『お昼のニュースです』
スクランブル交差点の信号が青になる。
ミッドチルダの街中を人々が歩いていき、ニュースが道行く人の耳に入っていく。
『明日、時空管理局によって聖王のゆりかごの運用が開始されます』
今、世間はこの話題で持ち切りだった。
管理局はミッドチルダの地上と広大な次元空間の平和を守る役割がある。聖王のゆりかごを使えばその両方に対して絶大な効果が得られるとされていた。
さらなる安全の確保、人員の削減、あらゆるメリットがあった。
対して過ぎた力だという反論もあった。大きな力は争いの種となる。またこれでは恐怖政治になってしまうのではないかという意見もあった。
遥か上空から地上を見張り、悪と断定されれば天罰の如く砲撃が降り注ぐ。人を恐怖で抑えつけようとしているという声が上がっていた。
しかしこの案に対して最高評議会の後押しがあるとなれば誰も止めることはできなかった。
運用についてはレジアスが中心となり進めていく運びである。そして表立ってジェイル・スカリエッティが運用責任者として選ばれていた。
明日、聖王のゆりかごが起動させられる。
その時には式典が催される予定である。ゆりかごの起動は大々的に執り行われることとなっていた。
そこにはユーリ・エーベルヴァインも呼ばれていた。管理局がベルカに関係深い人物として招待をしていた。だが本当の狙いは他のところにあった。招待を提案したのは他でもないジェイルである。
ユーリは保険である。万が一の時の時間稼ぎ要員として式典に呼ばれていた。
「なのはくん」
なのはがミッドチルダの案内をしているときだった。案内ついでにショッピングを行い、二人で楽しく過ごしていた。なのだがニュースが耳に入った途端アリシアの表情が一変することとなった。
「聞いて欲しいことがあるの」
意を決したように口を開く。いつか伝えようとしていたこと。それをなのはに伝えていった。
ジェイルが今やろうとしていること。ゆりかごを起動させる本当の理由をなのはに説明していった。
「本当、なのか……」
なのはが作られた世界であることを知る。
アリシアが冗談を言っているようには思えなかった。またなのはに対するイタズラとも考えにくかった。
冗談やイタズラにしては話が凝りすぎている。
「ある小さい女の子が願った世界――それが今私たちがいる世界」
やはり改めて聞いても信じることはできなかった。
ヴィヴィオの願いによって作られた世界。
それを到底信じることはできないが、アリシアの話である以上信じざるを得なかった。
「その女の子って」
「今は聖王のゆりかごの中。そしてその子の持つジュエルシードを封印すればこの世界はなかったことになる」
アリシアは小さい子どもである。だがジェイルの教育により同年代と比べて遥かに頭が良くなっていた。状況を理解し、正確に伝えることができる。大人を相手にしてもしっかりと話すことができていた。
「パパはこの世界を本当の世界にしようとしてる」
それが悪いことかはまだわからない。
ただ元々の世界を消し去るということは許されない気がした。
「なのはくんは……どうしたい?」
「……俺は」
すぐに答えはでない。誰であろうとそうである。
「私はなのはくんが何を選択しようと否定しない」
まるで母親のような言い方。
「なのはくんが選んだ未来なら何であろうと受け入れるよ。例えその結果この世界が消えてしまうことになっても……それになのはくんがいなかったら私は今ここにいないからね」
小さな子どもが一体なぜここまでのことを言えるのか。
それはアリシアが長い時間思考を重ねていたからだった。
世界が偽りのものだと知った。
元の世界では自分がどのような境遇にいたかはわからない。だがおそらく死んだままだった可能性は高く、生き返っていることなどないと考えられた。
アリシアが生きているのは奇跡である。アルハザードに漂流できたこと、ジュエルシードが自分の近くに流れ落ちヒドゥンが体に入ったこと、なのはがレイジングハートを覚醒させたこと。
どれも奇跡に近い出来事である。その奇跡が積み重なり、今こうして生きていることができた。この奇跡が元の世界で同じように起こっているとは考えられない。だからこの与えられた時間は神様がくれた夢のような時間なのだと考えるようになった。
「私、パパのところに行くね」
ベンチからアリシアが立ち上がる。
明日の準備もあるためそろそろ戻らないといけないらしい。
「なのはくん」
なのはがアリシアの背中を見る。アリシアが今どんな顔をしているのか見ることはできない。
「私、待ってるね」
その言葉の意味はわからなかった。
少し考えてもよくわからなかったため聞き返そうとする。だがそのときはすでにアリシアはこの場からいなくなっていた。
「リイン」
アリシアと別れた後、なのははリインフォースのもとを訪れていた。
「久方ぶりだな」
「ああ、悪いな。忙しいのに」
「構わない」
リインフォースに会った理由。
それはかつて見せられた夢の真相を聞くためだった。リインは自ら世間話をするほうではない。なのはから適当に話を振ってもよかったのだが、今はそんな余裕もなかった。
「あのさ、俺がリインに夢の世界に閉じ込められたときの話なんだけど」
早速用件を切り出す。リインはそれを聞いた瞬間、なのはが何を考えているのか察した。いつかこの日が来ると思っていた。リインはなのはが知りたいと思っているであろうことを伝えていく。
「あれはおまえの過去だ」
リインフォースは気づいていた。確証はなかったが状況証拠から推測するにこの世界が作られたものであると答えを出していた。
だが真実を話すことはしなかった。混乱を招く必要はないし、主の笑顔を曇らせることはしたくなかった。
「実際に経験し記憶された過去。あの世界はおまえ自身の記憶から作られた夢の世界だ」
「……そうか」
信じたくはなかった。これにてアリシアの話の裏付けが完了してしまう。
「なあ」
聞きたいことは聞けた。だがそれとは別にもう一つお願い事があった。
「もう一度、あの夢を見させてくれないか」
かつて見せられた夢。
それをもう一度確認したかった。
明日、消えてしまうかもしれない世界。完全に消失してしまう前になのははもう一度見ておきたかった。
「……いいだろう」
二つ返事で了承する。
恩人からの願いである。聞き入れない選択肢はない。
リインが魔法を発動させる。なのはは抵抗せず体を楽にして受け入れた。そしてなのはは夜天の書の中へと入っていった。
「……ただいま」
「あ、おかえりなさい」
キャロが風呂場から出てくる。どうやらお風呂の準備をしていてくれたみたいである。
「沸いてますけど、先に入りますか?」
キャロは元気だった。以前と比べてだいぶ気軽に話してくれるようにはなっていた。
「ごめんな、なんだか疲れちゃって……今日はもう寝るよ」
せっかく用意してくれてはいたが、今はすぐにでも一人になりたかった。
なのはが自分の部屋の前に立つ。その様子をキャロが心配そうに見つめる。
「風呂、いつもありがとうな。俺のことは気にしないで入っちゃっていいから」
そう言って部屋に入っていく。キャロが取り付く島もなかった。
なのはが荷物を床に置く。
寝るとは伝えたが布団には横にならなかった。床に座り壁にもたれかかる。
なのははどうするべきか考える。暗い部屋の中、微動だにせず考え続けていた。
ひとり、またひとりと家族や友達の顔を思い浮かべながら考えていく。
大切な人が消えてしまう。だがそれは元に戻るだけで本当の消失ではない。その考えは合っているのか、今を生きている人間からすれば死と同義ではないのか。
思考が堂々巡りする。答えは出ない。
どちらが正しいかなんてわからない。
(いや……)
正しいのか、正しくないのか。
その答えは自分の中に出ていた。
正しい選択をするのであれば元の世界に戻すべきである。
だがそれを受け入れられる人がいるかはわからない。今を生きている人からしたらそれを頭で理解することはできたとしても絶対に納得することはできない。
であれば自分は傍観を決めるべきか。
そうした場合、もしも元の世界の人がこの場にいたら確実に糾弾してくるだろう。
世界を元に戻せと。元々はお前らの世界ではないと。
「……ふぅ」
息を吐く。
一度思考を切る。ずっと思考を回していたため頭の中にモヤがかかったようになっていた。
一息つき、今度はリインに見せてもらった夢を思い出していた。
その世界は自分のいる世界とは違っていた。
キャロが笑っていた。元の世界のキャロもつらい思いをしたのだろう。それでも確実にこの世界で過ごすよりかは幸せに生きている気がした。
人を戦争で殺める選択なんて取らなくてよかった。怖い思いをしなくても済んだのだ。
(俺じゃなくて、フェイトが救っていたら……)
そう考えてしまう。つい比較してしまう。自分ではなくフェイトだったらキャロを上手く救えていたのかもしれない。
実際、元の世界ではそうだった。フェイトが手を差し伸べたことによりキャロは幸せに過ごせていた。
エリオという少年もいた。キャロと仲良くし仲間とも友達とも取れる関係であった。
きっとあの子もフェイトが救ったのだろう。
(俺じゃ……ダメなんだ)
何か選択を間違ったのかもしれない。元の世界と比べると欠けている者が何人かいた。
また、この世界が生まれたことにより消えてしまった人もいた。
一人は月村すずか。
高町なのはとアリサの友達である。いるべき人がいない。ならばこそ元の世界に戻すべき理由となる。
そしてもう一人。
高町士郎である。
元の世界では父親が生きていた。家族は幸せそうに過ごしていた。今の自分の家族が幸せではないとは言わないが、父親が亡くなったことにより一時期家族に影が差すこともなかった。時が経ち、生活にも余裕が出たことによって鳴りを潜めたが、それでも母である桃子は悲しみに暮れることがあった。
自分の母が仏壇の前で悲しそうにしている姿は涙がこみ上げる思いだった。
元の世界の父は優しく立派な人だった。
みんなで囲む食卓は温かくて何より輝いていた。兄も心の底から笑っていた。少女の高町なのはも幸せそうにしていた。
本当に、幸せそうだった。
――願わくば、自分も――
叶わぬ願いを思い浮かべる。
なのはが膝を抱える。
誰よりも強く、どんな相手だろうと立ち向かう青年。
その青年が膝を抱えて小さくなる。その姿は小さな子どもと変わらなかった。
このまま世界を上書きしてしまえば元の世界は消える。
それは許されることなのだろうか。
封印を行えばこの世界は消えてしまう。
それは本当にすべきことなのだろうか。
何度も繰り返される思考。
しかしこの選択に苦悩は尽きない。
いっそ自分に世界を変えるほどの力がなければ良かったと思えるほどだった。そうすれば傍観するしかなくなる。ただ身を委ねていればいい。
他人からすれば贅沢な話だろう。誰だって選択肢は多い方がいいに決まっている。
この世界はヴィヴィオが願ったものである。
そしてその原因は高町なのはにもあった。ヴィヴィオは愛情を求め高町なのはに父性を求めた。結果として世界を巻き込む形になったが、やはりなのはが要因の一つであることは間違いないだろう。
願いの内容は誰に聞かされたわけでもない。だがリインに見せてもらった夢と自分だけが男性になっていることからその答えを導き出していた。
(多分、その考えは合ってる)
ならばその責任を取らなくてはならない。
そもそも本来の世界に戻すことこそ正しいことである。この世界は元々存在しなかった世界。
ならばこそおとなしく返還すべきなのだろう。
(俺なら……高町なのはならどうしてたのかな……)
元の世界の高町なのは。
頭の出来は自分より良さそうだった。それに色々な人に好かれていた。きっと性格も良くて、間違ったことが嫌いだったのだろう。
「――ふっ」
何だか自画自賛をしている気分だった。
思考は巡る。寝ることを忘れ、ただ考え続ける。
外から聞こえてくる小鳥の鳴き声。
いつしか窓からは日が差し込んでいた。
運命の日。
その朝がやってくる。
そして、なのはは決断をした。
式典当日。
多くの人が見守る中、聖王のゆりかごが動き出す。
壮大な船体。
ゆっくりと雄々しく空へと飛んでいく。
『ご覧ください! 今、聖王のゆりかごが飛び立ちました!」
あらゆるところで中継がされていた。世界中を巻き込んだ大イベント。
歴史の一ページに刻まれる瞬間であり、ミッドチルダにいるほぼ全ての人たちの注目を集めていた。
管理局の人員のほとんどはゆりかごの護衛に当たっていた。テロの警戒、不審人物の排除、交通整理等々やることは山ほどあった。
ちょっとしたトラブルはあったが式典に影響が出るほどではなかった。
全員の尽力と協力により無事起動が成功していた。
地上にいる人々が立ち止まる。
空へ飛んでいくゆりかごをただじっと見上げていた。皆、その光景に心を奪われていた。
そんな中だった。
ゆりかごへと一直線に向かっていく者がいた。
急ぎ、管理局員が止めようとする。
だがその速度に追いつくことができない。
「止まれ、高町」
なのはの行く手を阻むようにゼストが現れる。それでようやく止めることができた。
「一体何をしている。持ち場に戻れ」
ゼストが持ち場に戻るよう指示する。その間になのはの後ろからは武装局員が追いついていた。
「すみません。話をしている時間はないんです」
なのはがデバイスを展開する。
「おい、なにしてんだッ!」
ヴィータが空に上がってくる。
続けてシグナムとザフィーラが上がってくる。
「悪いな、無理やりにでも通させてもらう」
なのはが構え、同時にゼストも槍を構えた。
『おまえたちは下がれ、Aランク未満は立ち向かうな』
ゼストが武装局員に念話を飛ばす。なのはを相手にするには実力が足りなさ過ぎた。
今のなのはが説得に応じるようには思えない。ひとまず武力にて制圧する必要があると考える。それに高町なのはを前にして武器を下げることは愚か者のすることであった。
なのはは強敵であり一対一で勝てる相手ではない。それは誰もがわかっていることである。なので守護騎士と協力して止めに入ることにした。
ゼストに一筋の汗が流れる。
止めれるビジョンが微塵もなかった。
そして向かい合って初めてわかることもあった。
ゼストの構える槍の先が震える。
(そうか)
ゼストはかつてないほどの恐怖に襲われていた。ここから逃げ出したいという気持ちが溢れかえっていた。心の奥底から湧き出る恐怖。一刻も早く背を向けて逃げろと脳が指令を出していた。
(これは……犯罪者から恐れられるわけだ)
ゼストは高ランク魔導師であり相当腕の立つ騎士である。
その戦闘力は凡人を寄せ付けず、類を見ないほどの資質を持っていた。しかしなのはを前にしてゼストは酷く恐怖に襲われていた。
己が見据える武人としての頂。
その頂のさらに遥か先に高町なのははいた。
カートリッジを全て使い切る。
フルドライブを発動し、限界以上の力を引き出す。
「おおおおお!!」
ゼストが咆哮する。恐怖を押しのけるように猛々しく声を上げる。
なのはに迫り、上段から槍を振り下ろす。
その攻撃に合わせて守護騎士も突撃した。
それは一瞬だった。
槍が、剣が、鉄槌が粉砕されていた。
「……時間稼ぎにもならないか」
その言葉を最後にゼストの意識が途切れた。
デバイスを破壊されると同時に体も斬られていた。ゼストと守護騎士、なのはに立ち向かった全員が地面へと落下していく。
「今までご指導ありがとうございました」
なのはが一礼する。そして再び聖王のゆりかごへと向かって行った。
なのはが向かってくる局員を斬り落としていく。
ほんの少しの足止めにしかならないが、二人が到着する時間は稼げていた。
「高町なのは」
「なのはさん」
リインフォースとユーリ・エーベルヴァイン。
公式の場に出ていないため魔導師ランクは測定されていないが、確実に最強クラスではある。
『なのは君、話聞いたで』
リインの中からはやての声が聞こえてくる。
はやてとリインフォースは意図的に融合事故を起こしていた。危険な行為であり禁じ手とされている手法である。だがなのはを相手にする以上、リインフォースが表に出る必要があった。
『私も今朝聞いたばかりや……どうしたらいいかなんてわからん』
はやてはリインから事情を聞いていた。封印魔法を行えば世界が消えること、このままゆりかごが二つの月から膨大な魔力を受けれる位置に到着すれば、こちらの世界が存続することを。
『けど、なのは君と……リインや守護騎士のみんなとお別れするのは嫌や』
悩む時間などなかっただろう。
だがはやてには譲れないものがあり、それが失われるのであれば行動に移すのに時間はいらなかった。
『だからごめんな。私はなのは君を止める。恨んでくれてもええ』
前を向き、しっかりと自分の意志を伝える。
『ここは通行止めや、おとなしく引き返してもらうで』
なのはがはやての意志を受け止める。その意志は固く、今のなのはにはダイヤモンドのような輝きを放っていた。
「おまえの思いは理解しているつもりだ」
リインは世界の仕組みを何年か前から知っていた。
それを知りつつなのはを見てきたため、なのはが抱える苦悩を理解することもできた。
「おまえには恩義がある……しかし」
リインはいつか封印されこの世界が消えてしまうことを覚悟していた。
つかの間の幸せな夢。
それを見れただけでリインは幸せだった。
けれど世界を存続させる方法があることを知った。
ジェイルが現れ、リインにその方法を教えていた。
夢の続きが見られる。
夢が夢でなくなる。
――それならば
「ここは主の意向を優先させてもらう」
リインもなのはに意志を伝える。
「いや、体のいい言い訳だな」
先ほどの言葉に嘘はない。
だが本当の理由は別にあった。
「これは私自身の願いでもある。私も主と未来を歩みたい。だから高町なのは……」
はやてと同じ目。
強き意志を宿した目でなのはを真っすぐ見る。
「私はおまえを止める」
リインの抱く願い。
その本当の意志をなのはにぶつけた。
『リイン……』
「主、力を貸してください。あの最強の魔導師を止めるには全力で迎え撃つ必要があります」
『もちろんや。私の魔力、存分に使ってくれてええからな!』
「はい!」
なのはは揺らいでいた。
この揺らぎは危うい。
そう思い、なのはは行動に移した。
迷いを振り払うように。
戦闘が始まる。
なのはは近接戦闘をメインとしている。なのでユーリはひとまずビットで守りを固めようとした。
しかし一瞬にして半分のビットが破壊されてしまう。
ほんの一瞬である。まぶたを一回閉じる。その動作ですら致命的な隙となるのである。
高町なのはと戦うということはそういうことである。
防御は間に合わない。
危険な距離まで接近を許してしまったユーリ。
あとは斬られるだけである。
ユーリが攻撃を食らう寸前、リインのカバーが間に合う。
何重にも張られたシールドがなのはの攻撃を防ぐ。すかさずリインがユーリを抱えて離脱した。
「ユーリ・エーベルヴァイン」
リインが高速移動をしつつ魔法の準備をする。
「殺すつもりでかかれ」
ユーリに忠告する。
「でなければ止められない。攻撃を当てることすらままならん」
リインの砲撃魔法がなのはに向かっていく。当然の如く、全て斬り捨てられる。だが攻撃は止めない。止めたときが敗北である。
「わかっているとは思うが、相手は次元世界最強の魔導師だ」
Sランク以上の魔法が次々と撃ち込まれる。なのはがその中を斬り捨てながら突き進んでくる。
「私よりも強い、そしておまえよりも」
なのはに超特大の広域魔法を放つ。
何百、何千という相手を葬り去ることのできる魔法。
その魔法をなのはから距離を取るためだけに使用する。
「だが二人なら届く、最強の魔導師に一撃届かせることができる」
リインの熱い思いがユーリの届く。
はやてもリインがここまで熱くなっているのは初めてだと感じていた。
「行くぞ、ユーリ」
「……はい!」
ユーリがしかと受け止める。恩人が相手ということもあり、ケガをさせないようにと考えていた。それは間違いだと知り、意識を改め戦いに臨んだ。
リインとユーリ。
二人が全力を出す。
「エターナルセイバー!」
ユーリの左右に炎の剣が出現する。
最高クラスの炎熱系魔法。
一般の魔導師相手なら使うのをためらうほどである。だが今はひとかけらも躊躇してはいけない。油断が許される相手ではない。持てる力を全て出す必要があった。
さらに攻撃魔法を発動させていく。攻撃魔法だけでなく、捕縛、トラップなど様々な魔法も駆使していく。
魔法を発動させている間に次の魔法を発動させていく。
戦闘継続、魔法行使、戦略の組立、状況変化による戦略の組み直し。尋常ならざるマルチタスクにより、二人はとんでもない離れ業をこなしていた。
そして、その二人を相手にしているなのはの存在がどれほど脅威であるかがよくわかる光景だった。
リインが必殺の魔法を繰り出す。
禁域魔法、ミストルティン。
石化魔法がなのはに向かって飛んでいく。当たれば即決着である。だが当てることが目的ではなかった。これによって次の攻撃に繋げることが目的だった。
ユーリが切り札を使う。
禁域魔法、エンシェント・マトリクス。
巨大な槍が放たれる。必中のタイミングだった。
積み重ねてきた攻撃の数々。それらはこの一撃を当てるためだった。
リインの援護もあり確実に当たると確信できた。それはなのは自身も同じ考えだった。
これは回避不可能である。
しかし、その攻撃は桜色の剣によって斬り裂かれてしまう。
「そん、な……」
ユーリが震えていた。今のなのはの姿を見てリインも驚愕する。
「……神域魔法」
二人がありえないものを見たという表情をしていた。
純白に輝くなのは。
光り輝くなのはを見て二人の動きが止まる。一秒にも満たないわずかな硬直。
ここが勝敗の分かれ目だった。
致命的なことをしてしまった。そのことに気付いた時には二人の意識は刈り取られていた。
リインとユーリが落ちていく。それを確認して力の解放を止める。
『大丈夫ですか?』
レイジングハートがなのはを気遣う。
「……ああ、大丈夫」
レイジングハートの解放は長く持たない。使い続ければ魔力が枯渇してしまう。
使うにしても後一回が限度だろう。
改めてゆりかごに向かおうとする。
だがそう上手く行かないのが世の常である。再び行く手を阻む人物がそこにはいた。
「フェイト」
来ると思っていた。
なんとなく、最後に戦うのはフェイトだと予想していた。
「なのは」
フェイトは世界の秘密を知っていた。
リインと同じく、フェイトもジェイルから話を聞いていた。
その上でなのはに問い掛ける。
「どうして」
なぜこの世界を見捨てようとするのか。今のフェイトにはそう感じていた。
「なのはは……この世界で生きていたくないの?」
フェイトが真実を知っていることを知る。
「生きていたい……けど死ぬわけじゃない」
元に戻すだけ。
だから死ぬこととは違うのだと言う。
「心配ないよ」
優しく、諭すように話す。
「フェイトは元の世界の俺とも仲が良かったみたいだし、友達もいっぱいいた」
フェイトは幸せに暮らしていた。つらいこともあるだろうがちゃんと前を向いて生きていた。
「この世界でなくとも幸せに生きていける。だからそこを……」
どいてくれと頼む。
しかし、その声はフェイトの声によってかき消されてしまう。
「私は!!!」
声を張り上げる。
「今の私は!! 今のなのはと一緒にいたい!!」
心の底から吐き出された言葉。
その気持ちがなのはに届かないはずがなかった。
「だから止める。この先は行かせないよ」
フェイトの目には意志があった。
止めるという確固たる意志。
「約束して、私が勝ったらもう世界を戻すことは考えないって」
真っすぐな視線。
フェイトの視線がなのはにぶつかる。
目を逸らしてしまいたくなるがそれはダメな気がした。フェイトは自分の気持ちを素直に伝えてきている。ならばちゃんと向き合う必要があった。
「……ああ」
フェイトの強い想い。一切迷いのない表情。
それとは対象になのはは泣きそうな顔をしていた。フェイトに一緒にいたいと言われ気持ちが揺らいでいた。この世界にいてもいいのだと肯定されているようだった。
気持ちを抑え込む。泣きそうになるのを堪える。
これは自分が決めて、自分で行動した結果である。泣く資格などなかった。
「それと、ずっと私と一緒にいて欲しい。ずっと隣にいて欲しい。だから……」
「わかった」
言い終わる前になのはが返事をする。
何を言おうとしているのか。それがわからないわけではなかった。
「約束する。フェイトとずっと一緒にいる。死ぬまでずっと」
なのはがデバイスを構える。
これ以上フェイトの話を聞いていると心が折れてしまいそうだった。
今、なのはを止める手段があるとしたら人の優しさである。武力で止めることは不可能に近い。
もしフェイトが後一押ししていたならばなのはの膝は折れていたかもしれなかった。
なのはが攻撃を仕掛ける。
決断が鈍ってしまわないように。揺らぐ心を押さえつけるために。
剣と剣が交差する。
フェイトがアクセラレイターとフルドライブを同時に使用する。
SSSランク以上の戦い。
嵐と見間違うほどの攻防が繰り広げられる。
もはや正確な測定は不可能だが、二人の戦いは努力で到達できるレベルではないことだけは誰が見てもわかることだった。
フェイトがなのはと渡り合う。フェイトもなのはと同様に英雄の領域を逸脱していた。
また最強の魔導師を一人で相手にして、ここまで戦えるのはフェイトをおいて他にいなかった。
それでもやはりなのはには及ばない。いつからか二人の間には実力に差がついていた。徐々にフェイトが押され始める。
さらに言えば剣と剣の戦いにおいてなのはが遅れを取ることはなかった。
なのはの剣が届く距離には入ってはいけない。これは絶対である。
だから距離を取る必要があった。中距離は容易に距離を詰められてしまう。そのためなのはと戦うのであれば遠距離を選択することが必須条件だった。
誰もが口を揃えて言っていた。どれだけ苦手でも遠距離で戦えと。そもそも戦うなと。
だがフェイトは近距離戦を挑んでいた。
フェイトはなのはの戦闘方法を知り尽くしている。剣の振り方、攻撃の癖、一挙手一投足が頭の中に入っていた。それはフェイトがなのはをずっと見てきたからだった。
知らないことなどなかった。なのはが何が好きで、何が嫌いで、何で笑って、何で悲しむのか、全て知っていた。
だから近距離戦に活路を見出すことにした。考えて動いていたのでは遅い。全て反射で行ってこそなのはに追いつくことができた。
「くっ!」
それでも、なのはには届かなかった。
バルディッシュが弾かれ、フェイトに大きな隙が生まれる。
眼前にディバインソードが迫る。
勝負あり。
そう思えた。
フェイトの顔を完全に捉え、完璧に入ったと思った攻撃だった。だがなのはに手応えはなかった。
「なっ!」
なのはが目を見開く。
フェイトは剣を歯で受け止めていた。
剣を嚙み砕こうとするが如く、鬼気迫る表情が目に映る。
流石のなのはも驚きを隠せなかった。フェイトからは考えられない。まるでなのはのような戦い方。体裁も何もあったものではない。
必ず勝つ。
それを達成するためならフェイトはなんでもやった。
振るわれるバルディッシュ。鎌がなのはの脇腹を捉える。ここに来て初めて攻撃がヒットした。
「ぐっ!」
なのはの体に電流が流れる。フェイトの攻撃は電撃が付与されている。致命傷となるわけではないが、実力が近い者同士であればその影響は大きい。
魔力で生成された鎌から離れるため、なのはが一旦距離を取ろうとする。
「バルディッシュ!!」
『Yes,sir』
カートリッジをロードする。さらに装甲を薄くしスピードを上げる。
ここを逃せばもうチャンスは来ない。そのためフェイトは最大出力にて加速を行った。
バルディッシュをザンバーフォームにし魔力刃を生成する。
使う魔法は肉体強化と移動速度向上のみ。なのはは電撃を付与された攻撃を食らっている。となれば動きは鈍る。
読み通り先ほどより動きは鈍かった。剣の打ち合いが再開される。なのはがどうにかフェイトの攻撃は防いでいくが、この勢いのままだと落とされる可能性があった。
たまらず、なのはがレイジングハートを解放する。
聖王のゆりかご内では何が起こるかわからない。もしかしたらヒドゥンを相手にすることも考えられる。そのため、後一回分はとっておきたかった。だがそうも言ってられない状況である。
何はともあれこれで決着は着く。力を解放をした以上負けることはない。
神意を纏った剣が金色の魔力刃を両断する。それからすぐにフェイトに向けて剣が振り下ろされた。
ディバインソードを相手に盾は意味をなさない。回避も間に合わない。
(諦めない)
フェイトの闘志は消えない。
なのはを手に入れる。その夢を必ず叶える。
そして勝てばそれが約束されている。
(絶対に、諦めない!)
倒して必ず自分のものにする。
なのはと色々なところに行って一緒の時間を過ごす。家庭を築いて子どもと一緒に幸せな思い出を作っていく。
幸福を願う心。
それは自分に対してもなのはに対してもであった。
その願いは純粋で温かな想いだった。
その想いはやがて力を宿し――魔法と成る。
フェイトの体が金色に発光し始める。
その体は雷と同化していた。電撃を帯びるという段階の話ではない。全身が雷と成っていた。雷が人の形を成し、眼の部分と思われる箇所だけが赤く光っていた。
なのはの攻撃を避け、カウンターで右肩から左腰までを斬り裂く。
確かにこの瞬間、フェイトは神を超越していた。
魔法とは、本来超常的なものであり人が理解し得るものではない。
魔力とは、元来何であるかは解明されておらず、魔法に使えることがわかっているだけである。
現代における魔法とはプログラムにより安定して使えるようにし、表面上規則性を持たせているに過ぎなかった。
魔法とは奇跡の力。
その深淵にフェイトが触れていた。
レイジングハートを使用したわけでもなく、ヒドゥンの力を使用したわけでもない。
誰の力を借りたわけでもなく己の力のみでフェイトは神の領域に到達していた。
雷と成り、神を斬る。
神域魔法、雷神招来。
音を置き去りにし駆けていく。
次元を超越せし存在。
ここに、神を殺しうる存在が誕生していた。
この状態のフェイトであれば高町なのはを倒すことが可能である。
しかし、それは使いこなせていればの話だった。
同じ神域魔法の使い手同士、その練度には純然たる差があった。
あと一歩だった。
「どう、して」
落ちていく。
しかしすぐに落下は止まることになる。
落ちる前になのはがフェイトを受け止め抱きかかえていた。
「なの、は……」
フェイトがなのはの首の後ろに手を回す。
顔を近づける。それは最後の願いだった。
なのはも同じように近づけていく。
閉じゆく意識の中、唇が触れ合う。
嬉しくもあり、悲しくもあった。
フェイトの意識が途絶えていく。
頬を伝う一筋の涙。
それは温かく、そして冷たかった。
流れる涙は落ちていき、空へと消えていった。
なのはがゆりかごの中を歩く。
広く長い一本道を進んでいく。一分ほど歩き続けると大きい扉を目視できるようになった。
「やあ」
ヴィヴィオのいる場所。
そこにつながる道にジェイルが待ち構えていた。
「ふむ」
ジェイルがモニターを確認する。そこには月から魔力を受け取れる定位置までの到着時間が表示されていた。
「残念、どうやら間に合わなかったようだね」
到着にはまだ時間がかかった。
なのはが封印魔法を行うには十分な時間が残っていた。
二人の間に沈黙が流れる。
言葉を交わす必要はない。お互いにやることはわかっている。自分の目的を達成するため相手を倒すのみである。
この場にはありとあらゆる兵器が用意されていた。アルハザードの秘術にて用意された兵器。例えなのはであろうと油断すればただでは済まないような空間が出来上がっていた。
だがジェイルは動かない。
なのはを止めるなら先手を打つ必要がある。後手では確実にやられてしまう。
対してなのはも動く気配がない。
時間があるとはいえ、無駄にしていいわけではない。
両者は何も発することなく止まったままだった。
ジェイルは決意をしていた。
何があっても止める。
またいつの日か三人で過ごす。
草原の上でサンドイッチを食べ、アリシアが笑って過ごせる場所を作る。
そう決めていた。決めていたはずだった。
だがなのはに向けて攻撃を放つことができなかった。心が、理性が拒否をする。ジェイルの抱く欲望を理性が抑えつけていた。
なのはと一緒に過ごしていきたい、けどなのはに手を出すことはしたくない。
相反する心にジェイルの思考が定まらなくなる。
なのはも同様だった。やられればやるしかないが、自ら斬りに行くことはできなかった。
それから十何秒と過ぎていく。
ただこのまま止まっていることはできない。
やがてなのはが歩き始め静寂が破られることとなった。
「行くのかい?」
「ああ」
ジェイルの横をなのはが通り過ぎる。
それから一度立ち止まり、振り返ることなく言葉を発した。
「今までありがとうな。ドクターと過ごせて楽しかった」
素直な気持ち。
大切な人へ贈る言葉。
「じゃあな」
親愛なる人へ別れを告げる。
「父さん」
その言葉を最後に、なのはは立ち去って行った。
「私も楽しかったよ」
ジェイルが微笑む。
それはいつもの調子で見せていた含みのある微笑みではなかった。
「さよなら」
ジェイルも振り返ることはしない。振り向いてしまえば背中を追いかけてしまいそうだった。
「なのは」
ジェイルは一人の親であることを選んだ。
最後は自分の意志を貫くのではなく、どんな選択であろうとも最後は息子の意志を尊重したいと思った。
ジェイルが上を向く。
涙が、一粒落ちていく。
そして、ジェイルは息子に別れを告げた。
扉の先に進む。
そこには広い部屋があった。奥には玉座があり少女が一人浮かんでいた。
「あれが、聖王のクローン」
この世界を生み出した張本人、ヴィヴィオがいた。
「来たんだね」
その傍らにはもう一人いた。
これで最後になる。力の解放はどうにか一回できるかどうかであり、使用すれば体に相当なリスクが生まれてしまうことだろう。
しかしどうせ最後であるなら無茶をしようと関係はなかった。思う存分解放してやればいいと思い直す。
「私は止めないよ」
アリシアが先に告げる。
なのはを止める意志はないらしい。
「言ったでしょ。なのはくんが選んだ未来なら何であろうと受け入れるって」
アリシアがヴィヴィオの方に向く。
ヴィヴィオの周りではジュエルシードとイデアシードが浮かんでいた。月から魔力が受けられるようになった瞬間、計画を実行しようと準備していたのだろう。
「願いを叶える石、ジュエルシード」
アリシアが手を伸ばす。宙に浮かぶそれを触れることなく手をかざすのみに留める。
「私たちの物語の始まりであり終わりでもある宝石」
そこにどんな感情があるのかはわからない。
あまりにも複雑で想像するには難しすぎた。
「でも、これのおかげで楽しい時を過ごすことができた」
なのはが近寄りアリシアの隣に立つ。
「ママとお別れをすることができた。なのはくんとパパと一緒に過ごすことができた」
アリシアが楽しそうに語る。
本当に、心の底から楽しい思い出となっていた。
「私の人生は悪いことばかりじゃなかった」
思い出すのは幸せな記憶。
悲しい記憶を忘れさせるほどの数々の記憶。
「だからね、悲しまないで」
アリシアがなのはの頭を撫でる。
なのはは泣いていた。
「なのはくんの選択は誰でもできることじゃない」
世界を元に戻すということ。
それは自分さえも消し去ってしまうということである。
「胸を張って、ね?」
アリシアがなのはの涙を拭ってあげる。
「私の家族は誇らしいことをしたんだって、私も胸を張れるから」
えっへんとアリシアが胸を張る。
「……ありがとう」
なのははアリシアを前にして折れかけていた。
もしアリシアに泣かれていたら、なのはは封印することを止めていた。
顔を上げる。
アリシアの後押しもあり、再び前に進むことを決意する。
なのはがヴィヴィオの前に立つ。すでにゆりかごは定位置へと到着してしまう寸前まで来ていた。
なのはがデバイスを構える。行使するのは封印魔法。
ヴィヴィオの抱え持つジュエルシードに狙いを定める。
そして、なのはは封印魔法を発動した。
「――ごめんね、なのはくん」
魔法が発動し、ジュエルシードが封印されていく。
「ちょっとだけウソついちゃった」
世界が消えていく。
そんな中、アリシアは可愛らしくペロッと舌を出していた。
何もない空間。
どこを見ても真っ白で、ここには自分以外いなかった。
――なのはくん
どこからか声が聞こえてくる。
それは何度も聞いたことのある声だった。
「アリシア」
――うん、意識はあるみたいだね
周りを見てもアリシアの姿は確認できない。
ここではない場所から念話を飛ばしているのだろうか。
――ヒドゥンがね、生きろって
アリシアの中にいるヒドゥン。
時間を操ることのできる災害だが、アリシアとはパートナー同然となっていたらしい。
――私たちのいた世界の時間を丸ごと戻してくれるみたい
そんなことができるのだろうかと疑問に思う。
流石のヒドゥンでもそれを単体で行うことは難しかった。
だが月の魔力の供給によりそれが可能となっていた。とはいえ確実の手段ではなく、賭けの域は出ていなかった。やってみる価値はある。そのぐらいの話であった。
――私も理解するのは難しかったんだけどね、それは新しい世界を作ることと同じなんだって
新しい世界を作る。
そのため今の世界は消えてしまうが、それとは別に新たな世界が出来上がることになる。
ただあくまで時間を戻すという手段を取っており、自分の全く知らない世界になるというわけではない。
――だからね
白い空間に輪郭が現れる。
――なのはくんも一緒に生きよう
その輪郭の正体はアリシアだった。
――頑張ったなのはくんへのご褒美!
アリシアがなのはに手を差し伸べる。
その手を取ってもいいのだろうか。
――大丈夫
アリシアが近づき、なのはを抱きしめる。
――君はそれだけ頑張ってきたのだから
なぜだか温もりを感じる。
優しく、母のような温もり。
――今度は本当の世界で生きよう。私はそこになのはくんがいたら嬉しいな
再度手を差し伸べられる。
そう言われるとなのはは弱い。アリシアはそれをわかって言っていた。もちろん本心からではある。
輪郭しかないのでわからないが、今絶対にイタズラ娘のような顔をしているはずである。
手を伸ばす。
そして、なのははその手を取った。
目が覚める。
同時に携帯のアラームが鳴る。少年はアラームを止める。
ベッドから起き上がり、学校の制服を着る。
私立聖祥小学校三年一組と書かれたノートをカバンに入れる。
準備を終えたことを確認し、学校へと向かう。
いつも通りの日常。いつも通りの通学路。
学校に行くバスに乗るためバス停へと向かう。
何分か経ち、バスが到着する。
ドアが開き待っていた人たちが乗車していく。
なのははまだバス停へ向かう途中だった。走れば間に合う距離。しかし慌てる様子はない。
やがてドアが閉まり、バスはなのはを待たずに発車してしまう。
バスがなのはの横を通り過ぎていく。なのはがバス停にあるベンチに座る。
周りには誰もいない。
一人の時間が過ぎていく。
空は青く、白い雲がゆっくりと流れていた。
海からは波の音が聞こえ、たおやかな風が頬を撫でていく。
「なのはくん」
横を見れば少女がいた。金色の髪が海風でそよいでいる。
なんとなく、ここに来る気がしていた。
「また、会えたね」
「ああ」
なのはの目から涙が落ちていく。
同じくアリシアの頬を涙が伝う。
「アリシア」
なのはがアリシアの方を向く。そして感謝の気持ちを伝えた。
「ありがとう」
なのはの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
ただアリシアも人のことは言えたものではなかった。
「うん……!」
次から次へと涙がこぼれていく。二人の未来はここから始まるのだった。
未来を紡いでいく少年。
これは魔法少女のお話とはまた別のお話。
少年の名前は高町なのは。
これは高町なのはくんの物語である。