やはり俺の大学生活はまちがっている。   作:石田彩真

2 / 20
とりあえず二作目です!
四作目までは書いてあるので時間を空けて投稿していこうと思います!
ただ、ハーメルンへの投稿はやり方をいまいち分かってないのでおかしな部分があれば教えてもらえるとありがたいです!
ではよろしくお願いします!


言うまでもなくAfterglowはいつも通りである。

 カタカタと押してレジを開ける。千円を入れてお客が頼んだ差額分を取り出す。小銭を落とさないように丁寧に手渡して頭を下げた。

 

「ありがとうございましたー」

 

 言うと、お客は少し笑って帰っていった。

 これにて任務完了……なんてことはなく、バイトの時間はまだ半分残っている。

 やはり商店街にある喫茶店だけあって、来るのはほぼ常連ばかりだ。客として来てたころ、見たことある顔もちらほら伺える。

 一人の客が帰ったところで、俺が働かせてもらっている羽沢珈琲店の一人娘であり看板娘でもある羽沢つぐみが近くまでやってきた。

 

「比企谷さん。レジは大丈夫そうですか?」

「ああ、レジならいじったことあるから割となんとかなる」

 

 多少レジの型が違えどおおよそ同じものだ。高校一年生でバイトした時、三日でレジを覚え先輩にいびられるようになるくらいの記憶力が俺にはある。

 加えて、羽沢の丁寧かつ分かりやすい説明により、ほぼ完璧にマスターしていた。

 

「ふふっ、比企谷さんは物覚えが良いんですね」

「や、羽沢の教え方が上手いだけだろ」

 

 本当にそれに尽きる。

 その証拠に羽沢お手製の『羽沢珈琲店バイトマニュアル』なんてものまで頂いてしまった。ページ数がほどほどあり、レジや丁寧な接客方法、メニューひとつひとつのどこが美味しいだとか、それはもう事細かく書かれていた。

 こちらが若干引いてしまうくらいに。

「……必要ないですよねこんなもの」

 俺の表情を見て何かを察した羽沢が悲しそうに言った瞬間、俺は若干のキャラ崩壊を起こし、どれだけ嬉しいかを力説したのがほんの数時間前の出来事である。

 養殖なあざとさを発揮する誰かさんとは異なり、天然物の破壊力は段違いだ。

 あんなテンパった八幡、家族にだって見せたことないんだからねっ!

 

「…………」

「……? どうした?」

 

 俺が脳内ツンデレごっこをしていると、羽沢がじっとこちらの眼を見つめていた。

 やだこの子ったら、ついに私の目について触れるつもりなのね! 良いわ、散々言われて耐性が付いているからいつでもかかってきなさい。

 若干のオネエ口調で動揺しつつ羽沢の言葉を待っていると、不意に彼女の手が俺の唇の端に触れた。

 そしてクスッと笑んだ。

 

「っ⁉︎ は、羽沢……⁉︎」

「比企谷さん、口元にクリームついてますよ?」

 

 言われて羽沢が触れた部分に触ってみると、彼女の手で拭いきれなかったクリームが少し付着していた。

 やばいこれ恥ずかしいパターンだ。

 どこでついたかはなんとなく見当がついていた。

 休憩中、羽沢が試作したから食べてくれって頼んできた苺クリームケーキだ。

 その証拠に手に付着したクリームは微かにピンク色をしている。

 俺は恥ずかしさから素早くポケットからちり紙を取り出し、クリームを消し去る。

 その対面では小さな舌を出し、先程俺の口元から拭いとったクリームをぺろっと舐めとる羽沢の姿があった。

 

「比企谷さんって意外におっちょこちょいなんですね。きっと前島さんもそれ見て笑ってたんですよ」

「……あ、ああ。そうかもな」

 

 そんなことより彼女は自分がした行為に気付いていないのだろうか。……いや、それとも俺が気にしすぎてるだけなのかもしれない。

 思えば彼女は女子校って話だし、女子同士でなら頻繁にそう言う事態が起こりうるのかもしれない。なら、きっと指摘したら気まずくなる可能性もある。

 そして一生半径五メートル以内に近づいてくれなくなる未来が視えてしまったので、黙殺しておく。

 あと、今後粉物やクリーム類を口にする時は最後に鏡を見ることを心に誓った。

 

「あら八幡くん。もうつぐみとそこまで仲良くなったのね」

「あ、奥さん。まあ……、はい」

 

 未だに少し笑いを堪えようとして全然耐えられていない羽沢をどうしたものかと思案していたら、奥の調理場から出てきた羽沢つぐみのお母さん、通称つぐママに声をかけられた。

 つぐママを最初どう呼ぼうかと考えていたが、「あら、奥さんでいいわよ。なんか上品な感じがするでしょ?」とのことなのでそれで定着させている。ちなみにつぐパパは旦那さんだ。

 理由はつぐママに同じ。この夫婦、最近金持ちが出てくる連ドラにハマっていたらしく、それの影響かもしれないと羽沢が教えてくれた。

 

「あっ、お母さん。どうしたの?」

「いいえ別に。ただ、二人の楽しそうな会話が聞こえたから交ざりたくなったのよ」

「えっ? そ、そんな楽しそうだったかな? ……比企谷さん」

 

 やめて! そこで俺に振らないで!

 ほら、つぐママも期待を込めた瞳でこっち見てるじゃん!

 ここで否定したら羽沢は恐らく悲しむだろう。かと言って、肯定したら俺が後に羞恥で死ぬ。……あれ、これ詰んでね?

 けれどあれだ。俺は奉仕部を経て色々な人と関わり合い多少は成長できている、と自分では思っている。

 成長云々を言葉にするのは昔なら考えられないが、雪ノ下に言ったら多分「あら、貴方に成長できるほどの器なんて残っていたかしら。知ってる? 元々小さい人の器ってそんな簡単に大きくならないのよ?」とか嫌味ったらしい笑顔を向けて言われるのだろう。

 俺の想像上の雪ノ下が厳しすぎるし、想像がしっくりきすぎて悲しくなった。

 このまま落ち込んでてもしょうがないので、俺は考えるのを放棄して今思ってる事を口にしてみることにした。

 

「まあ、俺は楽しいぞ。羽沢との会話」

「っ……! そ、そうですかっ」

「あらあら、八幡くんも言うわねー」

 

 二人の反応を見て数秒前の自分の言葉を反芻してみる。

 …………………………………………。

 うん控えめに言ってバカじゃねぇの⁉︎ 否定でも肯定でもなくただ自分の気持ち伝えただけじゃん!

 ……や、言葉としては間違ってないかもしれないよ? むしろ正解なまである。けど普通に恥ずかしすぎる。俺こんなこと言えるキャラじゃないよ? そういうのは全部みんな大好き葉山さんに任せとけばいいんだよ。まあ俺は嫌いだけど。

 葉山の爽やか笑顔を思い出してしまい冷静になれた。たまには役に立つじゃんあいつ。

 けれど俺が冷静さを取り戻したところで、未だ現実の空気感は気まずいままだ。唯一平常運転なのはつぐママだけである。

 羽沢の肩をつつきながら「良かったじゃないつぐみ。このまま八幡くんゲットしちゃう?」なんて耳元で囁いている。俺はポケモンか何かでしょうか。

 この状況を好転させられるとしたらただひとつ。お客様が現れてくれることだ。

 そこで左の席を見てみる。が、老夫婦はコーヒー片手に談笑していた。次いで右を向く。女子高生がわいわいしていた。結論、レジに来てくれる気配はどちらもない。

 若干諦めムードでもうどうにでもなれと思っていると、からんと鈴の音をたてお客が現れた。

 と同時に頭に浮かんだ言葉がある。

 ──お客様は神様です。

 ……使い方違うかな? 違うな。

 ともかく助かったことに変わりはない。そんな救世主はどんな方達かと顔を向けると、お客様四名がこちらに向かって各々挨拶をしてきた。

 

「つぐ〜、やまぶきベーカリーのポイントカード今日で貯まったんだ〜」

 

 手を振りながら脈絡のない言葉と共に、最初に声をかけてきたのは銀髪に近い髪色の子。少し間延びした感じが妙な脱力感を与えてくる。

 

「つぐ、今日のオススメは?」

 

 次は由比ヶ浜に近い髪色で、とても明るい声音。ふと視線が顔から少し下がりそうになるも咄嗟に己の黒歴史を脳内で大量に再生させなんとか煩悩を退散させる。

 ちなみにどこがとは言わないが由比ヶ浜と張り合えるレベルだった。全く煩悩退散してないし。

 

「つぐ、アタシたち四人大丈夫か?」

 

 とりあえず席の確保をしようとする三番目の赤髪の方。四人の中で一番背が高く、声の張りとその佇まいや雰囲気から活発そうな雰囲気がひしひしと伝わってくる。実際どうかは知らんけど。

 

「……つぐみ、家の手伝いお疲れ」

 

 最後は黒髪でワンポイント赤メッシュが入ってる娘。唯一羽沢に労いの言葉をかけていた。

 彼女たちの言動から察するに友達だろう。

 彼女たちに気づくと羽沢はパッとそちらを振り向いて、銀髪の子に手を振り返しながら答えた。

 

「みんないらっしゃい。来てくれたんだね」

「うん、暇だからつぐの家でお茶しようって話になって。それでつぐに聞いて欲しい話があるの!」

 

 由比ヶ浜似の子がピョンピョン跳ねながら羽沢の手を掴んでいた。

 こらやめなさい。俺の視線が一点に集中しちゃうでしょ!

 なに? 胸が成長してる人って跳ねる習性でもあるの?

 思えば由比ヶ浜も高三になってから、以前にも増して雪ノ下にくっ付いて跳んでた記憶がある。

 前世はきっとウサギかカンガルーだったのかも知らない。……もしくはバッタ。

 

「どうしたのひまりちゃん? 何か嬉しいことでもあった?」

 

 羽沢が落ち着くように話を促す。それでピンク髪は動きを止めた。そして、

 

「つぐ〜、次のライブ月末の新入生歓迎会でやる事になったよー」

「ちょっ、モカ! それ私のセリフ!」

 

 言葉を発する前に銀髪の子に奪われていた。

 

「えっ? そうなの⁉︎」

「うん、なんか日菜さんが先生にごり押ししたらしい」

「ははっ、日菜さんらしいよな」

 

 ピンク髪は喚くなか、淡々と会話が続いていた。

 いつの間にかつぐママはフェードアウトしてるし、俺もそれに倣いステルスヒッキーを発動する。

 が、それに気づいた銀髪っ娘がいそいそ近づいてきた。

 

「どもども〜、あたしは青葉モカです。気軽にモカちゃんって呼んでいーですよ」

「ん、青葉と呼ばせてもらう」

「全然オーケーです。……んー、ところでお兄さん。あたしとどこかで会ったことありませんかー?」

 

 あらやだ、いきなり逆ナンかしらん。

 そんなことはないだろうが俺も彼女が店に入ってから気になっていた。確かにどこかで見たことある。いや、それどころか会話もしている気がする。

 

「……コンビニ、じゃないか?」

 

 自信はあったが確信はなかったので解答をぶつけてみる。と、彼女は手を打ちひとつ頷いてみせた。

 

「あたしも思い出した〜。うちのコンビニでよくお菓子と黄色い缶コーヒーを買ってくれる人だ」

「おうそれだな。で、変な挨拶してる店員だなお前」

「あれ? 気づかれてたんだ。どれだけ言葉を崩してもバレないかをやってたんだけどな〜」

 

 や、気付くって。多分他の客も気付いてスルーしてるんだと思うぞ。指摘してもクレーム扱いされるかもだし、そもそも店員の挨拶に客はそれほど興味がない。まあそれでも指摘してくるのは余程の神経質な奴か、根っからのクレーマーぐらいだろう。

 

「あ、そだ。あたしは名前言ったのにお兄さんの名前まだ聞いてないな〜」

「…………」

 

 それは確かに悪かったけどもこのマイペース感、もう少しどうにかならないものか。羽沢と同じで俺の周りにはいなかったタイプだ。

 

「俺は比企谷八幡だ。比企郡の比企に谷、で八幡宮の八幡で比企谷八幡。今日からの新参者だ」

「ふむふむなるほど。……比企谷八幡。変わった名前ですな〜」

「ほっとけ」

 

 ってかモカも大してメジャーじゃ無いだろ。

 銀髪っ娘……もとい青葉モカは俺の名前を呟いては笑みを浮かべて楽しんでいた。やめて、ちょっと恥ずかしいから。

 

「モカ、その人と何話してたの?」

 

 一通りの会話を終えたのか赤メッシュさんが声をかけてきた。

 それに素早く青葉が反応する。

 

「蘭〜、紹介するね〜。この人は比企谷八幡さん、ここの新しいバイトさんでーす。で、こっちはあたしの幼馴染みの蘭だよー」

「……どうも、美竹蘭です」

「こちらこそ」

 

 お互いペコリと頭を下げる。メッシュが入ってただけで無愛想な不良かと思ったけど普通に礼儀正しかった。心の中でも謝罪の意を込め謝っておいた。

 というか羽沢ならいざ知らず、なんでコンビニで顔見知りだっただけの青葉に紹介されているのだろうか。

 

「あ〜ずるい! 私と巴のことも紹介してよ!」

「まあまあひーちゃん。慌てなさんな」

 

 青葉がピンク髪を窘める。というかさっきからうるさいぞそこの由比ヶ浜擬き。

 あといい加減君たち席に着いたらどうですかねぇ。ほら、あそこの老夫婦なんかこっちを迷惑そうに訝しんで……あ、違う。あれは孫を見るような微笑ましい目だ。

 じゃ、じゃあ逆サイドの高校生は……っと、こちらに興味なしですねはい。

 

「比企谷さん、どうしたんですか?」

「……なんでもない」

 

 こういう時に気を使って声をかけてくれる羽沢が天使に見える。

 元々好感度が高かった羽沢のレベルがうなぎ上りで上昇していく。

 対して、よく知りもしない由比ヶ浜擬きの好感度が微かに下落した。

 

「はい、私は上原ひまりです。よろしくお願いします!」

 

 ピシッと頭を九十度近くまで折り曲げて挨拶をしてきた。そこまでされると逆に申し訳なくなってきてこちらも同じように頭を下げる。

 

「比企谷八幡です。……よろしく」

「はい! よろしくお願いしますね比企谷さん!」

「…………」

 

 意外すぎる丁寧な挨拶に由比ヶ浜擬き……上原ひまりへの好感度が平均値へと戻った。

 多分上原ひまりは端からこういう性格なのだろう。この五人の中でムードメーカー的存在、という感じで。

 この短時間でもそれが伝わってきた。

 

「んじゃ、最後はアタシだな。アタシは宇田川巴です。気安く呼びやすいようにお願いします」

「なら、宇田川で……いいか?」

「はい。大丈夫です」

 

 ようやく四人の名前を知ることができた。自己紹介順に青葉モカ、美竹蘭、上原ひまり、で最後が宇田川巴……と。

 この中に羽沢を入れて五人。俺の人間観察力が衰えていなければ、彼女たちは友達以上の関係で繋がっているとみた。

 最初に気になる話もしてたしな。

 それを誰に聞こうか迷っていたが、ここは無難に昨日からだが一番関わりのある羽沢に頼ることにした。

 

「ライブするのか?」

 

 聞くと、羽沢だけでなく他の四人もこちらに視線を向けてくる。

 

「はい、私たち幼馴染み五人でバンド組んでいるんです!」

「バンド名はAfterglowです。カッコいいですよね!」

「アタシがドラムでつぐがキーボード。ひまりがベース、モカがギター……で──」

「……あたしがギター&ボーカルです」

 

 最後に宇田川とアイコンタクトを交わした美竹が答えた。

 ……Afterglow、ね。なんか響きあるし上原が言うように確かに格好良いな。

 しかしバンドのライブか……。アイドル活動してるとは思ってなかったけど、バンドをやってるのは驚きだ。

 まあ美竹に関してはなんとなくそんな風格あるけども。ほら、赤メッシュが特に。

 羽沢は……、ダメだちょっと想像できなかった。

 

「……あ、あの、比企谷さんっ。そんなに見られるとその、恥ずかしいです」

 

 徐々に尻すぼみになっていく羽沢の声音にハッとなり、意識を戻した。

 

「や、悪い。羽沢がバンド活動してるところが想像できなくてな」

 

 たった一日といえど、羽沢の"優しい"は身に染みている。そのせいかどうにも激しいイメージのあるバンドというのが結びつかなかった。

 

「むっ……、なら今度のライブ、時間があれば見にきてください。ちゃんと演奏してますから」

「で、でもあれだろ? 確か今度って新入生歓迎会だろ? 母校でもない高校に俺は入れないだろ」

「大丈夫です。日菜先輩に言えばなんとかなると思うので!」

「あ、さいですか」

 

 どうやら羽沢のバンド活動姿が想像できないって言ってしまったせいで、怒りを買ってしまったらしい。ちょっと膨れっ面がエサを詰め込んだリスみたいで可愛いと思ったりもするけど、それを口に出したら火に油を注ぐだけなので堪える。

 それにしても日菜先輩って何者だよ。先生と対等に渡り合えるとか。

 俺の中で日菜というやつイコール陽乃さんという構図が出来上がった瞬間だった。

 

「つぐが怒った〜。あたしたち以外に怒るつぐなんてレアじゃない〜?」

「あ、それあたしも思った。なんか比企谷さんと話してるつぐみ、楽しそう」

「っ……⁉︎ た、楽しっ……⁉︎」

 

 美竹の発言に羽沢が硬直して停止した。これはきっとあれだな。数分前のやりとりが起因してるな。

 かくいう俺も多少顔が熱くなってるのがわかる。が、それ以上に真っ赤になってる羽沢の方がAfterglowメンバーは気になるようだ。

 

「つぐ、顔真っ赤だよ〜?」

「ホントだな。アタシはつぐのこんな表情見るの初めてかもしれない」

「つぐ〜、もしかして私たちが来る前比企谷さんと何かあった?」

 

 上原が揶揄うように聞くと羽沢はと手と首を勢いよく振った。

 

「ぜ、全然っ! 何もないよ! あと比企谷さんなんてちっとも気にしてないし!」

「ぐっ……」

 

 故意では無いだろうが若干傷ついた。

 いや分かってるよ? 一日そこらで気にされる性格も、容姿もしてないことくらい。でも少しくらい言いようがあったんじゃないかなぁ。

 

「あっ、比企谷さんごめんなさい。その、そういうつもりじゃ……」

「おう、問題ない」

 

 ほんとほんと八幡嘘つかない。

 だからレジにしばらく一人でいさせてほしい。

 その意が伝わったのか、恐らくそうではないだろうが、俺からの第一印象マイペースっ娘がマイペースなことを言い放った。

 

「ここじゃ他のお客に迷惑だろうからそろそろ席に座ろうよ〜」

 

 今さら感半端ないがその発言に誰も異論はないのか空いている席へと移動した。俺の隣で赤面した羽沢を一人残して。

 

「……あー、羽沢? みんなのところで喋ってきたらどうだ?」

「えっ、でも、まだ家の手伝い中ですから」

「レジは羽沢がくれたお手製マニュアルでなんとかなるし、分からないことあったら聞きにいくから。あと、奥さんには俺から伝えておく」

 

 そこまで俺が言うと羽沢は少しの間を置き「わかりました、ありがとうございます」とお礼を述べてから四人の元へと向かった。

 

「……やるか」

 

 と言っても今のところできるのは机を拭くくらいだが。

 つぐママに羽沢のことを伝えてからテーブル拭きを開始する。と、何故か羽沢が顔を赤らめながら戻ってきた。

 

「あの、比企谷さん!」

「お、おう、どうした?」

 

 もじもじしている羽沢を眺めて数秒、パッと顔を上げた。

 

「わ、私も比企谷さんとお話しするの楽しいと思ってますからねっ!」

 

 言うだけ言って羽沢はAfterglowの元へと去っていく。

 俺は何事もなかったかのようにテーブル拭きを再開する。

 

「……ふっ」

 

 危ない。吹き出すところだった。

 無心でいようとすると顔がにやけてしまう。自分の中で嬉しさが消化しきれていない証拠だ。

 俺にここまで純粋な気持ちを打ち明けてくれた奴なんて小学校中学年までの小町くらいだったからな。嬉しくなっても仕方がない。

 もしかして羽沢の心に触れれば誰でも優しくなれるのか……、今度機会があれば雪ノ下と一色で試してみよう。

 俺はバイトの残り時間、自分の表情筋と戦うことになった。

 結果はお客様を入り口で軽く悲鳴を上げさせてしまうレベルでニヤけてしまったと、ここに記しておこう。

 ……誰に伝えてるんだろうな、俺。

 




読んでいただきありがとうございました!
感想お待ちしております!
誤字脱字報告もよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。