神龍が天空で泳ぐように移動する。その遥か下ではなのはが地面に倒れ伏していた。
そこにキャロが駆け寄って様子を見る。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「なのはさん!」
なのはが咳き込む。顔色は青白くかなり苦しそうな様子だった。
「治療を」
キャロが回復魔法の準備に入る。ダメもとで行った魔法だったが、問題なく魔力が結合していた。白龍の攻撃が広域に及び、AMF装置も破壊されたためである。
「だい、じょうぶ」
なのはが回復魔法にストップをかける。キャロの行使する回復魔法では解毒は不可能である。ただこのことを理解して拒否したわけではなかった。キャロがなぜ止めるのかという表情をするが、理由を説明している暇はないため無視する。
なのはがレイジングハートを起動する。通常起動ではなく、力を解放しての起動。
バリアジャケットが純白となり光り輝く。
『Divine Sword』
神剣を作り出す。剣を持つ手は毒のせいか震えていた。そしてその剣の切先を自分自身に向ける。なのははそのまま自らの体に剣を突き刺した。
「なにをっ……!」
キャロが悲鳴とも取れる声を上げる。毒の苦しみから逃れるためか、自決を図ってしまったのかと嫌な想像が駆け巡る。
だがキャロの予想とは裏腹になのはの顔色は良くなっていた。呼吸も安定していく。落ち着きを取り戻し、剣を体から引き抜いた。
「大丈夫、なんですか?」
「ああ」
体からは完全に毒が消えていた。なのははディバインソードによって体内に侵入した毒だけを切り捨てていた。
「ごめんな、心配かけた」
上半身を起こす。それから頭を撫でた。キャロの心に穏やかな気持ちが戻っていく。
死屍累々の戦場。燃え盛る台地。
地獄のような状況ではあるがそんなことは関係なかった。
なのはに触れられただけ。ただそれだけで幸せだった。
「さて、と」
なのはが空を見る。上空では未だ白龍が暴れていた。
「アレ、止めないとな」
ゆっくりと立ち上がる。今から向かうは神龍のいる上空。戦いに赴くなのはをキャロが心配そうに見つめる。
「ちょっと待っててな」
そう言い残しなのははすぐさまに飛び立った。この場から一瞬のうちにいなくなる。いつ飛行魔法を発動したのかすらわからないほどだった。
なのはが白龍へと向かっていく。それに白龍が気づき、対象を撃ち落とすべく無差別に放っていた攻撃の矛先をなのはに定める。
白龍が口を開く。今の今まで大地を焼き尽くしていたブレスがなのはに向けて放たれた。
開口した部分が光る。そうとしか思えない光景だった。
尋常ならざる速度にてブレスが直進していく。
通常の人間であれば反応することすら不可能である。だがそのブレスに合わせ、なのははディバインソードを振り抜いて見せた。
真っ二つに割れるブレス。斬られたブレスが大気に霧散していく。その事実に白龍が明らかな驚愕を見せる。なのはが白龍と同じ高さまで上昇し向かい合う。
「ほう?」
感嘆を含んだ声。
その声は白龍の方から聞こえてきていた。
「――ディバインか」
白龍がレイジングハートを見つめる。その視線からは懐かしいものを見るような雰囲気があった。
「おまえもこの舞台で遊んでおるのか?」
友人と喋るかのような話し方。
敵意はなく、穏やかな感情が読み取れる。
『私はマスターの力になりたいだけです』
「――そうか」
白龍は心なしか楽しそうにしていた。その証拠に堪えるかのように笑っている。
白龍が笑う。それだけで大気が揺れていた。そしてレイジングハートに向けられていた視線をなのはに移した。
「見初められたか、おまえ」
その視線がなのはの爪先から頭までなぞる。
「戯れに興じるのも良いかと召喚に応じてはみたが、気まぐれを起こすのも良いものだな」
再度レイジングハートを見て喋り始める。古い知り合いに会えたためか愉快な様子だった。
それから白龍はキャロのいる場所に視線を落とした。
「本来このような小娘の召喚に応じることはない」
キャロには召喚魔法の才能がある。その才能は竜召喚に特化しており、幼いながらもヴォルテールを呼び出すことが可能である。また、過程はどうあれ事実として神龍を呼び出すことにも成功している。
ただこの神龍召喚に関しては個人の力で成し遂げたとは言い難かった。神龍がキャロの才能に呼応したというのも事実だが、神龍自らの意思のもとで現れたという比重が大部分を占めていた。
「代償としては不足しているが致し方あるまい」
「……代償?」
なのはに嫌な予感がよぎる。大きな力には代償がつきものである。そして代償と言えばお決まりのものがあった。
「その小娘の命だ」
予感は的中する。その白龍の発言に対し、なのはではなくレイジングハートが返答した。
『自分から出てきてよく言えますね』
そもそも白龍は自らの意思で現れている。そのことを棚に上げ代償を要求してきているのだが、その事実をなのはは知らなかった。知る由もないことだがレイジングハートにはお見通しである。
「これでも譲歩しているのだがな」
『おとなしく帰ってください』
レイジングハートが強めに言い放つ。恐れなど微塵も感じさせない態度である。
「そうは行くまいよ」
しかし白龍は引かない。
「たかが小娘の命一つ、どうということもあるまい」
神話の存在と今を生きる人間。
その価値観は当然違ってくる。
「そちらこそおとなしく渡せばよかろう」
「そいつは聞けないな」
なのはが引き渡しの拒否をする。
価値観は違う。だが遥か古より存在している神龍が人間の価値観を理解していないわけではなかった。
おそらくキャロはなのはにとって大切な存在である。白龍はそれを前提として思考する。
そのため少女を引き渡すことはできない。そしてレイジングハートはなのはのことを気に入っている。なのはが嫌だと思うことはレイジングハートも賛同するはずである。
白龍はそのように推察する。そしてその推察は当たっていた。
なのはが言葉だけでなく、白龍にディバインソードを向けて意思表示を行う。
「この私と戦うか」
白龍がなのはを見る。白龍に侮りがないと言えば嘘になる。
「通常なら一笑に付すところではあるが」
今度はレイジングハートを見る。神剣状態のレイジングハートを見てからは先程までの侮りが消えていた。
「おまえが相手となれば話も違ってくるか」
不遜にして傲慢。
そのような態度が似合う白龍だがレイジングハートが相手となるとその鳴りをひそめていた。
「いいだろう」
圧力が増していく。この神龍を前にしては平伏以外許されない。
なのはも体中に圧力を感じていたが、決して怖気づくことはなかった。
「かかって来るがいい」
天が荒れ狂う。雷鳴が轟き、風が吹き荒れる。
それらはまるで龍の感情を表しているかのようだった。
「行くぜ、レイジングハート」
『All right』
様子見はしない。初手から全力を出していく。なのはは一瞬でも甘えれば死ぬことを理解していた。
音を置き去りにし、目にも止まらぬ速さで駆け抜けていく。仮に白龍が慢心していればこの攻撃は成功していたことだろう。ただレイジングハートが相手ということもあり白龍に油断はなかった。
振るわれた剣を爪ではじく。受け止めはしない。また刃先に触れることはせず、剣の腹を狙って爪ではじいていた。
神龍といえどこの剣の攻撃は脅威に値する。斬られればそれ相応のダメージは負うことになる。
今度は白龍が攻撃に転じる。
天候を操り、雷を差し向ける。風が刃となり、炎が舞い踊る。次々となのはを襲う攻撃の嵐。もはや災害そのものが相手だった。
だがなのはも負けてはいない。それらの攻撃をディバインソードで斬り捨てていく。一旦防御に回り敵の攻撃の対処を行っていく。そしてすぐに攻撃へと転じた。一度見ただけではあるが、なのはにはそれで十分だった。
攻撃を見切り白龍へと向かう。眼前へと迫り、必中の距離にて剣を振った。
ギィンと硬いもの同士がぶつかった音が響く。
その剣は白龍に噛みつかれ止められていた。そのまま顎に力が入っていき、ディバインソードが嚙み砕かれてしまう。
なのはにとって衝撃的な光景だった。攻撃を止められたことにはそれほど驚きはない。だが絶対的な信頼を置いていた武器が壊されたとなれば違ってくる。最強の魔導師といえども想定していなかった事態である。しかしそんな事態になったとしても、動きを止めることはしなかった。
英雄という肩書は伊達ではない。
なのはが渾身の力にて白龍の横顔を蹴り飛ばす。岩を軽々と粉砕するほどの破壊力。その衝撃により顔が大きく跳ね上がった。これには白龍も驚きを隠せずにいた。
「貴様」
白龍は神剣を砕いたことにより多少なりとも油断していた。攻撃手段は絶ち、剣の再生をしない限り次の攻撃は来ない。そう思い込んでいた。
「人の領域……いや、英雄の領域すら超えるか」
なのはに向ける感情。それは驚きと感心だった。今の今までなのは自身にそれほど興味はなかった。レイジングハートのお気に入り。その程度の認識だったがこの攻撃により意識が改まる。なのは自身を脅威と認めそれと同時に興味を持ち始めた。
「ディバインのみが脅威かと思っていたが、扱う人間も同様らしい」
白龍の口から血が流れる。確実にダメージは入っているようだった。
攻撃を入れることに成功したなのは。攻撃が通じることに安心感を覚えてもいいものだが、今のなのはに余裕はない。
「悪いな、あまりお喋りしてる時間はないんだ」
タイムリミットが迫っていた。
なのはの魔力は相当な速さで減っている。神域魔法は使うたびに幾分か運用効率は良くなっていたが、それでも消費魔力は膨大だった。
「これで終わりにさせてもらう」
なのはがデバイスを上に向ける。周囲から魔力を集め一か所に集束していく。
白龍の攻撃によりこの場は魔力素で満ちていた。通常の量を遥かに超える量。それらを束ねていきなのはが切り札を発動させる。
『Starlight Blade』
星光剣が出現する。
それは今までにない大きさだった。天を貫き、星まで届くほどの巨剣である。事実、比喩表現としてではなく、今のスターライトブレイドは星を斬ることのできる剣だった。
「高密度の集束剣か……これほどの剣を作り出すとはな、神話の時代を彷彿させてくれる」
白龍が迎え撃つ準備に入る。口を開き魔力を集束していく。展開される魔法陣。白龍はここに来て初めて魔法を発動させた。
それは神龍にのみ許された魔法だった。星を滅ぼすほどの威力を持ち、砲撃魔法の頂点に位置する魔法。
神域魔法、テオ・シエロ。
今、天の裁きがなのはに放たれる。
同時になのはがスターライトブレイドを振り下ろす。
星を滅ぼす魔法と、星を両断する魔法がぶつかり合う。せめぎ合い、両者の力が拮抗する。
「うおおおお!!」
全力も全力。後のことは考えない。今この瞬間にすべての力を出し切っていく。魔力の過剰使用により鼻血が吹き出る。火事場の馬鹿力により腕の筋肉繊維がブチ切れていく。
そうして拮抗は終わりを告げ、衝突箇所にて大爆発が起きた。爆発とともにお互いの魔法が消滅する。
なのはが間髪を入れず次の行動に移る。勝敗を決めるべき瞬間。それがここであるとなのはの直感は告げていた。受けるダメージに構うことなく、なのはは爆発の中を突き進んでいった。
「なに!」
白龍の意表を突くことに成功する。ブラックアウト寸前のなのは。視界はぼやけ、意識が途切れそうになる。しかし強靭な精神にて体を動かし、自らの直感を信じて突撃していく。
まっすぐと突き進み、白龍の額にディバインソードを突き刺した。
白龍が暴れるように動き回る。なのはを振り払おうとするが、決して突き刺した剣を手放すことはしなかった。
暴れる白龍の口が大きく開く。なのはは開いた口を閉じないように足で顎を押さえる。そして開いた口に手を突っ込んだ。
「ディバイン」
手のひらに魔力を集束させていく。それから不得意である砲撃魔法を発動させた。
「バスター!」
砲撃魔法が発動する。正しく発動することはなく、魔力の塊が膨張していき口の中で大爆発を起こした。
爆発の衝撃によりなのはが後方に吹き飛ばされる。砲撃を発動させた腕からは出血していた。だがそれ以上に白龍に与えたダメージは大きかった。
もし、これが正しく発動していたのであれば神龍を消滅させることはできていただろう。
だが高町なのはは砲撃魔法が使えない。使えるのであればレイジングハートの本来の力を発揮できていたが、現実はそうではなかった。
「見事だ」
白龍がなのはを称える。嘘偽りのない感情。
人が神に等しい存在に勝つということ。その偉業は誰しもが称えることだろう。
「なかなか楽しめたぞ」
白龍が消えていく。現世での存在を保てなくなっていた。そうして消えゆく龍は満足そうにしていた。
激闘が終わる。なのはが魔法を解除する。
それからゆっくりと地面に降りていった。
「キャロ」
降りた位置にはキャロがいた。なのはが地面に降り立つが、足に力が入らず膝を着いてしまう。
キャロが急いで回復魔法を発動させる。今度は拒否することなく素直に受け入れた。
「話があるんだ」
なのはがそう切り出す。回復魔法を続けるキャロを横目に話そうと思っていたことを伝えた。
「キャロは管理局辞めたいか?」
「え?」
キャロが顔を上げる。その質問に正直に答えるならイエスである。だがそう答えることはできない。
「辞めて戦場を離れてみないか?」
「でも……」
そうしたいのは山々である。けれど叶わない願いである。
「私には行くところがないから……」
辞めてしまえば生きる手段がなくなってしまう。生きていくためには働き続けるしかなかった。
「じゃあさ」
管理局を辞める辞めないに関わらず、もう一つ提案したいことがあった。なのはがそれをキャロに伝える。
「一緒に住まないか?」
優しく、温かみのある声だった。つい首を縦に振ってしまいたくなるが、それをぐっと堪える。
なのはに迷惑は掛けられない。二回も命を助けてもらっているのにそのうえさらに甘えるわけにはいかなかった。
「無理にと言わない。けど、戦うのが嫌だと思う気持ちがあるなら、少しでもその気持ちがあるのなら辞めてみてもいいと思う」
なのは自身長く生きているわけでもなく、人生経験が豊富なわけでもない。けれども普通の人よりかは色濃く、特異な経験を積んでいるため少なからず語ることはできた。
「辛いなら逃げてもいいんだ。それを責めるやつがいたら俺が殴り飛ばしてやる」
なのはが笑顔で握りこぶしを作って見せる。
「そんなことしたら死んじゃいますよ」
なのはの冗談にキャロが微笑む。
キャロは戦場で戦うなのはを間近で見ている。なのはに殴られたら一発で昇天してしまうだろう。しかしキャロは冗談だと受け止めていたが、なのはは半ば本気で言っていた。
「……いいんでしょうか」
なのはは何がとは聞き返さない。それに返す言葉はただ一言である。
「もちろん」
目から涙が落ちていく。悲しくないのに涙が出てくる。それはキャロが初めて経験する感情だった。
嬉しくても涙は出てくる。死んでいたら知ることのなかった感情。キャロはそれを知ることができてよかったと思えた。
涙を拭う。
拭った涙は冷たくなく、不思議と温かく感じていた。