天井裏から見る世界   作:鞍馬エル

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ifの世界
最終話における分岐

少女の長きにわたる軌跡の終わり


 夢の果て

 あれから数年が経ったわ

 

 

あの騒動によって、様々なものが破壊されたと思う

ヒトとしての倫理、常識、良識

そして日常

人によってはあの騒動で社会復帰出来なくなった人もいると聞くわね。無理もないとは思うわ。生き延びる為とはいえ、ゾンビ(人のなれの果て)を手に掛けなければならなかったのだから

 

元々人の理性などというのは一度タガを外してしまえば、それを戻すのにはそれなりに苦労がいると思う

私や彼みたいに最初から価値を認めていないくらい割り切れば何の事はないと思うのだけど。そこまでヒトとして壊れていない人が多いのでしょうね

その辺は本当に個々人の問題でしょうから、人によっては平穏を取り戻した瞬間に罪の意識に苛まれて命を絶つのかしら

 

実際、生き延びた者なんて大なり小なり他者を切り捨てて生きていたのだからその辺について考えるだけ無駄だと個人的には思うのだけど、ね?

 

 

ああ、そうそう。あの騒動の元凶だったランダルコーポレーションは関係者の殆ど(・・)が死亡しており、責任追及が難しくなったと聞いているわ

…本来なら裁かれるべき対象を失った政府だけど、流石にそれで済ませるには余りにも被害が甚大過ぎたみたいね

中世の『魔女狩り』もびっくりするくらい関係者の捜索が行われたと私達の担当(・・)から話を聞いた

 

 

私若狭悠里と夫若狭治孝。それに長女若狭胡桃、次女若狭圭に三女若狭美紀は正式に家族として認められたわ

というよりも、私とハルはともかくとしてくるみや圭に美紀は私達と引き離される事になった際、半狂乱して抵抗したとの事

 

その際余りにもひどかったらしく、くるみと美紀は何度も自殺未遂を行なったと聞いたわ

結果くるみ達と私達を離してはくるみ達の精神が危険な事になると判断されて、異例ともいえる『同い年にも関わらず親子関係』という歪極まらない措置を認める他になかったと聞いている

 

 

…何というか複雑な気分になったわ

確かにくるみを娘として愛したと断言出来るし、それはハルも一緒だと思う。だけど、家族関係となったのはくるみや美紀のメンタルを守る意味も多分にあった

どうにも加減を間違えてしまったみたいね

 

唯一問題のなさそうな圭もそうではなかったらしい

聞くところによると、病院に一時入院させられたらしいけど快活な圭とはまるで違っていたと担当から聞いているわ

 

 

担当というのは、私達の様に当時未成年未満の若年層の生存者に対して政府から付けられたモノね

一部地域での生存者がかなり少なくなった事により、騒動前にあった官公庁はその機能を停止。現在では総務省に厚労省、国土安全対策省などに再編された。一応担当は総務省の人間らしいけど、その権限は広範に渡る。その為折衝が難しい、そうこの前愚痴を聞いている

 

…何でも、騒動の中心地であった巡ヶ丘市に対してランダルの生き延びた重役は証拠隠滅の為にミサイルを打ち込もうとしたとか何とか

それが問題となり、ランダルの重役の手が様々な省庁にも伸びていた事と人員が壊滅的な被害を受けた事。これらの事情から省庁再編に踏み切ったそう

 

各自治体のデータについてもバックアップを含めてかなりの部分が破損しているらしく騒動前のデータ復旧はほぼ不可能なのも理由の一つだとか

 

…まあ、そこら辺については私が関知する話でもないと思うけれど

 

 

 

巡ヶ丘市については暫く放棄する事により、ゾンビ達の自然減少を待つ事になったらしい

その為、私達は新しく住む場所を探す必要があった

 

 

そこでハル、いえ夫や娘達と相談して結論を出したわ

 

 

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私は現在巡ヶ丘市の生存者の1グループの担当として働いている

…いや、1グループと形容するのが正しいのだが彼女達は非常に難しい立場(・・・・・)

 

そのグループを正しく表現するのであれば『若狭家』となる

が、何とも困った事にあの極限状況下において家族関係を築いた(・・・・・・・・)という極めて歪な事情がある

しかも、夫婦はまだ辛うじて理解できるのだが、娘達については私も含めて事情を理解しているとは言い難いのが本音だろう

夫婦と同い年の長女、旧姓恵飛須沢胡桃。後輩であり、騒動前に夫である新田治孝と多少親交のあった次女、旧姓祠堂圭。次女と親交のあった三女、旧姓直樹美紀

 

…はっきり言うと理解不能だった

だから最初は長女以下3人を病院で治療(静養)させるべきと判断したのだが

 

 

どうにも私の想像力が欠如していたのか、或いは彼女達の執着心を甘く見ていたのか

病院に連れて行こうとした職員4人に対して長女と三女が猛烈に抵抗したのだ

 

涙ながらに暴れた彼女達の憔悴ぶりを見た私は直ぐに上司に相談する事とした。情け無い事だが、私がどうにか出来る範疇ではないと感じてしまったのだから

若狭夫妻についてある程度把握している(・・・・・・・・・・)。いや、今思えばそれも怪しい限りだと痛感する

夫妻は

 

それがくるみ達の為になるのなら

 

と病院に一時入院させる事を了承してくれていたが、当の彼女達の猛反発を受けて翌日に話をしに行かねばならないのは情け無い限り

 

 

結局上からの指示は

 

彼女達も含めて『家族』として扱え

との事だった

…明らかに年齢的な問題があったにも関わらず、それを強行せざるを得なかったのは『彼女達だけにそこまでの労力をかける訳にはいかない』という何ともどうしようもない理由からだろう

何せ医療体制も半ば崩壊している現状だ。自己解決出来るのであればそれに越した事はない。そういった理由からだろう

 

何せ若狭夫妻らと共に救助された女性教諭は長期間の治療が必要と判断されているし、同学年であると思われる少女もまた精神に異常が見られるとの話だ。特に女性教諭の治療は年単位の時間を要するであろうとの私見を医療サイド側からもらっているのだから

正直に言えば、巡ヶ丘高校のグループは良く生き残れたと思っている

確かに食料やインフラは生きていた。それによる恩恵は計り知れないだろう

 

しかし、同市にある聖イシドロス大学の様に多少なりとも娯楽(現実逃避の手段)があるのであれば、精神の均衡を保つ事もそう難しくはないのかも知れないとは思う

が彼女達には物資や環境こそあったが精神の均衡を保つに足るものは何一つ無かっただろう。あくまでも正式な拠点として動かすにしても、『大人の先導者が必要』だったのだろうから

幾ら大人びていても夫妻は学生だ。経験が圧倒的に不足しているのだから、その対応が歪なものであったとしても仕方のない話だろう

 

同級生を娘として扱う

 

文言にするととんでもない話だが、逆を言えば若狭夫妻には周りを見るだけの精神的余裕があったとも言える。がそうと言ってもあの状況下で取捨(命の)選択をしなければならないというのは余りにも負担が大きかった事だろう

勿論、騒動前の倫理観や常識からすればあり得ない話でしかない。しかし、唯一の大人である佐倉教諭が殆ど機能していなかった時点でそこまで子供である若狭夫妻に求めるのは酷

 

調書によると、佐倉教諭があの様な状態になったのはそれこそ騒動が起きてから1週間程らしい

 

 

…正直なところとして、唯一生き残った大人としてそれはどうかと思わなくはない

加えて佐倉教諭ら旧巡ヶ丘高校の教員にはある疑いがある

正確には巡ヶ丘高校だけではなく、聖イシドロス大学などのランダル系の教育機関などの職員などだが

 

若狭治孝くんの話によると、巡ヶ丘高校の校長は騒動が起きて直ぐに地下倉庫に向かいそこで命を絶ったらしい

そもそも、巡ヶ丘高校やイシドロス大の設備はそれこそ政府機関のそれよりも良いもの

彼は充電が切れて久しい携帯端末を提出してくれた。その中身を精査した我々は衝撃を受けたものだ

 

教職員用緊急時マニュアル

と記載されたマニュアル

救助の際に彼はそれを此方に提出してくれたが、その内容は悍ましいものであった

 

ランダルコーポレーションはこの様な災害が起きる可能性がある事を知っていながら隠蔽していた。加えてそれに対する対策すら十分なもので無かった事も判明した訳である

この情報は即座に政府へと送られ、政府はランダルコーポレーションの資産全ての凍結と関係者に対する取り調べを決定。その最中に一部の者達がランダル側と通じて巡ヶ丘市に対してミサイルによる攻撃を企図していた事も発覚

事が露見した場合は巡ヶ丘市ごと証拠隠滅を図るつもりだったと言う訳だ

 

巡ヶ丘市は半世紀ほど前に一度壊滅しかけている

報告書にもその名は記されていないが、公文書でありながらその様な扱いをしている時点でどの様な感情を関係者達が持っているのか?は察するにあまりあろう

 

 

その地の名前を巡ヶ丘に改め、様々な支援を行なった上で巡ヶ丘市は復興したのである

復興事業において当時は大した規模でなかったランダルコーポレーションがその勢力を急激に伸ばしたというのだ

元々多くの地主達が壊滅的被害を受けた事を受けてその不動産を買い漁ったのがランダル。結果市内の要所にある施設はランダルコーポレーションの傘下となった

国として復興事業を推進した側からすれば、これは明白な裏切り行為にしか見えない訳であり、かつて起きた災害を再び現出させた事実は余りにも重い

女性教諭の治療についても

 

 

学校職員がどれだけ事態を予想していたのか?

という一点において解決させねばならなかったからこそのモノである

 

 

命の選択は未だもって避け得ぬ事なのだから

 

 

 

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担当氏からの連絡があり、巡ヶ丘よりの転出については概ね此方の要求が通るとの事だ

 

流石に虐殺(ジェノサイド)しまくった所での生活はくるみ達にとって何一つメリットはないだろうから助かる話だろう

加えて巡ヶ丘市に通じる橋などにおいて防疫線が構築される事となるらしく、完全に巡ヶ丘市を隔離(陸の孤島化)するらしい

 

 

…担当氏の話によると救助を受け入れない者も少数ながらいるらしく彼等は市民(保護対象)として扱うのではなく病原体のキャリアー(死亡認定)として適切に処理(・・・・・)するとの事

別に『生き残る為』にはそう言った事(殺し合い)もしなければならなかった事自体に不平不満はない

 

俺が言うのもなんだが、どの様な形であったとしても(いず)れは日常に戻らねばならないのが普通(・・)

戻る気(・・・)がないのであれば好きにすれば良い。が、そうでなければ終わらせる(死ぬしか)ないのも事実

が、それを素直に選ばなかったからこそ手を血に染めたわけであり、いつまでも非日常(奪う生活)が続けられる訳もないのだが

 

 

政府は貴重な広報用のヘリコプターを複数機投入して、巡ヶ丘市内において救助の為の場所を指定したと聞く

それにより救助されたのは聞く限りでは聖イシドロス大の生存者が最も多い人数だったとの事

組織だって動いていたと圭と美紀から聞いたショッピングモールのグループに生存者はいなかったと担当氏は言っていた

 

…どうにもイシドロス大を件のグループが襲撃したとスミコと名乗る人物から聞いたが、何というか不思議な人物だったと感じたなぁ

まさかあのような事態にあって、ゴスロリファッション?なる奇矯な装いをしているとは流石に想像の外である

なお、ゴスロリファッションとやらについては圭が随分詳しく教えてくれたのだが理解不能と言わざるを得ないだろう

 

 

…まぁ、悠里が着てくれるのであれば諸手(もろて)を挙げて喜ぶ次第だが

圭が言うには、美紀にその手の格好(・・・・・・)をさせるのが1番との事であるが、その辺についてはコメントを差し控えたいと思う

 

一応娘である以上、その対応に格差を付けるのは色々問題しかないと思うのだ

ただでさえ、ウチは特殊な家庭ゆえに事情を知らない者からすれば宜しくない目を向けられるのだから

 

 

なお、悠里としては俺との間に子供を作りたいと思っているらしいが流石に産婦人科が既に有名無実化している現状での出産はリスクしかないと思うので悠里を押し留めているところだ

というか、悠里の子供は見たいのも事実。しかしそれがいざ自分の子供ともなるとくるみ達の立ち位置の曖昧さが嫌でも浮き彫りとなる事が明白ともなると二の足を踏む

 

現在政府は都市部の大幅に減った人口対策として、各種手当の充実を盛り込んだ補正予算を提出している。流石にこの様な非常事態ともなればいつもは寝ている議員(置き物達)も法案審議に意欲的だ

ま、現在の総理は人口の致命的ともいえる減少を受けて、省庁再編に続き議員定数削減を明言している

存在意義のない日和見議員(風見鶏)居眠り議員(政党議席の種)などの目的意識の欠如した連中にそこまでの配慮の価値を認めていないのだろう

更に巡ヶ丘を起点とした今回の騒動により都市部など人口密度の高い場所は甚大な被害を受けた

その結果として、相対的に地方の影響力が増大したらしい

 

まぁ、アイツらは基本徒歩であり移動距離など精々が数キロ程度

車社会である地方において車を使用しないヤツらの脅威度はそこまでのものとなる事はなかったそうだ

というか、一部の地方ではヤツらが出た際あっさり鎮圧されたというのだから驚きと共に呆れ返る他ない

 

 

少数であるとはいえ、躊躇いなく手をかける事が出来るという事実は凄まじいと実際に相手取った身としては戦慄を感じざるを得なかった

 

インフラの被害も都市部と地方ではまるで異なるのだが、兎にも角にも我慢する事を好まない一部の連中の圧力により地方のリソースの半分近くが都市部の復興の為に費やされているのだから彼方からすれば迷惑な話だろうとも思う

都市部の道路は最悪少し距離が伸びる事などを許容するならどうにかなるところが多いが、その理屈を地方で使うには些か以上に敷居が高いところがあると思うのだが

 

 

都市部における物流などの拠点がほぼその機能を失った事により、地方の野心的経営者の中には『空白化』した都市部のシェアを手に入れようとする者もいるそうだ

結果、比較的早く混乱から秩序を回復した都市のホテルや旅館などの宿泊施設にはそう言った者達が長期滞在する事態も発生している。物資などが不足している事を予想して現地入りした者の中にはそれなりの(ぼったくり)価格で食料品などを販売する連中も出たそうで二束三文で自分の財産を失った生き残りもいると言うのだから困りもの

 

特に不動産関係の売買を斡旋する連中もそれなりにいたらしく、生存者の中にはこの取引を『違法行為』として無効を主張している者もいるそうだ

 

 

気の早い者達の中には俺や悠里に接触して、若狭家住居(悠里の家)や俺の自宅、或いはくるみ達の自宅などについての売買契約を持ちかける者もいるというのだから心底呆れてしまう

そもそも悠里の両親やくるみ達の家族とて、あくまでも書類上は『行方不明』扱いであり、その不動産などを俺達がどうこう出来る話ではないと思うのだが

 

この辺の問題についても臨時国会を開いて議論しているそうだが被害の詳細な情報や犠牲者の正確な把握などに時間がかかるらしい

ま、この辺も俺や悠里にくるみ達の様な未成年者に担当が付くことになった理由らしいな

俺達が救助されるまでの間にこの手の問題は雨後の(たけのこ)みたくぽこじゃが無数に生えてきたらしい

 

特にこの騒動の震源地である巡ヶ丘市における生存者は政府が把握している数で言えば100人どころか数十人程度

事実上、巡ヶ丘市は壊滅したと言っても大袈裟ではない

 

 

となると、その空いた土地に何らかのメリットを見出す連中も多いらしくスミコさんの所にもその手の話が舞い込んだとか何とか

巡ヶ丘の大地主ともいえるランダルはその資産の全てを政府が差し押さえる事は決まっているが、個々人の住宅などについては当然政府の管轄外だ。ウチも悠里の所も元は借家だったが分譲地と住宅をセットで購入したので土地自体の権利は新田家や若狭家にある

というか、同じ分譲地の区画にあるのでその辺の事情は俺も悠里も理解しているし、把握もしているが

聞けばくるみもそうらしいし、圭も同じだ

美紀は分譲マンションらしいので色々面倒そうだが、管理会社自体も市内に本社を持つので手続きが煩雑と愚痴っていた

 

 

この際、悠里やくるみ達と話をして巡ヶ丘の資産は全て手放そうか?という話になりつつある

楽しい思い出がなかったとは言わないが、それ以上に辛い思い出が多すぎるからなぁ

 

 

ただそれを素直に話するとなると、明らかに面倒ごとを招き寄せる事になるのも事実

正直なところとして、悩む次第だ

 

一応政府からの『給付金』があるし、今のように政府が運営している住宅で住み続けるという選択肢もなくはない

が、この手の話はいつも話の種(マスコミの餌)になってしまう為本当に煩わしいと言うのが素直な気持ちだ

 

 

地獄からの生還者!風変わりな家族の実態!!

などと一部の連中が勝手に報じたせいでウチに直接来る事はないが、担当部署にそれなりの数の苦情が届いたらしい

 

いやホント勘弁してほしいのだが

こちとら、メンタルのヤバヤバな俺を筆頭にイライラゲージが目に見えて上がっている悠里にそう言った好奇の視線にストレスを感じているくるみ達

 

こちらに注意が向いた事でスミコさん達は難を逃れたらしいが、流石に風変わりな彼女であっても

 

これで喜べる程に私達は人を辞めていないさ

と苦々しく話していたな

 

 

担当氏は弁護士をたてて裁判してでも解決すべきと言っていたが、元々俺自身大人を信用していないのて今更だったりする

 

 

 

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私は若狭夫妻から珍しく呼び出しを受けた

 

そこで聞いたのが、地方への引っ越し

事態を正確に把握している一部の地方自治体は受け入れを表明しており、加えて受け入れる先についても熟慮した場所のみとしている

 

 

特に多いのが山間部やいわば『限界集落』と呼ばれる所への引っ越しの推奨であり、今回の一件で厭世的な考えを持ってしまった者達も多い事などを配慮しての事だ

勿論引っ越した後もアフターケアを欠かす事はないとどの自治体も断言している

その環境上、農業に専従してもらう事になるだろうがそれについては

 

 

植物は手間をかければかけるだけそれが現れますから、私はそれをお願いしたいと思います

 

ヒトよか、植物と対話した方がまだ気楽だわな。流石にもう疲れた

 

とのこと

特に治孝氏の年齢に見合わない表情には胸を突かれた思いだったが

 

 

そこでいくつかの自治体と協議を重ねた結果、とある山間部の廃村に移住する事が決まった

廃村と言っても、自動販売機くらいはあるしIターン用にある程度整えられた環境となっている

日用品の買い出しについては、近くの集落を回っている移動式小売店や最寄りの支所などから品物を代理で購入する事で解決した

 

一応治孝氏と悠里夫人は引っ越しまでの時間で普通免許の取得を目指してもらう事とし、受け入れ先の準備が整うまでの時間を有意義に使ってもらおうと思う

なお、この方針が決まった時点で若狭胡桃さんよりは農業の実践的な訓練が出来るかどうか?について聞かれ、若狭圭さんと若狭美紀さんは農業についての資料などの有無について訊ねられた

 

夫妻のみならず、彼女達も自分達の出来る範囲での協力をしようとしている事を私は理解して内心安堵した

何せ彼女達と若狭夫妻の関係は私や世間からすれば歪でしかない。治孝氏や悠里夫人の話では元々

依存(逃げ道)』としてと戦力保持の為に彼女達を身内とした

そう聞いている

 

だが、彼女達なりに家族としての意識はあるらしい。くるみさんに「いいご両親ですね」と言ったところ

 

…うん。わたしは父さんと母さんの子供で良かったと思ってる

勿論一般的な家族とは違うだろうけどさ。それでもわたしや圭、美紀はそれに救われたんだ

 

とはにかむ様な表情(かお)で答えてくれた

 

 

私は若狭一家が地方に引っ越しした後も政府や巡ヶ丘市側の窓口として彼女達と関わる事になる

頼りない大人である事は重々承知している

 

が、それでも願わずにはいられない

 

 

…どうかこれからの彼女達に幸せが訪れます様に

 

 

 

 

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私達はあの地獄の様な日々をやっと抜け出す事が出来た

…と言っても、その地獄は私達が暮らしていた学舎の外にこそあったものの私達に牙を剥いたのは始めの1週間程だったと思う

 

当時の私はまだ『環境に適応』しきれていなかった部分があり、お父さんやお母さん、くるみ姉さんに辛く当たっていた

…今でも正直な話、この生活に違和感を感じていないとは言えない。確かに私や圭にとってお父さんやお母さんにくるみ姉さんとの生活は間違いなく救いになっているのだ

…でも、そこに一抹の虚しさを感じてしまうのはどうしてもとめられなかったのだ

 

実はこの私の葛藤をお父さんは理解していたらしく、家族としてコミュニティに入って暫くした時に話を聞いてくれた事がある

 

 

美紀の考えは決して間違いではない。寧ろそういった現実主義的なところは美紀の良いところだと思う

…こう言っちゃなんだが、実は俺死ぬ気だったんだ

 

恐らくあの時のお父さんの表情(かお)を私は死ぬまで忘れる事はないと思う

嬉しそうで、苦しんでいて、それでいて全てを諦めた様な色々な感情を含んだ苦笑い

 

どうもお父さんはお母さんの為に1階の守りを確かなものとしたらしく、その為に誇張抜きで命を賭けたらしい

そして泥の様に眠り、目が覚めたら命を絶つつもりだった

 

私はいつも飄々としているお父さんかお母さんやくるみ姉さんや私に圭と楽しそうに話をしているお父さんしか知らない

だから、私は

 

(そうか、お父さんも無理をしていたんだ)

と内心安堵してしまった

お父さんだって、心細い事はある。お母さんやくるみ姉さんだってあるのだろう

私はあの時、この人(お父さん)の支えになろうと固く決意したのだ

 

それでもし、私がお父さんと一緒に地獄へと落ちる事になったとしても

 

 

 

あの日以降、少し距離を置いていた私は積極的にお父さんやお母さんに甘える事にした

…まあ、お父さんに甘える時には出来るだけお母さんの方を見ないようにしなければならなかったけど

 

満面の笑みなのに、お母さんの目は一切笑っていなかったのだから

 

 

地下倉庫に大型のお風呂を作ろうとした際、私はくるみ姉さんや圭を説得して『家族全員』で入れる大きさにしよう。とお父さんとお母さんを説得した

その頃までにはお父さんと一緒にシャワーを浴びた事は何度もあったので裸を見せる事に躊躇するどころか意識する事もなかったかな

お父さんは苦笑いして納得してくれたけど、お母さんはだいぶ渋った。何せお母さんとしては

 

お風呂でお父さんとイチャイチャしたい

という願望(欲望)があったのだろうから

 

 

…個人的には()達の前でお父さんとイチャイチャするのは自重して欲しいと思わなくもない

 

どうにもお母さんはお父さんとの子供が欲しかったらしいが、流石にお父さんが母子に対する負担を考えて拒否したらしい

…念の為に図書室でその手の資料を必死で読み漁っていた圭や姉さんの姿を見て私は

 

(そうじゃないと思うけどなぁ)

と思わず天を仰いだ

 

私はどちらかと言うと、お父さんの負担が大き過ぎるのを危惧してマッサージなどの資料を読み耽っていたりしたかな

 

 

…断じてお父さんと二人っきりになる事を狙っていたわけではない

私はそう主張させてもらいたい

当時

 

(そんな方法が!?!?)

みたいな驚愕の表情でお父さんをマッサージしていた私を見つめてきたお母さん達には脱力したものだ

 

妙なところで抜けているのだから

 

 

 

そんな私達もようやく学舎から救助される事になり、戸籍などの問題を姉さんや圭との連携プレーで乗り越えられた

今更お父さんやお母さんと離れ離れになるのは受け入れ難い

 

苦しい時に寄り添ってもらい、助けてもらったのに「終わったからハイさよなら」なんてそんな事をしようとは思わないから

 

姉さんは高い身体能力を活かして農業の手伝いを

私と圭は可能な限り、様々な知識を獲得する事に時間を費やす事とした

 

 

 

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此処が新しい住まいかぁ

私は古民家と言って良い風情の建物を見て気分が高揚している自分をしっかり認識していた

 

担当さんが運転する小型のバスでここまで連れてきてもらったけど、流石の両親も長時間の運転は遠慮したかったみたい

由紀さんと佐倉教諭とは最後の挨拶をして別れました

 

由紀さんは教師になりたいそうでしたが、正直あの人の生徒になりたいか?と聞かれると無言で首を横に振るけど

気遣いも出来る人なんだろうけど、佐倉教諭よりは頼りになると思う

程度の評価しか私の中にはない

佐倉教諭については、ご愁傷様としか

 

何せランダル傘下の企業や組織の中で唯一の生き残りだ

そうでなければ捨て置かれる(・・・・・・)くらいに佐倉教諭の治療は困難を極めるだろう事は救助されるまでの時間で調べたから知っている

…勘違いされがちだけど、お父さんにせよお母さんにせよ佐倉教諭(足手まとい)だからといってそれだけで切り捨てる人ではない

くるみ姉の精神に多大な負荷をかけ続けたのは大問題だけど、曲がりなりにも大人なのだから交渉の窓口としての役割は担えると思っていたらしい。結果的にああなってしまったのは両親にとっても想定外だったとみんなでお風呂に入った時聞いた

 

非情な様だが、佐倉教諭を元に戻すよりもこちらの指示にキチンと従ってくれる為に死ぬ事はないだろう事から放置を選んだだけなのだから

 

 

担当さんから聞いた話だと、佐倉教諭は仮に精神を元に戻せたとしてもマトモな生活に戻る事はないだろう

との事

 

精々が墓守り位ではないか?

とお父さんは真顔で言っていたから多分そうなんだろう

 

 

 

木造家屋だと思って中に入ると、意外な事に中はしっかりしていた

お父さんは

 

この様式なら土壁(つちかべ)だと思ったけど、かなり手間かけてリフォームしてるなぁ

 

と感心と呆れの混ざった声で呟いていた

 

 

築年数は相当なものだが、リフォームした事で住みやすくなっている。掘り炬燵や釜があるのは相当古いと思うけど、前者はくるみ姉が。後者はお母さんが喜んでいる

 

炊飯器とは違うけど、使いこなせれば美味しいお米が炊ける

らしい

 

 

田畑は家の裏手にあり、かなり広い

近くにはビニールハウスもあるので、そこで果物を栽培するのもアリかも知れないとは思う

納屋には肥料や農機具が収められており、早速くるみ姉はシャベルを装備していた

 

 

…そんなんだから『シャベルガチ勢』とか『シャベルと暮らす女』とか一部で呼ばれているんだけどなぁ

くるみ姉は少々(・・)拗らせているが、それを無視しても良いくらいに健康的な美少女だ

その為、お近づきになりたい人は多かったみたいだけど

 

くるみさんと付き合うにはいくつかの関門がある

妹である私と美紀。相棒であるシャベルによる格闘戦の実技。加えてタガの外れていると噂されているウチの両親との話

 

と言われていたかな

私と美紀は人柄などを、くるみ姉とシャベルは心の強さを

お父さんとお母さんは全部を見て

…と言われていたけど、私と美紀によるチェックを通過した人すらいなかったので私と美紀は『ゲートガーディアンズ』と呼ばれていたそうだ。なお、対象が私や美紀になった場合でも関門の数は減らない。お父さんと本気になったお母さんにはくるみ姉でも勝てないので、私達はお母さんの事を『リーサル(りーさん)ウェポン』と密かに呼んでいる

 

実は救助されてから此処に移るまでの間、私や美紀にくるみ姉には何度も養子縁組の話がきていたりする

全部断ったけどね

 

なんでも未曾有の地獄から生還した私達を引き受ける事で、イメージアップや知名度を獲得しようとの事

 

正直放っておいて欲しい

だからこそ、こんなところを選んだ部分は多い

 

 

いつの時代も口の軽い人というのはいるらしく、前住んでいた住宅は『総務省管理物件』であり、自由な行動には著しい制限をかけられていたのに、いつのまにか私達の情報が外部に流出していた

特に『同い年でありながら親子となっている』お父さんとお母さんにくるみ姉は格好の話題だったのだろう

 

大した情報の裏付けもなく、勝手にお父さんの事をテレビで批判している学者や面白おかしく揶揄するコメンテーターを見た私達は吐き気すら覚えた

そして批判されるのはお父さんばかり。私達がどんな状況にあったのか?なんてテレビの連中はお構いなしだ

 

くるみ姉がチャンネルをテレビに投げつけてディスプレイを割った事に誰一人文句を言わなかったくらい私達は怒り狂っていたと思う

でも、お父さんとお母さんは苦笑いして

 

流石、期待を裏切らんなぁ

本当にね。無関係の人間が喚き立てる事で何か救われるのかしら?

と談笑していた

 

…そうだ、お父さんとお母さんは元々『人の善性』なんてものを微塵も信じていない人だという事を私達は今更ながらにあの時思い出した

 

 

それから私達への養子縁組の件数が増えたけど、その中の一人がくるみ姉の目の前でお父さんの事を貶したらしい

同席していた担当さんは何度も制止したらしいが、それでもその人物はお父さんへの批判を止まなかった事でくるみ姉はその席を立った

その日の夕方、私達はくるみ姉の提案である『養子縁組の拒否』を受け入れる事にする

 

確かに歪な関係を続けた事は間違いない。でもそうしなければ私達が今此処にいたと断言できる事はない

その辺の事を理解しようともしない人を親と呼ぶのは私や美紀としては勘弁して欲しかったのだから

 

 

そんな事があって、私達や両親は世間と隔離された様な場所を選ぶ事にした

我儘である事は誰もが理解している。でも大人の都合で振り回された私達は疲れてしまったのだから

 

 

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その後、若狭一家は1番近い集落からでも車で1時間はかかる僻地で地道で平穏な生活を送る事になる

 

 

数年後、彼女達が育てた野菜が人気となりマスコミ各社はその生産元を取材しようと試みる。が販売を一任されている道の駅関係者は一様に口を閉ざした

 

そのブランド名は新田(しんでん)

若狭一家の大黒柱となった夫治孝の旧姓新田(にった)と彼女達にとって巡ヶ丘高校の屋上にある園芸部の小さな畑の次という意味であった

 

 

 

 

 

 

ある山奥の寂れた廃村の中

 

 

くるみ、圭、美紀。そろそろお昼にしましょう?

 

やっとお昼かぁ。お腹すいた

 

もう少し増やせるかな?美紀

 

流石に性急すぎると思うけど、圭?

 

 

割烹着を着た女性が畑仕事をしていた女性達に声をかけた

仕事をしていた女性達も手を止めて、話をしながら家へと向かう

 

 

そういや、父さんは?

 

あの人なら今帳簿を見て唸ってるわよ?

 

あー、そんなに生産数増やせなかったから言われてるのかなぁ

 

別に構わないと思うけど?あくまでもこっちが『善意』で道の駅に流しているだけでしょ?構わないと思う

 

薄紫ロングの元気そうな女性は割烹着を着た茶髪のロングヘアの人物に訊ねる。同じく少し淡い茶色の髪を結わえた女性が顔を顰めるとパールホワイトの髪を短く切った女性は苦笑いしながら皆揃って家に戻っていた

 

 

 

 

 

いや、まぁ平和だねぇ

 

窓から入ってくる優しい風と暖かな光を感じながら、黒髪天パの男はしみじみと呟く

 

あの惨劇から既に5年経った

未だ爪痕を残しているが、それでも前に進まねばならない

 

当時は学生(笑)だった彼も今では紆余曲折を経て家庭を持つ事になった。しかも妻となったのは幼い頃から恋焦がれてきた女性。本人もよく分からないままに娘が3人もいる事態となってしまった

あれからそろそろ10年程経つ今となっても何が何だか意味がよく分かっていない部分が多分にあるが、まぁ許容範囲だろうと彼は思っている

 

 

由緒正しい絶対的な指標である『顔面偏差値』においてトップクラスをひた走る女性と(まご)う事なく最下層をバクシンしている自分が結ばれるとか、万が一どころか億が一、いや兆が一の可能性を実現出来たのである

人間不信の極まった彼をして

 

少しは(家族に)優しくしようかな?

と考える程度にはあり得ない未来だろう

しかし、彼とて手に入れたものを手放す程にボケるつもりは毛頭ない

 

 

まぁ、妻も娘も目眩すらする程の美人揃いなので、色々大変な部分は大いにあるがそれはそれと割り切る事にするとしよう

 

 

…なお、今週だけで既に同じ思考に陥る事6回目なのだがそれについては積極的に無視する事にしている

 

 

既に巡ヶ丘の土地や家についての売却は済ませており、纏まった額の貯蓄が出来ていたりする

 

 

そう言えば、スミコさん達も移住して来たいみたいな話があったっけか?

 

聖イシドロス大で過ごしていた彼女達であったが、どうにもトラブルに見舞われる事が多いらしく辟易しているとは聞いている

ま、巡ヶ丘からの人間ともなれば珍獣扱いされたとしても仕方ない

しかも彼女達も揃いも揃って美女揃い

トラブルのならない方がおかしかったのだろう

 

 

スミコさんはメンタル的に崩れる事はないが他のメンバーはキツいらしい

 

当時大学生であるスミコさん達は俺達みたいに担当が付くとしてもこちらみたいに様々な事をしてもらえる訳ではない

あくまでも、俺達は当時未成年であったからこそ様々な事をするのに支障が出る。その為の担当なのだ。大学生ともなれば、扱いが難しい為に最低限の介入のみに留める事を是としたのだろう

スミコさんから聞いたところでも、基本あちら側からのアクションは最初の頃だけであり、その後は2ヶ月に一度の定時連絡程度らしい

 

…もしかしたら、ウチの担当氏は中々にマメな人物なのかも知れないと思えてくる

今でもひと月に一度は向こうから連絡があるし、此方の市職員との連携も密にしているらしい

もしそうならばありがたい事だろうと感じている

 

 

あなた、今帰ったわ

 

おーい、父さん。昼ごはんだぞー

 

あれ?お父さんまだ書斎なのかな?

 

そうみたい。そんなに急がなくても良いと思うけど

 

どうやら悠里がくるみ達を呼んで戻ってきたみたいだ

家族の声が小さく聞こえた彼はリビングに向かう

 

 

----

 

 

でさ、圭はもう少し増やしても良いんじゃないかって言ってるんだけど母さんと父さんはどう思う?

 

そうねぇ。別にそこまで無理する必要はないと思うけど

美紀、その辺はどうかしら?

 

うーん。あまり容易に増やしたとなると、無理難題を言われかねないかも知れないかな?

 

でも、道の駅の担当者さんは少しでも良いから増やしてくれると助かるって言ってるらしいよ?

何でも地元の民宿が定期的に仕入れたいとかで一般客向けの在庫が減っているって

 

そこは別に私達が気にするところではないと思うけど、圭?

 

 

昼食が終わり、少し小休止を挟んでいるくるみ、圭、美紀はリビングで話をしている

悠里にもそれに加わってもらおうと、俺は悠里の代わりに片付けをしていた。まぁ、ウチでの片付けは基本誰でもするので問題ないが

 

 

 

あなた?どうしたの随分楽しそうだけど

 

悠里がリビングから声をかけてきた

 

 

まぁ、そうかもな

何せ明日が楽しみ(・・・・・・)だと思ったからなぁ

 

 

っっっっ!!

 

俺のふとした言葉に悠里は言葉を失った

 

 

----

 

今、目の前の彼は確かに言った

 

明日が楽しみ

 

 

私はその言葉を聞いて、呼吸が一瞬止まるほどの衝撃を受けたわ

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は私がまだ物心ついた頃、臆病だった私を連れて色々な事を教えてくれた

幼い私にとって、あの頃の彼は私の狭い世界を広げてくれる人だったわ。だから私は幼心に彼に憧れと淡い恋心を(いだ)いたの

 

彼と同じ光景が見たかったから、彼の後ろをついて回るだけの弱い私は嫌だったから

だから私は自分を磨いたの

 

でも、そうする事で私の周りに人が集まる様になってしまい、私が何よりも大切な彼を遠ざけ、あまつさえ傷付けてしまう事になったわ

そんな事を私は望んでいなかったのに

 

 

私が彼を庇えば、それを見た周りは私に庇われる彼を非難し

彼が私の事を思って行動すれば、私の好意を無碍にしたと批判される

 

 

その内、彼は明日という変化に好意どころか関心すら持つ事をやめてしまった

それが何より私にとって辛かったの

 

 

ねぇ、りーちゃん。あしたはなにしてあそぼっか?

 

そう私に笑いかけてくれた彼の面影は無くなってしまったのだから

 

 

明日(変化)を楽しみにする彼を私は取り戻したかった

 

 

 

 

 

 

そして、あれからそろそろ20年経つ今日、ようやく彼の口からその言葉を聞くことが出来たの

 

私にとって、これに勝る喜びはないわ

 

 

私が涙を流していると

 

そっか。俺は今まで口にした事がなかったんだな

 

私の涙の理由を察した彼は苦笑いして、私の頭を撫でながら優しく抱きしめた。私は言葉にならない嗚咽を彼の腕の中で漏らすだけ

 

 

まるで貴方の後ろで転んだ私をあやすかの様に

娘達が見ている

 

でも、今だけは若狭治孝の妻である若狭悠里ではなく

ハルくんの後ろを一生懸命においかける私である事をどうか、許してほしい

 

 

ごめんな、りーちゃん

ずっと待っててくれたんだよな

 

 

…ハルくんの声が、体温が、吐息の熱すら全てが愛おしい

 

 

 

 

 

私は漸く長年取り戻そうとしていたものを取り戻したのだ

 

 

 

 

 

 

 




長く、長い道のりを経て漸く悠里はスタートラインに立つ事が出来ました

優しい娘達や素直とは言い難い夫と共に悠里は歩き続ける事でしょう




ご一読ありがとうございました

湿度マシマシのIFルートりーさん見たい?

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