俺にとってのアイドルはテレビの中の存在だった。
ライブや握手会などで会おうと思えば会えるが、そもそも俺はそんなアクティブじゃない。
あんなところは陽キャか行動力があるオタクしか行けないものだ。
ライブとか行ってみたい気はするが、一人で行くのは気恥ずかしいし、合いの手をやるのはさらに恥ずかしく思ってしまう。
せめて派遣で働いて会場の外でチケットもぎりをやるのが関の山だ。
つまりライブなどでテンション爆上げができる材木座は人間として俺より上位の存在なのか、と考えてネガティブ思考に陥りそうになるが、材木座が「我、声優の握手会で黒歴史を生産してしまった……」と嘆いてたので、握手会に行かない俺は「なるほど、じゃあ握手会に行けない俺は黒歴史作らなくて済むね、やったね!」とポジティブになった。
そして過去に黒歴史大量生産してたな、と考えて再びネガティブになる。
でも歴史を作れるほど濃い人生を送ってるってことはポジティブになっても良いのでは……?
と、ネガティブとポジティブの無限ループ篇に突入した。
まあ要するに、何を伝えたかったかというと──、
「よろしくお願いします、ヒキガヤさん!」
俺がバイト先に選んだ店にアイドル──若宮イヴが働いてるのは何故でしょうか?
× × ×
アイドルにさして詳しくない俺だが、Pastel*Palettesのことは偶然知っていた。
テレビを付ければCMなどで毎日見かけるなどの理由はもちろんあるが、一番の要因としては小町がPastel*Palettes──通称パスパレの大ファンだからだ。
俺が東京に来る前に「もし東京でパスパレに会えたら絶対にサインもらってきてね! なんならお嫁さん候補にしちゃっても良いよ?」とか冗談めかして言っていたが、まさか本当に会えるとは思わなかった。……えっ、冗談だよね?
テーブルを拭きながらレジの方に目をやると、笑顔で接客している若宮が視界に映る。
「ありがとうございました!」
笑顔で言う若宮に対し、お客さんも自然と笑顔になる。
さすが、これがアイドルの力か。
……いや、羽沢が同じ対応しても客は笑顔になるから人としての器の問題か。
じゃあなんで俺がやる時は生暖かい目で見てくるんでしょうかね? 俺の器が小さいってことですね、なるほど納得!
男の客に至っては舌打ちまでしてくる始末。やだ、客が俺に優しくない!
まあでも分からなくはない。
俺が客でも俺みたいな腐った目のやつに接客してもらうより、若宮みたいな可愛らしい女子校生に接客してもらいたいと思うことだろう。
客どころか社会すら俺に優しく無かったことを思い出していると、レジ待ちしていた最後のお客さんが帰ったところで足音が近づいてきた。
「お疲れ様です、ヒキガヤさん!」
うわっ、眩しっ!
思わず目を逸らしてしまう。
決して真っ直ぐ見つめられて照れたわけでは無い。
「ん、お疲れ様」
言葉を返すと若宮はこの場を去るでもなく、にっこにっこにーな笑顔で俺も見つめていた。
「……なんかようか?」
「いえ、お気になさらず!」
……気になるんだよなぁ。
まるで監視されてるみたい。
今日羽沢はバンド練習で手伝いは入ってない。
よって、ホールは若宮と俺の二人体制シフトなのだが、ん〜気まずい。
俺のコミュ症そろそろどうにかなん無いかな? まあ、改善しようと思ってない時点でお察しなんだけども。
やがて全てのテーブルを拭き終わる。
まるでピクミンのように後ろから付いてきていた若宮はここでようやく口を開いた。
「私、ヒキガヤさんともっと仲良くなりたいです!」
「お、おう」
アイドルにそう言われるのは大変光栄だが、ファンに知られたら殺意剥き出しで暗殺されそう。
「そのためにもまず、お互いのことを知らないとですね!」
言って若宮は自身のプロフィールを説明し始めた。
アイドルバンド、Pastel*Palettesのキーボード担当。
フィンランドとのハーフ。
好きなものはジンジャークッキー。
嫌いなものはぬか漬け。
高校の部活は茶道部、華道部、剣道部を兼任しているとのこと。
……えっ、ちょっとハイスペックすぎない?
自己紹介としては満点以上の出来だった。
次に俺の番になり、近くの大学に通ってること、好きなものはMAXコーヒーだということだけを伝える。
及第点どころか確実に赤点レベル。
しかしそんな短い自己紹介でも若宮は興味を持ってくれた。
「MAXコーヒー? とはなんでしょうか?」
「ああ、コーヒに練乳を入れた超絶甘いコーヒーだ。常にストック用意してるからよかったら今度持ってくるぞ」
「本当ですか⁉︎」
バシッと手を握られるドギマギする。
ドギマギとまどマギって似てるよね! とどうでも良いことを考えるくらいドギマギしていた。
若宮イヴはとりあえず距離が近い。
この近さは由比ヶ浜に通じるところがあるが、それともまた少し違う。
なんていうか、こちらが壁を作っても軽く乗り越えられるというか、竹刀で居合切りされてスパッと両断されてるような感じ。なにそれ怖い。
俺はさりげなく掴まれていた若宮の手を解く。
と、喫茶店の扉が開いた。
「イヴちゃん、こんにちは」
「お疲れ様、イヴちゃん」
「チサトさん、カノンさん、来てくれたんですね!」
入ってきたのはどうやら若宮の知り合いらしい。
というか片方は知ってる。
パスパレのベース担当で白鷺千聖、だったはず。
若宮が働いてるし、パスパレメンバーもよくここに来るのかな〜とか働いてる最中考えたりしていたが、まさかすぐに会うことになるとは思わなかった。
そして自ずともう一人の方がカノンさん、ということになる。
そのカノンさんとやらは俺の顔をじっと見て固まっていた。
「……俺の顔に何かついてるか?」
「──っ⁉︎」
聞くと肩を震わせ、白鷺の後ろへと引っ込んでしまう。
そして何故か白鷺に睨まれる俺。
ふぇぇ、こわいよ〜。
「チサトさん、カノンさん、この方は新しいバイト仲間のヒキガヤハチマンさんです!」
「……どうも」
若宮が紹介してくれたので無碍には出来ず、頭を下げる。
「ヒキガヤさん、こちらは私のお友達のシラサギチサトさんとマツバラカノンさんです!」
「初めまして比企谷さん」
にっこり微笑み手を差し出してくる白鷺。
笑ってるのにドス黒いオーラを感じるのはどうしてだろう。
「よろしく、お願いします」
何故か敬語になってしまった。
そりゃそうだ、村人Aがラスボスに勝てるわけが無いのだから。
ヘコヘコ頭を下げてご機嫌取りをするに限る。
「あ、あの……、ごめんなさい。私の知り合いに似てるなって思って見てしまいました。松原花音です」
次いで謝罪しながらおずおずと手を差し出してくる松原花音さん。
なんていうかその……怖くてごめんね?
「花音、怖いなら怖いってはっきり言っても良いのよ」
「えっ、そ、そんなの言えないよっ」
言ってる。その発言がすでに言っちゃってるから。
「初対面で結構言うな、お前……」
「ふっ、ごめんなさい。たとえあなたが年上でも初対面でも、私は友達の方が大切だもの」
言って挑発的な笑みを向けてくる。
まあそりゃそうだ。
俺だって戸塚が誰かに怯えてたりしたら全力で守る。
「大丈夫だよ、千聖ちゃん。その……、男の人に慣れてないけど、怖かったわけじゃないから」
「そう? 花音がそういうなら信じるけれど」
う〜ん、ゆるゆりですねぇ。
やっぱり美少女同士だとどうしても百合チックになってしまうのだろうか。
そんな流れがあって、若宮が二人を席へと案内する。
「チサトさん、カノンさん、何か注文しますか?」
「ええ、花音はなに頼む?」
「千聖ちゃんと同じので大丈夫だよ」
「そう……。それじゃケーキセットを二つお願いしようかしら」
「かしこまりました!」
注文を聞き入れ、それをキッチンルームへと伝えに行く若宮。
俺はとりあえず二人に水を出すことにした。
「花音、私ちょっとお手洗いに行ってくるわね」
「うん、いってらっしゃい」
白鷺はすれ違いざま会釈をしてきたので、慌ててそれに返す。
そして俺は二人のテーブルに水を置く。
「あっ、ありがとうございます」
「……ごゆっくり」
言いつつ会釈し引き下がろうとしたところ、「待ってください」と後ろから呼び止められた。
「あの……、先ほどはすみませんでした!」
「あっ、いや、大丈夫だ」
「その……、千聖ちゃんも私のためにああいう態度をしてくれたので、嫌にならないでくれると嬉しいです」
言って頭を下げてくる松原花音。
──仲良きことは美しきかな。
こうしてお互いがお互いのために行動できるのは凄いと思う。正直、憧れたこともあった。
だが所詮俺には無理な話。
出来ないことは早々に諦める。
そしていつかの夢、専業主夫になるために俺は邁進していくのだ。
一周回って原点回帰をしていると、「あっ!」と叫んで俺のポケットから松原が何かを取り出した。
……いや、それ俺の家の鍵。
「これ、ガチャガチャでシークレット扱いされてるクラゲのキーホルダーですよね⁉︎」
「ん、そうだっけか? 確かにこの前ガチャを回した記憶はあるが……」
何を回したかは正直覚えてない。
あの日は偶然お釣りの百円玉を握り締め、偶然ガチャが目に入っただけだから。
キーホルダーなら付けておくことが出来るから、と回した記憶がある。
「うわぁ、可愛い」
「クラゲ、好きなのか?」
「はっ、ご、ごめんなさい!」
謝るとすぐに鍵を返してきた。
雰囲気からなんとなく人のものを勝手に取るような性格じゃないと思って驚いていたが、それほどクラゲが好きということなのだろう。
俺は鍵からそのクラゲのキーホルダーを外した。
「欲しければやるぞ。……いらなかったら捨ててくれ」
「えっ、良いんですか⁉︎」
松原は俺の手を包むようにそのキーホルダーを受け取ると、キラキラした目で眺めていた。
「これ、中々出ないんですよね。私も何回か回したんですけど、全然出なくて……」
そうして照れたような笑みを浮かべる松原はなんていうか、あれだ……可愛い。
最近の女子高生って顔面偏差値高くない?
羽沢然り、Afterglowメンバー然り、若宮と白鷺はアイドルやってるし、言うまでもない。
「ただいま花音」
「あっ、おかえり。千聖ちゃん」
「それ、キーホルダー?」
「うん、比企谷さんが譲ってくれたの」
松原が言うと、白鷺は驚いたようにこちらを見上げる。
「なんですか……?」
「いえ、ただ意外だな、と」
何が? と聞こうとしたが、その前にキッチンの方から若宮がケーキセット三つをお盆に乗せて歩いてくる。
「お待たせしました!」
「ありがとう、イヴちゃん」
「あの、私もこれでバイトも終わるので、ご一緒してもよろしいですか?」
「うん、もちろんだよ」
若宮の問いに松原が笑顔で答え、白鷺は頷く。
女三人寄れば姦しいと言うが少なくともこの空間は姦しいなんてことはなく、ただただ絵になる。
ふと、いつか見た奉仕部での光景を思い出した。
高三になってからは大きな依頼はなく、のんびりした時間を過ごしていた空間。
由比ヶ浜の話に雪ノ下と小町が相槌を打ち、小町と一色がたまに軽い舌戦を繰り広げたりしていた。
俺はそれを本を読みながら聞いていて、たまに振られる話題に適当に返してたんだよな。
こうして懐かしいと思える記憶なのだから、俺にとっても悪くない思い出なのだろう。
柄にもなく感傷に浸ってしまった。
「今度小町に電話して聞いてみるか」
恐らく、小町なら雪ノ下たちと連絡を取っていることだろう。
俺は楽しそうに会話をする三人から離れ、どうやってそれとなく書き出すかを考えながら、残りのバイト時間を過ごすのだった。