やはり俺の大学生活はまちがっている。   作:石田彩真

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初めまして石田彩真です!
ハーメルンに投稿するのはおそらく初めてですね!
pixivでも投稿しているのですが、こちらでも掲載していきます!
一応pixiv優先のつもりではいますが……笑
では、よろしくお願いします!


やはり初対面でも羽沢つぐみの可愛さに心躍る。

 人生働いたら負けだと、高校を卒業した今でも思っている。

 だが人には働かなければならない時が必ず訪れる。俺にとっては今がそうだ。

 思い出受験なるものを受けてしまったのが運の尽き。都内の国公立文系になんの間違いか受かってしまい、親父に唆されあれよあれよと東京での一人暮らしが決まってしまった。

 くそっ、親父め。よくも小遣い倍にして家賃とかも全額払ってやるなんて大ボラ吹きやがったな。

 確かに大学在学中なんて言ってなかったけど一ヶ月しか払おうとしないとか酷すぎるだろ。

 まあ好条件に目が眩んでまんまと乗せられた俺も俺だし、あとで小町と珍しく母ちゃんまでもが俺の味方をしてくれて家賃と光熱費はどうにかなったから良かったけど。

 小町と母ちゃん仲間にすると我が家で敵なしだ。

 だがさすがに小遣いばかりは自分でどうにかしろと言われてしまったので、俺は超絶仕方なくバイトをすることにしたのだ。

 

「……ふぅ」

 

 借りてるアパートから数分。目的地に到着した。

 羽沢珈琲店。そこが今日の面接場所だ。

 まだいくつか応募はしているが最初に思いついたのがここだった。

 羽沢珈琲店は家から近いこともあり、昼間から大学の時はちょくちょく通っている。おかげでここの奥さんとは店が空いてる時などの話し相手をする仲になってしまった。

 ぼっちだった俺が年上の女性と親しくなったとか過去の俺が聞いたら卒倒してしまうだろう。……平塚先生? あれは別だ。教師だし。

 平塚先生が総武校を離れる前、一週間連続でラーメン店に連れていかれたことを思い出してから、一応開店前なのでノックをしてから羽沢珈琲店の扉を開いた。

 恐る恐る中を伺い辺りを見回していると、モップ掛けをしていた見た目高校生くらいの女の子とバッチリ目が合ってしまった。

 

「あの、すみません。まだ開店前なので、もう少しお待ちいただいても宜しいですか?」

「あ、やっ、えっと……今日面接の予定をさせていただいたものなんですけど」

 

 てっきりいつもの奥さんが対応してくれると思っていたので、ついどもってしまった。

 けれど俺は彼女を知っている。……いや、あくまで多分という可能性だが、彼女の名前はつぐみだ。

 奥さんがよく話してくれていた。自慢で可愛い娘がいると。

 髪色は茶髪で女子としてはやや短めな方だろう。目鼻立もはっきりしている。

 自分の子供をブスとか気持ち悪いなどごく少数の奴らしか言わないだろうけどなるほど、確かに目の前にいる彼女はかなり可愛いい。

 雪ノ下や由比ヶ浜、一色などの総武校男子に人気ランキング上位トップスリーの三人(戸部調べ)と接している俺が言うんだから間違いない。

 羽沢つぐみという女の子は美少女という部類に入る。

 と、やたらここまで上から目線で語ってきたが年下相手に硬直して次の言葉が出てこないどうも俺です。

 そんな俺の様子に気づいてくれたのか、はたまた彼女本来の優しさなのかパチンと手を叩いて笑顔で頷いてくれた。

 

「あっ、比企谷八幡さんですね! お母さんから聞いてます。すぐ終わらせるのでちょっとだけ待っててください」

「……うす」

 

 年下相手に緊張しすぎでしょ俺。高校時代に培ってきたコミニュケーション能力はなんだったんだ! ……や、あれはただ振り回されまくってただけだな。

 そういえば大学入ってしばらく経つけど教授としか話してないじゃん。俺のコミュ障は今でも健在だった。

 衝撃の事実に目の前が真っ暗になりかけたところで清掃を終えたらしい彼女は微笑のまま近寄ってきた。

 

「お待たせしました比企谷さん。こちらへどうぞ」

「うす」

 

 これはやばい。

 年下でも彼女はここの娘だぞ。なのに面接できたはずの俺がまともな返事をしていない。これは由々しき事態だ。

 しかもそんな俺の対応に全く嫌な顔せずに接してくれる彼女は天使か何かだろうか。

 小町と戸塚以外にも存在したのか。

 ああ。家帰って小町に電話して慰めてもらいたい。罵倒しか返ってこないだろうけど。

 

「えっと……それじゃ面接始めても大丈夫ですか?」

「あっはい。……え? あの、奥さんは?」

 

 さりげなく対面に彼女が座ったので受け入れそうになった。

 なんで俺は年下に面接されそうになってるんだろうか。

 や、別に彼女が悪いわけではない。ただ昨日奥さんが、「明日は午前中から用事があるから少し早めでもいい?」って聞いてきたので、俺は今日店が開く前にやってきたのだ。

 てっきり奥さんが面接するものだと思っていたけど。

 そんな表情をしていたのだろうか。目の前の彼女は眉尻をさげて、申し訳なさそうにしてきた。

 

「ごめんなさい。実はお母さん、今日早めに外出することを忘れてたみたいで急に頼まれたんです。私みたいな年下に面接されるなんて嫌ですよね?」

「いやいや全然。滅相もございません」

 

 首を強く左右に振り彼女を安心させようとすると、言葉遣いがおかしくなった。

 その言動に彼女は一瞬呆けたあと、口元を右手で抑え、クスッと微笑んでくれた。

 

「ありがとうございます。比企谷さん、優しいんですね」

「いえ、そんなこと──」

「ありますよ! 普通、年下にバイト面接を監督されるなんて考えませんし」

 

 力説されたが本当になんてことはない。

 俺はあくまで面接を受けさせていただく側だ。そんな俺が面接官がどうこうなど言えるはずがない。もちろん言うつもりもないが。

 それに将来あらゆる場所で年下が上の立場になることだってあるのだ。これはその一つの形にすぎない。

 そんなことを理路整然と彼女へぶつけるとニコッと微笑んだ。

 

「ふふっ、確かにそうですね。じゃあこれもお互いの社会勉強ということで面接開始します」

「ああ。よろしくお願いします」

 

 多少の紆余曲折があったが、自己紹介を軽く済ませ、ようやく面接が始まった。

 だが今のやりとりは無駄じゃない。お互いに肩の力を抜いて話ができている。

 面接でほば確実にで聞かれる時間の希望や週日数の希望。どうしてここを選んだのか、などなど。それはもう当たり障りなく。

 そして数分後、最後の質問がとんできた。

 

「比企谷さんは明日からでもシフトに入れますか?」

「はい。大丈夫です」

「よかった。じゃあ、お母さんに伝えておきますね。多分あとでお母さんから連絡行くと思います」

「はい、わかりまし……えっ、それってどういう……?」

 

 今の発言は非常におかしい。それじゃまるですでに合格してる風に聞こえるんですけど。

 その疑問に彼女は苦笑を浮かべながら答えてくれた。

 

「あはは。実は、面接前から比企谷さんが受かることは決まってたんです。お母さん、男手欲しがってたから」

「な、なるほど」

 

 じゃああれか。面接はただの建前だったわけだ。

 

「ごめんなさい。面接の時間、無駄にしてしまって」

「や、そんなことはない、です。面接は相手をきちんと見る上で必要なことだと思う、ので」

 

 店側は雇う側である以上、相手を知らずに雇うのは危険だ。

 例えばその人が指名手配犯だったりしたら、何かトラブルに巻き込まれてしまう可能性もある。そういう可能性を排除するためにも、例え顔なじみだとしても面接をしておいて損はない。

 

「ふふっ、やっぱり比企谷さんは優しいです」

「そりゃどうも……です」

 

 そうまで純粋な瞳を向けられ、素直な言葉で伝えられると、反論するのも難しい。似合わず礼を言ってしまった。

 ここまで彼女と接してきたわかったことがある、というより、その前からわかっていたことだが彼女はとても優しい。そして愛嬌があるように思う。

 過去に比企谷という名字を「ヒキタニ」「ヒキガエル」などと弄られ、俺の目を見た子供に泣かれ、腐った目を「ゾンビ谷くん」など罵ってくる奴らがいた中、目の前にいる彼女は終始笑顔で俺の対応をしてくれている。

 それはただの営業スマイルなのかもしれない。が、俺にはただ純粋に会話を楽しんでくれてるように見える。なにより俺も少しだけそんな感情が芽生えていた。

 奉仕部の空間とは別の、小町と話す時の落ち着きとは違う、彼女の持つ雰囲気が穏やかで落ち着くのだろう。

 雪ノ下みたいな言葉遊びがない、由比ヶ浜みたいに言葉を訂正しなくてもいい。小町みたいに素っ気なく返されることもない。

 彼女はTHE普通なのだ。もちろん良い意味で。

 思えば悲しいことに、これまでの人生、普通すぎる会話を成立させた記憶が俺の中に存在していなかった。

 奉仕部や小町は言った通りだし、一色はあざといし、材木座は厨二だし、戸塚は天使だし。

 一番まともなのが川崎であるが、そもそもお互い基本無口なので喋らないことが常である。そんなのもう会話じゃない。

 よってTHE普通の会話が成立する彼女にここまで心を打たれてしまっているのだろう。

 比企谷八幡。享年18歳。普通の会話が楽しいと初めて実感する。……や、まだ死んでなかったわ。

 俺はお礼から来る照れを誤魔化すように咳払いをひとつして口を開いた。

 

「じゃ、じゃあ、明日からという事で、よろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いしますね!」

 

 言って、どちらからともなく席を立ち上がり、ドアへ向かっていく。

 しかしあれだな。やけに時間が長く感じたが、まだ三十分も経っていないのか。

 まあでも、一発で面接受かって良かった。何度も受けてたんじゃストレスが溜まってしょうがない。ここなら通い慣れてるし、奥さんが話しやすい人だから、俺が接客さえ出来れば長く続けていけそうではある。

 一つだけ懸念材料があるとすれば、もう一人バイトがいるらしいけど、その人と上手くやれるかどうかだ。

 俺は基本平日の朝に羽沢珈琲店へ来ていたので、高校生であるバイトの子には会ったことがない。だから奥さんの娘である彼女とも今日初めて会った。

 扉の前まできて、最後に彼女へ挨拶をしてから帰ろうとし後ろを振り向くと、ぽすっと柔らかい何かが体当たりしてきた。

 

「わぷっ」

「わ、悪い。大丈夫か?」

 

 衝突してきた物体の正体はすぐ真後ろを歩いていたらしい羽沢つぐみだった。

 

「ご、ごめんなさいっ!」

「や、こっちこそ急に止まってすみません」

 

 勢いよくぺこぺこ頭を下げてくる彼女に謝ると、彼女は頭を上げぶつけた額をさすりながら、照れ笑いを浮かべてきた。

 

「えへへ……」

「…………」

 

 なにそれ可愛い。

 やはり彼女は戸塚に負けず劣らずの天使だったのか。

 今の彼女の仕草や表情を動画に収めたい犯罪者的衝動をグッと押さえつけ、努めて冷静に言葉を吐き出した。

 

「じゃあ、俺帰りますね?」

 

 若干上ずってしまったが、恥ずかしがっている彼女は気づいていないので問題ない。

 取っ手を掴み扉を開けようとすると、彼女は「あっ」と小さく声をあげた。

 

「比企谷さん。これから私には敬語じゃなくて大丈夫ですよ」

「や、でも……、良いのか?」

「はい。比企谷さんがうちで働くとしても、これからも敬語を使われ続けちゃうとむず痒くなっちゃいます」

 

 なるほど。そういうことなら彼女の意思を尊重するべきか。

 

「分かった。じゃあこれからはこんな感じで……いいか?」

「はいっ!」

 

 満点の笑顔と返事を聞いて、俺は改めて挨拶をしてから羽沢珈琲店を出た。

 そこで長いため息を吐き出した。

 

「ちょっと疲れたな」

 

 彼女との会話を少しだけ楽しんでいたとはいえ、それでもやはり他人との対話は疲れる。精神的疲労が半端無い。

 自転車のペダルに足を乗せ考える。

 高校時代、最初の頃は悉くバイトを失敗しまくっていたが、今回は長く続けていこう。まだ越してきたばかりなのに、すぐやめて行きつけになりかけてる羽沢珈琲店に来れなくなるのはゴメンだ。

 ……とりあえず頑張る手始めとして、小町にバイト受かった報告と決意表明だけでもしておこう。




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