をするにしてもまずは弱らせる必要があった。
イメージを強く持つ。
アリシアには傷一つつけず、中にいるヒドゥンのみにダメージを通すイメージ。
剣を構え、踏み込む。
御神流、神速。
その名を体現せし速度で駆け抜けていく。その速度にヒドゥンは対応することができなかった。
ディバインソードがアリシアの胴体を通過していく。
手応えがあった。
アリシアに傷はない。中にいるヒドゥンの力が弱まるのを感じる。
その隙を逃さず、なのはは封印魔法を発動させた。
アリシアの後ろにあった時計のようなものが消えていく。
ジュエルシードは回転を止め、アリシアとともに落ちていった。
死闘の閉幕。
人の理解を超えた戦い。
それは誰にも語り継がれることのない神域の戦いだった。