Twitterとかで懸賞みたいのをよく見かける。
俺も応募したことはあるが、ああいうので一度も当選したことはない。
まあ、倍率が高いため仕方がないのだが、何百回以上行って一度も当たらないとなると、「これ、本当に当たるのか?」と疑念を抱いてしまっても仕方がない。
祭りのくじ引きにしたってそうだ。景品棚にゲームのカセットが並べられているが、あれを当てたって人を見たことも聞いたこともなかった。
まあこれに関しては深く突っ込むと闇が深そうなので控えるとして、だからこそ俺は今手にある商店街の福引券をハズレのティッシュ箱に変えるためガラポンを回していたのだが──、
「おめでとうございます! 大当たり!」
ベルが鳴り響く。
見ると、赤い球がトレイに乗っていた、
「二等はこちら! ディナー付き水族館ペアチケットです!」
それを受け取り、天を見上げた。
福引券が別の券に錬金されてしまった件。
× × ×
ティッシュ箱でよかったのになと思いつつ、ちゃっかり狙ってた六等の『マッ缶三箱セット』より遥か上、二等の水族館チケットを当ててしまった俺は絶賛悩み中である。
普通に換金するというのも手だが、もったいない気がしないでもない。
候補としては小町を誘うか。だが、水族館のためだけにわざわざ東京まで来てもらうのも気が引けてしまう。
次の候補は戸塚、もしくは材木座を誘う。
まあ、材木座は論外だとしても戸塚はアリ寄りのアリ。
むしろ戸塚しかいない。戸塚しか勝たん。
もう戸塚で良くね?
そうは思うものの、最近のLINEのやり取りでも戸塚は忙しそうだし、水族館なんか行ってる暇はないかもしれない。
俺も戸塚の邪魔はしたくないし……。
となるとやはり換金が一番無難か。
「比企谷さん、どうしたんですか?」
バイトの休憩時間、チケットと睨めっこしていると、スタッフルームを開けて羽沢が入ってくる。
手にはコーヒーの入ったマグカップをふたつ持っており、そのひとつを俺の前に置いた。
「ありがとう」
「いえ、自分が飲もうとしたついでなので」
口に含むと、仄かな苦さの中に甘みが広がる。
うん、美味しい。
普段は甘い甘いマッ缶を好む俺だが、羽沢珈琲店のコーヒーはこれくらいが俺の好み。
それを羽沢に熟知されてるようだった。
「美味いな」
「えへへ、ありがとうございます」
照れたように笑う羽沢が可愛くて直視できない。
俺は視線を逸らし、再びチケットに目をやる。
「それ、水族館のチケットですか?」
「ああ、どうしようかと思ってな」
「……?」
小首を傾げる羽沢を見て、ふと口から言葉が漏れた。
「良かったら一緒に行くか?」
「…………えっ⁉︎」
驚いた声をあげる羽沢。
だが安心してくれ。一番驚いてるのは俺だから。
こうして誰かを誘うなんて滅多にしない。
それこそ誘われたところで行きたく無い精神が働くのが俺なのだ。
そんな俺がこんなあっけなく人を誘ってることに俺自身が一番驚いている。
ただまあ、換金する以外で誰と行くか……。
それを考えた時、小町、戸塚以外の候補としてあげられるのは今年になってバイトで一番関わりが多い、尚且つ俺が世話になっている羽沢つぐみしか考えられなかった。
ただ、自分が誘われるとは全く思っていなかったようなので、言葉を付け足しておく。
「もしあれならこのチケットやるから、羽沢が友達と行っても良いぞ? 俺なんかと行くより気兼ねなく──」
「い、行きます! 私、比企谷さんと行きたいです!」
頬わ赤く染め、それでも真っ直ぐ伝えてくれる羽沢に、「お、おう」となんとも情けない返事しか出来なかった。
「じゃあ、都合のいい日ってあるか? 一応今月中までは使えるみたいだし」
「ちょっと待ってくださいね」
言って羽沢はスマホを見ておそらく予定を確認しているはず。
俺もそれに倣いスマホで予定を見てみるが、大学の講義とバイトのシフト以外は基本空白で悲しくなったのでそっと閉じた。
「今週の日曜日はどうですか? 土曜日はみんなで練習があるので」
「ん、日曜な。了解、じゃあそうするか」
ちょうど俺の休憩が終わり、詳しい話は後ですることとなった。
その日の夜、たまたま小町から電話がありこの件を話したら、「お兄ちゃんが積極的にデート誘ってる⁉︎」と囃し立てられたせいで、俺は日曜日まで緊張度合いが半端なかったのはここだけの話。
× × ×
夕食はディナーをすることになっているので、水族館へは午後から行くことになった。
ということで俺は三十分前に駅前に到着していた。
身だしなみは大丈夫なはず。
小町と電話した日、服装を選ぶの手伝ってもらっておいて正解だった。
俺一人じゃ前日に悩んだ挙句、割と普段着で行っちゃいそうだったから。
『良い? 折角つぐみさんが誘いに乗ってくれたんだから、お兄ちゃんがしっかり楽しませること!』
とはつい先ほど小町がLINEで送ってくれたありがたいお言葉だ。
まあ確かにそうなんだろうけど、いかんせん目的を持って異性と出掛けた機会が少なすぎて、どうすればいいか分からない。
水族館ってのは決まってるから、魚を見て回ればある程度の時間は過ごせるし、ネットで調べたところ今日はイベントもあるそうなので、それに参加も良さそうだ。
ディナー付きなので帰りが少し遅くなることを、つぐママに許可を取ったので、事前準備に怠りはない。
……よし、大丈夫。オールオーケー。
深呼吸をして気合い入れるようと息を吸ったところ、不意に肩を叩かれ、驚きで咳き込んでしまう。
「っ、コホッ⁉︎」
「わわっ、比企谷さん大丈夫ですか⁉︎」
出鼻を盛大に挫かれた。
何度も咳き込み続けていると、羽沢が優しく背中をさすってくれ、俺は落ち着いてから息を吐き出す。
そしてなんとか落ち着いた。
「悪い、助かった」
「いえ、私が後ろから肩を叩いちゃったので」
まあ確かに、背後から肩を叩かれると職質というトラウマが蘇るので焦りはしたが、今のはただ単に間が悪かっただけ。
改めて羽沢に向き直る。
こうしてまともに私服を見るのは初めてかもしれない。
薄オレンジ色のTシャツを中に着て、キャミソールワンピースで綺麗に纏められていた。
『お兄ちゃん、デートなんだから私服ちゃんと褒めなくちゃダメだよ?』
そう小町に言われたが一つ言わせてくれ。
これはデートでは無い。
ただチケットが無駄になるのを回避するため、羽沢にお願いしただけだ。
正直、一緒に行く候補に自然と羽沢を入れてたことに自分でも驚きだが、まあなんとなく、楽しそう……羽沢なら一緒にいても疲れないだろうなとは思った。
だから、小町に言われなくても、事実を述べることはなにもおかしくないのだ。
「羽沢、今日の服似合ってるな」
言うと、羽沢は一瞬にして顔を真っ赤にする。
「そ、そうですか……。ありがとうございます」
……………………。
うん、これは恥ずかしい。
カップルっていつもこんなことやってるの?
俺そんなバカップルになれる気しないんだけど。
沈黙が場を支配する前に俺は咳払いをした。
「少し早いけど行くか」
「は、はい、そうですね」
俺が歩くと羽沢が横に並ぶ。
本来なら電車には電子マネーで乗るのだが、今回は羽沢に払わせないように予あらかじめ切符を買っておいた。
「いいんですか?」
「ああ。今日は俺が誘ったわけだしな」
断られることも視野に入れたが、すでに買ってあるものを無碍に出来ないと思ったのか、素直に受け取ってくれる。
俺たちが電車に乗り込むと休日ということもあってそれなりに混んでいた。
「大丈夫か、羽沢?」
「はい。大丈夫です」
一応ドア側に羽沢を立たせ、俺が人混みの壁になる立ち位置にした。
まあこれは小町と出かける時もたまにやることだが……やばい、思った以上に距離が近い。
羽沢の顔がほぼ俺の真下にある感じ。
まつ毛長いし、目もぱっちりしてるし、よく見ると今日の羽沢の唇はいつも以上に艶がある。
薄くお化粧をしているのかもしれない。
と、そこまで考えて頭かぶりを振る。
いかんいかん。これ以上は危険区域だ。
ただでさえこの距離で良い匂いがして頭がやられそうなんだから。
マジでなんで女の子ってこんな良い匂いするの?
男の匂いなんて汗か制汗剤くらいだぞ。
こんな俺でも夏くらいは汗拭きシートを常備している。
あのスースーした感じ、結構好きなんだよな。
煩悩を消すため全く違うことを考えていると、不意に大きく電車が揺れた。
「きゃっ!」
「……っと」
大きくふらついた羽沢を咄嗟に支える。
少し屈み、腰から抱き締めるようにしてしまい、先ほどよりも顔が近くなる。
「わ、悪い……」
「いえ……、あ、ありがとうございます」
姿勢を戻し、お互いに顔を逸らす。
なんで出掛け始めからこんな雰囲気おかしくなるの?
小町が俺に送ってきた今日の恋愛運が関係してるんじゃないよね?
『獅子座今日の恋愛運最高だって! 異性の相手といるとドキドキすることが連発するでしょう! ラッキーパーソンは年下の女の子、だって!』
……ドンピシャすぎるんだよなぁ。
今のところ当たりに当たりまくっちゃってるその占い、どこ情報なのか小町から聞き出してやる。
混んでることもあって、俺たちは特に喋ることもなく、目的の駅まで外の景色を眺めていた。
羽沢の腰に手を添えたままだったのに降車直前に気づき、平謝りすることになるのは数十分後の出来事である。
× × ×
「比企谷さん、何から回りますか⁉︎」
水族館に入館して、羽沢のテンションプチ上がり中である。
電車から降りてしばらくは無言で歩き続きていたが、水族館に近づくにつれ徐々に羽沢の口数が増えていき、今ではご覧の通り。
誘った張本人としてはここまで喜んでくれるなら、普通に嬉しかったりする。
「とりあえず、一通り回ってみて面白そうなところあったら寄る、みたいな感じでどうだ?」
「はい、その方が良いですねっ」
俺と羽沢は歩幅を揃えて歩く。
やはり休日ということもあって、電車と同様水族館もそれなりに混んでいるが、ぎゅうぎゅう詰めというわけでもないので、きちんと魚は見える。
「わ〜、かわいい〜」
ひとつひとつの水槽で立ち止まるたびにそう呟く羽沢が俺には可愛く思えてしまった。
いや、ちゃんと魚も見てるよ?
あっ、この魚確か食べれるやつだよな、とか。
流石にこの場でそれを直接口にしないだけのデリカシーは持ち合わせてるつもりだ。
やがて大きな水槽の前までたどり着く。
「あっ、比企谷さん。ジンベエザメいますよ!」
「あ、ああ。そうだな」
……ふぅ、危ない。
危うくジンベエザメを前にはしゃいでしまうところだった。
やはり魚類の中で最大種なだけはある。
メチャクチャかっこいい!
今すぐスマホを出して一緒に写真撮りたい衝動に駆られた。
「? 比企谷さん、もしかしてジンベエザメ好きなんですか?」
唐突に問われ、俺は声が上擦ってしまう。
「えっ、やっ、なんで?」
「ふふっ、だってここに来て目の色変わりましたもん」
口元に手を当て微笑む羽沢を見て顔の熱が上昇する。
ここが水族館でよかった。
薄暗いから顔の赤さがバレることはない。
「もし、よかったら写真撮りましょうか?」
「マジ……、あっいや、やっぱいい」
羽沢の提案にすぐさまお願いしかけたが、途中で引っ込める。
なんかここで素直に撮ってもらうのは恥ずかしい。
俺にだってちっぽけだがプライドというものがある。
しかしそんな俺のことなどつゆ知らず、羽沢は自分のスマホを取り出し、俺に水槽前へ行くように促してきた。
「ほら、撮りますよ!」
……ま、まあ? 羽沢がそんなに言うなら撮られないわけにはいかないよな、うん。
だってここで断って空気悪くしたくないし、俺はそこまで頑固になりたいわけでもないんだから。
そんなどうでもいい言い訳を脳内で並べながら、水槽の前に行く。
羽沢がスマホを構えた時、背後から女の人に話しかけられていた。
どうしたのかと様子を伺っていると、羽沢はスマホをその人に渡してこちらに走ってくる。
「えっと……、彼女さんも一緒に入ったらどうだ、って言われて……」
目線を逸らしながら言う羽沢に俺は「そうか」と短く返すことしか出来なかった。
大人しく二人で並ぶと、俺たちにスマホを向けている女の人がこちらに向かって声を掛けてくる。
「彼氏さん、もうちょっと彼女さんの方に寄ってね」
彼氏じゃないので寄らなくても良いですか? とか、そんな事を言えるはずもなく、大人しく指示に従う。
そして「ハイ、チーズ」の後にシャッターが押され、二人でスマホを覗き見ると、上手い具合にジンベエザメが真ん中に収まっていた。
「わ〜、ありがとうございます!」
「良いのよこれくらい。伊達に十年近くカメラマンをやってないわ」
「……カメラマンでしたか」
なるほど。
通りで上手いわけだ。
「これでもよく修学旅行生とかを撮ったりしてるのよ……ってごめんなさいね。せっかくのデートなのにお邪魔しちゃって」
「あっ、いえ……」
「それじゃ、アラサーの私は消えるとして、若い二人はきちんと楽しみなさいね!」
「あっ、はい。ありがとうございます!」
言って羽沢が頭を下げたので俺も釣られて頭を下げる。
顔を上げると既に去った後で、俺と羽沢は顔を見合わせた。
「……なんか、パワフルな人だったな」
「ふふっ、そうですね」
結局俺たちを恋人と思って帰ってしまったが、そんなのは些末な事だろう。
なので次に移動しよう、と羽沢に提案しようとしたが、何故かこちらをチラチラ伺っていた。
「? どうした?」
「その……、あの……」
何かを言おうとしては引っ込めを繰り返す羽沢。
モジモジしちゃってトイレ我慢してるのかこのこのー、とかふざけられる雰囲気ではなかったので、俺は待つことにした。
やがて彼女はパッと顔をあげて口を開いた。
「あの……、こうして二人で出かけると、やっぱりその……、こ、恋人、に見られちゃうんですかね?」
それはあれか、俺とは恋人に見られたくないってことかな?
わかるわかる、俺だって俺みたいなやつが彼氏とか思われたくないもん。
自分で言ってこれほど悲しくなる言葉はないな。
しかし羽沢は俺が思っていた考えと別のことを話し始めた。
「その……、私今まで出掛ける、ってなったら大体みんな……Afterglowのみんなで出掛けるくらいだったんですけど、普段からあまり男性と関わらないから、男の人とお出かけして、ましてや恋人に間違えられて……なんか不思議な感じなんです」
……なるほど。
確か羽丘は中高一貫校のはず。
小学生の頃は分からないが、まともに異性を異性として意識する年齢に、ほぼ近しい歳の男がいなかったのなら、そう思うのも無理はない、のか?
どう答えて良いのか分からず、俺は今思っている事を口にした。
「えっと……、もしそういう風に見られるのが嫌なら少し離れて──」
「い、嫌じゃないです!」
俺の言葉を途中で止め顔を近づけてくる羽沢。
しかし自分の行為に気付いたのかすぐに離れていく。
「比企谷さんはその……、私が彼女扱いされて、嫌な思いはしましたか?」
「や、全然。羽沢が彼女で嫌って言う男はいないと思う」
言い切って、自分が恥ずかしい事を言っていることに気付いてしまう。
やだもう。これマジで今日の占いのせいってのが信憑生高いんだけど?
羽沢の顔が水槽のブラックライトに照らされて赤く染まってるのが見えてしまう。
俺もおそらく似たような感じになっている。
体が熱い。今日はほんとドギマギしすぎだ。
俺たちはしばらく無言のまま佇んでいた。
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