山の中。
なのはとユーノが二人。他には誰もいない。
「おっ、と」
飛行魔法を発動させる。
まだ慣れず、フラついてしまう。なのはは落ちないように体勢を戻そうとする。しかしなかなか安定はしない。
昨日の戦闘。それはあまりにも一方的な戦いだった。
なのはは元々負けず嫌いな性格である。ゆえに人一倍悔しさを感じていた。それが喧嘩であれば尚更である。
次会ったら一発殴ってやると心の中で誓っていた。
そのためなのははユーノに頼み、魔法の練習をすることにしていた。
ユーノには負けて悔しいことを正直に伝えていた。そしてユーノはその気持ちに応えてくれていた。
ただ、負けたと思っているなのはであるが、ユーノはほとんど自爆だったと思っている。
しかしそれは口にしない。言わぬが花である。
「うーん、起動はできているし、魔法のプログラムも正常なはず」
どうしたらいいと、視線を投げかける。
「常時発動させて動き回る魔法だからね。流動性が高いんだ。魔法プログラムの条件式も常に働いているから魔力を一定量流し続ける必要がある」
「つまり?」
「練習あるのみかな。感覚を掴めばあとは簡単だと思う」
魔力は一定量流すイメージでねと繰り返し付け足される。
運動は苦手ではない。だが魔法を使って体を動かすのとでは勝手が違っていた。
「上手くなってきてるよ。その調子」
褒められて少し調子に乗ってしまう。大きく体勢を崩し、顔と地面がぶつかりそうになる。
「あっぶね」
「な、なのは。落ち着いて」
鼻先から汗が垂れる。それからゆっくりと元の姿勢へと戻った。
一度地面に着地して一時休憩を取る。
ユーノを見ると少し考え込む仕草をしていた。
「どうしたん?」
「うーんとね。魔力運用について教えてなかったと思って」
「魔力運用?」
「うん。魔導師には胸の奥にリンカーコアという魔力の生成機関があるんだ」
ユーノは自分の胸に手を当てる。
「そのリンカーコアで呼吸して、空気中にある魔力を集めて固める。それを魔法へと変換するのが魔力運用」
難しい単語が出てきて少し混乱する。
魔力を集めて固める。そこだけはなんとなく頭に入ってきていた。
「なのはは今まで感覚で魔法を使用してきたよね。それにレイジングハートが補助していたから意識はしていなかったんだと思う。けど意識することによってより魔法を上手く使えるはずだよ」
ユーノはレイジングハートに質問する。
「レイジングハート、なのはの魔力運用はどう?」
『下手くそですね』
「え……?」
なのはとユーノ、二人は驚いていた。
なのはは単純にけなされたがゆえに。ユーノも同じ理由だが、そんなことを言うとは全く思っていなかったためである。
インテリジェントデバイスには持ち主を啓発する機能がある。
レイジングハートにはそれが備わっていた。そのため直接的表現や攻撃的な表現はなるべく使わないはずである。
むしろ主をポジティブにさせるのが普通だ。
それなのにこの言い方である。
「えっと、聞き間違いかな」
『いえ、聞き間違いではありません』
ハッキリと否定される。ユーノの口が開きっぱなしになっていた。
『私はマスターに言っておきたいことがあります』
間髪置かずに続けてくる。とても圧を感じる。
「な、なに?」
『私は魔法の杖であり、魔法を使うための物です』
そう前置きをする。
『ですのであのような鈍器扱いは認められません』
なのはは基本的に戦うとき、レイジングハートで直接殴る方法を取っていた。
以前、魔力の集束スキルを活かした砲撃魔法を使おうとはしたが失敗に終わっていた。
集束はできるが、放出ができなかったためである。ただこれは訓練によって改善は可能である。しかし相当な努力が必要となる。
もとより砲撃魔法を使うというのは才能、または素質の有無の領域である。なのはが今後戦闘で活躍したいのであれば、違う部分に時間を割いたほうが賢明と言えるだろう。
「はい……いや、でもな」
『異論は聞きません』
ピシャリと、鞭を打つかのように叱られる。
言い訳は許されなかった。
『しかし初心者のマスターに上手く使っていただくというのも難しい話でしょう。ですが近接戦闘で私を使用するにしても、せめて魔法を行使して魔導師らしく扱ってください』
言っていることは理解できる。
それでもなのはだって言ってやりたかった。頑張ってるんだからいいじゃないかと。
だがレイジングハートの凄みがそれを許さなかった。
かなり根に持ってそうである。
まだ言いたいことがありそうなレイジングハート。まだまだ説教が続くと思われる最中、強力な魔力反応を感知する。そのため話が中断されることとなった。
不謹慎ではあるが、なのはは胸を撫でおろしていた。
「行こう。なのは」
ユーノを先頭に、なのは達はジュエルシードの場所へと向かった。
宙に浮かぶ光り輝くジュエルシード。
それを少女と獣人が見つめていた。
「ビンゴだね。フェイト」
フェイトと呼ぶもう一人の獣人。
人間の耳とは異なり、犬のような耳が生えていた。フェイトの使い魔のアルフである。
「これがロストロギア」
光るジュエルシード。
アルフが膨大な魔力の余波を感じて驚愕する。
「フェイトの母親はなんでこんなものを欲しがるのさ?」
「わからない……けど理由は関係ない。母さんが欲しがってるんだから手に入れないと」
右手を前に出す。手の甲にある三角形のデバイスに呼びかける。
「バルディッシュ」
『Yes sir』
バルディッシュがへと変形していく。
『Sealing form』
封印魔法の発動。
それはなのはよりも迅速に、正確に施されていく。当然、一般の魔導師と比べて安定していて速い。
「二つ目」
確保したジュエルシードをバルディッシュに保管する。
それと同時に聞こえてくる足音。
音のする方を見れば白いバリアジャケットを着た少年がいた。
「ジュエルシードは諦めてって言ったよね」
「そう簡単には引けない。それにそっちの理由も聞かないで引き下がれない」
目を伏せる。それから小さく呟いた。
「言っても、意味ない」
頑固な態度、あからさまな拒絶がそこにはあった。
「名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃないか?」
申し訳なさそうな、寂しそうな表情が垣間見える。
しかしフェイトからの返事はない。
『Scythe Slash』
返事の代わりは金色の鎌。フェイトから戦闘の意思を向けられる。
「フェイトの邪魔はさせないよ!」
アルフが狼の姿に変身する。赤い毛並、鋭い牙に尖った爪。
威嚇するかのような咆哮を上げる。
「やっぱり、あの子の使い魔だ」
「使い魔?」
「主人を守る存在。そしてその命は主人の魔力によって紡がれている」
ユーノが言い終わると同時にアルフが突撃をかましてくる。
シールドを張って防御する。
「ちっ!」
シールドを破ろうとするが突破できない。結界魔導師のシールドは並大抵ではなかった。
「なのは、あの子をお願い!」
「させないよ!」
「させてみせるさ!」
シールドを出しながら新たに魔法を発動する。
「転移魔法!」
ユーノとアルフの姿がかき消える。この場になのはとフェイトだけが残される。
「結界に強制転移魔法。いい使い魔だね」
「友達だよ」
互いに杖を構える。
瞬間、フェイトがなのはの後ろに回り込む。
以前と同じ状況。想定はしていた。だから反応できた。横なぎに振るわれる鎌を間一髪で回避する。
この前よりかは動きが見えていた。それでも奇跡に近い回避だろう。
直感と運動能力。その両方が合わさって成せたことだった。
続けざまに斬り返しがやってくる。
『Fin』
飛行魔法を発動させる。浮かび上がり、攻撃の回避に成功する。
「うわっ!」
まだ飛行魔法は完璧ではなかった。戦闘中という焦りもあり、出力の加減を間違えてしまう。
思いっきり前に倒れこむ。倒れこんだ先にはフェイトがいた。
おでことおでこがぶつかり合う。ゴンっと鈍い音が鳴った。
「ぐっ!」
「ど、どうだぁ!」
意図してやったことではない。しかしなのははまるで自分から仕掛けたかのように言った。
殴って一発与える予定だったがとにかく一撃は与えられた。ひとまず目標を達成する。
ただ予想以上に痛くて少し涙が出ていた。
最近、涙がちょちょぎれるなのはである。
「……はっ!」
油断。
この隙はフェイト相手には命取りである。
上から下りてくる斧。それをレイジングハートで受け止める。
(またレイジングハートに怒られるな)
金属のすれ合いで火花が散る。なのはは力づくで押しのけてからもう一度空へと飛んだ。
飛行が安定する。ちゃんと上に飛んでいく。今度は上手くいったようだった。
どうやらコツがわかってきたらしい。
「賭けて。ジュエルシードを一つずつ」
また姿を見失う。ただ、わずかだが残像が上に向かって動いたのが見えていた。今までは消えたと感じるほどだった。しかし今回は残像が見えていた。
目が慣れてきたのだろう。
そうなのはは考えていた。
それもある。目が慣れてきたのは事実である。
ただ普通は数回見ただけでは慣れることはない。なのはの成長が異常なのである。
上から振り下ろされる金色の鎌。
掠るが直撃はかわす。
続けてかわしはするが、先手が取れず何度も後手に回されていた。
空で攻防が繰り返される。攻防というよりフェイトの狩りというべきか。なのはは翻弄させられてばかりだった。
『Thunder Smasher』
砲撃が放たれる。電撃を帯びながら向かってくる砲撃。
それは体を飲み込むほどの大きさだった。
「うそだろ!」
戦慄を禁じ得ない。魔法というものには驚かされてばかりである。
『Protection』
砲撃に対しては頼りない防御魔法。それを真っ向から受け止めないように少し斜めにしておく。
プロテクションと砲撃魔法がぶつかる。
盾は一瞬で砕け散り粉々になってしまう。だが砲撃の範囲からは押し出される形となり、直撃を避けることはできた。
ただ完全に避けきったわけではなかった。
「いっ……!」
足に激痛が走る。砲撃は足をかすめていた。痛むが動きを止めることはしない。我慢してフェイトとの距離を詰めていく。
これだけの大きい攻撃。砲撃の打ち終わりなら隙があるはず。なのははそう考えたわけではないが、今がチャンスであることを直感していた。
戦闘に対する直感とセンス。それらに関してなのははズバ抜けた素質が備わっていた。
攻撃が届く距離まで近づき、レイジングハートを振り上げる。
『Divine Sword』
新たな魔法。
レイジングハートの形をかたどった桜色の刃が出現する。なのはの戦闘スタイルを考慮し、レイジングハートが組んだ魔法である。
力を込めて真っ直ぐに振り下ろす。バルディッシュがレイジングハートを受け止める。
『Scythe Slash』
デバイスをぶつけ合っている最中、金色の鎌が飛び出してくる。
「うおっ!」
臨機応変の攻撃。なのはに劣らず、フェイトの戦闘センスにも光るものがあった。
頭を横にずらして紙一重で避ける。体勢が崩れて隙が出来てしまう。
「がはっ……!」
拳が腹にめり込む。思わず体がくの字に曲がる。
さらに追撃が襲う。下を向いたなのはの顔に蹴りが迫る。防御も回避もできず、モロに食らってしまう。
顔が跳ね上がり鼻からは血が噴き出る。
痛みが限界突破したせいか、なのはからはアドレナリンが出始めていた。
「――のやろうっ!!」
暴れ回るようにレイジングハートを振るう。対してフェイトは冷静に対処して避けていく。
その余裕な様子を見せられて頭にはさらに血が上っていた。
攻撃は当たらない。次々と避けられていく。
「ふっ!」
フェイトが拳を放つ。腹部に再度めり込む。
「ごっっは……!」
悶絶。
今朝食べたものが逆流してくる。堪え、なんとか飲み込む。
そして抑えきれない怒りで痛みをねじ伏せた。フェイトの胸ぐらを掴んで思いっきり引き寄せる。
「おらぁぁ!」
今度はわざと頭突きを当てる。
「どうだ! こんにゃろう!」
二度目の激突によりおでこからは血が出ていた。
どうにかして一撃を入れたが無理やりにもほどがあった。
「ハァ、ハァ」
ここまでの激しい動きですでに息は切れている。体力も底をついていた。
対してフェイトは疲れた様子もなく平然としている。ただおでこは赤い。
フェイトは距離を取り、魔力弾を飛ばしてくる。
「はやっ……!」
フラフラしていたせいもあるが、あまりの速さに避けきれず顔面にクリーンヒットする。
「げほっ!」
口から煙が出る。意識が飛びそうになる。
畳みかけるように金色の刃が回転しながら飛んでくる。このままだと確実にやられる。
だがもはやできることといえば、杖を盾にするくらいだった。体を守るようになんとか杖を前に出す。受ける寸前、吹き飛ばされないように踏ん張る。しかしその衝撃がやってくることはなかった。
向かってきた金色の刃は桜色の刃とぶつかり、真っ二つに斬れてしまった。
金色の刃だけが真っ二つになっていた。
切断されたのはフェイトの魔力刃だけ。
今までの攻防から考えるに不可思議な出来事だった。何度かぶつかり合っていたがそんなことは起きなかった。
なぜ、と考えている暇はない。なのはの真横にフェイトが現れる。
横から襲い来るサイズスラッシュ。対してなんとか右腕だけを上げる。
右腕に突き刺さる鎌。首まで届かせはしなかったが魔力刃が腕を貫通していた。
『Pull out』
負けを認めたのかレイジングハートがジュエルシードを一つ出す。
フェイトはそれを回収した後、腕から魔力刃を引き抜いた。
「帰ろう、アルフ」
ユーノとアルフはいつの間にか戻ってきていた。フェイトがなのはに背を向ける。
「待てよ」
フェイトは背を向けたまま、なのはに警告する。
「今度は手加減できないかもしれない」
そんな気はしていた。フェイトは本気を出していない。予想はしていたが、事実を知ることでショックを受ける。
必ず借りは返す。そう誓い、飛び立とうとするフェイトを再度呼び止めた。
「俺は高町なのは。おまえは?」
「……フェイト・テスタロッサ」
名前が告げられる。その名前を打倒の誓いと共に胸に刻む。
フェイトがアルフを連れて森から飛び去っていく。
二度目の敗北。
静かになった森では、風の音だけが聞こえていた。