サ イ バ ー パ ン ク お ね ロ リ と せ が ら 作:ハム山公男
光のトンネルを抜けた先は、薄暗い事務所だった。
「来たかい、セラ」
「……相変わらず気の滅入る事務所だね」
「本物よりもそれらしく出来るのが、仮想空間のいいところだろう? どうせ気の滅入るような仕事しかないんだ。アタシはやるなら徹底的にやる主義なのさ」
老婆のアバターが、もっともらしい事を得意げに喋る。おおよそ全てが偽物/嘘である、薄ら寒い空間。何度来たって、ここはそういう気持ちにさせられる場所だった。
そんな虚構の中で唯一の本物を拾い上げ、マダムへと投げ返す。
「つまり、今回も気の滅入るような仕事ってわけだ」
「まあ、大まかにはそうだろうね」
一瞬、引っかかる。断定的な物言いをするマダムにしては珍しい言い方だった。
なにかあるのか、と思わず勘繰る。
「大陸同盟系マフィアの黒蛇、あそこに変な動きがある。調べてきな」
「……なんだ、いつもの『戦争』のお仕事か。全く、嫌になるね」
しかし、結局出てきたのはいつも通りの、どこかの企業のお偉いさんのために人を殺す仕事でしかなかった。
いつもの事ながら辟易とする。ウキウキしながら戦争するのは、いつだってそれで利益を生み出す連中だ。最も、そんな連中はこの日本にごまんといるだろうが。
なんたって日本は、世界中の企業が進出している世界一の経済特区/世界中の企業がその支配域を広げようとあらゆる戦争を続けている世界一の紛争地帯なのだから。
「経済戦争だの、過去最小規模の世界大戦だの、企業による国家の代理戦争だのと、毎度毎度お題目ばっかり立派なもんだよね――合衆国からすると黒蛇が疑わしい方が都合がいい。だから、疑わしい事にして潰すっていうだけの話だ。所詮、チンピラ同士の殺し合いでしかない」
「賢しらに語るじゃないか。物事を理解した、なんて言ってる奴は自分に都合よく切り取って理解したつもりになってるだけさね。この街のカオスの本質を語るには百年早いね、お嬢ちゃん」
「……」
痛いところを突かれて押し黙る。それを見たマダムが魔女じみた笑い声をあげた。あまりにも不愉快なので聴覚をカット、とは流石にいかない。
「分かった。ちゃんと聞くよ。それで? 一体なにがどういう仕事なんだ」
「まあ十中八九お前さんが言ってた通りで違いないさ」
「おい」
本当に聴覚カットしてやろうかと思った瞬間、マダムの空気が変わった。
「だが、この国には『藪蛇』なんて言葉があるだろう? そうならないと言い切れないからこそ、お前さんなのさ」
「……一体どんな蛇が出てきそうだって?」
「ニュートーキョーでなにかしでかそうとしている可能性がある」
思わず聴覚データのエラーチェックを行う。結論、問題なし。
つまり、本当に。
「……待ってくれ、嘘だろ。それが本当なら、これは戦争じゃなくてテロだ」
ニュートーキョー/東京湾に作られた人工島/富裕層の集まる戦闘禁止特区/各国大使館が存在する現代日本で唯一まともな秩序のある街。
つまり世界中の会社の社長やら役員やら支配階級の人間が住む街であり、なにかあれば国連が非常事態宣言をぶっ放しかねないアンタッチャブル。
そんな場所で、マフィアに分類されるような連中が? なにかしらの動きを見せているって?
「だから『世界の警察』合衆国の出番というわけさね。あるいは、そういう建前で黒蛇を叩きたいだけって事もあるかもしれんがね」
「……そっちだった方がまだいくらか平和だね。あの街で事件を起こすバカは、ナショナリストだけで充分だ。万が一があれば世界中の上級国民サマが敵に回る街だぞ、あそこは」
「少しはやる気が出たようだね。いい事だよ」
そう言われて、自分がのせられている事に気付く。リアルだったなら、苦虫を噛み潰したような表情をしていただろう。
自分を正義だと思っている人間こそが、嬉々として戦争をする。私は今、そういう風にのせられたのだ。
「……マダムには一生敵う気がしないな」
「一生アタシの奴隷でいてくれるのかい? そいつは助かるね――さ、お仕事の時間だ。きりきり働くんだよ!」
「了解」
追い立てられるように仮想空間の事務所を出て、私はリアルへと浮上していく。
金と戦争が支配する、混沌の街へと。
☆
ニュートーキョーに喧嘩を売る。
そんな自殺行為に身を投じようとしているらしい大陸同盟系マフィア『黒蛇』のアジトは、こじんまりとした池袋の雑居ビルの一室だった。
『おい、まだ届かねえのか』
『すいません、流石にセキュリティが固く――』
「お前達のセキュリティはもう少しマシなのにしたほうがいいと思うけどね」
いとも簡単に建物のローカルネットワークに入り込み、通信を傍受できてしまっている現状に苦笑いしながら、話に集中する。
どうやら今日なにかしらの物が搬入されるのは確からしい。話の内容からして盗品のようだが、どこぞの敵対組織から麻薬でも盗んだか……あるいは武器か。
「……殺して電脳に聞くのが手っ取り早いけど、連中の後ろに変なのがいたらそれこそ大騒動になりかねないのがな」
私達が戦争をしていると言っても、無秩序に破壊の限りを尽くしているわけじゃない。民間人に被害の出るような戦闘はどこも避ける。そいつらは企業の客だからだ。
だからこそ、下手に各勢力のパワーバランスを崩したり喧嘩を売ったりするような動きは自重しなければならない、という一応の建前がある。少なくとも、いくら敵対組織であっても突然の皆殺しは憚られる程度には。
ただでさえ大陸同盟/中国・ロシアが幅を利かせる企業連合と、私達のバックにいる合衆国/北アメリカ大陸諸国中心の企業連合は犬猿の仲だ。ちょっとした火種が大爆発、なんてなったら私の手に負えない。
結論。今回はスニークミッションとする。
「……本当にガバいな」
今どき絶滅危惧種の物理鍵をピッキング/光学迷彩を起動しながら中に入る。あらゆる人感センサーが存在しないのは確認済みだった。監視カメラと人の目だけを頼りにしたセキュリティなど、セキュリティとは言えない。
仕事を進めれば進めるほど違和感が出てくる。控えめに言って、ここまでの様子からすると黒蛇は本当にチンピラ紛いの連中でしかない。下手をすれば、その辺のストリートの不良グループの方がいい溜まり場を使っているかもしれない。
……まるで、意図的にショボくしているかのようだ。
いくつか可能性は考えられる。例えば、単純に金がないだとか。例えば、そもそも合衆国に目をつけられるほどの組織ではないとか。
その中で最悪のパターン、それは――
「――っ、い――!!」
「っ…………」
荒っぽい声/銃声が同時に響いた。
監視カメラをハック。該当する部屋を覗き見る。建物の一番奥/勝手口のある部屋。
身なりのいい黒服/チンピラまがいの男達が映る。黒服の手には銃があり、そして部屋の中央に頭から血を流している男が一人、倒れていた。
最悪だ。やっぱり黒蛇なんていうのはただの中継地点/スケープゴート/実行犯。こいつらのバックには、なにかヤバい連中がいる。
それに気付くのとほぼ同時に『目が合った』。
『見ているな? 誰だ?』
「っ!!!」
接続を切るのとほぼ同時に、黒服が監視カメラをハックしたのが分かった。捕まりかけたが、一瞬だけ私が早い。
これ以上は危険だと、本能が訴えかける。あの黒服は只者ではない。少なくとも、この私と同程度の脳力の持ち主だ。
だが、しかし。
「……冗談はよしてくれよ」
目が、合ってしまった。
一目で天然ものだと分かる、美しいヘーゼルの瞳と。
少女がいた。
黒服達に囲まれて、その小さな体躯をめいいっぱい縮こまらせていた。
上品な白いワンピースは裾が汚れていて、白い肌には強く掴まれてうっ血した痕があって、せっかくの綺麗な黒髪は乱れてぼさぼさになってしまっていて。
それでもなお美しさを損なわない、どう考えてもニュートーキョー出身であろう少女が、こんな薄汚い旧東京の裏組織のアジトに連れてこられているのだ。
頭がぐるぐるする。
なにかが届く/セキュリティが固い場所から/それは黒蛇からあの黒服たちに受け渡される。
少女が届く/ニュートーキョーから/それは黒蛇からあの男達に受け渡される――ご丁寧に、実行犯に口封じをして。
逃げるべきだ。
一介の暗殺者もどきのなんでも屋に手出しできる領分を超えている。あの子がどこの誰であろうと、この視覚データをいますぐマダムに送信し、あとは知らぬ存ぜぬで元の生活に戻るべきだ。
ここでの下手な介入はすなわち、この街にいつだってくすぶる戦争の火種の一つに豪快に油を注ぐ事を意味する――
「……おい、なんだこの音は」
「し、侵入者です! 監視カメラに、誰か、が、ガガガガガが、ァ……??」
「っ!? 撃て! すぐにこいつを殺せ!!」
にも、関わらず。
「Не двигайтесь(動くな)……で、合ってたかな?」
「……貴様」
私は気が付けば、少女を助けに部屋の中に突入していた。