忘れられた都、アルハザード。
そこでは奇妙な三人が暮らしていた。
なのはが生活基盤を安定させ、暮らしを豊かにしていく。
ジェイルが情報収集を行い、帰還の手段を構築していく。
その合間にプレシアの探索も同時進行させていた。探索はアリシアも一緒にである。
安全のためとは言え、アリシアを閉じ込めておくわけにもいかなかった。外で遊びたい年頃でもある。なので探索ついでに外を歩かせることにしていた。
なのはが一緒に、時にはジェイルが一緒に。
ショッピング気分にて三人で洋服を選びに行くこともあった。そうして活動しているうちに、住処の近辺が自分の庭と言えるほどにもなっていた。
月日が経ち、三か月ほど過ぎた頃。
「いいかアリシア。気づかれないようにな」
「わかった!」
シッと人差し指を立てる。
物音を立てないように気を付けて行動する。
「目標確認」
ソファに座るジェイル。対象は現在お休み中である。
アリシアの手には自作したパチンコ。弾を引き、ジェイルの股に照準を合わす。
目標に目掛けてアリシアが凶弾を放つ。
当たったかと思われた弾。だがそれはジェイルをすり抜けていってしまった。
「何をしているのかね」
不敵な笑みを浮かべたジェイルが二人の後ろにいた。なのはとアリシアは首根っこを掴まれて持ち上げられてしまう。先ほどまでいたジェイルは幻だった。
首を掴まれた二匹のイタズラ猫が暴れ出す。手を離すと二人は外へと出て行ってしまった。
「ふむ」
ジェイルはほんの少しだけ口を開けてあくびをする。
外は晴れていて過ごしやすい気温だった。
キッチンへ行きコーヒーを淹れる。それから椅子に座り一服する。
窓から差し込む暖かい日差し。外からはなのはとアリシアが遊んでいる声が聞こえていた。
穏やかな日常。喧騒とは程遠い日々。だがそんな日常にいようとも研究に対する熱は一切冷めていなかった。
ある目的を達成するための気持ちも途絶えていない。欲望も渇望も心の内にまだまだ存在している。
ただ、今までとは違う何かが心の中に生まれていた。
もう一度コーヒーを口に含む。ゆったりと流れる時を心地よいと感じる。
ジェイルの心にはゆとりのようなものがあった。それはかつてはなかった気持ち。
ジェイルを生み出し、利用しようとする最高評議会に対する復讐心も消えていない。
消えてはいないが、薄れていると言えば否定できなかった。もしかしたらこのまま過ごすうちにどうでもいいと思えるかもしれないと、そう思えるほどだった。
息子と娘。
家族三人で仲睦まじく過ごす日々。
「ふっ」
それはジェイルにとって遠い理想郷とも言える日常。
自分のような狂人が何を夢見ているのかと自らを嘲笑する。
「ドクター」
なのはが家に入ってくる。
「今日は天気もいいし、たまには外で食べない?」
なのはがキッチンに立ち、昼ごはんの用意に取り掛かる。
「そうだね。そうしようか」
特に断る理由もないため承諾する。
なのはが準備を済ませて外へと出かける。野原にシートを敷き三人が座る。
「パパ!」
アリシアがジェイルのもとに駆け寄ってくる。
「みて!」
「何かな?」
それは花で作った輪っかだった。
「あげるね」
「おや、素晴らしい出来だね」
差し出される。
ジェイルがアリシアの手の届く位置に頭を下げる。手作りの花の輪っかが頭に乗っかる。
「似合うかい?」
「うん!」
アリシアは満面の笑みを咲かせていた。
なのははジェイルの姿を見て笑いそうになる。
堪える。ここで笑ってはいけない。あれはアリシアが一生懸命作ったものである。
その手前絶対に笑うことは許されない。例えどれだけイメージとかけ離れていようと笑いを堪えなければならなかった。
「よ、よかったな」
なのはの声が震える。
「ああ、宝物を貰ってしまったね」
ニコッとジェイルが微笑む。
「ブフォッ!」
なのはは限界だった。わざとやっているのではないかと疑うほどだった。
これ以上は直視できないため、ジェイルから顔をそらして必死に我慢する。
「おいしいね」
アリシアがなのはの作ったサンドイッチを食べる。褒められるのは素直に嬉しかった。
「好きなだけ食べな」
「うん!」
元気よく食べていく。口の周りに付くソース。なのはがそれを拭き取ってあげる。
「なのはくん」
「うん?」
「おっきくなったらわたしのおよめさんにしてあげるね」
なのはが困ったような表情をする。
「お嫁さんにはなれないかもな」
アリシアが純粋な目でどうしてと訴えてくる。
「お嫁さんになるとしたらアリシアの方だな」
「あ、そっか」
どうやら納得したようだった。
「じゃあわたしがおよめさんになるね。やくそく」
無邪気で、かわいらしい笑顔だった。
「う、うん」
約束とは言っても大きくなったら忘れてしまうだろう。そう思い、なのはは適当に返事をしておいた。
「ということは、なのは君も私の息子になるということだね」
場をかき乱す天才だなと思った。反応してやるもんかとなのはは無視を決め込む。
「今からでも呼ぶ練習しておいたらどうだい?」
無視をしてサンドイッチを食べる。
「ほら、パパと呼んでごらん?」
「パパとは呼ばねーだろ」
つい反応してしまった。何やら負けた気分を味わう。
若干の気疲れを覚える昼時だった。
そうしてサンドイッチを食べ終え、後片付けをする。
「さて、帰って勉強をしようか」
少しの時間だけであるが、ジェイルが二人に勉強を教えていた。
「マジか」
なのはがうな垂れる。
「勉強は嫌いかい?」
「聞かれるまでもないレベルだね」
露骨に嫌な顔をしていた。
「前にも言ったが君は頭が悪いわけではない」
ジェイルは優しく語りかける。
「私と最初に会ったとき説明が苦手と言っていたね」
ジェイルと最初に会ったとき、なぜミッドチルダに来たのか説明しようとしたことがあった。
その時は言葉足らずとなり、しどろもどろになっていた。
「数学は得意かね?」
この話の流れだとてっきり国語を勉強しろと言われるのかと思っていた。
そこに数学の話である。
「理数系はわりと得意かな」
意図はわからないがとりあえず質問に答える。
説明することと数学に何の関係があるのだろうか。
「数学は話し方を論理的にしてくれる。これがこうだからこうなる。そういった論理的思考が鍛えられる」
ジェイルが数学を学ぶ一つの側面を教える。
「答えを導き出す頭はある。だがそれを言語化するだけの知識が足りていない」
なのはは学校の授業より集中して話を聞いていた。
「言語学習は話し方を豊かにしてくれる。聞く力も育つ」
ゆっくりと、なのはの理解が置いて行かれないように話す。
「論理的思考に適切な言葉を当てはめさえすれば、おのずとわかりやすい説明はできるようになる」
結論へと導く。
話を理解し、脳に浸透していくのを実感していた。
「何のために勉強をするのか目的を明確にするといい」
ジェイルが立ち上がる。
そよ風が木の葉を連れ去り、ジェイルの髪を撫でていく。
「夢は見つかったかい?」
以前にも聞かれたことである。
抱く夢はまだない。
「まだ、かな」
「そうか」
歩き出す。
ジェイルは帰って授業の準備に取り掛かることにした。
「いい目標が出来ることを願っているよ」
そう言い残し、ジェイルが家に戻っていく。
なのははその背中を見つめていた。
ちょっとだけ、父親みたいだなと思った。
勉強を終えて一休みする。
なのはが時計を見る。時間的にそろそろアリシアの昼寝タイムだ。
(……いない)
ベッドに連れて行くために探す。だが中々見つけられずにいた。
どこにいるのか探しているとリビングにいるのを発見した。寝転がるアリシア。すでにカーペットの上でお休みである。
ジェイルも一緒に。
ジェイルが腕を広げて寝ている。アリシアは右腕を枕にして一緒に寝ていた。
なのはもなんとなしにジェイルの横に寝転ぶ。川の字の完成である。
暖かい日差しが眠気を誘う。
横になっただけだったが、なのはも知らずのうちに眠っていた。
目を覚ます。
自分がリビングにいることを認識する。
ここで寝ようと思ったのは一種のきまぐれだった。
日差しで暖かそうなカーペット。それを見て普通の人間の真似事でもしてみようかと思考する。
存外気持ちよく、知らないうちに眠ってしまっていたらしい。
腕から重みが伝わる。
両腕にはアリシアとなのは。
二人は気持ちよさそうに寝ていた。
魔法を使い、起こさないように動くこともできる。
だがそうはしなかった。
二人を見て想う。
もう少しだけこのままでもいいかと。
そしてジェイルは再び目を閉じていた。
日常が過ぎていく。
そんなある日、ジェイルからなのはに一報が入った。
「場所が特定できた」
ジェイルの探し物。
イデアシードのある場所が判明していた。情報収集を続けていた甲斐があったというものである。
なのはに詳しい場所が伝えられる。それからなのはは出かける準備を整えていく。
「なあ」
外着に着替えながら、ジェイルに問いかける。
「まだ、生きてるのかな」
プレシアのことである。誰と言わずともジェイルは察する。
ここにアリシアはいない。話すなら今のうちだろう。
「この星に来ているという前提であれば可能性は低いだろうね」
ずっと思っていたことがあった。
この星の人間はヒドゥンにやられたとジェイルは推測している。
それはつまり、アリシアの手によって行われてしまったのかもしれないということだ。
もちろん意識がなく、操られていたのだからアリシアに非はない。とは言っても、本人が知らなくてもいいことはある。だからこれが本当のことなら話すべきではない。
「考えても仕方のないことさ」
ジェイルがなのはの思考を読み取る。
ジェイルの言う通り、確かめようのないことである。ならば気にしても仕方ないのだろう。
「ただこの星の人間はアリシアが来る前に消滅させられていたはずさ」
どうしてと目で質問する。
「タブレットにヒドゥンについてのデータがあった。飛来してからの被災状況についても綴られていた」
それはつまり時間停止の中でも動けていたということになる。
「滅ぼされたとは言え、アルハザードの人間が無抵抗でやられたとは考えにくい。私達と同じく抵抗する技術があったのだろう」
ヒドゥンを観測し、対処しようとしていた。
だが退けることは不可能だった。
「神とも言える存在の前では無力同然だったのだろう」
肩をすくめる。
アルハザードの人間に対してか、もしくは自分自身に対してか。
なのはがいなければジェイルも同じ運命をたどっていたのは間違いない。だからこその自嘲だろうか。
「だがこの星の人間もただやられたというわけでもないかもしれないがね」
これは推測だがと前置きをする。
「アルハザードが次元世界の狭間に閉ざされた理由、いや自ら閉ざした理由。それはもしかするとヒドゥンの被害を他の世界に被らせないためだったのかもしれないね」
真意はわからない。
政府に関する情報を集めれば何かしたら判明するかもしれない。しかし今のところそれらに労力は割いていなかった。
ひとまず大虐殺がアリシアの手で行われなかったことに胸を撫でおろす。
レイジングハートを首にぶら下げ準備を終える。
「行ってくる」
そしてなのはは探索へと向かった。
研究施設へと入る。
当然、中には誰もいない。死体すらも残っていなかった。
『そのまま突き当りまで行ったら右に曲がってくれたまえ』
ジェイルの指示通り、道を進んでいく。
今回ジェイルは探索に参加していない。ジェイルは家で指示役となり、なのはとアリシアが探索班として動いていた。
(……気味悪いな)
暗い通路を歩く。
所々明かりはついているが、それがかえって不気味な雰囲気となっていた。
『それと注意点なのだが』
額の汗を拭うなのは。
疲労による汗ではない。この雰囲気から来る緊張によるものだった。
『白い霧が出ていたら気を付けて欲しい』
突き当りを右に曲がる。
奥の扉を目視する。扉の上では赤いライトが点滅していた。
ホラー映画に出てきそうな場面であり、赤い光が一層恐怖を引き立たせていた。
『白い霧はイデアシードが発動している証拠さ。通称、ゴーストと呼ばれている』
ゴーストという言葉を聞き、なのはの足が止まる。
『ゴ、ゴースト?』
『どうかしたのかね?』
『い、いや別に』
ゴクリと唾を飲み込む。
「アリシア」
「うん?」
なのはが手を出す。
「危ないから手を繋ごう」
アリシアは何も疑問に思うことなく、なのはの手を握る。
「なのはくん」
アリシアの手を強く握る。絶対に離さないように。
「おててびっちょりしてるよ?」
なのはの手は汗まみれだった。
いつもなら気を使って離すところ。しかしアリシアの手を離そうとはしなかった。
『ゴーストは記憶は奪う。気を付けてくれたまえ』
ドアの前に立つ。
ドアノブに手をかけたとき、なのはに嫌な予感が走る。
警戒心を強めて、ゆっくりとドアを開ける。
装飾品など一つもない部屋。あるのは研究設備と思わしきものばかり。
ただ、目的の物はすぐに見つけられた。
研究設備の一つであろう装置の中に置かれた宝石。おそらくそれがイデアシードだろう。
取りに行こうと一歩踏み出す。そのとき何者かが床に横たわっているのが目に入った。
それは見たことのある女性。
プレシア・テスタロッサ。アリシアの母親がいた。
「ママ!」
アリシアが駆け寄ろうとする。
それと同時にイデアシードが輝き始める。
「アリシア!」
アリシアを引き留める。
後ろに隠し、なのはが前に出る。
発現する白い霧。
ジェイルが言っていたゴーストが出現していた。
なのはがデバイスを起動させる。
『発動してる。どうすればいい?』
すぐにジェイルへ連絡を取り状況を伝える。
『封印魔法で対処可能なはずさ。いざとなれば神剣を使えばいい』
いつもながらの即答。
こういう時は非常に頼りになるジェイルだった。
浮遊するゴースト。
杖を構えて様子を見る。
なのはは攻撃するべきか迷っていた。
どうにもゴーストからは敵意を感じられない。むしろ優しさのようなものを感じ取れていた。
やがて霧は大きくなり、気付けば二人の体を包み込んでいた。
まるで母に抱かれたような感覚。
ある光景が脳内に映し出されていく。
野原で遊ぶプレシアとアリシア。
それは幸せの記憶。
アリシアが亡くなってからの生活。
それは悲痛の記憶。
寝ることもせず一心不乱に研究に打ち込む日々。
それは苦痛の記憶。
思い通りにならずフェイトに酷な仕打ちをする姿。
それは悲哀の記憶。
次々とプレシアの記憶が二人に流れ込んでいた。
そして、悲しみの末に最期を迎える瞬間の記憶。
『アリシア』
「……ママ?」
プレシアの声が二人に届く。
『ごめんなさいアリシア。ママ、あなたと最後まで一緒にいてあげられなかった』
以前のような怒気は感じられない。
発せられる言葉には優しさと愛情が満ちていた。
『お願いがあるの。聞いてくれるアリシア』
一人の母親として語りかける。
『生きて欲しい。そして、あなたには幸せになって欲しい。それがママの一番の願い』
アリシアに優しい気持ちが流れてくる。
それはいつだって変わることのなかった不変の愛情。
「ママは、いっしょじゃないの?」
『ごめんね。ママはもう一緒にいられないの』
幼くも、そのことは理解していた。
それでも聞かずにはいられなかった。
もう、プレシアはこの世にいない。
『どうか生きて欲しいの。アリシアの人生はこれからだから』
プレシアの唯一の願い。
それは一緒に叶えることができない願い。
「でも、でも……!」
それでもアリシアは願ってしまう。
「ママもいっしょがいい……!」
涙がこぼれていく。
一人は嫌だった。
願わくば一緒に生きていきたい。
けれど、もう叶うことはない。ただ願うことしかできなかった。
『あなたは一人じゃないわ』
そう続けるプレシアは、なんとなく少し言いづらそうにしていた。
『妹がいるの。ママはその子に優しくしてあげることができなかった』
鞭で打たれるフェイト。
それは言葉以上に流れてきた記憶が物語っていた。
『だからね、アリシア。フェイトのお姉ちゃんとして仲良くしてあげてくれる?』
「うん……なかよくする」
白い霧が人の形になっていく。
『ありがとう』
プレシアの思念と思われる霧。
プレシアはアリシアに寄り添い頭を撫でる。
『最期に、アリシアとお話できてよかった』
霧が薄くなっていく。
『アリシア、私の大好きなアリシア。どうか、強く生きて』
声が遠くなり、霧が消えていく。
「ママ! ママぁ!」
残されるアリシア。
もう、声は聞こえない。
「うわあぁぁ!!」
幼い女の子が泣きじゃくっていた。
母親との別れ。
その小さい体で受け止めるにはあまりにもつらいことだった。
なのはは今でもプレシアのことを許してはいない。
けれど、なのはの目からは次々と涙が流れていた。
目の前の女の子のことを思うと悲しい気持ちでいっぱいになっていく。
なのはがアリシアに寄り添う。
頭を撫で、背中をさする。
そうして、泣き終わるまで優しく抱きしめていた。