社畜というのはゴールデンウィークでも仕事がある。
朝八時くらいは通勤ラッシュ激戦タイムだ。
駅の中へ消えゆくサラリーマン達に向けて、こころの中で合掌をする。
今日もお勤めご苦労様です!
目を瞑り黙祷を捧げて開けると、通勤ラッシュの波に逆らう一人の影が見えてこちらに向かってきた。
「お兄ちゃん、おひさー! ……あれ、なんか老けた?」
「久しぶりの再会に第一声から酷い言われよう」
スーツケースを片手に現れた少女──もとい俺の愛妹こと比企谷小町はいつでもどこでも愛くるしい。今すぐ抱きしめたいレベル。
しかしそんなことをすれば小町に拒絶反応を示されること確定なので、俺の脳内だけにとどめることにした。
……あれ、俺の小町好きが増してない?
や、まあ一ヶ月近くも離れてたなら仕方ないなと自分自身で納得する。
「お兄ちゃん、今日は遊園地連れて行ってくれるんだっけ?」
「ん、昨日連絡した通りだ。ちょっと頼み事されたついでだから、小町にも頼むかもしれんが」
「良いよ良いよそれくらい! なんか楽しそうなお話だったし!」
既にテンション高めな小町。
これならハロハピメンバーとも仲良くしてくれると思う。
俺は小町からスーツケースを預かり、歩き出した。
「とりあえずこれ家に置いてまず羽沢珈琲店だな」
「りょーかい、お兄ちゃんをバイトで雇ってくれた人にお礼言わないとね!」
「お前は俺のかーちゃんか」
なんなら親でもそんなことはしないと思うぞ。
ただ単に俺のバイト先が気になるだけかもしれんが、何回も聞かれるより実際見てもらった方が早いと思って、昨日の電話でこの提案をしておいた。
羽沢にも事前に連絡しておいたし、お店にいてくれるらしいのでまあ大丈夫だろう。
「ほらお兄ちゃん、早く!」
「……テンション高いな」
先頭で行く小町を追いかけながら俺は今日の予定を一通り思い返していた。
……ところで小町ちゃん? 家はここ右に曲がった方ですよ?
× × ×
準備中の看板が立っていたのでノックをしてから扉を開いた。
すると、モップをかけてる羽沢つぐみが目に入る。
いつしか見た光景に懐かしさを感じつつ、顔を上げてこちらを視認した羽沢が笑顔を向けてきた羽沢に手をあげる。
「おはよう」
「あっ、比企谷さん、おはようございます! それと……小町ちゃん、で良いんですよね?」
「はい、私はこの愚兄の妹、比企谷小町です! いつも兄がお世話になっております!」
「ううん、こちらこそいつも助かってるよ」
「あの、羽沢つぐみさん……。つぐみさんって呼んでも大丈夫ですか?」
「うん、そう呼んでくれると嬉しいな」
言って握手を交わす二人。
そしてなぜかハグをしていた。
「羽沢は今日手伝い入ってるのか?」
「今日は無いですよ、Afterglowもみんな予定入ってるから久しぶりに一人なんです」
「そうか……」
ハグしながら喋る羽沢は子供をあやすように小町の背中をさすっていた。
小町は小町で甘えるように絶賛羽沢の肩に頬擦り中。
君高校生だよね? 初対面なのに仲良すぎでしょ。
「おい小町、そろそろ離れろよ。羽沢に迷惑だろ」
言うと、顔を上げてこちらに目を向けた小町がぶすっとむくれていた。
「良いじゃん別に。つぐみさん何も言ってこないし……あっ、それともお兄ちゃんも抱きつきたかったとか?」
「えっ……⁉︎」
「やめろ小町。割と純粋な羽沢が本気にしちゃうでしょうが」
ほら顔赤くしてるしー。
チラチラこっち見てるしー。
ちょっと俺も期待しちゃいそうになってるしー。
……ごめんなさい嘘です。
羽沢の赤面を見てなんて声をかければ良いかわからなかったが、いつの間にかハグを解除していた小町が手を叩いて羽沢に声をかけた。
「そうだつぐみさん! これから小町たちと一緒に遊園地行きませんか?」
「……遊園地?」
「はい! なんかお兄ちゃんがお手伝い頼まれて遊園地行くみたいなんですよ! で、それに小町も付き合わされるんですけど、もしこの後お暇ならどうかな、と思いまして」
「えっと……、良いんですか?」
小町に手を握られて不安そうに俺へと尋ねてくる羽沢。
まあ手伝う云々は置いといて、羽沢に問題無いなら、小町の遊び相手として来てもらえれば俺もありがたい。
「俺は全然構わないぞ。……というか、多分俺が手伝う奴ら、羽沢のこと知ってるかもだし」
恐らくバンド繋がりでハロハピとAfterglowは少なからず接点があるはずだ。
昨日奥沢さんと話した時チラッと名前も出てたしな。
そのことを伝えると、羽沢はなるほどと頷いた。
「ハロハピのお手伝いに行くんですね! それなら私もお役に立ちたいです!」
グッと握り拳を作り力を込める羽沢。
これで俺たちは三人パーティーになった。
「それじゃ、すぐにお掃除終わらせて準備しますね!」
「ん、俺も手伝う」
「小町もやります! 三人でやった方が早いですし!」
「ふふっ、それじゃお言葉に甘えますね」
言うと、羽沢は俺たちに的確な指示を出してくれて手早く店内掃除を終了させることができた。
その間、小町と羽沢はさらに仲良くなったらしく、連絡先を交換しており、俺の高校時代の寝顔を小町が羽沢に送りやがったのである。
……とりあえず夜に話し合いが必要なようだった。
× × ×
連絡係として奥沢さんのLINEのIDを教えてもらっていたので、妹と羽沢の三人で行くことを伝えておく。
雪ノ下に散々『ホウレンソウ』は大事だと言われてたからな。
その際、遊園地の場所も念のため教えてもらったので、迷うことなくたどり着いた。
開場時間は十時からであと三十分ほどあったのだが、弦巻の名前を出せば入れると聞いていたので入り口の警備員に伝えたところ、あっさりと入園することが出来る。
さすが弦巻……、あんな豪邸に住んでれば名前パスも可能というわけか。
「うわー、結構ピカピカだね」
「だな。まあけど、前はそこまで客が入ってなかったから多少寂れてたらしいぞ」
「けど、ハロハピがバンドやってから少しずつ増えてきたんですよね?」
と、俺たち三人が会話をしていると後ろから声が飛んでくる。
「まあ、一応そうなるんですかね?」
「あっ、美咲ちゃん!」
振り返った先にいたのはハロハピメンバーの一人、奥沢美咲さんだった。
頭にタオルを巻きラフな格好で俺たちを出迎えてくれる。
「今日はこころのわがままに付き合ってくれてありがとうございます、比企谷さん」
「あ、いや、大丈夫だ」
「羽沢さんと小町ちゃん? もよろしくね」
「うん、よろしくね!」
「はい、……美咲さん、よろしくお願いします!」
「ん、よろしく」
握手をする。
そしてハグをした。
いやだからなんで?
小町そんなフレンドリーだったっけ?
しかし疑問に思ったのは俺だけじゃなかったらしい。
「あの……、小町ちゃん、なんでハグ?」
「? 仲良くなるための第一歩?」
「あっうん、わかった……」
何が分かったのか聞くのが怖いのでスルーさせてもらう。
「他のみんなはあっちで作業してるよ」と奥沢が言うと、羽沢を連れて小町はすたこらさっさと駆けていく。
奥沢さんは俺の近くに来てはふぅ、と息を吐いた。
「小町ちゃん、可愛くて元気ですね……」
「まあ可愛いのは否定しない。元気なのも……東京来てテンション上がってることにしといてくれ」
「……そうします」
挨拶した時から疲弊してる奥沢さんを見てると、既に弦巻や北沢に振り回されてたことが容易に想像出来てしまう。
昨日だけ振り回された俺が大変だったのだ。
バンドメンバーとしてまとめ役をしている奥沢さんの大変さは計り知れない。
「その、お疲れだな。奥沢さん」
「……いえ。むしろ疲れるのはこれからというか」
ああそうだな。
今日はまだ始まったばかりだし、なんなら昨日迷惑とかどうとか言ってたけど、このままじゃ小町の方が迷惑かけそうだし、俺も協力するしか無い。
「奥沢さん、手伝えることは言ってくれ。これでも高校時代は生徒会長をやってる後輩のパシリみたいなもんだったからな」
「今ちょっとスルーして良いか分からない事言われた気がするんですけどその前に、……なんで比企谷さん、あたしだけ敬称付けて呼ぶんですか?」
首を傾げてくる奥沢さん。
……確かに、なぜだろう。
数秒考えたが答えは導かれなかった。
そして考えて考えて、考え抜いた結論を口に出す。
「なんか奥沢さんは『奥沢さん』って感じしないか?」
「……すみません。あたしにはちょっと分からないです」
そっかー。分からないかー。
まだまだだね。
まあ俺も分からないので奥沢さんのことをどうこういう資格はないのだが、それでも俺の中で奥沢さんは『奥沢さん』で最初から定着してしまっていたのだから、仕方がない。
「なんかあたしだけ敬称ついてると距離があるっていうか、……あっ、いや、全然良いんですよ? 別にそこまで気にしてませんし」
言ってそっぽを向く奥沢さんである。
あー、これはあれだ。
めちゃくちゃ気にしてますね、はい。
でも確かに続けて呼んだ時、弦巻、北沢、瀬田、松原、奥沢さんでは俺が奥沢さんだけに遠慮してる風にも聞こえてしまう。
別にそんなつもりはないのだが、苦労人ってことを一瞬で見抜いてしまった手前、どうにも敬いたくなってしまったのだ。
まあそれで本人が距離を感じてしまうのなら改めた方が良いのかもしれない。
「奥沢……で、良いか?」
「あっ、その……、比企谷さんが呼びにくくなければその方が嬉しいかも、です」
奥沢さん改め奥沢は呼び捨てにすると心なしか喜んでくれてる表情を見せてくれた。
その笑顔に俺も嬉しく思い、口角が上がりそうになるのを抑えつつ、コホンと咳払いをする。
「んじゃ、早く向こうに行くか。みんな待ってるだろうし」
「はい、そうですね」
並んで歩き出す。
みんなのところに到着すると、小町が中心になって自己紹介をしていた。
「まさか花音さんに会えるとは思いませんでしたよ!」
「私も、こんなところで会えるなんて思わなかったよ」
なにやら親しそうに話している小町と松原を見て俺と奥沢は顔を見合わせる。
と、小町がこちらに気付き手を振ってきた。
「お兄ちゃんって花音さんと知り合いだったんだね!」
「……小町こそ、松原と知り合いなのか? ってか、めちゃくちゃ親しそうだけど」
聞くと、松原が先に答えてくれた。
「はい、春休みに千聖ちゃんと秋葉原に行った時、私迷子になっちゃって……、そこに偶然いた小町ちゃんが助けてくれたんです」
「うん。……で、そこから話してるうちに仲良くなったんだ!」
「ね〜!」と言い合う二人は本当に仲が良さそうだった。
まさかこんなところに繋がりがあるとはな。
「……ん? じゃあもしかして松原が最初俺にあった時のことって──」
「あっ、そうですね。比企谷さん、どことなく小町ちゃんと雰囲気似てるなって思ってたんですけど……、まさか兄妹だとは思いませんでした」
世間は狭いとはよく言ったものだ。
交友関係自体狭い俺にとってはここまでのコミュ力がある小町に対して素直に感心してしまう。
や、でも最近交友関係も広まってきてる気がしなくもないな、主に女子高生に限られるけど。
周りを見渡すとなんとも賑やかしい。
もう既に小町はハロハピ(主に弦巻とだが)と意気投合していた。
メガホンを手に持った奥沢が声をあげる。
「はーい、みなさーん。……比企谷さんと小町ちゃんと羽沢さんも来てくれてありがとね。これから作業を開始しますけど、怪我だけはしないようにしましょう」
まるで現場監督のような発言。
けど怪我をしないのは大事。超大事。
奥沢の言葉に皆それぞれの返答をしてようやく作業が開始した。
× × ×
「あっ、比企谷さん。これ、はぐみの方までお願いします」
「ん、了解」
奥沢に指示され資材を運ぶ。
俺の役目は主に重いものを運ぶ係。
まあこれだけいて男が俺だけなら必然的にそうなるのは自明の理。
しかし、他のメンバーはバンドをやっているだけあって体力がある。
小町も小町で疲れた様子がない。
意外に体力あるんだな、と感心する。
「北沢、これここに置いておくな」
「うん、ありがと比企谷さん!」
「ん……」
作業開始から数時間、それぞれ決められた時間に休憩をとりながらやって、ほぼほぼ完成していた。
というより後は照明の調整とかだから、奥沢や松原に任せるしか無い。
働きたくない至上主義の俺であるが設営を割と楽しんでいた。
こうして誰かと作業をするのはいつ以来か……文化祭かな? と考えるも、そもそも文化祭の準備に参加した記憶がなかった。
ただ、クラTの費用だけ取られて終わってたな。
あれは新手のぼったくりか何かだと思うどうも俺です。
俺は重いものを運び過ぎて凝ってきた肩をぶん回す。
一度、二度。
すると首筋にひんやり冷たいものが押し当てられた。
「ひやっ!」
情けない声が漏らし、反射的にそのナニかを掴んでしまった。
誰だよ俺を辱めた奴はと、恨めしく後ろを振り返ってみたら、羽沢がスポーツドリンクを俺の首筋に当てたまま硬直していた。
「……羽沢か」
「は、はい。……その、えっと」
なぜだか視線を右往左往させている。
俺は首を傾げてから、はたと今の現状を理解した。
ペットボトルを握っている羽沢の手を俺はぎゅっと握りしめているのだ。
……どうすんのこれ?
沈黙がこの場を支配する。
羽沢は視線を彷徨わせ、時たまこちらを上目遣いで見てくる。
ふぅ、落ち着け。ここは年上の俺が冷静に対処しなくては。
まずは掴でる羽沢の手をゆっくりと解放する。
次にペットボトルを受け取る。
そして仕上げに土下座……をしようとする前に、羽沢は「失礼しました!」と頭を下げてこの場を走り去った。
それと入れ違いに小町がこちらへ向かってくる。
「お兄ちゃん、つぐみさんになにしたの?」
「……なにも」
うん、何もしていない、はず。
以前、俺の口元についたクリームを取った時は自然だったのに、今回手に触れただけであの動揺っぷりはよく分からん。
いやまあ、あっちは本当に無意識の行動だったんだろうけど。
はふぅと息を吐き、スポーツドリンクを一気に半分くらいまで喉へ通す。
とりま不可抗力だったとはいえ後で謝った方がいいだろう。
「……で、小町はなんか用だったのか?」
「えっと、なんだっけ……? お兄ちゃんがこんなに小町のお義姉ねえちゃん候補を見つけてきてくれて感激! ってのを伝えようと思ったのと……」
「や、なんだよそれ。誰も候補いないからね?」
「あっ、そうだ! 今日みんなでこころさんの家に泊まる事になったってのを伝えにきたんだった!」
言って、弦巻に呼ばれた小町は走っていってしまう。
……………………。
なぜそうなった?
× × ×
今日の作業が終わり、昨日に引き続きやってきました弦巻家の大豪邸。
小町は外観を見た瞬間、ぽかんと口を開けて数秒停止していた。
うんうん、わかるよ小町ちゃん。多分それ、昨日の俺と同じ顔だから。
というより俺まで泊まらなくても良かったのでは無かろうか。
大きな家で一人一人の客室を用意できるとはいえ、一応ここは女の子の家と言っても差し支えないだろう。
なら男の俺は場違い感が半端無い。
そのことを弦巻に伝えてみた。
が──、
「どうしてかしら? みんな一緒の方が楽しいでしょ?」
と、とりつく島もなく、奥沢に助けを求めようとしたものの諦観めいた瞳で見つめられたので、「あっ、これ決定事項なのね……」と渋々納得する他なかった。
小町を除く女子高生六人に囲まれる俺。
やったー、黒一点じゃん! やっふー! ……とか、言えるくらいの陽キャならどれほど良かったことか。
生憎と俺にそんな胆力は無いのである。
弦巻の部屋の隣がちょうど客室のようで、俺はその部屋に。
他のメンバーは全員弦巻の部屋で寝ることとなった。
「八幡もこっちで寝た方が楽しいわよ?」
と言われた時は流石に奥沢と松原と羽沢が止めてくれたので助かった。
弦巻はもうちょっと倫理観とかを勉強した方が良いと思います!
豪勢な夕食をいただき、広すぎる風呂に浸かった後客室へと戻ってきて、キングサイズ二個分ほどあるベッドに身体を委ねる。
……やばい、気持ちいい。
あっ、これ、ダメ、おかしくなるぅ〜。
Yogiboなんか目じゃ無いくらいの心地よさ。
広過ぎて落ち着かなくて寝付けないな今日はと考えていたが、思いの外疲れてたのか瞼が重くなる。
うつらうつらしながら、せめてベッドに潜り込まなきゃ勿体無いという意思で這っていると、扉がノックされた。
「比企谷さん、起きてますか?」
「……ん、おう、起きたら起きてる」
声が聞こえたので姿勢を正してから返事をすると扉が開かれる。
そこにいたのは羽沢、松原、奥沢、小町の四人であった。
「……えっと、入っても大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
眠気はあるがまだ限界というほどでもなさそうだ。
四人は入ってくると小町以外の三人は正座で居住まいを正し、小町だけは俺の横に座り「ベッドふかふか〜」と呑気なことを言っていた。
しかしあれだな。小町は見慣れてるとはいえ、他人の風呂上がりの姿を見るのはなんだかいけない気分にな……いやダメだ失礼すぎるだろ。
パジャマだって普段見せる人は限られるだろう。
そうすると嫌でも意識してしまう。
俺はそんな意識を無理やり除外するため、咳払いをした。
「どうしたんだ、四人で?」
聞くと、目の前に座る三人はビクッとなって頬を染めて視線を全員違う方に向けた。
なに? あっち向いてホイ? 俺が指差す役?
そんなわけがないので、唯一平常の小町に目を向けると答えてくれる。
「さっきみんなでゲームやってたんだけどね、こころちゃんが『やっぱり八幡も一人で寂しがってるはずよ! だから、勝った人が八幡の部屋で一緒に寝るの!』……ってなって、勝ったのがこちらのお三方です!」
「……ほーん」
なるほど分からん。
ってか、なんでその勝負する前に止めなかったの? という視線を奥沢たちに向ける。
「……あたしだって止められる時とそうじゃない時とがある、っていうか──」
「私たち結構頑張ったんですよ? ……けど、はぐみちゃんと薫さんも乗り気で──」
「……で、でも罰ゲームじゃなくて勝った人ってところがこころちゃんらしいですよね!」
三者三様の言い訳……というか、最後の羽沢は言い訳でもなんでもないが、なんなら俺も思ったことだが、こうなってしまっては仕方がない。
まあこの三人は何も悪くないのだから。
「……で、小町は勝ったのか? 負けたのか?」
「んー? 負けたね。でもほら、お兄ちゃんが手を出さないように監視? っていうの?」
なるほど。
一緒に寝るとしても手を出すことはさらさら無いが、身内がいてくれるなら心強い。
弦巻の暴挙は今更だし、奥沢が止められないなら俺なんか尚更無理だし、なんならもう眠過ぎて脳を休ませてあげたい気持ちが強かった。
「えっと……、じゃあ寝るか?」
言うと三人が頷く。
そして小町がノートに何かを書いていた。
「はい、じゃあこれあみだくじ! 右からAからDね! ちなみに小町は一番左をもらいます」
「いや待て小町。そこは俺が一番左で小町がその隣、余ったところを三人に勧めるのが最善だろ」
「え〜、だってそれじゃつまんな……面白くないじゃん」
おい今つまんないって言おうとしたよな?
ってか、面白くないも大した意味変わってないぞ。
「あっ、でも、三人がお兄ちゃんの隣になるの嫌なら、仕方ないなとは思うけど」
ちらちら、っと小町が三人を伺う。
その言い方で拒絶できるわけないだろ……。
いや仮に嫌だと言われたら普通に傷つくけどね?
案の定、三人は別に嫌じゃないと答えてくれた。
この空間の主導権が完璧小町に握られてしまっている。
「はい、じゃあ選んで。ちなみに決まった後に交換とかは無しだからね」
最悪真ん中になったとしても右端の人と交換できれば良いかと考えていた俺の思考を完璧に読まれてしまう。
諦めて択を選ぶ。
その結果、左から小町、奥沢、松原、俺、羽沢という並びになってしまった。
右端を当てられないのが八幡クオリティー。
だが、このベッドの広さなら五人で寝ても少しは距離を空けられる。のだが、なぜかみんなベッドに入ると密集してきた。
「いやー、小町、美咲さんともっと仲良くなりたいと思ってたんですよー」
「えっ、うん、あたしも……」
小町と奥沢はすでに二人で盛り上がっていた。
対して出遅れた俺たち三人は天井を向いたまま停止する。
少し右に動けば羽沢に手に触れてしまい、それを調整しようとすると松原の肩に触れてしまう。
両隣の良い匂いが鼻腔をくすぐりまくるし、俺の眠気はいつの間にか吹き飛んでいた。
この沈黙に耐えかねたのか、気を遣ってくれたのか、おそらく両方であろうが、羽沢の声が聞こえてきた。
「な、なんか、不思議な感じですね」
「……うん。そうだね」
いやはやほんとにそう思う。
言っても俺たちが出会ってまだ一ヶ月も経っていない。
なのに今こうして同じベッドで布団に入ってるなんて、普通なら有り得ない。
というよりこうなる前にいつもの俺なら断固回避しているのだが、……弦巻こころ、手強過ぎる。
「花音さん、明日は頑張ってくださいね」
「うん、比企谷さんもつぐみちゃんも一緒に楽しもうね」
言ってしばらくすると、左から小さな寝息が聞こえてきた。
その数秒後、右からも心地よさそうな寝息が耳に入る。
みんな結構動き回ってたからな、疲労が溜まっててもおかしくはない。
いつのまにか小町と奥沢も眠ってしまったようだった。
「……眠れん」
いやこの状況で寝るとか不可能だから。
俺そんな神経図太く無いよ?
「んっ……」
身動みじろぐことすらままならず硬直していると、羽沢と松原が同じタイミングで寝返りを打った。
図らずも二人とも俺の方を向く形で。
そして両腕が暖かいものに包まれたかと思ったら、手を握られ、更には肘あたりに柔らかい感触を伝えてくる。
これは……、やばい。
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。
餅つけ!
全然落ち着けそうになかった。
二人は俺の腕にしがみつくと顔を寄せ、ますます密着してきた。
顔が近い。
寝息が首元を掠めてこそばゆい。
二人の息使いのくすぐったさ、良い香り、腕が包まれる暖かさによって俺は完全に思考を放棄することにして静かに目を瞑るのだった。
読んでいただきありがとうございました!
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