目眩がしていた。
ぐわんぐわんと脳が揺れる感覚が襲ってくる。気持ち悪すぎて立っているのもきつかった。
耐え切れず、その場にうずくまってしまう。
「……おえっ」
少し戻してしまう。気分が落ち着くまで、その場に座り込むことにした。
次元空間をさまよったことによる影響である。まるでシェイクされた気分だった。
多少良くなった頃、なのはは立ち上がり周りを確認した。
広がる荒野。乾いた風。
なのはにとって見慣れない光景が広がっていた。
世界の終わり。その表現がピッタリな光景だった。
「どこだ、ここ?」
日本ではない。絶対とは言えないがそう思えた。
「ん」
横にはフェイトが倒れていた。
気が付いたのか上半身を起こして周りを確認する。それからなのはと同じ疑問を口にした。
「ここは?」
「フェイトは心当たりないの?」
フェイトがもう一度周りを見渡して首を振る。
「レイジングハートは?」
『検索中です』
レイジングハートが周辺情報を集める。それから現在地について調べていた。
そして結果はすぐに出力された。
『不明』
該当データなし。続けてレイジングハートが通信を試みるが、ここからでは届かないようだった。
どうしたものかと途方に暮れる。一人で考えても仕方ないのでフェイトに相談しようとした。しかし未だに立ち上がらず、その場に体育座りをしていた。
「フェイト?」
乾いた風が髪を揺らしていく。目には涙の粒があった。
砂埃が入ったわけではない。先ほどのことを思い出したのだろう。
フェイトはなのはに見えないよう顔を伏せ、小さい体を震わせていた。
「う……」
少女は泣いていた。
なのははどうしたらいいかわからず慌ててしまう。
放っておくことはできない。でもどうしたらいいかわからない。
なのははとりあえずフェイトの隣に座った。
地面に涙が落ちる。何かを必死に堪えていた。
全てをわかってあげることはできない。一緒に泣いてあげることもできない。
だとしても、ほんの少し、なのはもフェイトの悲しみを感じていた。
フェイトの小さな背中に手を置く。
優しく、背中をさすった。
それは泣き止むまで続いた。
何分か経った頃。
フェイトの震えは止まっていた。もう大丈夫とは言い難いが、ひとまず背中から手を離すことにした。
静寂。
なんて声を掛けたらいいかわからなかった。
大丈夫、平気だよ、元気出して。
どれも違う気がした。しかし考えても答えは出ない。
頭を振る。何にしても今ここで立ち止まっているわけにはいかなかった。
「とりあえず、人を探そう」
なのはは何かを誤魔化すように立ち上がった。
歩く。ひたすら歩く。
人の姿は見当たらない。建造物はおろか、木々や水辺すら見当たらなかった。
(足が……)
足にガタが来ていた。
色々なことがあった後ということも相まって二人は疲弊し切っていた。
しかも二人は魔力をほぼ使い切った状態でここにいる。何もかも限界である。
「あそこで休もう」
もう歩けない。そんな中、幸いなことに建物を見つけることができた。壊れてはいるが、雨風は凌げそうである。
そして日も落ちかけていた。迷うことなく二人は中に入っていく。当然中には誰もいない。
壁に寄りかかるようになのはが座る。その隣にフェイトも座った。
電気が通っておらず、ほぼ暗闇である。二人揃って魔法で灯りを点けた。
桜色の光と金色の光。
お互いに髪も服もボロボロだった。シャワーで汚れを洗い流したいところだが、それもここでは難しい。
出来ることと言えば動かずに体力を回復させることだ。
二人はじっと動かず、ただ休息を取っていた。
息苦しいとまでは言わないが、なんとも言えない沈黙が流れていた。
(腹、減ったな)
なのはがそんなことを考えていた時、フェイトが口を開いた。
「どうして」
か細く小さな声だったが、音のない空間では良く聞こえていた。
「うん?」
「どうして、助けようとしてくれたの?」
落下していくフェイトに手を伸ばした時のことだろう。
咄嗟だった。正直に、簡潔にそう言ってしまえばそれでおしまいである。
しかしフェイトは精神的に参っている。あまり気を遣わないなのはでも流石に言葉を選んでいた。
ただボキャブラリーが少ないため、悲しいことにそれほど選択肢はなかった。
「助けたいと、思ったから」
その理由を聞いているのです、と心の中のレイジングハートが言ってくる。
「おまえと友達になりたいと思ったんだ」
なのはの顔が紅潮する。
顔が真っ赤になっていた。耳まで赤い。
最近背中がかゆくなる台詞を言うことが多くなった気がすると思っていた。茶化そうとする気持ちを抑え、喉元まで来ていた不要な言葉を飲み込んだ。
今のフェイトには素直な気持ちで答えるべきである。
「私と、友達に?」
どうしてと目線と共に投げかけられる。
「真っすぐで、誰かのために頑張れる姿がすごいと思った。きっと良いやつなんだって」
正直に気持ちを伝えていく。
「フェイトとは何回か戦ったけどさ。あれもあれで、正直、ちょっと楽しかった」
魔法で生み出した桜色の灯り。
その灯りを見つめながらなのはは話す。
「最初ボコボコにされたときはすごいムカついたけどな。そのあとも負け続きだったけど」
思い出したと言わんばかりになのはが続けた。
「そういや、まだおまえに勝ってないんだった」
三戦三敗。なのはは負け越していた。
「今度勝負するときあったら負けないからな」
屈託のない笑顔だった。それを見たフェイトは少しではあるが心に暖かさを感じていた。
なのはから視線を外しフェイトが質問する。
「どうしたら、友達になれるのかな」
改めて言われると明確には答えられなかった。
それでもなんとか自分なりの答えを伝える。
「一緒にゲームしたり、遊んだりとかかな。それが楽しいって思えたら友達なんじゃないか?」
フェイトは少し困った様子だった。どうしたらいいかわからなそうにしている。
男の子でしょと、家族の誰かが背中を叩いた気がした。
「今度、一緒にゲームやってみる?」
「……うん」
フェイトは小さく頷いた。
ぐぅ~とお腹が鳴る。なのはが遠くを見つめて腹が減ったと呟く。
「今日は寝よう」
疲労がピークに達していた。これ以上無駄なエネルギーを使うわけにはいかない。
そのため二人は明日に備えて寝ることにした。
暗闇の中。
金色の灯りが、桜色の灯りに寄り添っていた。
朝を迎える。
眩しさを感じてなのはとフェイトが起き上がる。二人とも体にだるさを感じていた。
慣れない場所、固い地面での睡眠。そして栄養不足。
しっかりと休息が取れたとは言い難かった。ただそれらを考慮してもやけに体が重いように思えた。
二人が今日の目的を決める。
第一優先は水と食料。次に人探しである。
そうして二人は早々に動き出した。このままでは野垂れ死にである。
少し歩き教会を見つける。
中はボロボロだった。人の気配はない。奥には石板のようなものがあるだけだった。
用はなさそうだと思い立ち去ろうとする。
「誰?」
どこからか声を掛けられる。声は石板の方からだった。見ると少女の姿が映し出されている。
少女は実体ではなく、ホログラムで映し出されていた。
「あなたは?」
フェイトが問う。片手には待機モードのバルディッシュ。
一応警戒しているらしい。
「私はイリス」
素直に名前を教えられる。そのため二人も名乗り返した。
「高町なのは」
「フェイト・テスタロッサです」
イリスは二人の姿を見る。
「あなた達、この星の人間じゃないよね」
服装か、はたまた別の理由か。
「ここはどこなんですか」
気になることをフェイトが聞いてくれていた。
「ここはエルトリア。惑星エルトリアだよ」
なのはは当然であるが、フェイトも聞いたことがないといった顔をしていた。
そしてある事実になのはは気づくことになった。今いる場所は地球ではなく、どこか違う星ということに。自分は初めて異世界に来たのだということに気づいていた。
ドクン、と心臓が鼓動する。
興奮のせいか、息も荒くなる。
突然、なのはが膝を着く。隣を見ればフェイトも倒れこんでいた。
「はぁ、はぁ」
手を着き、心臓を抑える。とてもではないが立っていられなかった。
そしてそこに新たな人物が現れることとなる。
「え!? ちょっと、誰!?」
なのはの後ろで誰かが何かを言っていた。
かろうじて顔を向けると、桃色の髪を視認することができた。
「しっかりして! どうしたら……」
「落ち着いてキリエ」
イリスがキリエを落ち着かせる。ゆっくりと優しくやるべきことを伝える。
キリエと呼ばれた女性はなのはを倒れないように抱え込んだ。
「ひとまず家に連れて行くといいよ」
イリスが提案する。キリエは頷き、二人を担いで家に向かった。
「パパ! ママ!」
キリエが二人を家に連れ込む。
倒れてた子がいるとキリエが叫ぶ。
キリエの元に父と母が駆けつける。抱えている二人の様子を見て、尋常ではないことを把握した。
ひとまず横になってもらうため二人を布団に寝かせた。
キリエの父、グランツは息を荒くしている二人の様子を確認する。
「おそらく、汚染されている」
この世界には死触という汚染が広がっていた。
死触により人が住むには過酷な環境となっていた。そのためエルトリアに住んでいたほとんどの人間は安全なコロニーへと移住していた。
グランツ達がまだここに残っているのは星を再生させるためだった。ここに残り、滅びゆく故郷を救おうと研究を続けていた。
グランツがもう一度二人を見る。いつから侵されているのか不明だが、症状の進行がやけに速い気がした。
それはなのはとフェイトが元々この世界で育った人間ではないためだった。
この世界の空気に慣れていないためか、または子どもということもあり免疫が少ないためなのか。
いずれにしてもこの場にいる人間が詳細を知るすべはなかった。わかることと言えば二人はこの星の人間よりもかなりの速度で蝕まれているという事実だけだった。
「キリエ、ナノマシンを」
グランツがある物を持ってくるように言う。
ナノマシンと呼ばれたそれは人としての強度を上げるものだった。またこの過酷な世界で生きる確率をあげる手段でもあった。
ある意味賭けに近い方法である。
コロニーに連絡して船を待つという選択肢もある。だがグランツは到着を待っていては間に合わないと判断した。
準備が終わり、即座になのはとフェイトにナノマシンが打ち込まれた。
「あっ……!」
「ぐっ!」
苦しそうな声が上がる。
二人の血流が速くなる。発熱し汗が流れていく。
環境に適応するため、ものすごい速さで体が作り変えられていた。
「お、えっ……」
二人が胃液を吐き出す。
有害反応を含め、あらゆる反応が体に現れていた。
免疫が作られていき体に害を為そうとするものを排除していく。
体内では再生と破壊が次々と繰り返されていた。
約半日。
二人の苦しみは日が落ちる頃まで続いていた。