高町なのはくん   作:わず

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キャロ・ル・ルシエ

 

 集落から追い出された少女。

 キャロ・ル・ルシエ。

 

 強大な力を持つ竜の加護を受けた少女は、災いの元になると危険視され村から追放されていた。

 

 行き場をなくした少女。

 その少女に目をつけた組織があった。次元世界における正義の味方、時空管理局である。その管理局はキャロの強力な召喚魔法を利用しようと考えた。生きることに必死だったキャロ。そのキャロを保護し、管理局は衣食住を提供した。ただそれには条件があった。それはキャロに局員として働いてもらうことだった。

 

 キャロに選択肢はなかった。自らの力だけで生きていくことは不可能だった。キャロは管理局に従った。言われるがまま、流されるがまま局員として働くこととなった。

 

「来よ! ヴォルテール!」

 

 キャロは戦場に立たされていた。本当は嫌だった。争いは好きではなかった。けれどそれは口にできなかった。村で抑圧されてきた影響もあり自らの意思を示す力が極端に弱くなっていた。

 

 近くには誰もいない。遥か後方に控える管理局員。前方には何百という単位の敵勢力がいた。キャロが召喚魔法を行使する。その召喚魔法によって戦場に降り立つ黒き竜。巨大で強靭な体躯、その姿は雄々しく猛々しかった。

 

 黒竜から強大な魔力の波動が発生する。

 大地が揺れ、空気が振動する。それらは魔力の集束完了と同時に収まり、一瞬の静けさが戻っていた。

 ヴォルテールが殲滅砲撃を放つ。鼓膜が破けるかと思うほどの衝撃だった。殲滅砲撃により敵が薙ぎ払われていく。敵のみならず、キャロの周りでも暴虐の嵐が吹き荒れる。燃え上がる台地。硝煙の臭い。戦場が焦土と化していた。

 

 キャロの竜召喚によるもたらされる攻撃。それは殲滅戦においては類を見ないほどの威力だった。ただ制御ができないため味方を巻き込む恐れがあった。その証拠にキャロの周りも燃え上っていた。そのため、他の局員が近くで待機する方法は取れなかった。戦場のど真ん中、そこに少女は一人で立たされていた。

 

 キャロはここでも一人だった。

 

「ハァ、ハァ」

 

 キャロが地面に手をつく。連日連戦により体力、魔力ともに限界を超えていた。命の危険性、命を奪うという行為、戦場の真ん中に一人で立つということ。大人だとしても耐え難いことである。それを十にも満たない少女が行っているのだから、限界を超えていてもおかしくなかった。

 

 ヴォルテールが消えていく。キャロの魔力不足により強制送還されていく。加えて魔力不足で目まいを覚える。息も整える必要があったため少しだけ休憩を取ることにした。正直このまま目を閉じて寝てしまいたいくらいだった。

 

「こいつだ」

 

 歩けるくらいの体力が戻り、立ち上がろうとしたときだった。

 

「こいつが竜の召喚者だ」

 

 キャロは囲まれていた。周りにはならず者。それらはたまたまヴォルテールの攻撃から生き残れた者達だった。

 

「よくも仲間をやってくれたな」

「ぶっ殺してやる」

 

 血走る目。敵意と殺意がキャロにぶつけられる。初めて向けられる感情にキャロが怯え出してしまう。

 

「あ……あ……」

 

 叫び声を上げようにも声が出なかった。魔力不足で念話を飛ばすことも出来ない。届いたとしてももはや間に合わないだろう。キャロはあまりの恐怖に失禁してしまう。

 怒りをあらわにした男がキャロに近づいていく。激情に身を任せ剣を勢いよく振り上げた。

 

「おい、その前によ」

 

 一人の男が制止する。その男は下卑た笑みを浮かべていた。

 

「チッ……物好きめ」

 

 剣をしまう。早いところ済ませろよと言い残し、男が後ろに下がる。

 

「へへっ」

 

 キャロに向けられた纏わりつくような視線。先ほどの視線にも恐怖を感じたが、今向けられている視線からはまた違う恐怖を感じていた。

 気持ち悪い。そうキャロは感じていた。見るからに不潔な風体。男の口からはよだれが垂れていた。

 

「やめ……て」

 

 どうにか絞り出す声。これが精一杯であった。

 

「どうせ死ぬんだ。最後ぐらい楽しい思いさせてやるよ」

 

 一方的な言い分だった。それはキャロの望むことではない。楽しいのは蹂躙する方だけだろう。しかしキャロに抵抗する力は残されていない。もはやされるがままだった。

 

(いやだ)

 

 男が手を伸ばす。

 

(こんな世界、もういやだ)

 

 汚い手がキャロを掴み服を引き千切る。

 

 追放され、利用され、挙句の果てには何もかも奪われるのみの人生。何が悪かったのか、何がいけなかったのか。いくら考えてもキャロにはわからなかった。

 

 自分が悪くなければ何が悪いのか。その答えすら見つけることはできない。例え答えが見つかったとしても少女にはどうすることもできない。今となっては世界を呪うことしかできなかった。

 

 男の息遣いが荒くなる。醜い欲望がキャロに襲い掛かろうとしたときだった。

 

「大丈夫か?」

 

 男が倒れる。入れ替わるようにキャロの前に立つ青年。

 純白の服装に桜色の剣。

 

「なんだテメェは?」

 

 言うが早いか、周りにいた者達が襲い掛かろうとする。

 

「待て」

 

 キャロに手を出そうとした仲間を物好きと罵った男。今度はその男が周りの人間を止めていた。

 

「いいね」

 

 なのはに舐め回すような視線を向ける。

 

「おまえ、可愛い顔してるな」

 

 人のことをよく言えたものである。この男も大概であった。なのはは男に嫌悪感を抱く。

 

「そいつは俺がもらう」

 

 そう言って剣を構える。囲んでいた兵士達も武器を構えた。

 

「やれ!」

 

 兵士が一斉に襲い掛かってくる。しかしなのはに動じる様子はない。目線は真っすぐ向いたまま、動かすのは剣を持つ腕だけ。

 それは一瞬の出来事だった。動かしたと思った瞬間、周りにいた兵士がバタバタと倒れていった。

 

 純白の服装、輝く魔法剣、たった一人で悪漢に立ち向かう姿。それは物語に出てくるような人物だった。

 まるで夢のような、おとぎ話のような存在。目の前にいる存在は、キャロにとって紛れもなく英雄だった。

 

「これ」

 

 差し出される白い服。

 それはなのはが着てたバリアジャケットだった。

 

「ブカブカで悪いけど、戻るまでの辛抱な」

 

 呆然とするキャロ。色々なことが起きて目の前のことに対応できずにいた。それをなのはが汲み取りキャロにバリアジャケットを着させる。

 

「立てる?」

 

 手を差し伸べられる。段々と意識が正常になっていき、今度はちゃんと反応することができた。

 

「は、はい」

 

 なのはの手を取る。しかし立つことはできなかった。キャロは腰が抜けていた。

 

「すみません」

「大丈夫、無理しないでいいから」

 

 なのはがしゃがみ、キャロに背中を向ける。それからキャロを背負いゆっくりと立ち上がった。優しく、安心させるように声を掛けて歩き出す。

 

(これは……あまりにも)

 

 少女を一人で戦場に立たせる管理局。地球の、なのはの常識からすればあり得ない話だった。だが地球とミッドチルダは違う世界である。それぞれの事情があり、それぞれの考えがある。なのだが、それらを考慮しても異常だと感じていた。

 

(どうするか)

 

 なのはは今戻るべきか悩んでいた。管理局の元に戻れば、キャロは再び戦場へ放り込まれることになるだろう。そうなれば今度こそ死んでしまうかもしれない。今回みたいに尊厳も奪われかねない。

 

(戦死したことにして、どこかへ連れてっちまうか)

 

 そう考えるがすぐに否定意見が自分の中で乱立する。

 連れていくまではいい。だがその後の面倒は誰が見るのか。それはただの自己満足ではないのか。

 

 思考が巡る。いっそのこと保護者になるという手段もあった。

 

(……無理だな)

 

 そもそも自分の面倒だって見切れていない。それなのに誰かの面倒を見るなんてできるわけがなかった。一時の感情で動くのは危険である。他人にとっても、自分にとっても良くない結果になるだろう。

 

「高町一士」

 

 そうこう考えているうちに他の管理局員が到着していた。

 

「そちらの少女はこちらで回収します」

 

 引っ掛かる言い方だった。まるで物扱いのように聞こえた。

 

(気にしすぎか)

 

 若干、苛立ちを覚えていたため思考がネガティブになっていた。このままでは目の前にいる局員に八つ当たりしてしまう。それは良くないと考え気を落ち着かせることにする。

 

「さあ、行きますよ」

 

 キャロが背中から降りる。立って歩く体力は回復したようだった。局員がキャロの手を取り歩き出す。決して歩幅を合わせるようなことはない。キャロは転びそうになりながら連れていかれていった。

 

 一瞬、キャロが後ろを振り向く。

 なのはと視線が交差する。キャロは何も言わない。言ってはくれなかった。

 

 勘違いかもしれない。言葉にはしなかったが助けてと言われた気がした。それに悲しい目をしていたのは間違いなかった。

 なのはが追いかけようとする。けれどその足は途中で止まり、それ以上踏み出すことはなかった。

 

 立ち去るキャロと局員。

 なのはには去り行く二人を見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 野営地。

 局員達が支給された食事を口に運ぶ。なのはも自分の分を受け取り空いている席を探す。中央に集まり雑談しながら食べる局員。その中に入らず、席の端っこで食事をする少女を見つける。

 

「よ」

「あ……」

 

 なのはが声を掛ける。するとキャロは慌てた様子で頭を下げた。

 

「先ほどはありがとうございました」

 

 キャロは助けられたことのお礼を言い忘れていたと後で気付いた。魔力切れで意識が朦朧としていたので仕方ないことではある。

 

「ここ、座ってもいい?」

「え?」

 

 キャロが驚く。

 

「ダメ?」

「いえ、そんなことは、ないです」

「じゃあ遠慮なく」

 

 なのはが対面に座る。持ってきた食事をテーブルに置き、早速食べ始める。その様子をキャロが見つめる。

 

 今までキャロと食事を共にする者はいなかった。畏怖によるものか、もしくは余計な同情を抱かないようにか。いずれにしてもキャロに近づこうとする局員はいなかった。

 まるで触らぬ神に祟りなしと言った扱いだった。

 

 なのははある程度キャロについて事情は聞いていた。集落を追放されたこと、管理局が保護したこと、そして戦場で運用することになったこと。

 

 同情しないわけではない。だが次元世界にはそういった境遇の少年少女は数えきれないほどいる。全員に同じ感情を向けていたらきりがない。助けようなんて以ての外である。それこそ身がもたなくなってしまうだろう。そのような理由もあり、キャロに話しかける局員も少ないのだと思われる。ある意味では自分自身の精神を守るためでもあった。

 

「なのはさんはどうして管理局にいるんですか?」

 

 ふと、キャロが質問する。

 

「成り行き、それが一番の理由かな」

 

 なんやかんやで今に至る。為したいことがあって管理局にいたわけではなかった。

 

「それに結構しつこく頼まれたしさ、まあとりあえずやってみようって感じだな」

 

 管理局からは相当うるさく勧誘されていた。最初は断っていたが、あまりのしつこさになのはが折れることとなっていた。

 

「その竜」

 

 なのはがテーブルで餌を食べる竜を指差す。

 

「飛竜です。名前はフリードリヒ」

 

 キャロがフリードを撫でる。飛竜は気持ちよさそうな鳴き声を上げる。

 

「いいなぁ」

「かわいいですよね」

「まあ、そうだな……どっちかと言えばカッコいいと思うけど」

 

 お互いの意見が別れる。キャロとなのはの感性は違ったらしい。

 

「あの」

 

 キャロが一拍置き、おそるおそる口を開く。

 

「どうして」

 

 話しかけてくれたのか。そう聞きたかったが言葉が続かなかった。思い当たる節がなかった。何も理由が見つからなかった。拒絶され続けてきた人生で、受け入れてもらえたことなど数えるくらいしかなかったからだ。

 

「竜ってカッコいいよな」

 

 関係ないことを話し出す。そのように思えたがなのははキャロの言おうとしていたことをちゃんと汲み取っていた。

 

「キャロの召喚魔法は俺からしたら憧れの魔法だよ」

 

 キャロに話しかけた理由を語る。それは至極単純で竜を使役する少女と話をしてみたいと思ったからだ。

 

「そんなカッコいい魔法を使うやつがいたら話をしてみたいと思うじゃん?」

 

 他にも理由はあるが、決して嘘を言っているわけでもない。言わなくてもいいことはある。

 

「いいよな~、俺もでっかい竜呼び出してみたいもん」

 

 出でよシェンロンとなのはが両手を広げる。その姿を見たキャロは下を向いてしまった。

 

(無神経すぎたか?)

 

 今の発言は少し無責任だったかなと反省する。

 

「そんな風に言われたの、初めてです」

 

 傷つけてしまったのか判断が難しかったが、キャロの上げた顔を見てその心配はなくなった。

 

「嫌われているものばかりだと思っていました」

 

 控え目ではあるが確かに喜んでいるように見えた。声色からも嬉しさが感じられる。

 

「男の子はみんなドラゴン好きだと思うけどな」

 

 地球だけの話なのかなとなのはが呟く。

 

「なのはさんがいた星の話、聞かせてくれませんか」

 

 地球にキャロが興味を示す。というよりもなのはがいたということに興味があるのだろう。話を振ったキャロは先ほどより声が明るかった。

 

「ミッドと比べると文明レベルは低くなるんだけどさ」

 

 なのははキャロの要望通り、地球について話をした。

 

「地球は食べ物がおいしいんだよ」

 

 色々と食べ物の名前を羅列する。デバイスを使い実際に画像を映し出してキャロに見せていく。キャロが楽しそうに話を聞く。なのはは地球の料理はどこの世界よりもおいしいと豪語する。多少贔屓目があるのはご愛嬌である。

 

「フェイトって友達がいるんだけどな」

 

 いつしかなのは自身の話となり、魔法に関わることとなった話を聞かせていた。

 

「怒ると怖い顔するんだよ。こんな風に」

「ふふっ」

 

 キャロが笑う。それはここに来て初めて見せる笑顔だった。

 

(普通の、女の子なんだよな)

 

 戦いが好きなようには見えない。自らの意思でこの場にいるとは思えなかった。まだキャロの本心を聞いたわけではない。だがもしここから逃げたいというのであれば自分には何ができるのだろうかと考える。

 

(アルハザード……あそこはどうだろうか)

 

 アルハザードに連れて行くのはどうかと思考する。あそこであれば再び見つけ出すのは難しい。隔離する場所としては最適だろう。託児所にみたいになってしまうがこの際仕方ない。ジェイルも一人増えたぐらい気にすることはないだろう。

 

(いや、人任せかよ)

 

 いい考えだと思ったが、よく考えれば人に丸投げしていた。自分で責任持てないのに適当なこと考えるなと自己嫌悪してしまう。

 

「どうしたんですか?」

 

 キャロが不思議そうな目でなのはを見る。考え事をし過ぎたようだった。

 

「なんでもないよ」

 

 仮にアルハザードに送り、キャロが無事平穏を手にしたとする。それはそれで良いことだ。なのはもその結果が何よりだと考える。ただ今後同じような境遇の子どもを見つけたとき見過ごすことができるのだろうかとも思考する。前例を作り、救える手段を確立した以上キャロと同じように救うべきではないのか。

 

 きっとなのはは葛藤する。そのうえで救ってしまう。それはなのは自身自覚している部分でもあった。また同じように対応をするのか、それを今後続けていくのか。そんなことは到底無理な話である。手に負えなくなりいずれ破綻するのは目に見えていた。

 

(救うなら、一度きりと決めたほうがいい)

 

 それでも許容範囲ギリギリである。でも頑張ればなんとかなりそうだとは思っていた。ただその場合は管理局を辞めるわけにはいかなくなるだろう。養う力を失ってはキャロを育てることはできなくなる。

 

 また、もし救うのであればキャロを特別扱いして救うべきでもある。変な話ではあるが特別扱いなら今後同じような子がいても平等に救う必要はない。何せキャロは特別で救ったのだから。

 色々と考えはしたが、まずはキャロの気持ちを確認する必要がある。何にしてもキャロの気持ちを一番優先するべきだろう。

 

「キャロはさ……」

 

 管理局を辞めたい?

 そう続けるつもりだった。

 

「高町一士」

 

 局員に声を掛けられる。そのため言おうとした言葉を飲み込んだ。

 

「これから作戦会議となります。どうぞこちらに」

 

 そう言って局員が歩き出す。後に続くためなのはが席を立つ。

 

「また後でな」

「はい、よければまたお願いします」

 

 笑顔で見送るキャロ。だがその笑顔には少し寂しさが混ざっていた。

 

 会議室に入り、作戦を頭に入れていく。

 作戦はこうだった。転移を阻害されないギリギリの位置、その場所へキャロを転移させ竜召喚を行使させる。その後ヴォルテールの殲滅砲撃により前線をこじ開けた後、高町なのはを前面に押し立てての突入を行う、という内容だった。

 

 なのはは胸騒ぎを覚えていた。自分自身に対する心配はそれほどない。何が来ても退ける自信はある。切り札もある。魔力消費が激しく長期戦には向かないが、レイジングハートによる神化を使えば何者にも負けることはなかった。

 

 問題はキャロである。何度も同じ手が通用するとは思えなかった。ヴォルテールの殲滅砲撃は何度か見せている。何も手を打ってこないとは考えにくい。

 

(いや、それも織り込み済みか)

 

 キャロのことを大切な仲間だと思っているならこんな作戦は考えないはずだ。おそらくキャロがどうなろうと関係ないと考えている。失敗しようが成功しようがどちらでも構わないのだろう。それに何か手を打って来るのであれば、それはそれで相手の出方を見ることができる。敵のカードを一枚切らせることも可能になるかもしれない。その代償として拾い物の少女が使い捨てになるのなら何も損害はない。

 この作戦の裏にはそういったことも含まれているのだろう。

 

 作戦決行は明日。

 会議は終了し、この日は解散となった。

 

 

 

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