アリシアを背負って帰宅する。
泣き疲れたのかアリシアは背中で眠っていた。
「お疲れ様」
ジェイルが出迎える。
「ちょっと待ってて」
ジェイルと話す前に先にアリシアをベッドへと寝かせる。それからジェイルのもとに行きイデアシードを渡した。
「ありがとう。これで目的に一歩近づく」
ジェイルが大事そうにイデアシードをしまう。
目的とは何か。気にならないわけではなかったが、今はその話題に触れる気分ではなかった。
「アリシアに幸せになってほしいって……そう言ってたよ」
プレシアがいたことは帰宅途中に念話で報告済みだった。
「そうか」
ジェイルは無表情だった。
その親子愛に何を思うのか。今のジェイルから読み取ることはできなかった。
「アリシアはプレシアが生き返らせたのかな?」
ジュエルシードに願いが届いたのか。もしくはアルハザードの技術を使ったのか。
「違うだろうね」
確信めいたように言う。
「おそらく、時が戻ったのだろう」
否定については力強かったが、こちらの推測については少々自信が足りなさそうだった。
「ヒドゥンに直接聞ければ正確な情報が得られるのだろうが」
ヒドゥンはまだアリシアの中にいた。完全には消滅していなかった。
「停止だけではなく、時を戻すことも可能なのか、はたまた進行させることも可能なのか」
考察が進んでいく。
だが今日はこれ以上はやめておこうとジェイルが告げる。
「今日はそばにいてあげるといい」
アリシアを憂うように告げる。
一人で眠るアリシア。悲しみの淵にいる小さな女の子。今は少しでも寄り添ってあげるべきである。
なのはがアリシアの近くで横になる。今日はアリシアの隣で寝ることにした。アリシアが起きた時に一人だと思わせないように。少しでも寂しくならないように。
イデアシードを回収してから数日。
いつも通りの日常が過ぎていた。その日常の中でなのはとジェイルはなるべくアリシアのそばにいるようにしていた。
好きな物も食卓に並べるようにした。ジェイルも研究時間を減らし、遊ぶ時間を増やしていた。
そうして日々を過ごしていく内にアリシアに笑顔が戻ってきていた。まだ元気いっぱいとは言えないが、二人のケアは確実にいい方向に向かっていた。
そんな頃だった。
「帰る準備が整った」
ジェイルが日常会話をするように話し出す。
とても重要な情報だった。
「言ってくれればいつでもミッドチルダに転送しよう」
まるで自分は残るとでも言っているかのよう。
「ドクターは?」
「私はここに残るつもりさ。まだまだ調べたいことがあるのでね」
別に止めはしない。寂しくないわけではないが、また会いに来ればいいだけのことである。
それよりもアリシアのことが気掛かりだった。
「わたしは……」
下を向くアリシア。
管理局の保護を受けるか。それともここに残って日々を過ごすか。
「わたしも、のこる」
アリシアは後者を選んだ。
ただいずれにしても今のところ選択肢は一つしかなかった。現状管理局に引き渡すわけにはいかないとジェイルは考えていた。アルハザードのことが漏れる可能性もある。死者蘇生の実例をみすみす渡すことにもなる。他にもまだまだ懸念事項はあった。なのでジェイルはアリシアを引き留めようと考えていた。
しかしその必要はなくなった。
「パパをひとりにできないし」
小さい手がジェイルの袖を掴む。
「ね?」
「ああ、アリシアがいると心強いよ」
てっきり泣いてしまうと思っていた。なのはがいなくなると知って大泣きしてしまうと。
けどアリシアはわかっていた。自分が泣くとみんなが困ることを。
アリシアは五歳の女の子である。
なぜここまで強い子なのか。どうしてここまで強くなったのか。
少し前までは泣いてばかりだったはずである。それなのに今は泣くどころか人のことを考えられるまでに成長していた。あまりにも早い成長である。
成長して強くなった理由、それは母の最期の言葉通りに生きようと考えたからだった。
その姿は健気ではあるが同時に痛ましくも思えた。そしてその姿になのははかつての自分自身を重ねていた。
なのはも家族を心配させまいと我慢強くなろうとしていた。どれだけ寂しくても、どれだけつらくても、一人で耐え抜くように頑張っていた。
だがそれはそれで家族に心配をさせていたのかもしれなかった。何かに耐えようとするアリシア。そのアリシアを見てなのはの心が苦しくなる。きっと家族もこんな風に感じていたのかもしれないと思うなのはだった。
それは泣かれて気持ちをぶつけられるよりもつらいことだった。
「アリシア」
なのはがアリシアの前にいく。
「強いな、アリシアは」
何を言えば正解なのか。そんなことはわからない。
でも、強くなろうと決めたアリシアの気持ちは尊重すべきだと考えていた。
「ドクターをよろしくな」
頭を撫でる。
「放っておくと研究ばかりしてるときあるから、そのときは注意してやってくれ」
「うん。わかった」
涙を堪える。
泣かないように笑顔を見せてくる。
「そのうち帰ってくるから」
ミッドチルダに戻らないとは言えなかった。
家族がいる。友達もいる。きっとみんな待っている。
「うん」
なのはの服を握る。
「ぜったい、かえってきてね」
震えるアリシア。
「まってる、から……!」
我慢していた涙。
それが目から零れ落ちていく。それでも行かないでとは言わなかった。
アリシアは強い子だった。
なのはは優しくアリシアを撫で続けていた。
ジェイルが転移装置の準備に取り掛かる。
「イデアという言葉を聞いたことあるかい?」
作業中の暇つぶしだろう。取り留めのない話題を振ってくる。
「いんや」
当然なのはは知らない。
「現像界では認識することができず、想像の世界でのみに存在する真実だよ」
なのはの頭の上に浮かぶはてなマーク。
「現実を生きる私達は、実は本物の存在の影なのさ」
少しでも理解できるようにジェイルが言い方を変える。
それでもなのはは理解していなかった。
「厳密には異なる言い回しになるが、今いる私達は偽物で、他に本物の存在がいるということだよ」
わかるようでわからなかった。
自分は偽物である。そんなことを言われても納得できるはずもない。
「私が見ている君は本物の高町なのはなのか。君が見ている私は本物の私なのか。もしかしたら本物の影を見ているだけかもしれない、ということさ」
「はぁ」
なのはは相槌ぐらいしかできなかった。アリシアに至ってはもはや何も聞いていない。
「この考え方は人それぞれ分かれていてね。解釈も各々違ってくる。まあそれほど気にしなくてもいいことさ」
今はね、と言い話を締めくくる。
「準備完了だ」
なのはが転移装置へ入る。
「またね、なのはくん」
「うん。元気でな」
アリシアが手を振る。なのはも振り返す。
それからジェイルの方を向く。
「あんまはっちゃけないようにな」
「ああ」
ジェイルはアルハザードの技術を解明する度に奇声を上げていた。
アリシアがびっくりしてしまうため、なのはがおしおきで一発入れたことがあるくらいだ。
「君のおかげで色々と助かった」
ジェイルが笑顔を見せる。
「ありがとう」
その笑顔は今までとは違っていた。
優しさを感じられる笑み。それは友人に向けてか、はたまた息子に向けてのものなのか。
転移装置が起動する。なのはの周りが青く発光する。
「風邪、引かないように気を付けるんだよ」
別れ際の言葉。
それは父親から発せられたような言葉だった。
帰還してからは大変だった。
まずは管理局の人達からお叱りをいただいていた。それはもうたんまり怒られていた。
事情聴取もされたが本当の事を言うわけにもいかなかった。仮に本当の事を伝えても信じてはもらえなかっただろう。アルハザードに行ってたと伝えても火に油である。
なので適当な言い訳を見繕う。講習が嫌になり、サボって遊び回っていたと言い訳をした。
(講習は本当に嫌だけどな)
言い訳を信じたかは不明だが、この件は注意のみで終了となった。
罰則やお咎めはない。ただその代わりあるお願いをされた。もしまたインターミドルに出場することがあれば時空管理局員として出て欲しいとのことだった。強制ではないが一考して欲しいとのこと。拒否する理由はなかったが、とりあえず答えは保留にしておいた。
要は広告塔である。スポンサー集めにもなるし、武力誇示にもなる。浅はかとも思えることかもしれないが、意外と一定の効果はあるものだ。
それからミッドチルダでの講習を終えて、なのはは地球へ帰ることになった。
アルハザードからミッドチルダ、そして地球。
長く遠い旅路だった。
久しぶりの地球。久しぶりの海鳴市。
流れてくる潮風にちょっとした感動を覚えていた。
「なのは!」
家に戻ろうとした時だった。
声が聞こえた方を見る。するとフェイトが駆け寄ってきていた。
「フェイト、久しぶり」
今日なのはが戻ってくることは知っていた。なのでフェイトはいの一番に会いに来ていた。
「おかえり」
走ってきたからかその顔は紅潮している。嬉しさにより目は少し潤んでいる。
「ただいま」
目線が重なる。
なぜだか訪れる沈黙。
なにやら気恥ずかしくなる。
「ずっと、待ってたよ」
真っすぐな言葉。
嬉しく思うと同時に申し訳なさも感じていた。
「ごめんな」
「ううん。いいの」
涙が一粒落ちていく。
「寂しかったけど、もう大丈夫」
涙を拭う。
「また会えたから」
そういうフェイトは屈託のない笑顔だった。不意にフェイトがなのはの右手を取る。その
右手を両手で握りしめる。
「もう……さない」
俯くフェイト。
「ん?」
聞き取れなかったため聞き返す。
「もう、絶対に離さないから」
握る両手に力が込められる。
「ど、どした?」
「これからは勝手にいなくなっちゃダメだよ」
上目遣い。可愛らしくもあるが、得体の知れない何かを感じ取る。その何かからは微かに恐ろしさが感じ取れていた。
勝手にいなくなった覚えはないが、フェイトの気迫に押されて頷いてしまう。
「う、うん」
有無を言わさない雰囲気だった。
「とりあえず帰ろうかな」
フェイトと話したい事もあったが、まずは家族に顔を見せに行くのが先だろう。
「途中まで一緒に行く」
「そう?」
特段不思議なことでもない。友達と一緒にいることに特別な理由はいらない。
二人が歩き出す。手を繋いだまま。
(……え?)
友達と一緒に歩くのは不思議なことではないが、手を繋いだままは何か違う気がした。
正直、少し恥ずかしかった。変な汗が出てきたので、ひとまず手を離そうとする。
「あだぁ!」
しかし許されなかった。
より強く握られる。
「ダメだよ?」
叱られる。なぜ叱られるのかはわからなかった。
散歩中の犬か何かだと思われているのかもしれない。
(寂しい思いさせちゃったからかなぁ……)
であれば仕方ないと考える。今日のところは諦めるしかないだろう。
二人で歩く。道行く人からの温かい視線を浴びながら。
繋がれた手はそのままで。
ゲームのある家。友達との馬鹿話。退屈な授業。掃除の時間に行う野球。
慣れ親しんだ日常。
高町なのはは平穏な日々を謳歌していた。
ただ一つの異変を除いて。
「どこ行くの?」
席から立ち上がった瞬間である。
「……トイレだよ」
一言返す。
なのはが廊下に出る。後ろからついてくるフェイト。
そしてトイレの前に到着する。
「一緒には入れないからな?」
なにやら気に入らない様子だった。
「すぐ戻ってくるから」
「本当に?」
「本当だよ」
トイレに入る。用を済ませる。
宣言通りそれほど時間は掛からなかった。
「はい」
廊下に出るとフェイトが待っていた。
綺麗なハンカチを渡される。
「いや……うん、ありがと」
ちゃんと手は洗ったが水滴が残っていた。そのためハンカチを渡してきたのだろう。
断るのも気が引けたので使わせてもらうことにする。
ハンカチを返す。拭いた手からはなんだか良い匂いがしてきていた。
「次の休日の予定は?」
マネージャーか何かだろうか。
「今までずっとゲームしてなかったからなぁ。久しぶりに一日中ゲームでもしてようかな」
そういえばとなのはが思い出す。
いつかの約束。エルトリアに漂流したとき、フェイトと一緒にゲームをしようと誘ったことがあった。
「フェイトも一緒にやる?」
「いいの?」
「もちろん。ちなみにフェイトは何しようとしてたん?」
何気なく聞いただけだった。
「なのはの家の近くで待機しようかなと思ってた」
とんでもない答えが返ってきた。
思わず聞き返す。
「なんでそんなことを?」
「なのはの邪魔にならないように近くで見張ってようかなって」
なのはがわけがわからないといった表情をする。
「またどこかに行っちゃうかもしれないから」
「いや、行かないって……ていうか近くまで来たなら家来ればいいじゃん」
普通のことを言ったまでである。だがフェイトにとっては普通ではなかったらしい。
「行ってもいいの?」
「そりゃまあ。ダメな理由はないし、せっかくなら一緒に遊んだ方がいいじゃん? 俺もその方が楽しいし嬉しいよ」
「そう、なんだ」
一緒に遊べると嬉しいと言われて喜んでいた。
両手を自分の胸に当てる。フェイトの心は温もりを感じていた。
「戻ろっか」
なのはが教室に戻っていく。
フェイトがなのはの横に並ぶ。その足取りは軽やかだった。
机には一枚のプリント。
授業中に配られたプリントである。題名には将来の夢と書かれていた。
「なのははどうするの?」
フェイトが横に来る。その反対側にはアリサ。
質問の内容は将来の夢についてだろう。
なのはが机の上に目線を落とす。見てもいいよということだろう。
第一希望、電車運転士
第二希望、パティシエ
第三希望、プロゲーマー
本音は第三希望を第一希望にしたいところだろう。
ただこれに関しては何かしたら言われるのは目に見えていたので、最後の抵抗として第三希望として記載していた。
「あんた運転士になりたかったの?」
アリサが目を丸くしている。
第二はよくわかる。なのはの料理技術は並より上だ。人より優れていると言っていい。
しかもお菓子類となれば立派なものを作れるぐらいだ。
「なんとなくだけどな」
思いついたまま書いただけである。
将来に対しての明確なビジョンがあってのことではない。
「ま、いいんじゃないの?」
アリサが適当な反応を示す。現時点で目標を立てることにあまり意味はないと感じていたからだ。
アリサは目標を立てることの重要性は十分理解している。けれどその重要性を小学生が理解するのは難しいと考えていた。
目標を立てることにより、達成するために必要なことが見えてくる。やるべきことを明確化させることができる。そうすることで勉強をする意味を持たせることができる。学習に対するモチベーションも維持できる。だからこそ目標を立てろということなのだろうが、そこまで小学生に思考しろというのは無理な話だと思っていた。
そう、小学生のアリサは思っていた。
「これでいいや」
なのはがペンを置く。
アリサの太鼓判もあったことだし、書き直す必要もないと考えた。
「じゃあ私もそうする」
フェイトが自分の用紙に書き写していく。その内容はなのはと全く同じだった。
「いや、自分の将来の夢書くやつだからこれ」
「なのはと一緒に居られる時間は多い方がいいから」
何の淀みもなく言い放つ。嬉しくはあるのだが、もう少し考えてもいいのではと思った。
「将来、か」
なのはにはもう一つ示された道があった。
それは管理局員として働くという道。
すでに時空管理局からスカウトは受けていた。地球の義務教育中でも嘱託として働いてもらいたいとも言われている。
もちろんなのはが良ければ今すぐにでも採用でいいとの話だった。今すぐでなくても、ゆくゆくは本局にて本採用したいとのこと。
人を助ける仕事。きっとやりがいはあるのかもしれない。
(でもなぁ)
事件の度に死ぬ思いばかりするのは勘弁願いたいと考えていた。
思い出すのは過去の戦い。
ロストロギアの対処、守護騎士やマクスウェル、ヒドゥンとの死闘。
命がいくつあっても足りない。そんな甘い世界ではないのかもしれない。そう、なのはは考えていた。
なのははまだ知らなかった。
経験した事件はそう簡単には起こりえないことばかりだということを。しかもどれも一介の局員では対処不可能であるということを。
なのは知らない。自分自身の値段が、価値がどれだけ高騰しているか。加えてインターミドルの優勝者である。肩書は十分。なのはにとっては完全に売り手市場である。しかし今のところ無知により買い手に良いようにされてしまうだけだった。こういう時にマネージャーのような存在がいると助かるのだろう。安く買い叩かれないようにするために。
色々と将来について考えてみる。だが自分にはまだ早いと結論付けた。
それよりも今はこの時間をゆっくりと過ごしたいと思っていた。
管理局のことは置いておき、今日も今日とて平穏な日常を楽しむことにした。