やはり俺の大学生活はまちがっている。   作:石田彩真

7 / 15
このシリーズ書く時、何気に一番考えるのが導入部分。
完璧ではなくとも、五割くらいは八幡らしさを取り入れられるようにしたいというこだわりが……笑


そして笑顔のステージは幕を開ける。

 たまにだが、テレビでイノシシとかを素手で撃退したってのを目にする。

 本来なら闘わず逃げる一択だが、こういう刺激的な事があるとどうしてもマスコミは取り扱う。

 無論、面白いから。

 その人に会ってどうやって撃退したのかを聞き出し、人の気を引けるような記事にする。

 まあそもそもそれが仕事だから否定はしないのだが、英談のように語られるそれを真似する人が出ないとも限らないから、あまりよろしく無いと俺は思っている。

 まあつまり、だ──、

 

「こんにちは〜、ミッシェルだよー」

 

 俺の前で手を振って喋ってるこのクマさんからは逃げるべきか否か……迷いどころである。

 

 

 

× × ×

 

 

「ミッシェルって子供に人気なんだな」

「うん、いつもああやって子供に囲まれてるんだ」

 

 白とピンクを基調にして作られた……というと各所に怒られそうなので、可愛らしい見た目のクマさん──ミッシェルは現在子供とお戯たわむれ中。

 俺と松原はそれを眺めつつ、奥沢(ミッシェル)のサポートをしていた。

 逃げるか否か……、結局俺は会話をすることを選んだ。

 まあ、着ぐるみだし、声を聞いた瞬間中の人が奥沢ってのも分かったから、普通に会話しただけなんだが。

 しかもそのミッシェル事情を聞いて奥沢がますます苦労人なんだと痛感した。

 弦巻、北沢、瀬田はミッシェルはミッシェルという謎理論を展開しているらしい。

 いや、まあ、うん……良いと思うよ。子供心を忘れてなさそうで。

 弦巻はともかくとして、北沢と瀬田は……やめた。なんか考えるだけ無駄な気がしてきた。

 今日の気温はそこそこある。

 ミッシェルの中は相当暑いはずだ。

 だからこうして俺と松原が奥沢を気にしているわけで、他の人たちは舞台開始の時間まで遊園地を遊び尽くすらしい。

 

「松原は行かなくて良かったのか?」

「うん、美咲ちゃんが頑張ってるのに遊んでなんかいられないよ。それに……」

 

 そこまで言って松原は顔を赤らめた。

 その態度には心当たりがある。というかありすぎる。

 昨晩、勝った人が俺の部屋で寝るってゲームが女子部屋で開かれ、羽沢、松原、奥沢、そして小町(監視のため)が俺の部屋へとやってきた。

 そしてベッドで並んで寝ることになったのだが、それも小町の策略であみだくじで配置を決められ、その結果羽沢と松原が俺を挟む形で隣になったのだ。

 中々寝付けなかった俺とは対照的に、準備で疲労が溜まってたらしい二人は早々に眠りについたのだが、その際俺の腕にしがみついてきた。

 俺は最終的に自然と寝ていたけれど、松原たちは朝起きるまで俺の腕を抱き枕にしていたらしい。

 そのことを知ったのは朝食で俺に二人が謝ってきた時。

 幸い、羽沢と松原は早めに起きたらしくこの出来事は俺たち三人の秘密にしようってことになったのだが……。

 

「……えへへ」

 

 なにその照れ笑い可愛いなおい。

 こんな感じで未だに松原はめちゃくちゃ気にしているようだった。

 なんなら羽沢も割と気にしているっぽい。

 今朝は二人ともまともに目を合わせてくれず、頬を染め、気恥ずかしさを露わにしていた。

 そうされると俺まで意識しちゃうし、なんなら俺からすれば美少女に抱きつかれるのは役得なわけで、こほんこほんけぷこんかぷこん。……ふぅ、つい本音が。

 時間が解決してくれることを祈り、俺からあえて何か言ったりはしない。

 このまま無言の時間が続くのかと考えていたが、子供と戯れていたミッシェルがこちらにサインを出してくると松原はミッシェルの元へ歩き出した。

 

「はい、みんな。ミッシェルは次の準備があるから、また後で遊ぼうね!」

 

 言うと、はーいと大変元気な返事が聞こえ、松原たちがこちらへ戻ってくる。

 舞台裏へ退避すると、ミッシェルは頭を取り去った。

 

「……はぁ、暑い」

「ん、お疲れ」

 

 ミッシェルの頭を受け取り、汗だくの奥沢にキンキンに冷やしておいたスポーツドリンクを手渡す。

 それを一気に半分以上飲み干した。

 仕事帰りに居酒屋でビールを呷るサラリーマンさながらだ。

 

「んくっ……ぷはぁ、生き返る〜」

「美咲ちゃん、大丈夫? 疲れてない?」

 

 松原が冷えたタオルを奥沢の首に当てる。

 

「ありがとー、花音さん」

 

 今の奥沢の姿はタンクトップだから、正直目のやり場に困ってしまう。

 俺が明後日の方向に視線を向けていると、ちょうどそちらで弦巻の周りに人だかりが出来ていた。

 

「……なにしてんだ、あれ?」

「えっと……、ジャグリング、かな?」

 

 ここから見えるだけでも八個……いや、十個はボールを使ってジャグリングをしていた。

 小町と北沢は完璧弦巻のアシスタントと化していた。

 つくづく弦巻は規格外の存在だな。

 今日はハロハピライブのイベント告知を予めしていて、ゴールデンウィーク中ということもあってか、平常よりは大分入園率は良いらしい。

 高校生くらいの人も頻繁に目にするから、おそらく弦巻たちの同級生とかも遊びに来ているのだろう。

 事実、弦巻の少し離れた位置では瀬田が女子高生たちに囲まれていた。

 

「きゃ〜、薫さまー!」

「ふっ、子猫ちゃんたち、このあととても儚いステージがあるから楽しみにしていてくれ」

 

 歓声があがる。

 ……なにあれ、アイドル?

 瀬田が演劇やってて人気あるって話はさっき松原から聞いて知っていたが、ここまでとは思わなかった。

 ちゃっかりハロハピライブを宣伝してるのは流石だな。

 

「なんか、こういうの良いよね。みんなが楽しそうだと私も嬉しくなるよ」

「まあ、あたしもそう思います」

 

 松原の言うことはわからなくは無い。

 大抵"みんな"の中に入らない俺だが、YouTube生配信でみんなが盛り上がってると、つい俺も顔文字を使ったテンション高めなコメントしちゃうからな。

 そして配信者がなんか愛想笑いしてた。

 ……ほんと空気読めなくてごめんなさい。

 この出来事がコメントしなくなったきっかけなんだよなと思い出していると、散っていたメンバーが戻ってきた。

 

「あら、美咲! どこに行ってたのかしら? すごい汗かいてるわね」

「あっ、えーと……、ちょっとその辺ジョギング、かな」

「えー良いなー、みーくん。はぐみもみーくんと走ればよかった!」

「美咲、この後大切な舞台も控えてるんだから、無理はいけないよ」

「あっ、うん、大丈夫」

 

 やっぱりこのメンツの相手大変そう。

 今後も奥沢と関わるときは可能な限り優しく接したいと誓うどうも俺です。

 この場にミッシェルの着ぐるみが無くなってるのは、きっと黒服が現れて隠してくれたのだろう。

 ……ほんと、あの人たちどこから現れてるんだろうなぁ。

 はぁ──。

 

「比企谷さん、お疲れですか?」

 

 俺がため息をついたのに気づいた羽沢が声を掛けてくれた。

 

「や、大丈夫だ。俺なんかより奥沢の方が何倍も疲れてる」

「あはは、みたいですね」

 

 確かに俺も昨日の件で若干寝不足気味ではあるが、大した問題ではない。

 

「こころ、今から音合わせやるけど大丈夫?」

「ええ、問題ないわ! ……ミッシェルはどこかしら?」

「ミッシェルは個人で調整して後で合流するから大丈夫」

「そうなのね!」

「よーし、やるよ!」

「さあ、もうすぐ私たちの晴れ舞台が開幕だ」

 

 言って、北沢と瀬田は立てかけてある楽器を手に取った。

 ……さっきまでそこに楽器なかったんだけどなぁ。

 まじ黒服さん有能すぎ。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「いぇーい! みんな、元気かしら?」

 

 弦巻が叫ぶと子供達がそれに応えるように叫び返す。

 

「今日はみんなで笑顔になって、いっぱい楽しみましょ!」

 

 言って、曲が始まる。

 最初は『えがおのオーケストラっ!』だ。

 ちなみに俺を本気で舞台にあげようとしてた弦巻だったが、奥沢の計らいで照明と演出の役割を担うこととなった。

 その補佐として羽沢が隣におり、なんと小町は舞台に上がって弦巻と一緒に歌っている。

 

「ってか小町、いつの間に歌覚えたんだ?」

 

 その疑問に隣の羽沢が答えてくれる。

 

「さっきこころちゃんに誘われて、何度か聞いてたみたいですよ」

「……へぇ」

 

 それで覚えたの?

 何それ、小町そんな特技あったんだな。

 しかも普通に上手い。

 さすが小町。略してさすこま!

 俺がそんな小町に魅入っていると、隣の羽沢から声がかけられる。

 

「あっ、比企谷さん。この曲終わったら暗転して、五秒後に切り替わるのでよろしくお願いします」

「お、おう……」

 

 いつになく真面目な表情の羽沢にこちらも魅入ってしまう。

 バイトの時の笑顔とバンド演奏の時の楽しそうな表情、……そういや羽沢って高校の副生徒会長だったな、と思い出す。

 一曲目が終わり暗転する。

 そして羽沢の指示タイミングで点灯させた。

 

「完璧ですねっ」

「お、おう」

 

 褒められて少し嬉しくなったのは内緒にしておこう。

 

 

× × ×

 

 

 

 最後の曲が終わり、アンコールが起こる。

 

「みんなー! ステージに上がってちょうだい!」

 

 弦巻が言うと、子供達が舞台にあがった。

 …………そんな予定あったっけ?

 いや無かったな。予定ではさっきの曲で終わりのはずだ。

 まあライブならアンコールに応えてやることはあると思うけど、何するつもりだ……?

 

「比企谷さん、少し光度を落として舞台全体に照明が行き渡るように出来ますか?」

「お、おう」

 

 言われた通り少し暗くし、ハロハピに当たってたライトを広めに設定した。

 すると、松原がキーボードを奏で始める。

 

「……きらきら星か」

 

 なるほど確かにそれなら子供たちも歌えるな。

 何度もここでライブをしたことあるって聞いてたので、恐らくアンコールの時は毎回しているのだろう。

 子供たちの親も手拍子でリズムに乗っていた。

 

「なんかいいな、こういうの」

 

 不思議と口から感想が漏れ出ていた。

 バンドを見るのはこれで二度目だ。

 Afterglowの新入生歓迎会。

 あの時は体育館全体に音を響かせ、Afterglowから目が離せなくなり、まるで「自分たちを見ろ!」とでも言ってるかのような力強い演奏だった。

 対してハロハピは音でこの空間を温かく、優しく包み込むような演奏で、とても心地いい。

 同じバンドという括りだが、全く違う。

 それぞれの特色がはっきりとわかる。

 俺の呟きを隣で聞いていた羽沢が優しく微笑んだ。

 

「ふふっ、そうですね」

 

 バンドか……。

 少し興味が出てきたな。

 きらきら星が終わった後、ハロハピメンバーが子供達と写真を撮り、このステージの幕は降りたのだった。

 ひとまず、"会場みんなが笑顔"を無事達成した今回の『花咲川スマイル遊園地、お客全員笑顔大作戦』は無事に完遂できたと思われる。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「……すごい。見てください、比企谷さん。夜景が綺麗ですよ!」

「……だな」

 

 ステージを終え、すぐに会場の撤去に取り掛かった。

 弦巻家の黒服さんたちも手伝ってくれたおかげで、閉園時間を少しすぎてしまったがなんとか終わらせることができ、最後に社長さんの厚意で観覧車に乗れることになった……のだが──、

 

「…………」

「…………」

 

 なぜか羽沢と二人で乗ることになった。

 

「えっと……、比企谷さん。今日は楽しかったですね」

「ん、そうだな」

 

 そして無言。

 あれれ〜、おかしいぞ〜?

 気を利かせて喋りかけてくれてる羽沢の厚意を無駄にして会話を切ってしまう俺。

 そもそもこんな気まずくなってしまってるのには理由がある。

 

『それじゃ、皆さん。二人ずつに分かれて乗りましょう!』

『えっと……、小町ちゃん、どうして?』

『いやー、四人ずつに分かれて乗るとワーキャーして観覧車の醍醐味を楽しめませんし……、それに、つぐみさんが今日はお兄ちゃんとあまり喋れてないのを気にしてたので!』

『えっ……、私⁉︎』

 

 いきなり話題の矛先を向けられた羽沢は頬を染めて驚いた声をあげる。

 小町の発言に同調したのが意外にも弦巻だった。

 

『それはつぐみが笑顔になりきれてないわね! それじゃ、あたしがチーム分けをするわ!』

 

 ということで、俺と羽沢、北沢と瀬田、奥沢と松原、小町と弦巻ペアになったわけだが、あんな爆弾を投下されて普通に接せるわけがないんだよなぁ。

 

「ひ、比企谷さん。えっと、その……」

 

 言葉を紡ごうとして引っ込む。

 さっきからその繰り返しだった。

 

「……羽沢。別に無理して話さなくてもいいぞ」

「っ、べ、別に無理してません!」

「や、めっちゃ言葉に詰まってるから」

 

 もう詰まりすぎて今餅を食べたら喉に詰まらせないか心配しちゃうレベル。

 俺が言うと、羽沢は落ち込んだ表情を見せた。

 

「私……」

 

 ……やっちまったな。

 こう言うところがダメなんだと小町によく言われる。

 ふと昔、由比ヶ浜を突き放した記憶が蘇った。

 事故の件で負い目を感じて、それで俺と関わってくれていると言及して突き放す。

 あの時と何も変わっちゃいない。

 ある程度関わるのに許容を超えようとすると、どうしても壁を貼ってしまう。

 そんな自分が心底嫌いだ。

 平塚先生ならこう言う時なんて言ってくれるだろうと考る。

 ──間違えたと思ったなら、やり直せば良い。人生、リセットは出来ないが、リスタートはその人の気持ち次第だ。

 うん、言ってくれそう。

 

「……はぁ」

 

 ため息を吐く。

 羽沢の肩が震えた。

 数学が苦手なのに理屈で考え、さらにそれを曲解して屁理屈に仕立て上げるから、俺は捻くれてるって言われるんだろうな。

 なら、たまには感情、自分の気持ちを言葉にするのも悪くないんじゃなかろうか。

 俺はもう一度息を吐いて呼吸を整えた。

 

「今度……、羽沢たちの練習、見てみたいんだが……」

「……えっ?」

「あ、いや、無理なら良いんだが、この前演奏聞かせてもらって、今日もバンド見て面白いなって思ってな」

 

 最初は驚きの表情をしていた羽沢だが、徐々に考え込むようにして、やがて微笑んだ。

 

「はい、ぜひ見に来てください。みんなも喜びますよ!」

「ん、楽しみにしてる」

 

 そのやり取りの後、先ほどまでの気まずさが霧散され、羽沢の話に俺が相槌を打つ時間が、観覧車を降りるまで続いた。

 羽沢に笑顔が戻ってよかったと心底思う。

 だって今日は『花咲川スマイル遊園地、お客全員笑顔大作戦』で、俺たちは客でもあり演者でもあった。

 なら、全員が笑顔で帰らなきゃ達成したとは言えない。

 

「……ふふっ」

 

 羽沢の笑顔を見て、柄にもなくそんな気障なことを思ってしまう俺であった。

 

 




読んでいただきありがとうございました!
コメントがあるとモチベーションご上がるので、一言でもいただけると嬉しいです!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。