地球に、海鳴市に帰ってくる。
「ただいま」
なのはが家のドアを開ける。後ろにはフェイトも一緒だった。
フェイトは行くところがないため、ひとまずは一緒に行動することにしていた。
「なのは!」
桃子が駆け寄ってくる。なのはが靴を脱ぐ間もなく強く抱きしめられる。
目には涙を浮かべていた。
桃子達はすでに時空管理局から事情を聞いていた。
事件に巻き込まれ行方不明になったこと。なのはが次元空間に落ちてしまったこと。
そしてそれは助かる望みが非常に薄いことを。
説明に来たリンディとクロノは全力で捜索すると伝えていた。
ユーノは責任を感じてかどんなに時間が掛かっても、命に替えても探し出すと言っていた。
それから数日。
もう帰ってこないとも思い始めていた。
なのはが落ちた虚数空間は人が宇宙に放り出されるようなもの。生きて帰ってこれる見込みはほぼなかった。
諦めかけていた刹那、突然なのはが帰ってきた。
夢かと思った。
ここにいることを確かめるように強く抱きしめた。
確かな温もりを感じる。夢なんかではなかった。
「……ごめんなさい」
憔悴した母の顔を見てなのはは素直に謝った。桃子の後ろには恭也と美由希がいた。
久しぶりに会った家族と母の温もりに安心感を覚える。
なのはの目頭が熱くなる。
なのはは我慢強い子である。
今より小さい頃、父が他界したこともあり家は目まぐるしいほど忙しかった。
そのためなのはは一人になることが多かった。皆、なのはに構える時間がなかった。
その代わり一人で遊んでいられるようにゲームはたくさん買ってもらっていた。
けど一人は寂しかった。構ってほしかった。
遊んで欲しいことを伝えると家族は困った顔をした。自分がわがままを言うと家族が困っていた。
嫌われているのかとも思った。けれどわがままを言わない限りみんなは普通にしてくれていた。
だからわがままを言わないことにした。そうしてなのはは幼いながらも我慢することを覚えた。
大粒の涙が目に浮かぶ。
なのはは戦いが始まってから我慢を続けていた。
大変だった。
死ぬ思いを何度もした。
ずっと、がんばっていた。
ずっと、我慢していた。
だがその小さい体で我慢を続けるにはとうに限界を超えていた。
「うぅ……!」
母とふれあったのはいつぶりだろうか。母の温もりが心を満たしていく。
なのはの目から涙がこぼれていく。
忘れていた感情。押し殺していた気持ち。
それらが一気に溢れ出していく。
「う、あぁ……!」
涙が母親の肩に落ちていく。
抱きしめられるなのは。
それはただ母親に甘える一人の子どもだった。
なのはが涙を流し終えた頃。
リンディにクロノ、それからユーノが家にやってきていた。次元跳躍を感知してすぐさま向かってきたとのことである。
「なのは!」
ユーノが駆け寄ってくる。抱きつかれるかと思ったほどだった。
「良かった! 本当に良かった!」
肩に置かれた手は震えていた。
「ごめんな、心配かけた」
ユーノは泣いてくれていた。いい友達を持ったと感じる。
「本当にすまなかった」
リンディとクロノが頭を下げる。なのはとフェイトに向けて謝罪する。
「落下する君達を救えなかった」
なのはは謝られる筋合いはないと思っていた。
そもそも飛び出したのは自分である。責められこそすれ謝罪されるのは予想外だった。
「いや、俺も、悪かったです」
自分勝手の行動について謝っておく。
リンディとクロノは家族にも謝罪をした。結果戻ってはきたが、結局力が及ばなかったことを。
「大丈夫です。こうして戻ってきたんですから」
リンディとクロノを責め立てるべきではないと桃子は理解していた。
それは今は亡き夫が危険な職務に就いていて、彼らの仕事についても多少の理解があったからだ。
だとしても桃子は優しかった。
その場に自分の子どもがいて、助ける手段を持っている大人が近くにいて、そして助けられなかった。
怒り狂ってもおかしくはなかった。
次にクロノがフェイトに話しかけた。
今から拘束してアースラに連れていくとのことである。
「今回の事件と、それから落ちた後のことについて話してもらう」
「あー、ちょっといい?」
なのはがクロノに待ったをかける。
なんとなくだが、逮捕されるのだろうと事態は把握していた。それ自体を止めようとは思っていない。
ただその場合しばらく会えなくなるのでは推測していた。
そのことをクロノに聞く。
推測通り今別れるとしばらく会えなくなるらしい。その前に少しだけ話ができないかとなのはが願い出る。
「少しだけなら許可しましょう」
クロノは許可できないと言うつもりだった。ただそれよりも速くリンディが了承してくれた。
なのははフェイトにどうしても言っておきたいことがあった。
人が少ないところに移動する。
フェイトと二人、海の見えるベンチに座る。座ってすぐ、開口一番にフェイトに伝えた。
「さっきのこと誰にも言うなよ」
さっきのこととは、なのはが大泣きしたことである。
そのことを口止めする。
絶対だぞと念を押す。
「うん」
返事はそれだけであっさりしていた。
本当にバラさないかと不安になる。
(まあフェイトなら大丈夫か)
何日か一緒にいたがフェイトは基本的に真面目な性格である。吹聴したりするようなことはしない。そのためそれ以上念を押すようなことはしなかった。
二人が海は見る。
静かな海。
穏やかな風が二人の間を抜けていく。
「また、会えるかな」
フェイトは下を向いていた。
手を自分の膝の上に置いて、きゅっと握っている。
「きっとな」
軽く返事する。
お互いに会おうと思えばいつかは会えると信じての返事だった。
「あの、ね」
フェイトが言いづらそうにしている。
口ごもっていて、何やら顔も赤い。
フェイトは意を決し、勇気を振り絞って口を開いた。
「高町、君」
初めて呼ばれた気がした。今まで呼ばれことはなかったかもしれない。
なのはを呼んだフェイトは目を瞑っていた。
なのはに嫌な思いをさせていないか、または拒否されないか心配なのだろう。
フェイトは小さく震えていた。
「あんまり名前で呼ばれるのって好きじゃないんだけどさ」
人差し指で自分の頬を搔く。
「友達なら呼んでもいいと思ってる。大切な友達なら尚更そっちの方が嬉しいしさ」
思いを伝える。
「俺はおまえのこと大切な友達だと思ってる。だから名前で呼ぶんだ」
なのはの横顔に赤みが差す。恥ずかしい気持ちもあるが、嬉しい気持ちもあった。
「フェイト」
フェイトの頬を涙が伝う。
「うん」
溢れる涙を手で拭う。
「ありがとう」
そして、もう一度、今度は名前で呼んだ。
「なのは」
そこには普通の女の子の笑顔があった。