高町なのはくん   作:わず

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召喚魔法

 

 時計の針が正午を指す。

 

「時間だ」

 

 作戦の決行時間となり、転移魔法の準備に入った。

 場所は戦場の最前線。転移阻害されないギリギリの位置である。

 

「フゥ、フゥ」

 

 キャロの呼吸が少し速くなる。思い出すのは昨日の出来事。それが脳裏に蘇っていた。

 

 殺意のこもった視線。おぞましい感情。それらをぶつけられ、人の恐ろしさを知ることとなった。

 昨日の今日であり、未だに体の震えは止まらない。もしかしたら今日も同じ目に合うかもしれないと不安を抱く。

 

「大丈夫か?」

 

 なのはが声を掛ける。

 

「はい」

 

 誰がどう見ても強がりだった。震えが止まる気配はない。

 

「やっぱ一緒に行くよ」

 

 作戦時間になる数刻前、なのはは一緒に転移すると提案していた。だがその申し出は断れていた。一度断れてはいたがキャロの様子を見て再度提案する。

 

「大丈夫です」

 

 恐怖とは裏腹にキャロの意思は固かった。

 

「なのはさんがケガしたら大変ですから」

 

 ヴォルテールの制御はできていない。近くにいると被害に合わせてしまうかもしれない。それは避けなくてはならなかった。被害に会うかもしれない対象がなのはとなれば尚更である。

 

(なのはさんには酷い目に合ってほしくない)

 

 実際に話したのは昨日だけである。けれどキャロにとってはかけがいのない時間だった。久方ぶりに触れた人の優しさ。それはとても温かく、心に安らぎをもたらしていた。その想いもあり、キャロは作戦通り一人で転移することを選択した。

 

「……わかった」

 

 なのはがしゃがみ、キャロの目線の高さに合わせる。

 

「けど、何かあったらすぐに向かうから」

「……はい」

 

 頭を撫でる。小さくて儚い、吹けば飛んでしまいそうな体。

 なのはの触れた手からはそんなことを想起させていた。

 

「準備完了しました」

 

 キャロが指定位置に立たされる。数人の魔導師によって魔法陣が展開された。

 

「作戦開始!」

 

 局員が合図をする。それと同時に転移魔法が行使された。戦場に送り出される一人の少女。

 

(終わったら昨日の話の続きをしよう)

 

 そんなことを思いながらなのははキャロを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは罠だった。

 敵はわざと転移阻害の範囲を縮めていた。キャロを敢えて近い位置へと誘い込み一網打尽とする作戦だった。

 

 敵地に近い位置へと転移が完了する。それと同時に展開されるAMF。数台により展開されており、その出力はかなり強力だった。この場において完全な魔導師殺しのフィールドが出来上がる。

 召喚魔法はおろか、飛行魔法の行使も難しい状況となる。

 

「キャロ!」

 

 なのはが飛び出す。キャロとの念話が途切れただけではあるが、行動に移すには十分だった。

 

「危険です! 戻ってください!」

 

 局員が止めようとする。聞こえていないのかあえて無視しているのかは不明だが、一切振り返ることはせずに駆け出していった。

 

(くそっ!)

 

 一緒に転移しなかったことが悔やまれる。

 

(馬鹿か、俺は!)

 

 そもそもこんなことになる前に無理矢理にでもこの戦場から遠ざけるべきだった。

 

 何を確認する必要があったのだろうか。ここに居たくないことはキャロの顔を見れば一目瞭然である。誰が見てもわかること。キャロは戦いたくて管理局にいるわけではない。仕方なく言うことを聞いているだけである。

 

 しかしなのはは管理局を辞めろとは言わなかった。

 

 それは無責任だと思った。キャロの気持ちを優先すべきだと考えた。だから気持ちを確認してからにしようと思った。むやみやたらなことを言うべきではない。そう考えていた。

 

 けどそんなのは自分への言い訳でしかなかった。結局のところ踏ん切りがつかなかっただけである。

 

(間に合ってくれ!)

 

 駆ける。人の限界を超えて駆け抜けていく。

 

(見えた!)

 

 キャロを視認する。加えてキャロを取り囲もうとする武装勢力も確認する。なのはがAMFの領域に入る。強力なAMFにより身体強化魔法を解除される。

 

 それでもなのはは引かない。一人の少女を守るために盾となる。

 

「なのはさん」

 

 なのはがキャロの前に出る。キャロがその背中を見つめる。

 

 これで二度目だった。

 ヒーローはいつだって助けに来てくれる。そんなのは幻想だと思っていた。現実は過酷で、強い者だけが生き残る。強い者だけが幸せになり、人から優しくしてもらえる。キャロは子どもながら世の理の一面を理解していた。否応ながらも理解させられていた。

 

「立てるか?」

 

 だが確かにヒーローは存在した。なのはが正義なのか悪なのかはわからない。それでも一つの事実として確かなものがあった。

 それはキャロのヒーローは高町なのはであるということだった。

 

「走れ、そして逃げろ」

 

 キャロに逃げるよう指示する。

 

「勇ましいねぇ」

 

 敵の指揮官と思わしき人物。その男は崖の上に立ち、なのはとキャロを見下ろす位置にいた。

 

「このAMF下じゃ碌に魔法も使えないだろう?」

 

 魔導師は魔法を使うからこそ戦えるのである。魔法が使えないのであれば翼を奪われた鳥に等しかった。

 しかしなのはに焦りはない。

 

「先に言っておく」

 

 なのはが口を開く。平坦で、冷淡な声色。

 これから敵に告げることは、すでにある覚悟を決めての発言だった。

 

「魔法を使えなくしたのはおまえらの方だ」

 

 魔法が使えなくなって有利になるのは敵勢力である。魔導師が魔法なしで質量兵器と渡り合えることなどできはしない。

 敵は話が見えず仲間同士で顔を見合わせる。全員がなのはに対し何を言っているんだと顔をしていた。

 

「……だから?」

 

 なのはの発言の意味がわからず質問をする。そしてその返答は全く予測していないものだった。

 

「死んでも文句言うなよ」

 

 魔法が使えない。それは不殺が極端に難しくなるということだった。ただそれはなのはが魔法を使えなくても戦えればの話である。通常不可能なことであり、敵からすれば冗談もいいところだった。

 再度、敵陣営が顔を見合わせる。

 

「プッ」

 

 嗤う。

 

「ハハハ!」

 

 なのはを嘲笑う。

 

「魔法の使えない魔導師に何ができる?」

 

 最もなことだった。実際、キャロは何一つ魔法を行使できない。召喚魔法も回復魔法も完全に封じられていた。それはなのはも同様である。

 

「言いたいことはそれだけか?」

 

 指揮官の隣にいる兵が銃を構える。笑わしてもらったお礼に最後の一言くらいは聞いてやろうと思い言葉を待つ。

 だがなのはから言葉を発することはなかった。それをこれ以上話すことはない意思表示として受け取る。

 

「撃て」

 

 隣にいる兵に命令する。兵は命令を即座に実行する。

 鳴り響く銃声。

 

「……は?」

 

 なのはは倒れない。血も流れない。

 動きがあったとすれば手が顔の前に移動したことぐらいだ。そしてその片手には撃たれた銃弾が掴み取られていた。

 

「なっ!」

 

 指揮官の男がその事実に驚きを隠せずにいた。

 

「返すぜ」

 

 なのはが掴んだ銃弾を指先で弾いた。撃った時よりも速いスピードで直進し、弾が発砲した兵の眉間に着弾した。

 ゆっくりと後ろに倒れていき、地面に血が流れていく。

 

 なのはにとって魔法が使えなくなるということは、戦えなくなるというわけではなかった。むしろ枷を外してしまったと言ってもよかった。

 

 殺された仲間。それが引き金となり戦闘の火蓋が切られることとなった。

 

「殺せ!!」

 

 指揮官が声を上げる。それと同時に兵がなのはに突撃していく。

 いち早く到達する一人の兵士。その兵士がなのはに向かって剣を振るう。その剣よりも速くなのはの拳が顔面に放たれた。突っ込んできた男の頭部が吹き飛ばされ絶命する。

 あまりにも衝撃的な光景に敵がひるむ様子を見せる。

 

「全員で掛かれ! 相手は一人だ!」

 

 ひるんだ仲間に喝を入れる。再び動き始めるならず者達。

 キャロを背になのはが立ち向かう。向かってくる相手をひたすら一撃で沈めていく。

 

 拳を、蹴りを、頭突きを放つ。なのはが攻撃を放つたび戦場に鮮血が飛び散っていく。

 

 銃を奪う。銃口を口の中に突っ込み発砲する。

 槍を奪う。投擲し、数人を串刺しにする。

 剣を奪う。切り裂いた敵が左右真っ二つに両断される。

 

 悪夢としか言えない光景。それはまるで怪物が人間を蹂躙しているようだった。

 

「ァアアアア!!!」

 

 狂犬が咆哮する。

 人体を粉砕し、破砕し、圧砕していく。

 

 キャロの目にその光景が映る。

 英雄とは、か弱い者を守り、優しくし、ピンチを救ってくれる存在だった。

 

 指揮官の目にその光景が映る。

 英雄とは、狂人であり、残虐で、畏怖の対象だった。

 

 やがて血の海が出来上がり、敵は指揮官と思わしき人物だけが残った。

 

「……なんだ、これは」

 

 真っ赤に染まった管理局の狂犬。

 血の海に倒れ伏す仲間達。

 

「なんなんだこれは……!!?」

 

 倒した数は百にも上る。

 魔法を使わず、己が肉体のみで行った所業。一騎当千とはまさにこのことであった。

 なのはが指揮官を捕えようと歩き出す。

 

「ヒッ……!」

 

 恐怖のあまり尻もちを着く。なのはは構わず近づこうとするが、その歩みは銃声によって止められた。

 指揮官の後ろから現れる軍勢。それらはキャロを除外した後に攻め入るための兵力だった。

 その数、千に迫る。

 

「ハ、ハハ」

 

 敵の指揮官が安堵からか笑い出す。

 

「流石のおまえでもこの数は相手にできまい」

 

 なのはが立ち止まる。顔にこそ出さないが内心焦りを感じていた。敵の言う通りこの数は手に余る。魔法が使えれば話は別だが未だAMFのせいで使えない。

 

「来るなら来い」

 

 それでもなのはは逃げない。引くことはしない。後ろに守る者がいる限り、なのはは剣となり盾となり続ける。

 

(先に装置を壊しておくべきだったか……いや、無理だったな)

 

 AMFの破壊を優先するべきであったと反省する。だが後ろにキャロがいたのであまり離れることはできなかった。この状況は仕方のないことである。反省はこれくらいにして思考を切り替える。今は現状の打破に思考を優先すべきである。

 

(この数相手だと切り札は使えない)

 

 いざとなったらレイジングハートの力を使うしかないが、そこから先は敗北でしかない。このAMF下であろうとも神化であれば使用できる。だが千の兵を相手にするとなれば話が変わってくる。魔力消費が激しいため、長期戦となれば先に魔力が尽きてしまうだろう。

 

「やれ」

 

 号令が掛かる。一斉に襲い掛かってくる軍勢。もはや考えている時間はない。

 なのはが落ちている剣を拾い、死体からショットガンを拝借する。生き残る手段はたった一つ。眼前に広がる軍勢を殲滅することのみである。

 なのはが千の軍勢へと突っ込んでいく。敵の攻撃を避け、ショットガンを撃ち込む。

 

「ぐあぁ!」

 

 敵が倒れる。剣で近くの敵を斬りつける。

 再来する悪夢の時間。いつ終わるかもわからない戦いが開始された。

 

 

 

 幾百の兵が蹂躙される。応援に来た兵のうちおよそ半分が犠牲となっていた。

 

「……ハァ、ハァ」

 

 呼吸が大きくなる。隠すことができないほどの疲労。ありえないほどの数を相手にしたためかなりの体力を消耗していた。

 なのはの足が止まる。敵側からすればようやく訪れたチャンスだった。

 

 一瞬、AMFが解除される。

 それと同時に行使される魔法。なのはの周りに紫色の霧が充満されていく。

 それは禁忌とされ、使用を禁止されている魔法だった。

 

 禁域魔法、ポイズンミスト。

 

 毒の霧を発生させ、吸い込んだ者に苦しみを与えたのち死に至らしめる魔法である。

 まず目眩が起こる。次に全身に痺れが現れる。筋肉が弛緩し呼吸困難に陥る。そして歩くこともままならなくなり、最後には意識の消失と同時に呼吸が停止するといった魔法だった。

 

 この魔法は人道上の観点から使用が禁止されていた。使用すれば非難はおろか、あらゆる組織から制裁が下されることとなっていた。

 だが敵は追い詰められていた。もはやなりふり構っていられなかった。これほど追い詰められるとは予想外の出来事だった。さらに被害が拡大すれば戦闘の継続は不可能となる。竜の召喚者を、ひいては狂犬を止めなければ敗戦が濃厚となっていた。

 これ以上の被害は容認できない。いよいよとなれば禁域魔法も使用する。背に腹は代えられないとはよく言ったものである。

 

「くっ!」

 

 なのはが少量を吸い込む。

 後ろにはキャロ。毒霧を吸わせるわけにはいかない。なのはは思いっきり足を横に振り抜き強風を起こした。風の発生により毒の霧が晴れていく。

 

 発砲音が鳴る。

 晴れた先から飛来する銃弾。回避行動を取ろうとするが目まいの発生により足が止まってしまう。

 

「ぐっ!」

 

 右足に被弾する。続けざまに何発もの銃弾が発砲されていく。

 

「なのはさん!」

 

 次々と被弾していく。止めとばかりに発射されるロケットランチャー。

 なのはの足元で爆発しキャロのいる方向へと吹き飛ばされる。

 

 なのはがキャロの近くへと落ちる。キャロはなのはのもとに急いで駆け寄る。なのはは咳き込み苦しそうにしていた。

 

「どうして……」

 

 なのはの顔は血まみれだった。回復魔法を掛けようとするがやはり使用はできない。

 

「どうして、こんな、ことに……!」

 

 自らの非力さに悔しさを感じる。

 理不尽な世界に悲しさで涙が落ちる。

 落ちた涙がなのはの頬を伝っていく。

 

「逃げろって……言ったろ」

 

 明らかに顔色が悪かった。

 声を出すのもつらいがなんとか絞り出していた。なのはは今からでも逃げろと続ける。

 

「嫌です」

 

 キャロが拒否をする。今までにはなかったハッキリとした意思だった。

 

「逃げたって、私に居場所はないから」

 

 幸か不幸か、それはなのはの優しさによって自覚させられたことだった。

 

 どこにいても一緒だと思っていた。村にいても、管理局にいても居場所はない。いつか死ぬその時まで酷使させ続けられる。自分の人生はそうなっていて、生きるためには仕方ないことだと思っていた。

 

(けど、それだけじゃなかった)

 

 つらいことだけではないことを知った。こんな自分にも優しくしてくれる人がいた。自分が居てもいいのだと思える場所があった。そこは村でも管理局でもない。

 安らぎを感じる唯一の場所。それはなのはのいる場所だった。

 

 掴んでいたなのはの手が落ちる。筋肉が弛緩し始め、全身に力が入らなくなっていた。

 

 優しさを知った。だがその喪失をすぐに知ることとなった。

 悲しみにより、少女から生きる気力が失われていく。

 

「もう、嫌だ」

 

 絶望が少女を包み込む。人を憎むことをしなかった少女。

 今でも人を恨んだりする気持ちはなかった。ただ、その代わりに少女は世界を呪っていた。

 

「こんな……こんな世界」

 

 なのはのいない世界。そんな世界はいらなかった。

 

 純粋な想いがここに生まれる。

 世界を呪うという黒色に染まった想い。破滅を願いし心から発せられた声は言霊となり魔法という形を成していく。

 

 展開される魔法陣。それはキャロを中心として展開されていた。

 魔法に黒く純粋な想いが乗せられていく。

 

「こんな世界、私はいらない!!」

 

 少女の想いが天へと昇った。

 

 その想いを受け止めたのは黒き竜ではなかった。

 

 曇天の空から光が差す。

 その光から龍が出現する。

 

 神々しく輝く白き龍。

 大きく、巨大で、胴体は部分はとてつもなく長い。その龍はヴォルテールのように人型ではなく、蛇のような様相だった。

 

 白き龍が空を回遊する。突如現れたその龍を地上にいる人間はただ見つめていた。

 

 それは遥か昔より語られていた神話の龍だった。

 天候を操り、天災を引き起こす龍。吐く息は地上を焼き尽くし、その咆哮を聞いた者は死に至ると伝承されていた。

 

 キャロが発動した魔法。

 それは召喚魔法を行使する魔導師にとって最高到達点を超えた先にあると言われる魔法だった。

 なのはとアリシア、二人と同じ領域に位置する魔法。

 

 神域魔法、神龍召喚。

 

 これにてキャロの願いが実現することとなる。世界の破壊という願い。この龍はそれを可能にさせてしまう力を持っていた。

 

 白き龍が口を開く。その口からブレスが放たれた。それはまさしく破壊光線とでも言うべきものだった。

 大地が割れ、大爆発が起きる。衝撃は天にまで昇り、空気が大きく振動していた。

 

 神の裁きが下った瞬間だった。

 

 たったの一撃。それだけで戦いは終結していた。敵の軍勢の姿はない。大半の人間が骨も残らず消滅させられていた。生きている者を探す方が難しい状況だった。

 

 龍が再びブレスを放つ。薙ぎ払われる台地。

 その攻撃に巻き込まれ、敵が根城としていた建造物も消し飛んでいた。

 

 止むことのない暴虐の嵐。

 この日、一つの世界が終ろうとしていた。

 

 

 

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