やはり俺の大学生活はまちがっている。   作:石田彩真

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粛々と二人の関係は進展していく。(後編)

 先ほどの問題の回答は『31』。

 カレンダーで31日がある月が"ある"に分類されていた。

 意外に問題が解けるとスッキリするもので、次も謎解きなら楽しみという話をしながら二つ目の目的地に到着。

 そして──、

 

『「角」=「辺の真ん中」=「対角線」=「十字」=?

 

     ハテナに入る数字はなーんだ?』

 

 というのが二つ目の目的地にあった謎解きだった。

 例の如くさっぱり分からん。

 そもそも今回の問題、さっきのあるなしクイズと違ってヒントらしいものが存在しない。

 あとなんか問題文の出し方の口調が妙に砕けてないか?

 や、そこは別にこの問題と関係無いからどうでも良いんだろうけどさ。

 ただ少し気になっただけ。

 隣の箱に目を向ける。

 今回は二桁の数字ではなく四桁の数字らしい。

 その隣には首から『ヒントが欲しければお声がけください』と書かれたカードをぶら下げて立ったまま微動だにしない黒服さん。

 俺はもうお手上げ状態なのですぐさまヒントが欲しかったが、隣では首を傾げて絶賛熟考中の羽沢がいるため、声を掛けるのを躊躇ってしまう。

 

「角、辺の真ん中、対角線、十字……つい最近どこかで聞いた気がするんですけど……」

「本当か……?」

「あ、はい。でもどこだったか思い出せなくて」

 

 聞いたのは本当に直近の話、だった気がするという羽沢。

 でもそれがどこなのか思い出せず、唸っていた。

 

「んじゃ、少し早い気もするが、ヒントでももらうか? それで思い出せるかもしれないし」

「そうですね」

 

 聞くと、羽沢は了承するように頷く。

 まあまた何かしらの課題を経てヒントをもらえるのだろうが、……さっきみたいなものじゃなければ良いんだけど。

 そんな俺の願いはあっさりと受け流されてしまう。

 

『ヒントを受け取ったあと、別荘に戻るまで手を繋いでおくこと』

 

「……まさかの永続的課題」

 

 どうやらこの課題を作った人は脳内お花畑らしい。

 ふーん、黒服さんたちにもそういう種類の人いるんだー、へー……。

 や、多様性の昨今、こういう偏見発言は炎上しかねない。訂正訂正。

 気を取り直し、課題のメモを眺める。

 しかし当たり前だが、内容が変わることはないのでどうしようかと考えあぐねていると、不意に右手に温もりが宿った。

 

「羽沢……?」

「比企谷さんの手、少し汗かいてますね」

 

 えっ、やだ、恥ずかしい。

 慌てて右手の汗を拭おうとするも、しかししっかりと羽沢に握られているため解放は適わない。

 ならばとなるべく手のひらが羽沢に触れないように少し浮かせようとするも、逆に心なしか握られる力が強くなった。

 

「私も汗かいてるんでお互いさまですよ?」

「や、そういうもん、か……?」

 

 まあ実際、俺は手を握られたとしても羽沢の汗は特に気にならない。

 というか、手の柔らかさしか感じないので、むしろ俺の手汗の量が加速度的に増してる気がする。

 なのでちょっとにぎにぎ遊ぶのやめてくださいお願いします。

 

「羽沢様、こちらヒントでございます」

「あっ、ありがとうございます」

 

 そういやずっとここに黒服さん立ってたんだっけ。

 ってことはさっきまでの一部始終を見られていたということで、ものすごく恥ずかしくなった。

 なんか宝探しゲームが始まってから、俺の情緒が混乱してるなーとぼんやり考えながら、ヒントのメモを覗き込むとそこには『電卓』と書かれているだけだった。

 

「これ、ヒントか?」

「……あっ、分かりました!」

 

 俺は疑問符しか浮かんでいなかったが、羽沢は少し考えたあと何かが閃いたのか声をあげる。

 

「比企谷さん、答えは"2220"です!」

「2220……?」

 

 答えを聞いてもピンと来ない。

 しかし羽沢は確信しているようで、スマホを取り出して電卓のアプリを開いた。

 

「今日、朝に宿題やってる時にモカちゃんが教えてくれたんですよ。……えっと、確かこれをこういうふうに計算して──」

 

 言いながら、羽沢は電卓の『1』から三桁ずつの計算を時計回りにしていく。

 そして一周して出てきた答えが『2220.』になった。

 

「……おお」

「これだけじゃないんですよ」

 

 次に辺の真ん中、対角線、十字、問題用紙に書いてある全ての手順を行い、その全ての解答が『2220』に収まる。

 

「すげぇな、これ」

「ですよね⁉︎」

 

 理屈とかは全く分からんがこれが答えでおそらく間違いない。

 羽沢がパスワードを打ち込み、開錠に成功する。

 

「比企谷さん、やりましたね!」

「まあ今回俺は特に何もしてないけどな」

「私も、モカちゃんが教えてくれてなかったら解けなかったですもん」

 

 モカちゃんに感謝ですね、という羽沢に対し、俺はこの課題におけるひとつの仮説が浮上した……が、まあ今はそのことはどうでも良いだろう。

 中に入ってたアイテムを回収し、俺たちはその場を後にした。

 

 

 

× × ×

 

 

 

 別荘に戻るまで手を繋いでいる、というのがヒントをもらうルールであったわけだが、別荘が近づいてくるにつれ、これはどのタイミングで離すのが良いのだろうかと考える。

 俺から離すのはなんか違う気がしなくも無い。

 かと言って、羽沢の方も今のところ手を離そうという気配はみられなかった。

 

「他のみんなも無事に課題クリア出来ましたかね?」

 

 おまけに極々自然に会話をこなしてくる。

 や、良いんだけどね、別に。

 

「ま、大丈夫だろ」

 

 なるべく手の感触を気にしないように答えた。

 まあ、他の場所でどんな課題が出たのか知らんけれど、絶対出来ない難易度の課題は出されないはずだ。

 それに案外、俺たちが最後で他の人たちはすでに戻ってきてるかもしれない。

 そんな予想は半分当たりで半分外れていた。

 

「あ、モカちゃん!」

「やっほー、つぐ。おつかれー」

 

 別荘に戻っていたのは青葉と松原ペアだけだった。

 

「まだ奥沢たちは戻ってきてないのか」

「さっきそろそろ戻れるって美咲ちゃんから連絡あったんですけど……」

 

 そう言った松原は少し目線を下げ、首を傾げた。

 

「どうして比企谷さんとつぐみちゃんは手を繋いでるの?」

「えっ、あっ……!」

 

 指摘され慌てて手を離す羽沢。

 ようやく解放された右手に爽やかな風がふきつける。

 

「えっ、えっと……、これはヒントもらうためで!」

「? ヒント?」

 

 動揺しながらも羽沢は松原に状況を説明していく。

 その傍ら、青葉は俺の隣にやってきた。

 

「やっぱり、青葉だな。少なくとも二つ目のポイントの問題は」

「? なんのことですか?」

「とぼけなくても分かる。今朝知ったことがそのまま偶然問題として出るとか、そんなご都合主義が現実であるわけがない」

 

 と言うもののさっきまではあくまで仮定として考えていただけで、確信を持ったのは松原が俺たちが手を繋いでいたことを指摘したからだった。

 それなりの関係を築いてきたから分かるが、ああいう時真っ先に口に出すのが青葉モカという女の子だ。

 恐らく、俺と羽沢が手を繋いで帰ってからことを知っていたのだと思う。

 あの二問目の謎解き、そしてヒント。

 あれはどちらも青葉が考えたものだとしたら説明がつく。

 その旨を伝えると、青葉はあっさりと自分が犯人だと認める。

 

「いやー、バレてしまいましたか」

「どこから仕組んでた?」

「仕組むなんてめっそうもない。ただ、黒服さんに確認したらちょうど自覚させるために使える状況だなぁ、と思いまして」

「? どう言う意味だ?」

「それはですね──」

「あら、もう全員帰ってきてたのね!」

「はぁ……、やっとついた」

 

 声に振り向くと、相変わらず元気な弦巻と対照的にかなり疲弊している奥沢の姿。

 青葉が二人を労いに行ってしまったので話が中断してしまう。

 

「ま、いいか」

 

 青葉が暗躍していたとしても、今回のことで被害を被ったことはない。

 それに普通に事情を教えてくれようとしていたみたいだし、特段困ったことは無かったしな。

 ひとまず今は、全員無事に戻って来れたので宝箱の鍵を開けるのは夕食を済ませてからにしようということになったのだった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「帰りの車って何時くらいに迎えにくるんだっけ?」

「えっと、確か21時頃って言ってましたね」

 

 松原と奥沢の会話を聞きながら時計を確認する。

 迎えが来るまであと大体一時間ほど。

 キャンプ……というより、小旅行もそろそろ終局を迎える。

 女子高生の中で男一人、一泊二日を過ごせるか不安はあったが、それなりに楽しめたし……まあ、悪くは無かったな。

 マッ缶を飲みつつ、なんとなく窓の外を眺めていると、弦巻が大きな音を立て宝箱をみんなの中心に置いた。

 

「それじゃ、開けるわよ!」

 

 その声で自然と宝箱の周りに集まる俺たち。

 課題をこなして手に入れた『1』〜『6』の番号が書かれたカードを一箇所に集めて、それを小さい数字順に弦巻がめくっていく。

 

「……これを打ち込めばいいのね?」

 

 言って、一文字一文字弦巻が打ち込んでいき、やがてピーッという電子音の後にロックが解除され、ゆっくりと弦巻は宝箱を開いていった。

 

「……わぁ、花火いっぱいだね」

 

 松原が呟き、俺も横から箱を覗いてみると手持ち花火の他、ネズミ花火、へび花火、線香花火などなど、多種多様な花火が詰め込まれていた。

 それをみれば必然というかやることはひとつしかなくて──、

 

「みんな、花火やりましょう!」

 

 

 

× × ×

 

 

 

「こころ、花火持ったまま走らない!」

「? こうした方が綺麗で楽しいわよ?」

「こころちゃん、火傷したら危ないから!」

 

 弦巻は相変わらずだなぁ……と、ぼんやりしながら自分の持っている花火を見つめる。

 勢いよく火花が放たれ、赤色から青色、黄色に変わり、やがて鎮火していく。

 そして何本目かわからない次の花火に火をつけた。

 

「花火、綺麗ですよね」

「……だな」

 

 答えた後に羽沢が隣に座ったのに気づく。

 

「火、貰ってもいいですか?」

「ん……」

 

 傾けると羽沢は「ありがとうございます」と律儀に礼を言ってから、花火同士をくっつける。

 そして二人してぼーっと火に視線を送っていた。

 

「……青葉は良いのか?」

「はい、さっきまで色々話してたので」

「そうか……、なんか言ってたか?」

「えっ、……な、なにも、無いですよ?」

 

 そういう羽沢は動揺しているようにみえたが、雑談程度に聞いてみただけなので無理に聞き出す必要はない。

 俺の花火が消えたあと、その後を追うように羽沢の花火の日も消失する。

 

「比企谷さん、今回のキャンプ、楽しかったですか?」

「ん、ああ。……まあ、悪くはなかったな」

 

 素直に伝えるのが気恥ずかしくなり、捻くれた答え方になってしまう。

 けれど羽沢は俺の答えに満足したようで優しく微笑んだ。

 

「私も、その……、比企谷さんとこうしてキャンプ出来て楽しかったです」

「そうか」

「謎解きも……楽しかったです。……、比企谷さんと一緒で」

 

 言うと、羽沢は立ち上がり伸びをして、深呼吸をする。

 

「比企谷さん、その──っ」

「おーい、つぐみ、八幡! 線香花火やるわよ!」

「っ、う、うん! 今行くね!」

 

 俺に何か言おうとしていた羽沢は弦巻の呼びかけにそう答えると、こちらに振り返る。

 

「比企谷さん、行きましょうか」

「……ああ」

 

 俺は立ち上がり、羽沢の後に続いた。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「それじゃいくわよ」

 

 弦巻の合図で同時に線香花火に火をつける。

 誰が一番長く火を保っていられるか、と言う勝負が唐突に始まった。

 別に順位を気にする必要は無いのだが、『最下位が一位のいうことをなんでも聞く権利』という罰ゲームが掛かっているので、せめて最下位にはなりたくない。

 羽沢や松原ならまだ良い。

 けど、俺が最初に脱落して、弦巻や青葉が生き残ったら何を頼まれるか分かったもんじゃない。

 だからせめて五位以上にならなくては……。

 なるべく動かさないように、優しく線香花火の紐を摘む。

 

「……わっ!」

「っ……⁉︎」

 

 その声に大きく反応してしまい、虚しく俺の線香花火の火玉が地面へと落ちていく。

 

「青葉、今のは反則だろ」

「誰かを脅かしちゃダメなんてルールありませーん」

 

 確かにそうだが……いや、普通に反則だろ。

 恨めしそうに睨むと青葉の火玉もぽとりと落ちた。

 

「あ〜、比企谷さんが睨むからー」

「や、それこそ関係ないだろ」

 

 ビリとブービーでやんややんや言い合っている間にも、弦巻、松原の火の玉が落ちていき、そして最後に残った二人のうち片方の線香花火もついに地面に落下した。

 

「……あたしも終わりです」

 

 奥沢がひらひら紐を振りながら言う。

 勝負あり。勝者は羽沢である。

 

「つぐ〜、おめでとー」

「えっ、……あ、うん。ありがと、モカちゃん」

 

 何か考え事をしていたのか羽沢は青葉の賞賛に一瞬間を置いてから反応した。

 

「えへへ、ちょっと火に魅入ちゃった」

 

 言うと、長く弾け続けていた羽沢の線香花火も役目を終えたかのように静かに火玉が地面へと落ちる。

 

「なんか花火の終わりって寂しいね」

 

 松原が呟く。

 

「そうかしら? 無くなったらまたやれば良いのよ!」

 

 その考えはひどく弦巻らしい。

 

「……さて、それじゃ迎えが来る前に片付けますかね」

 

 切り替えのために両手を打ちつけてから奥沢が言う。

 俺はバケツの水を流し、花火の残骸をゴミ袋へと入れた。

 そしてあらかた片付けて、各々の荷物の忘れ物がないかを確認している間に、黒塗りの車がやってきた。

 

 

 

× × ×

 

 

 

 車に乗る位置順はあみだくじで決められ、俺の隣は羽沢と弦巻、向かい側は窓側が奥沢と松原で真ん中に青葉という感じになっていた。、

 そして現在、俺と青葉以外は車が発進してほどなく夢の中へ誘われてしまっている。

 

「……青葉は寝ないのか?」

「あたしはへーきです」

 

 この小旅行中に限らず大学入ってから多く会話をしてるのは、羽沢を除けば青葉かもしれない。

 それは単に一番羽沢珈琲店に来店してくる数が多いというのもあるが、偶然会えば商店街でも今日みたいに絡んできたりするから。

 けれど今みたいに改まって二人だけ、みたいなのはあまりないのでどうしたものか……。

 や、まあ無理に話さなくても青葉だって疲れてるだろうし気を使う必要ないよな、と自己完結してうんうん頷いていると、不意に青葉と目があった。

 

「そういえば比企谷さん、つぐからのお願いってなんだったんですか?」

「ん?」

「線香花火の罰ゲームです。さっき車乗る前、話してたからなんだったのかなーって」

「……ああ」

 

 言われて会話の内容を思い出す。

 

『比企谷さん、あの……』

『どうした?』

『えっと、その……、さっきの花火の時のお願い、なんですけど』

『ん、ああ、まあ負けは負けだからな。いいぞ、なんかあるか?』

『……それなんですけど、保留、でもいいですか?』

『保留?』

『はい、その、まだ決められなくて』

『分かった。じゃあ決まったらいつでも言ってくれ』

『はい』

 

 という感じで結局先送りになった。

 まあ俺としては羽沢のお願いならある程度のことは聞けそうだと思っている。

 少なくとも俺を困惑させるような願いをするとは思えないし、青葉や弦巻が勝たなくて本当に良かった、……いやマジで。

 

「へぇー、そうなんですか」

 

 なるほどなるほど〜と頷きながら窓の外を眺める青葉。

 あくびを噛み殺す様子から、青葉も割と眠気があるのが見てわかる。

 

「着くまでまだそれなりにあるし、寝てたらどうだ?」

「うーん。あたし的にはまだ比企谷さんとお話ししていたかったんですけど、そうですねー」

 

 腕を組みながら考え込んでいた青葉だったが、何かを閃いたのか、ぽんと手を叩いた。

 

「それじゃあたしも寝ます。……その前にこれを比企谷さんに送りますねー」

 

 言って、青葉はスマホを操作し、それが終わると「おやすみなさい」と告げてからすぐに目を閉じた。

 なんじゃろかと首を傾げると俺のスマホの受信音が鳴りSNSを開く。と──、

 

「っ、……おいこれ」

 

 そこに写っていたのは今朝の画像。

 俺と羽沢が寄り添って寝ている写真だった。

 

「おい青葉。お前もしかしなくてもこの時起きてたのか?」

「……ん〜、むにゃむにゃ」

「や、だから実際寝てる奴はそんなオノマトペ的発言はしねぇよ」

 

 何度呼びかけても狸寝入りを決め込む青葉に嘆息しつつ、俺は写真を保存した。

 ……や、まあ、うん。写りも悪く無かったし?

 そんな言い訳をしつつ、今回のキャンプ中、始めから終わりまで青葉にいじられてた気がするなぁ、と記憶を遡りながら、俺も静かに瞼を閉じていくのだった。

 

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