やはり俺の大学生活はまちがっている。   作:石田彩真

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誰が見ても弦巻こころの笑顔は一級品である。

 人には避けては通れないことが存在する。

 小学校や中学校は義務教育だから通わなければならないし、社会人になれば安定した生活を送るために働かなくてはならない。

 ただまあ今回の話はそんな人生的なあれではなく、もっと身近な話。

 ゴールデンウイーク中の食材をまとめ買いするため、スーパーではなくたまには商店街で買い物をしてみるかと考えたのが運の尽きだった。

 

「それじゃ行くわよ八幡!」

 

 比企谷八幡、休日をのんびり過ごす予定が女子高生に連れ回されるのであった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「ふふんふ〜ん!」

「…………」

 

 上機嫌に鼻歌を歌いながら俺の手を引っ張っていく弦巻こころ。

 決して力は強くないが、なぜか引き離すのを躊躇ってしまう力がある。

 

「えっと……、どこ行くんだ?」

 

 聞くと、弦巻はこちらを振り返りながら首を傾げた。

 

「? どこに行こうかしら?」

 

 まさかのノープラン。

 しかし足取りは向かう先が決まってるかのように止まることはない。

 ならば俺は大人しく着いていく以外の選択肢は無いのだ。

 ふと、こうなるまでの経緯を思い起こした。

 商店街を散策中、アクロバティックな動きで前方からやってくる弦巻がいたから、俺は関わらないように身を縮こまらせていたのだ。

 しかし、そんなの知ったこっちゃ無いとばかりに、弦巻は動きを止めると一気に俺へと距離を詰めてきた。

 

『あなた、もしかして比企谷八幡ね?』

『えっ? なんで俺の名前……?』

『花音から聞いたわ! うん、目がちょっと変で特徴もバッチリね!』

 

 目がちょっと変……は大分オブラートに包んでいそうだが特徴に関してはネガティブ要素が多い気がするなぁ。

 

『花音……って松原の知り合いか』

『ええそうよ! あたしは弦巻こころっていうの! 八幡が笑顔じゃなかったからお話ししようと思って!』

『いやただの買い物だし。一人で笑ってたら気持ち悪いだろ』

『そんな事ないわ! 笑顔はすごく大切よ!』

 

 わぉ、この子すごい元気!

 思わず俺まで元気に……ならないですね、はい。

 

『八幡はこの後暇かしら?』

『えっ……、暇だけど、……あっ、やっ、暇じゃな──』

『暇なら一緒に行きましょう!』

 

 こうして今の状況が形成されたのだった。

 多分過去に戻れたとしても運命の強制力が働いてこの状況を免れる術は無いと思う。

 なら、比企谷八幡の数ある特技の一つ『無理な状況なら諦める!』を発動する他ないのだ。

 なのだが──、

 

「あの、着いていくから手を離してくれませんかね?」

「どうしてかしら? 手を繋いでた方が楽しいでしょ?」

 

 楽しくないんだよなぁ。

 むしろ注目集めて困るんだよなぁ。

 最近女子高生と関わりすぎて感覚麻痺しているせいか、話すことへの躊躇いは不思議と無い。

 が、それはそれこれはこれ、だ。

 どうしてこうも警戒心ない子がおおいのかねぇ……、白鷺と対面した時が一番まともに思えてくるな。

 さすが子役で芸能界を生き抜いてきただけのことはある。

 

「おっ、こころちゃん今日も元気だな!」

「ええ、あたしはいつでも元気よ!」

「こころちゃん、これ持っていきな」

「美味しそうね、後でみんなで食べるわ!」

 

 商店街を突き進むごとに弦巻は話しかけられていた。

 アニメとかドラマだ見たことあるけど、現実でもこんなことあるんだな。

 ああでも、俺も似たようなことあるかもしれない。

 中学生の頃レジャー施設で迷子になってる子に声掛けたら、警備員に事務所に連れてかれて親呼ばれたこと。

 その時思ったのが『現実でもこんなことあるんだな』だった。

 うーむ、前者と後者だと意味合いが違いすぎる気がしないでもない。

 日本語って難しいなーと、どうでも良いことを考えていると、急に弦巻は足を止めた。

 

「そうだわ! これからあたしの家に行きましょう!」

「…………」

 

 初対面を家に招くのはお父さん感心しません!

 そんなことを言えるはずもなく、俺はそのまま急に目の前に現れた黒塗りの車に乗せられたのだった。

 ……いやこれなんて急展開?

 

 

 

× × ×

 

 

 

「……でか」

 

 到着後の第一声がそれだった。

 いかにも高級そうな車が弦巻を迎えにきた時から嫌な予感はしていたが、往々にしてそういう予想は的中してしまう。

 正門潜って車を走らせること数分……いや、この時点でおかしいのだが。

 なんで車で庭を走っちゃってるの? そんなのそれこそ漫画の世界だけの話かと思ってたんですけど。

 事実、リアルで遭遇してしまったら開いた口が塞がらない。

 今の自分鏡で見たらどんだけ間抜け面をしているだろう。

 外観だって全て見渡せないし、東京ドームが圧倒的霞むレベル。

 

「八幡、どうしたのかしら?」

「…………どうしたらいいのかわからなくて困ってるんだ」

「? よく分からないわね!」

 

 俺もこの状況がよく分からないわね。

 とてつもなく帰りたい。

 帰りたくてたまらないのだが……、これ絶対道に迷うやつだ。

 しかも変に彷徨ってたりしたら、警報が鳴り響いて番犬に襲われる未来しか見えない。

 こんな大豪邸を前にしたら本当にありそうなんだよなぁ。

 なので前を歩く弦巻におとなしく着いていくしか選択肢はなかった。

 家の扉を開き赤い絨毯の上を歩くことしばし、ようやく弦巻がひとつの扉の前で立ち止まる。

 この先鬼が出るか蛇が出るか、なるようになれ精神で深呼吸……をする間もなく、弦巻は扉を開け放った。

 

「みんな、お待たせ!」

 

 弦巻の背中がしない部屋を覗くと、四人の視線がこちらに突き刺さる。

 

「ちょっとこころ、そんな勢いよく開けなくても……。花音さんが驚いちゃったじゃん」

「ふぇ……、そ、そこまで驚いてないよ〜」

「そうだよみーくん! かのちゃん先輩はちょっとびくってなっちゃっただけだよ!」

「ああ花音。何があっても私たちが守るから安心して隠れているといいよ」

 

 鬼でも蛇でもなくそこにいたのは美少女たちだった。

 

「みんな、揃ってるわね!」

「いやこころ。あんたが今朝招集かけたのになんで家にいないのさ」

「ちょっと散歩をしてたのよ! そしたら八幡を見つけたから連れてきたわ!」

 

 言って弦巻が俺の背中を押す。

 やめて! みんなの注目浴びちゃうから!

 この中で俺が会ったことあるのは一人だけ。

 しかもそれも顔見知り程度の間柄。

 だけど俺に出来る行動はただひとつしかなかった。

 

「よ、よう、松原……」

「比企谷さん……?」

 

 驚いた表情を見せる松原。

 そりゃそうだ。なんならここにいる俺が一番驚いてる。

 他の三人に視線を向けると一人は御愁傷様という感じで、一人はワクワク楽しそうな表情を、最後の人に至ってはちょっと真っ直ぐ見つめられすぎて恥ずかしいですね、はい。

 俺が視線を外すと、この中でまともな役割だと思われる少女が口を開いた。

 

「えっと……、こころ。その人は?」

「八幡よ? 商店街で会って連れてきたわ!」

 

 うんそうだね。

 そうなんだけど、多分今の質問の答えに辿りついてないよねそれ。

 道中何度か弦巻と話してここは俺が話した方がスムーズにことが運ぶと思い、コホンと咳払いをした。

 

「俺のことは松原から聞いて名前くらいは知ってるって解釈で良いか?」

「あっ、はい、それで問題ないです」

「で、俺がここにいる理由だが、笑顔が無いって言われて手を引っ張って連れ回されて気づいたらここにいた感じだな」

「……はあ」

 

 あれれ〜おかしいぞ〜。

 ダメだ、全然通じなかった。

 ってかそもそも、俺自身、自分で話しておいて「何言ってんだ、こいつ?」ってなったもん。

 自分がわからないのに相手に伝わるわけがない。

 

「つまり、こころに無理やり連れてこられたってことでまとめても?」

「……だな。分かりやすいからそれで良い」

 

 はぁ、と俺と少女のため息が重なる。

 なんか苦労してそうだな、この少女。

 空気が重くなりかけようとしたところで、松原が遠慮がちに手を挙げていた。

 

「あ、あの……、比企谷さんは私とこころちゃん以外知らないと思うから自己紹介するのはどう、かな?」

 

 その提案に俺が名を知らぬ三人は頷き、一人の活発そうな少女がぴょんぴょん飛び跳ねる。

 

「はいはい、じゃあはぐみからね! ハロー、ハッピーワールド!のベース、北沢はぐみだよ! 家はお肉屋さんでコロッケがイチオシなんだけど、比企谷さんは来たことあるかな?」

「あ、いや……、まだ行ったことないな」

「そっかぁ、じゃあ今度買いに来て! サービスしてあげるから!」

「お、おう……」

 

 俺が引き気味に頷くと北沢は満足そうに頷いた。

 次にこのメンバーの中で苦労人っぽい少女が口を開く。

 

「えっと……、あたしは奥沢美咲って言います。ちなみにさっきはぐみが言ってたハロー、ハッピーワールド!っていうのはあたし達のバンド名ですね、略すとハロハピになります」

「……奥沢、さんたちもバンドやってるのか」

「たちも、ってことはポピパとかAfterglow辺りにはもうあった感じですかね?」

「ポピパは知らんが、Afterglowには会ったな」

「そうですか。……次、薫さんどうぞ」

 

 奥沢さんがそういうと薫さんと呼ばれた人は髪をさっとかきあげた。

 

「私の名前は薫。瀬田薫さ。ハロー、ハッピーワールドではギターを担当している」

「瀬田薫、だな」

「ああ。好きに呼んでくれて構わない。私は比企谷さん、と呼ばせてもらうことにするよ」

「お、おう……。よろしく」

 

 北沢、奥沢さん、瀬田……うん、覚えた。

 最近名前を覚えてばかりな気がするどうも俺です。

 まあ記憶力にはそれなりに自信があるので問題はないが。

 特に小町や戸塚との会話は一言一句記憶から削除したくない。

 ……そういや小町のやつ、明日泊まりに来るんだけど大丈夫かな? 迎えはいらないって言ってたけど道迷ったりしないかな? やっぱり迎えに行った方がいいかな?

 小町への愛に脳が支配されかけていると、弦巻がみんなの中心に立って声をあげる。

 

「それじゃ、自己紹介も終わったことだし、これからハロハピ作戦会議を始めるわ!」

 

 まばらに響く拍手。

 ぽかんとしている俺。

 そんな俺を気にかけて、そばに来てくれた松原。

 

「実は明後日、遊園地で演奏することになってるんですよ。いつもは黒服さんが舞台を設営をしてくれてるんですけど、今回は設営からみんなでやろうって話してて」

「なるほど」

 

 つまりその作戦会議を今日はやる予定だったというわけで……。

 あれ? 俺ここにいる意味無くない?

 

「八幡も手伝ってくれるから心強いわね!」

「そうなんだ! よろしくね、比企谷さん!」

「手伝ってくれるなら、心強いよ」

「こころ、それ比企谷さん了承してるの?」

 

 弦巻の発言に北沢と瀬田が賛同し、奥沢さんがツッコミを入れる。

 それに弦巻は元気よく答えた。

 

「もちろんよ! だからここにいるんだもの!」

「……そうなんですか、比企谷さん?」

「弦巻の中ではそうなんだろうな」

 

 俺と奥沢さんのため息が重なる。

 やだ、俺たちシンクロ率高すぎ!

 なんか大体このメンバーの立ち位置が把握できた気がする。

 ノリと勢いの弦巻、それに合わせる北沢と瀬田、状況によりバランス調整をする松原と奥沢さん。

 ……なんか色々大変そう。

 

「こころ、比企谷さんだって予定あるかもしれないんだから、勝手に決めちゃダメでしょ」

 

 奥沢さんが正論で弦巻を窘める。

 

「それもそうね! 八幡、明日と明後日予定はあるかしら?」

 

 ここでようやく俺のターンが回ってきた。

 

「明日は家に妹が遊びに来る、んだが、一緒に連れて行っても大丈夫なら、協力出来なくはない」

「それじゃ、決まりね!」

「えっ、比企谷さん。妹さんはそれで良いんですか?」

 

 弦巻が即決したのに対し、奥沢さんは俺に申し訳なさそうに言葉を紡いでくる。

 

「まあ大丈夫だろ。楽しい場所連れてってねって言われてたけど、思い浮かんでなかったし。遊園地なら楽しめそうだし」

「……あー、確かにノリが良い妹さんならこころ達と一緒に間違いなく楽しめるかもしれませんね、疲れるけど」

 

 間違いなく小町はノリが良い。

 しかも臨機応変、柔軟剤よりも柔らかな対応が出来る小町なら、普通に上手くやれそう。

 

「今度こそ決定ね!」

「よろしくお願いします、比企谷さん」

「迷惑かけたら、すみません」

 

 松原と奥沢さんが頭を下げてくれる。

 こちらとしても行く場所決めるのが面倒だった手前感謝しかない。

 

「それじゃ『花咲川スマイル遊園地、お客全員笑顔大作戦』開始よ!」

 

『おー!』

 

 拳を突き上げてハロハピ全員の掛け声をあげる。

 流れに乗り遅れた俺に視線が集中した。

 ……えっ、俺にもやれってこと?

 

「お、おー」

『おー!』

 

 俺のアイデンティティはきっと弦巻にここに連れて来られる時点で、商店街に置き去りにされてしまったのだろう。

 だが案外悪くないと思っているのは、ここ最近賑やかなことばかりだからだろうな、と思うことにしてハロハピの会議に参加することにした。

 

「八幡、あなたは当日ミッシェルの隣で踊るのよ!」

「…………」

 

 ミッシェルって誰ですか?

 あと踊るのは全力で遠慮させてくださいお願いします。

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