先日、本格的な梅雨入りが天気予報で発表されてから、連日雨続きであった。
少し太陽が顔を覗かせたかと思いきや、空はすぐに機嫌を悪くするので、こちらとしても滅入ってしまう。
こんなんじゃ洗濯物が外干し出来ない。
まあ俺のアパートにある洗濯機は乾燥機付きなんだけどね。
あれマジ便利。開発者にマジ感謝。
雨に負けてずっと鬱々とした気持ちでいるわけには行かないので、今日も今日とてバイトに邁進中である。
「雨、凄いですね」
「だな……」
ドアの外を見ながら言う羽沢に頷きを返す。
こんな雨の日でも羽沢珈琲店には常連さんがやってくるのだから、それほどお客にとっては憩いの場なのだろう。
常に右端の席を好む老夫婦とは会話をする仲だった。
俺をハチと呼んでくれるくらいには会話をしている。
……俺、犬扱いされてるわけじゃないよね? 確かに呼ばれて余裕があればすぐ話に行くけど、別に尻尾は振ってないからね? わん!
まあどんなふうに思われてようと、親しみを持ってくれてるのは嬉しいものだ。
これからも節度を持って接せていきたい所存。
親しき仲にも礼儀ありという感じで。
「比企谷さーん、暇でーす」
「俺は暇じゃねぇよ」
最近親しくなって、商店街内でもすれ違うと俺に話しかけてくるようになった少女──青葉モカが、テーブル拭き中である俺のエプロンを引っ張って呼び止めてくる。
だらーんと机に突っ伏し、ここ最近学校終わりとかにもよく顔を出す青葉はいつもこんな感じだ。
「そんな暇なら、宿題でもやったらどうだ?」
「宿題か〜、それは寝る前のお楽しみにとっておきまーす」
宿題がお楽しみとは……それは新しい逃げ口上だな。
と、青葉に訝しげな目を向けていると、コーヒーを持ってきた羽沢が微笑んでいた。
「モカちゃん、結構成績良いんですよ? Afterglowの中じゃ一番かも」
「えっ、マジで? ……コイツが?」
「いぇーい」
右手でピースサインを作ってるけど俄かに信じられん。
いや、それはそれで失礼なんだけど。普段の接してる態度からは想像出来ない。
「モカちゃんは要領が良いんですよ〜」
「……なるほど」
それなら不思議と納得出来た。
コンビニバイトの時も俺が買うはずじゃないものを巧みな話術で買わせてくるし。
それ要領云々じゃなくてただのセールスなんだよなぁ。
まあ青葉からオススメされたスナック菓子はハズレがないから良いんだけど。
俺がまた今度買いに行く決意をしていると、羽沢が不意に足をもつれさせたので咄嗟に支える。
「わっ!」
「っと、……大丈夫か?」
聞くと、頬を赤らめ体勢を立て直した羽沢は苦笑した。
「ご、ごめんなさい。ちょっとつまずいちゃいました」
それを言った羽沢を青葉が心配そうに見つめていた。
「つぐ〜、本当に大丈夫〜? もし疲れてるなら、ここは比企谷さんにお任せしちゃって休んでも大丈夫だよー?」
青葉がその提案をするのはおかしいが、俺もその意見は同意なので頷いておく。
しかし羽沢はゆっくりと首を振った。
「ううん、もう少しで終わるから大丈夫だよ。でも、心配してくれてありがと」
言って、羽沢は仕事へ戻っていく。
俺も流れに乗ってここから退散しようとしたのだが、どうにも青葉の表情が気になり、立ち止まっていた。
「……大丈夫か?」
「うん、モカちゃんはへーき。だけど……」
羽沢のことは心配、と。
どうしたものかと声をかけあぐねていると、青葉はぽつりと話し始めた。
「今、生徒会が忙しいみたいなんですけどね、バイトと生徒会とバンド練習でつぐはちゃんと休めてるのかな〜って」
「ああ」
「つぐ、去年無理しすぎて倒れちゃったことがあるんですよねー」
青葉はコーヒーを啜る。
「前よりは頼ってくれることも増えたんですけど、それでもひとりで頑張っちゃうところも多いので、幼馴染として心配しているわけですよ〜」
レジに立つ羽沢を見つめる青葉の目はとても優しいものだった。
もしかしてここ連日青葉が来店してるのは羽沢が心配だったからかもしれない。
思い返せば羽沢がシフトに入ってる時は必ず来てる記憶がある。
青葉はマイペースだが、きちんと人を見て行動を起こす。それは誰にでも出来ることじゃない。
ふっと笑みがこぼれた。
「青葉みたいな幼馴染がいれば、羽沢も安心だな」
「──っ。それ褒めてます〜?」
「俺にしては大絶賛の雨嵐だぞ」
珍しく動揺してみせた青葉は再びコーヒーを口に含むと、そっぽを向いてぼそっと口にした。
「つぐがツグッちゃうのは良いところなんだけどな〜」
あっそういや俺、まだツグるの意味聞いてなかったな。
× × ×
本日も雨天なり。
それでも大学に行かなくちゃいけないのは辛いところ。
マジで靴がびしょ濡れになって靴下まで浸水してくるから、困る。
幸い、今の雨量は小雨といった感じで水たまりもそれほど多くないから、大学に着くまでは平気だとは思う。
出かける準備をしていると、スマホが着信を知らせてきた。
「ん、青葉から……?」
こんな時間に珍しい。
と言うか、青葉から連絡が来たのはランチ以来初めてだ。
まあ今まで交換してきた女子高生のメンバーも最初のよろしくスタンプ以降、特にこれといったやり取りはしてないんだけども……。
あ、や、してたわ一人だけ。しかも割と頻繁に。
主に『今日はバラエティの撮影なんだ!』とか『外、星が綺麗だから見てみて!』とか……なんかやってることが彼女風味なんだよなぁ。
最近は朝と寝る前の挨拶もしてくる始末。
まあ日菜が送ってくる写真とかは楽しそうで良いんだけども、俺の会ったことのないパスパレメンバーも映っちゃってるけどあれは良いんでしょうか?
多分撮影の合間の休憩に撮った写真なんだろうけど、ファンからしたら大金積んででも欲しい画像なのではないだろうか。
それが俺のスマホに次々保存されていく。
今スマホをオークションで売りに出せばそれはそれは高価な値がつくことだろう。
もちろんそんなことする気はさらさら無いが、出すとしたらどのくらいの値打ちになるかなーと妄想しつつ、青葉からの着信を手に取る。
と、気の抜けそうな声が耳に届く。
『比企谷さーん、やっほ〜。元気にしてますかー?』
「元気だが、なんか用か?」
つれないな〜という青葉の後ろから、『モカ、変わって』という美竹の声が耳に届く。
『……どうも。お久しぶりです、比企谷さん』
「お、おお。美竹……だよな?」
『はい、そうです』
Afterglowだと羽沢と青葉は割と話すけど、他のメンバーは出会えば会釈くらいしかしないから、一瞬言葉に詰まってしまう。
しかも美竹だとなおさら……というか、あんまり自分から積極的に話す感じじゃ無いと思っていたから、電話を変わったのは意外だった。
『返して〜』という青葉に対し、『モカだと話が長そう』と美竹は言ってから、電話越しの俺へと意識を戻した。
電話の向こうでは青葉を取り押さえていそうな宇田川と上原の声が聞こえてくる。
『あの……、今日ってお暇ですか?』
「ん、ああ。今日はだいが……、や、暇だな」
大学があることを伝えようとするも、朝にわざわざ電話してくるんだから余程の急用かと思い、話を聞くことにした。
『そうですか。……実は今日、つぐみが体調崩して学校をお休みしてるんですよ』
「えっ……」
『熱を何度か聞いてみたら39度で……、今日つぐみの親は親戚の法事に出掛けてて、それで……』
「俺に様子を見てきて欲しい、と」
『そうです』と美竹が締めくくる。
確かにそれは心配だ。
微熱程度ならまだしも、39度は流石に高い。
俺もそのくらいの高熱を経験したことがあるのでわかるが、平衡感覚がまともじゃなくて立つのもやっと、ひとりならご飯も食べれないんじゃ無いだろうか。
そんな羽沢を置いてつぐママとつぐパパが両方法事に行くとは考えにくいので、きっと羽沢が大丈夫とでも言ったのだろう。
電話が青葉に変わった。
『実は今日、朝つぐのこと迎えに行った時、話を聞いてつぐのお母さんから家の鍵を預かったんですよ〜。……で、もし比企谷さんが時間あれば、頼めないかな〜と思いまして』
「いや……」
時間はあるが、それは俺で良いものなのか。
今日は必修科目がないので講義の内容は川崎にノートを取ってもらえるように頼むとして、女の子が一人きりの家に男が行っても……、うん、客観的にヤバいやつだな、これ。
今度は美竹の声が聞こえてくる。
『私たち、学校終わったら様子見に行くつぐみのご両親から鍵預かったんですけど──』
『でも〜、もしあたし達が行く前につぐに何かあったら困るので、それなら比企谷さんに頼んじゃおう、ってことになりましてー』
「いや、でもな──」
『一応、つぐみの母親には連絡を入れて了承はもらってるんですけど……どうですか?』
遠慮がちに聞いてくる美竹。
やっぱりこういう"お願い"のされ方には弱い。
まあでも心配なのは事実。
羽沢の親から許可を得てるなら、断る理由も無くなった。
「……鍵、取りに行けば良いのか?」
『っ……、向かってくれるんですか?』
「ああ。何かあってからじゃ遅いからな」
『正門前に着いたらモカのスマホに連絡お願いします』と言って美竹は電話を切った。
俺はとりあえず川崎に連絡し家を出る支度をする。
「……また羽丘行くのか」
まあ中に入るわけじゃ無いし問題は無いだろう。
雨は変わらず降り続けている。……や、少し強くなってきただろうか。
俺はカバンを置き、傘と貴重品だけ持って家を出た。
途中スマホが振動し、川崎から『分かった』と連絡が来たので大学の方も問題無さそうだ。
× × ×
青葉から鍵を受け取り羽沢珈琲店前へとやってくる。
家の入り口は裏らしいのでそちらに回って鍵を差し込む……と見せかけて深呼吸。
家を出る前に念のため羽沢にも連絡はしておいた。
返信も既読も付いてないので、寝ている可能性が高い。
なので、なるべく音を立てないように慎重に鍵を回した。
「……お邪魔します」
念の為、鍵をポストの中へ投函しておきゆっくり開ける。
と、コーヒーの香りに鼻腔をくすぐられた。
二回が住居になってると前に聞いたので、そのまま階段を上がっていく。
我が物顔で他人の家を歩く度胸はないので、キョロキョロしながら廊下を進んでいると、『つぐみのへや』と可愛らしく書かれているプレートを見つけたので、ここでも深呼吸をしてからノックをした。
「羽沢、いるか〜……って、おい!」
扉を開けると部屋の真ん中で倒れていて慌てて抱き寄せる。
呼吸が荒く、身体も熱い。
とりあえず抱きかかえて急いでベッドに横にさせた。
すると、うっすらと羽沢が目を開ける。
「……あれ、比企谷さん、どうしてここに?」
「青葉から連絡もらってな。……で、奥さんにも許可をもらってここにいる」
「そう、ですか」
「ん、大丈夫、じゃないよな」
聞くと、羽沢はキョロキョロしてから天井を見上げた。
「私、……とい、お手洗い行って、部屋に入ったらそのまま転んじゃったみたいです。……えへへ」
「そうか。……まあ、無事でよかった」
いつからあの状態だったか分からないが、俺が来なかったらずっとあのままだと思うと、来てよかったと思う。
羽沢の額に手を当てる。やはり熱い。
俺はコンビニで買ってきた熱さまシートを羽沢に貼ってやる。
「ありがとう、ございます」
「ん……、食欲あるか? 一応うどんとかヨーグルトとか、スポーツドリンクもあるぞ」
聞くと、羽沢はふるふる首を振り、口を開く。
「その……、来てくれてありがとうございます。でも比企谷さんに風邪が移っちゃうかもしれないので──」
「気にするな。羽沢は早く治す事だけ考えてれば良い。……青葉のやつ、心配でわざわざ朝早く俺に電話してくるくらいだからな」
「モカちゃんが……」
「青葉もそうだけど、それ以上に美竹が心配そうだったな」
「蘭ちゃん……。ふふっ」
微かに笑顔を見せる。
笑えるなら大丈夫だろう。
羽沢が体を起こそうとしたのでそれを背中から支えてやる。
「あの、スポーツドリンクもらっても良いですか?」
「ん、了解」
蓋を開け羽沢に手渡す。
「んくっ、こほっ……」
ちびちび飲んでいたが咽せてしまったので、優しく背中をさすってやる。
「すみません……」
「気にするな」
いつも元気で、笑顔を振り撒いてくれる羽沢を見てるから、逆にこんな弱々しいと庇護欲に駆られてしまう。
「なんかして欲しいこととかあるか?」
「してほしいこと、ですか……?」
「ああ。なんでも良いぞ、頭撫でて欲しいとか手を握ってて欲しいとか、なんてな」
冗談半分で伝えてみる。
小町が高熱を出し、弱ってる時によくやってあげた行為。
他にいろいろ候補があれば良かったが、生憎俺にはそれくらいしか出来そうになかった。
恐らく遠慮してくるだろうことを見越して提案したのだが、羽沢は少し迷う素振りを見せてからゆっくりベッドへと横になる。
「えっと……、じゃあ、そのふたつで」
「…………えっ?」
「頭、撫でるのと、手を握るの、セットでお願いしたい、です」
照れくさそうに伝えてくる羽沢。
さっきは風邪を移さないように俺を返そうとしていたが、今は普通に要求してきたことに少しの驚きを感じる。
……や、まあ俺から言い出したことだから良いんだけど、もしかしてだいぶ弱ってるのかもしれない。
俺は左手を羽沢の手のひらに重ね、右手を頭の上に乗せて労るように動かす。
と、握った手を何を思ったのか自分の頬にあてがった。
「比企谷さんの手、ひんやりして気持ち良いです」
「そりゃ良かった……」
気恥ずかしいのを押し殺し、しばらく続けていると、やがて小さな寝息が聞こえてきた。
「……寝たか」
手の方は頬に添えられており、割としっかり握られてしまっているのでそのままにして、空いてる手でスマホを取り出して現状を青葉へと報告しておく。
そうしておけばつぐママへの連絡もしてくれるだろう算段だ。
いくつかの連絡を青葉とした後、手持ち無沙汰になったので、とりあえず羽沢の髪を梳くようにして撫でることを再開する。
そうしていつの間にか羽沢のベッドに頭を預けて、俺も夢の中へと入り込んでしまったのだった。
× × ×
何かの機会音で覚醒した。
目を開けると羽沢の顔が近くにあり、思わず飛び退いてしまう。
「比企谷さーん、静かにしないとつぐが起きちゃいますよ〜」
「……青葉か」
声が聞こえた方を振り向くと、扉のところに青葉と美竹が立っていた。
「二人だけか」
「はい、大勢で押しかけても迷惑なので、代表で私とモカで来ました」
「そうしたら比企谷さんも気持ちよさそーに寝てましたね〜」
「や、まあ……」
「ずっとそうして手を握られてじっとしてたら、そりゃ眠くなりますよね」
左手を見てみると未だ手は繋がれたままだった。
先ほどに比べ、体温は若干下がってる気がしないでもない。
取り替えるため熱さまシートを外させてもらっていると、羽沢がうっすらと目を開けた。
「んっ……、比企谷、さん?」
「悪い、起こしたか?」
首を振りつつ、羽沢は体を起こす。
寝る前より、自分で体勢を整えられるくらいには安定していた。
起き上がり、足元側に座っていた人物が目に入ると、羽沢は笑顔を見せる。
「あっ、蘭ちゃん、モカちゃんも来てくれたんだ」
「つぐ〜、大丈夫ー?」
「うん、寝たら少しは良くなったかな?」
「そう、なら良かった」
青葉と美竹がホッとした表情をする。
しかしそんな安心した顔も束の間、青葉がなにやら企むような笑みを作った。
「それで〜、二人はいつまで手を繋いでるのかな〜?」
「えっ……、わっ、ごめんなさい比企谷さん!」
青葉に指摘されてようやく気付いたらしい羽沢は勢いよく手を離すと、その手を眺め照れ笑いをしていた。
「モカ、つぐみは今体調悪いんだから、揶揄うなら治ってからにしなよ」
「は〜い」
「や、治ってからも揶揄ってやるなよ」
渦中にいるはずの俺は不思議と冷静です。
まあなんていうか、今はそんな気分じゃない。
というのも寝てた姿勢が悪すぎて体がバキバキ、超痛い。
固まっている関節を伸ばしてみるとポキっと音がした。
バキバキゴリッ、ボキボキ。
擬音で表すと骨が折れてる感じでやばそう。
「お〜、比企谷さん、凝り固まってますな〜」
言って青葉が俺の後ろに回って肩揉みをしてきた。
「何してんのモカ?」
「なにって、つぐの看病を代わりにしてくれた比企谷さんを労ってるんだよー」
「や、看病って……、ぶっちゃけ何もしてないんだが」
俺のやったことと言えば部屋に入った時ベッドに寝かせたことと、スポドリを開けたことくらいだ。
その後は寝てる羽沢の手を握ったまま、頭を撫でて寝てただけ。
……マジで俺何もしてないし、やってることがイケナイことのようで泣きそう。
俺が心の涙を拭っていると、ちょんと羽沢に肩を突かれた。
「あの……、今日はありがとうございました」
「や、まあ……、少しは体調戻って良かった」
「はい、おかげさまで」
優しく微笑む羽沢に気恥ずかしさを感じ、目を逸らす。
と、そちら側で青葉と目が合ってしまう。
揶揄う気満々のその目をスルーして腕時計を見ると、針は五時を指していた。
「……流石に寝過ぎた」
まあ俺もなんだかんだで、大学にレポートにバイトで最近は割と忙しかったからな。
他人の家で寝過ぎてしまうくらい、俺も疲労が溜まっていたらしい。
未だ肩揉みを継続してくれている青葉を制して、俺は立ち上がった。
「んじゃ、そろそろ帰るわ」
「あっ……」
俺を送るためか起きようとする羽沢を首を振って止める。
「羽沢は病人なんだから寝てて良いぞ」
「でも……」
「つぐみ、私が行くから」
お大事にとだけ伝え、美竹と一緒に部屋を出た。
階段を降りて玄関を開こうとすると、美竹は口を開く。
「あの、今日は急に頼ってすみませんでした」
「ん、気にするな」
「今度、私たちみんなでお礼させてください」
みんな、というのはAfterglowのことだろう。
本当にそこまでお礼されるようなことをしたつもりはないのだが、美竹の真剣な瞳を見ると口を噤むしか出来ない。
だから俺は別の言葉を吐き出した。
「……じゃあ、楽しみにしとく」
「っ、……はい」
玄関を開けると西陽が瞳を刺激する。
いつの間にか雨は止んでいたようだ。
今日の夕飯は何にしようかなーっとぼんやり歩いていると、スマホが振動した。
開くと羽沢からのLINEで、羽沢、美竹が青葉に抱きつかれて写ってる三人の写真が送られてくる。
羽沢と美竹の恥ずかしそうな様子から、青葉が送ることを提案したことが予想出来た。
羽沢の顔も最初に見た時より大分顔色が良くなっていてホッとする。
俺はその写真を丁重に保存させていただいて、スマホをポケットにしまう。
「明日は晴れると良いけどな……」
しかしそんな願いは外れ翌日も相変わらずの雨模様。
傘を羽沢の家に忘れたことに気づいたのは、大学に行こうとした時だった。