サ イ バ ー パ ン ク お ね ロ リ と せ が ら 作:ハム山公男
「それでセラ、お前さん大人しく連れて帰って来たってのかい?」
「仕方ないだろ。なんせその子から百メートル以上離れると、電脳が砕かれたのかっていうほど痛むんだから」
現実/旧東京/渋谷/マダムの事務所。
血濡れの義体女と、昏倒した少女。それこそ事件扱いされてもおかしくない状況に放り出され這う這うの体で帰ってきた私を、マダムは厳しい顔をして待っていた。そうなるだろうな、とは思う。私だって同じ顔をしたい気持ちだ。
「お前さんは本っ当に、変なところでお人好しだね。そういうところは直さないと、いつか酷い目に遭うと散々教えたはずなんだがね」
「はいはい、分かった分かった。私が悪かったってば……それで、あの子は?」
お小言を聞き流しながら問うと、マダムは大きくため息をついた。
「ただ体力を消耗して眠っているだけさね。まあ、お前さんが提出してきたあの信じられないようなログを見ればさもありなんってとこだ」
「……この私が、完全に脳力で負けた。ニュートーキョーの子供は、こんなとんでもない電脳を積んでるのか?」
「そんなわけあるもんかい。ロクジョウ=ミカだったか、あの子はなにもかもが異常さね」
ARプロジェクターによって、事務所の壁に様々な資料が映し出される。黒蛇どものアジトの捜索結果/黒服についての調査結果/ミカのパーソナルデータ。この短時間で良く集めたものだと感心する。
「結論から言うと、ロクジョウ=ミカなんて人間はこの世には存在しない。ロクジョウグループの総帥は御年八十、一人娘どころか三男四女の大家族さ。依頼主経由で直接ロクジョウグループにも確認したが、ゼロ回答だったそうだよ」
「……隠し子って事?」
「さて、あるいは……幼い愛人を娘として、なんていうのもあり得るだろうさ。どの道、表立ってロクジョウの連中が動く事はないだろう。そもそもウチと同じ合衆国系列だ。引き渡しが必要になったなら穏便に済むってのは、一つ安心できるポイントさね」
マダムの説明に、体から力が抜けた。少なくとも、どこぞの企業連合体とのいらない戦争の引き金を引く事にはならなかったらしい。
だがしかし、逆に言うなら――
「つまり黒蛇とその背後にいる連中は、合衆国と戦争になるリスクを取ってでもミカを狙った」
「大陸同盟と合衆国の全面戦争――想像したくもないが、下手をしなくてもこの国にとどまらないだろうね」
「あの子には、そこまでする価値が?」
「……分からない」
ARプロジェクターが、資料を一つ一つクローズアップしていく。
ミカの身体測定/異常なし、平均的な十歳少女。
来歴/先ほどの説明の通り詳細不明。
そして電脳――完全なるブラックボックス。
「ブラックボックス? 電脳が?」
「ああ。アクセスしようとした端末が片っ端から浸食されてね。おかげで三台オシャカさ」
言葉とは裏腹に、マダムは楽し気だった。信じがたい現実を前にヤケになっているようにも見えた。
私達の脳は、パーソナルAIと接続することで拡張されている。旧来の『問い』に『答え』を返す対話型AIの発展によって、脳のあらゆる情報処理にAIを介す事でより高度に/正確に/万能に行うようになったのが電脳だ。
電脳は個人に合わせて成長/拡張/進化していく。まるで人格/価値観/魂のように。だから、電脳を解析するとその人の人生がある程度分かる。本来はそういうものであるはずなのだ。
つまり電脳がブラックボックス/解析不能という事は、少なくとも常人とはかけ離れた人生を送ってきた/常人とは比べ物にならない進化を強いられてきたという事だ。
まだ、十歳かそこらであるにも関わらず。
「お前さんの頭の中にインストールされたプログラムすらここの設備じゃ解析不能さね。正直言って、アタシには子供の姿をした得体のしれない怪物にしか見えないよ」
「……だけど、子供だよ。私より遥かに怪物じみた電脳を持っているんだとしても」
「お前さん、子供には甘いねえ」
ノーコメントを貫いて、懐から取り出した電子タバコを咥える。
気に食わなかった。
子供を戦争に巻き込んだ事が/こんな謎だらけの怪物を戦争に引きずり出そうとした事が。
どちらにしろ、それはこの街の戦争を逸脱しようとする行為だった。
「黒服の方はどうだった? 連中、ロシア語を話してた。リーダーの男も北方の白人系の顔立ちだったし、つまり……」
「そっちはお前さんの読み通りさね」
プロジェクターが次の資料を映す。そこにはあの捕縛したリーダー格の男の来歴が書かれていた。
「国際指名手配されてるロシアン・マフィア、通称を『ヴォルシェブニク』。元産業スパイで、お前さん並の脳力で盛大に方々に喧嘩を売って裏に沈められた馬鹿野郎さ」
「ヴォルシェブニク……今の時代に『ウィザード』を名乗るっていうのは、中々度胸があるね」
「実際、名乗るだけの事がある来歴をしちゃいるがね。分かるだけでも大陸同盟系の裏組織で手広くやっているようだし」
黒蛇/九王会/酷巨/多くの大陸同盟系の組織の名前が上がる。
それを見た瞬間『臭った』。
「……中国系がやけに多いな? 奴はロシア系だろう?」
「大陸同盟の中じゃ中国系は最大勢力だ。別に変だとは思わんが、引っかかるかい?」
「まあ、ただの勘だけど」
そう言って鼻をこする/嫌な臭いを誤魔化す。
電脳によって拡張された脳は、五感以外の情報を五感で処理するようになる事がある。
私の場合は嗅覚/文字通り臭うのだ。
その事を知っているマダムは、私の様子を見て黒服共を要調査リストに追加したようだった。
プロジェクターの電源を落とし、事務所に薄暗さが戻ってくる。その中でマダムは大きくため息をついた/やけに大きく部屋の中に響いた。
「絶対に吐かせるつもりではあるが、奴もあれでプロだ。自白以外のルートでも調査を続けた方がよさそうだが、お前さんはどうする? セラ」
「? どうするって」
「お前さんが望むなら、ここで終わりにしてもいい」
息を呑む音がした。それが自分のものだと気付くまでに一瞬の空白があった。
「……ここで、降りろって?」
「そうは言ってない。アタシとしちゃ、お前さん以上にデキる奴を探すのだって一苦労だ。出来る事なら、この案件はお前さんに任せたいが――」
一度、言葉を切るマダム/まるで祈るよう/決して現実になってはならない事を口にする。
「この件は、合衆国と大陸同盟の本当の戦争の引き金を引く事になりかねない。それを『やれ』とは、アタシは口が裂けても言えないさ。責任取れないからね」
「……こういう時にまで悪ぶると、かえっていい人みたいに見えるよ。マダム」
「事実を言ったまでさ」
素直じゃないマダム/これが演技か本性か、私は未だに知らない。だけど、少なくとも私はマダムから優しさを受け取っているように思えた。
電子タバコを吸って、吐き出す。何の変哲もない水蒸気の煙/電脳がメンソールの香りを生成する。
あの子の屈託のない笑顔が、何故か脳裏で再生された。
「どのみち、私はあの子に首輪をつけられてる。あの子から百メートルも離れられないのに、無関係ですとは言えないでしょ」
「時間を貰えれば外してやれるよ。お前さんの首輪は、流石につけた本人ほど無法じゃない」
「……普段奴隷とか言うくせに、こういう時だけ私を人として扱うんだから」
深呼吸を一つ。
分かっている。マダムは自分の意志から逃げるなと言っているんだ。
マダムにとってそこに意味はない。だけどそれでも、私に決めろと言っている。
私に私を投げ出させないために。
私にはなにもない/なにもかもを奪われた。
家も、金も、職も、肉体も、名前も、尊厳も。全ては売り払われ、一生返しきれないような額の借金の足しとなった。
本当なら、生きている意味なんてない。いつだって私は、私を終わらせてくれる死神を探してる。
だけど、そういう私なのだとしても。
『空っぽになった私』は、結局残っている。
「やるよ。子供を戦争に使おうとするような連中はブチ殺す。そのくらいの感情は私にだって残ってる」
「……いつも思うがね、お前さんは全く空っぽなんかじゃないよ。アタシが知る中じゃよっぽど我が強くて使いづらい部類さね」
呆れたようなマダムの言葉に聞こえないフリをして、一服を終えて立ち上がる。
「私はミカの周囲から当たるって事でいい?」
「まあ、役割分担としては妥当だろうね。あの子の処遇が決まるまでは下手に外に出すわけにも――」
突如としてマダムが言葉を切る。視線を空中にさまよわせている様子からして、どうやら割り込みの通信か文面が来たようだった。
こちらに待てのジェスチャーをするマダムの表情が、どんどん険しくなっていく。
「はぁ?」
そして、一気に雰囲気が変わった。
怒りではない/ただ『何故?』という疑問の表出。
しかしそれが行き過ぎると、人の感情は怒りへと変わる。
「なにがあったの?」
「……依頼主から、直々にお前さんをご指名だ」
その瞬間、何となく嫌な『臭い』がした。
「ミカの身辺警護を依頼したいそうだ。期限は――無期限」
大変今更ですが、私はこのめちゃくちゃ面倒くさい話を特にプロットもなく書いているので、稀に以前の話に修正が入ったりする可能性があります。(できるだけ避けようとは思っています)
その際は活動報告やら最新話の後書きやらでご報告しますのでその時は申し訳ありませんがよろしくお願いします。