「えーと」
なのはがミッドチルダの住宅街を歩く。そのあとにはキャロが続いていた。
「ここか」
あるマンションの前で立ち止まる。マンション名を確認し目的地であることを確認する。
中に入りエレベーターの場所まで行く。
「あの」
ボタンを押してエレベーターが降りてくるのを待つ。
「本当にいいんでしょうか」
これからキャロはなのはと暮らしていくことになる。お金のことを含め全面的にお世話になる。そのためキャロは申し訳なさそうにしていた。
「ああ」
ぶっきらぼうに答える。なのはからしたらいつもの調子で答えたのだが、キャロからしたら機嫌が悪いように聞こえたかもしれない。
少し気遣いが足りなかったかと思いフォローを入れることにした。
「あんま気にしなくても大丈夫だよ」
優しく言い直す。当分は言葉遣いに気を付けようと考える。
エレベーターのドアが開く。エレベーターの中に入り部屋のある階まで上がっていく。それから部屋の前に行きドアを開けて中に入っていく。
「ん?」
後ろを見る。するとキャロが入ってこないでいた。
「どうした?」
「あ、いえ」
俯いたままのキャロ。
やがて顔を上げ、一歩を踏み出した。
「その……お邪魔します」
キャロが家に上がる。その動作はぎこちなく緊張しているようだった。
(まあそのうち慣れてくるだろ)
緊張しなくてもいい、気軽に過ごしていいなどあれこれ言うのは好きではなかった。言ったほうがいいと思ったときは伝えるが、普段はあまりうるさく言うことはしない。
いつか時間が解決してくれると、変に焦るようなことはしなかった。
「とりあえず荷物置いてごはんにしよう」
廊下を歩き部屋の前に立つ。
「ここがキャロの部屋な」
三つ部屋があるのだが、そのうち一番いい部屋をキャロに割り当てた。選ばせても良かったのだが、逆に困らせてしまうと思いなのはが選ぶことにした。
当然、後から変更の申し出があれば受け入れるつもりである。
「好きに使ってくれていいから」
そう言って自分の部屋に行こうとする。
「あの」
なのはを呼び止める。
声をかけたキャロはモジモジとしており、少し恥ずかしそうにしていた。
「これからよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる。その様子を見てかなのはは安心感を覚えていた。どうやらなのはも多少なりとも緊張していたらしい。上手くやっていけるか心配だったが、なんとかなりそうだと思えた。
「うん、よろしくな」
まだ距離感のある二人。
これからではあるが、その未来は明るく感じた。
起床する。着替えを済ませリビングに行く。
そこにキャロの姿はない。
(まだ寝てるのかな)
昨日は荷物整理などやることがいっぱいあったので疲れてしまったのだろう。
朝食を作っていればそのうち起きてくるだろうと思いなのはが準備に取り掛かる。
フライパンを五徳に置き、火をかけようとしたときだった。
ピンポーンとチャイムが鳴る。モニターを確認するとそこにはフェイトが映っていた。
玄関に行きドアを開ける。
「おはよう、なのは」
フェイトが何食わぬ顔で立っていた。
「お、おう」
引っ越したことを伝えたのは昨日である。今度遊びに来てくれとも伝えたが、まさか今日だとは思わなかった。
「これ」
フェイトが紙袋を渡してくる。それをなのはが受け取った。
「引っ越し祝い」
「悪いな、わざわざ」
中からは甘い匂いが漂っていた。なのはがお菓子かなと推測する。
「なのはさん」
後ろを向けばキャロがいた。先ほどのチャイム音で起きたのだろう。
「……え?」
驚きの声。それはフェイトから発せられたものだった。
「こ、この子は?」
声が震えていた。心なしか手も震えている。
なのははフェイトにキャロのことは伝えていなかった。驚くのも仕方のないことである。
「一緒に住むことになった」
さらっと告げる。
そのことにフェイトが口をパクパクとさせている。
「なのは……いつの間に……」
フェイトが膝から崩れ落ちてしまう。
「ど、どうした!?」
玄関先で項垂れる一人の女性。こんなところをご近所さんに見られたら大変である。変な噂を立てられるのは流石に困ると思い、フェイトの両脇を抱えて立たせることにした。
「あの、こちらの方は」
「フェイト、俺の友達だよ」
顔色の悪いフェイトを抱える。ドアを閉め、ひとまず中に引き入れた。
「仲良くしてやってくれ」
生気を失ったフェイト。心配ではあるが、なのはに自己紹介をお願いされたためフェイトに名前を告げた。
「キャロ・ル・ルシエと言います。よろしくお願いします」
その自己紹介を聞いてかフェイトの目に生気が戻り始める。
なのはの子であれば、高町という名字が付いていいはずである。しかしそれがない。フェイトにある一縷の望みが出てくる。
「なのはの子どもじゃないの?」
「子ども、ではないかな……もしかしたらそうなるかもしれないけど、まあ、そこは、追々な」
断言はしない。そういった関係になるのはキャロが嫌がるかもしれない。デリケートな話でもあるので慎重にならざるを得なかった。
「そうなんだ」
フェイトが胸を撫でおろす。元気が戻り正常な判断ができるようになる。そして自分が自己紹介をしてないことに気が付いた。
「あ、ごめんね」
フェイトがキャロに向き合う。そこに先ほどまでの体たらくはない。
「フェイト・T・ハラオウンです。よろしくね」
優しい笑顔を見せる。
それを見て良い人なのだろうとキャロは感じ取る。
「まあ立ち話もなんだし、中で話そうぜ」
「うん、そうさせてもらう」
お邪魔しますと言ってフェイトが家に上がる。
「朝ごはん、食べてく?」
廊下を歩きながら聞く。フェイトはすでに朝食を済ませていた。通常であれば断るところである。
「なのはの手作り?」
「そうだけど?」
「じゃあ食べてく」
「……おう」
何の確認だと疑問を浮かべるが、まあいいかと流してしまう。
フェイトとキャロがテーブルに着く。なのはが朝食を作る間、二人は話をしていた。
「キャロはどうやってなのはと知り合ったの?」
おそらく仕事関連だと推察はできる。フェイトはなのはのことなら大概のことを把握している。今は執務官として働いているため、あまりの忙しさでなのはに関する情報の入手が甘くはなっているがそれでも時間の許す限り情報チェックは欠かしていなかった。
そこから推察するに仕事以外はあり得なかった。そしてフェイトの推察通り、二人は仕事を通じて知り合っていた。
キャロがなのはに助けられたことなどをフェイトに話していく。
「私と同じだね」
「そうなんですか?」
「うん、なのはは昔からお人好しなんだ」
フェイトがキッチンに立つなのはを見る。
(昔から変わらないな)
その視線には熱がこもっていた。
自身の抱く気持ちが高まっていくのを感じる。減ることなど愚か、この気持ちは月日を重ねるごとに増す一方だった。
「キャロはなのはのこと好き?」
それを聞いてキャロが顔を赤くする。
「……はい」
その気持ちに嘘はない。素直で純粋な気持だった。
ただフェイトの中では警鐘が鳴っていた。思っていた好きとは少し違うものだった。これは非常に不味い状況だと認識する。
「キャロはなのはがお父さんだと嬉しい?」
「え?」
キャロが想像する。なのはが父親だったらと。
それは素晴らしく、とても素敵な想像だった。
「そう、ですね」
そうだったらいいなとキャロは想う。
「キャロはなのはのこと、お父さんとして好きってことかな?」
キャロが抱く想い。それは淡い想いだった。
だがキャロは自分の気持ちに気づいてはいなかった。正確な言葉を当てはめることができず、ただ一緒にいたいと思っていただけだった。
それをフェイトが見抜き思考を誘導させた。これは恋ではなく親愛なのだと、そのように置き換えた。
場数が違った。なのはに言い寄ろうとした数多の女性を退けたフェイトとでは勝負にならなかった。フェイトは小さい子が相手でも容赦はしなかった。
この戦いにおいてフェイトは誰だろうと手を抜くことはしない。
「そうかもしれません」
キャロが自らの気持ちに自覚を持つ。それは家族に対する愛情なのだと認識した。
「きっといつかお父さんって呼べる日が来るよ」
フェイトが優しい笑顔を向ける。
その笑顔の裏にある感情をキャロは知らない。
「はい」
気持ちの置き換えが上手くいったこと確信する。
そしてフェイトは次の手を打つことにした。
「私のこともママと思っていいからね」
「え?」
何とも姑息である。
「楽しそうだな」
なのはが朝食を運んでくる。それらをテーブルに並べて三人で食事をする。
先ほどの話題は消え去り、違う話題で楽しく会話をする。
不穏な場面もあったが、キャロにとっての悪影響は少しだけである。
キャロの理解者であり味方が増えたことは確実だった。
なのはがアルハザードへと転移する。
するとアリシアが出迎えてくれた。
「お、またおっきくなった?」
久しぶりに会う二人。
アリシアの身長は以前より伸びていた。
「なのはくんこそ成長しすぎ」
なのはは高校生になってから急成長していた。背丈はもう大人と変わらない高さである。
「やあ」
アリシアの後ろからジェイルが現れる。
「久しぶりだね」
こちらは相も変わらずだった。
容姿に変化はない。年齢を考えるとそろそろ老けを感じさせてもいいのだが、ジェイルからは老いを感じさせなかった。
「ここ最近忙しかったからな」
なのはは事件に呼び出されることが多くなっていた。戦闘において高町なのはの右に出るものはいない。高ランク魔導師を相手にしなくてはいけないと想定される場合は必ずと言っていいほどお呼びが掛かるようになった。
また混戦が予想される場合もだった。数で攻めるより、なのは一人を投入した方が確実に制圧できた。そうして成果を重ねていくうちに管理局では高町なのは個人に関する特別運用方法が考案されていた。
ただ投入した場合穏便に済むことはないためそこらへんを考慮しなくてはならなかった。
「ゆっくりしていくといい」
「そうさせてもらう」
なのはがソファに座り、自分の家のようにくつろぎ始める。
自分の家でもあるので間違いではない。アリシアが飲み物を持ってきてなのはに渡す。それから隣に座り自分の分を飲み始める。
「魔法、上手くなったか?」
「うん。ヒドゥンが色々と教えてくれるから」
アリシアの中に封印されたヒドゥン。
今では溶け込み一体となっていた。
「パパの授業より楽しいよ」
その笑顔は無邪気だった。
「……本人には言ってやるなよ」
それを聞いてもジェイルは傷つかないだろうが一応情けを掛けておく。
それから一通り会話をした後、夕食の時間となり三人で食卓を囲んだ。
「なのはくんの料理も久しぶりだね」
ここに来たときはなるべく作るようにしていた。ジェイルもアリシアもなのはの料理は楽しみの一つである。
なのはの料理の腕前は達人レベルに達していた。
舌鼓を打ちながら食事を進める。その最中、ジェイルがあることをなのはに告げる。
「そろそろ私達もミッドチルダに移住しようと思う」
ジェイルはいつも重要なことを唐突に言い始める。
冗談であれば聞き流すだけだが、この男の言葉は高確率で実現されてしまう。それゆえ聞き流すことはできない。
「大丈夫なのか?」
懸念事項は多い。
死者蘇生の実現、アルハザードの存在、ジェイルによって再現された数々の秘術。
最後のはジェイルがどんどん増やしているのでとんでもないことになっていた。
ただずっとこのままというわけにもいかなかった。アリシアをこの世界に閉じ込めておくのは心が痛かった。
なのははアリシアに外の世界を見て欲しいと思っている。たくさんの人と出会って、色々な経験をして欲しかった。それはジェイルも思っていることだった。強く自覚をしているわけではないが、本人も薄々その気持ちには気づいていた。
もちろんアリシアの気持ちが最優先されるべきでありエゴを押し付けるべきではない。とは言えアリシア自身も外の世界には行きたいと思っている。
誰にも会わず、密かに暮らしていくのが堅実である。それはアリシア自身も理解していた。
このままジェイルと過ごすのも悪くはないのだろう。けどアリシアは活発で元気な性格をしている。人と話したい、誰かと何かを成してみたい、色々な景色を観てみたい。
他の世界に行ってみたいという願いは強くなり、いずれそれは憧憬となっていた。
ミッドチルダに行くことはアリシアの願いでもある。そしてその願いは大きくなり、いつか抑えきれなくなることだろう。
そのためアルハザードに居続けることは難しいことだとわかっていた。
「準備は整ったからね」
ジェイルが食後のコーヒーを一口飲む。アリシアのことも心配しなくていいとなのはに話す。
「アルハザードについてはどうするんだ?」
「秘匿する。いずれ知られることにはなるだろうが、極力情報は遮断する。まあ仮に知ってもそう簡単には来れないだろうがね」
ジェイルがそう言って締めくくる。その顔は自信満々であり、それを裏付けるものもあるのだろう。
それとミッドチルダに行くことにはもう一つ目的があった。
「妹に会うのは楽しみかい?」
「うん」
それはフェイトと会うことだった。アリシアの妹であるフェイト。
誕生日から起算すればアリシアの方が上だが、誰がどう見てもフェイトの方がお姉ちゃんだった。肉体面も精神面もフェイトの方が成長している。しかしアリシアは譲らないらしい。自分こそが姉なのだとわからせるためには最初が肝心だと意気込む。
「でも、ちょっぴり不安かな」
実際は会ってみないとわからないこともある。
アリシアは会いたいと思っている。一緒にお菓子を食べながら、たくさんお喋りをする。それはアリシアにとって夢のような話だった。それはきっと楽しいことである。
しかしフェイトが同じように望んでいるとは限らない。もしかしたら拒否されてしまうかもしれない。そんなことになったら泣いてしまうかもしれない。
アリシアはそんな不安を抱いていた。
「フェイトなら大丈夫だろ」
無責任な言い方に聞こえるかもしれないが、フェイトに対して高い信頼を持っているからこそ言えたことである。
アリシアもフェイトの人柄についてはなのはからよく聞いている。だからこそ期待する気持ちの方が大きく、不安はあれど期待と比べれば小さい。
きっと大丈夫。
アリシアは自分にそう言い聞かせた。
話を終え後片付けをする。それから三人は就寝した。
ミッドチルダに行く当日。
なのはがアルハザードに行き二人を迎えに行く。
ジェイルは転移装置の準備をし、アリシアは荷物をまとめていた。
「なのはくん……」
不安そうな声が聞こえてくる。緊張しているのだろうとなのはがアリシアを気遣う。
「うん?」
優しく聞き返す。
「……ううん、何でもない」
しかしアリシアは何も言わない。なのはも追及することはしなかった。
アリシアは言うべきか迷っていた。
ミッドチルダに行く理由。その本当の目的を。
今は胸の内にしまい込み、アリシアは外へと出た。
向かう先は家の近くに建てた墓標。
その前にアリシアが立つ。アリシアの手には手作りの花輪。母親に作り方を教えてもらった花輪である。
昨日作ったそれを墓標に飾る。
「行ってきます」
挨拶を済ませ、墓標に背を向ける。
そうしてアリシアはミッドチルダへと旅立った。