サ イ バ ー パ ン ク お ね ロ リ と せ が ら   作:ハム山公男

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私は自分で言った更新ペースを一ミリも守れませんでした。

※真面目なお話
暇になってきたので出来るだけ更新ペース通りに更新できるよう頑張りますが、また長期失踪する可能性は無きにしも非ずです。気長にお待ちいただけると幸いです。


case.1-4

 言葉を失った。

 膨大な仮定/疑問が噴出し、口にするべき言葉を見失う。実像がぼやけ、虚像の怪物が襲い掛かってくる。

 

「……どういうことだ。ロクジョウグループに引き渡すんじゃないのか?」

「…………」

「私達は一体誰のために働いている? ――依頼主は何者なんだ、マダム?」

『そう。お父様は、わたしを手放す決心がついたのね』

 

 鈴を転がしたような声がした。

 二人そろって弾かれたように視線を動かす/別々の方向に/何故か。

 そんな私達の視線の先それぞれに、ARウィンドウが現れ少女の顔が映し出される。

 

「……ローカルネットを掌握するくらいはお手の物かい。ミカ」

『ごきげんよう、マダム……と呼べばいいのかしら? 生憎とまだ身体が動かないものだから、通信で失礼するわ』

「……いつから、聞いてたんだ」

 

 聞くべきではない疑問が口をついて出てしまった/しまったと口をつぐむ。

 しかしミカはまるで気にしていないかのように、ころころと笑った。

 

『なんて顔をしてるの、わたしのナイト。……別に、気にするほどの事じゃないわ。お父様に色々な事情があるのなんて、よく分かってるもの』

「……つまり、今回の件の依頼人は」

『わたしのお父様、ロクジョウ=アラヤでしょう。違うかしら、マダム?』

 

 ミカの問いかけに、マダムは沈黙した/沈黙がなによりの答えだった。

 予想外/聞き覚えのない名前。

 否、正確に言うのなら聞き覚えはあった。今回の事件とは一切関係のない場面で。

 六条メディカルエンジニアリング(RME)社CEO。私の義体を作り、現在もメンテナンスを行っている会社/義体開発企業/メディカルとは名ばかりの武器商人/戦争屋。

 

「一体いつから、RMEのCEOがグループ全体の総帥になったんだ?」

『急死した大企業の総帥。すぐに後継者を立てることもできず、一時的に人格コピーAIを表に立たせる。よくある事でしょう? 死因が不明である事も含めて』

 

 よくあるわけがない。私が知る限りでも、そんな事例は数える程しかない。

 

「それはつまり……暗殺された? この街のあらゆるインフラに食い込んでいる巨大グループ企業の長が……?」

『あら? この街の闇には、あなたたちの方がよっぽど詳しいと思っていたのだけど。そうでもないのかしら』

 

 なんと言っていいか分からない私の絞り出すような抗議に、ミカはころころと笑った。タチの悪い冗談の類……では、ないらしい。

 実際、全くない類の話ではない。特に裏稼業の類では、カリスマリーダーの死後にその複製を作る事は少なくない。

 死んだ人間はもう殺せない/何度殺そうと伝説は生き続ける。そういう牽制/威嚇は確かにあるが、表立って行われている例を聞いたのは初めてだった。こっそり視線をやったマダムも、小さく首を横に振る。

 ……どうやら私達は、依頼主すら信用してはならないらしい。よくある事で、日常茶飯事だ/泣きたくなるほど最悪だ。

 

「つまり、私達に君を守れと依頼してきたのは君の父上でありロクジョウグループの実質的な総帥であるアラヤ氏だと。……理由は? どうして私なんだ?」

『わたしが、あなたを選んだからでしょうね』

「……理由になっていない」

『なっているわ。だってわたしは、わたしが選んだナイトと一緒であるのが一番安全なのだから。……そうね、実演をしましょうか?』

「実演? なにを――ッ!?」

 

 疑問を投げかける前に、目の前のARウィンドウが変化する。意味不明な文字の羅列/まるで古い映画に出てくるハッキングの画面/現実はそうではないけれど、それが持つ意味性はそういう事だという意思表示。

 画面から文字が溢れ出す/私を電子のコードが犯す。

 脳裏に刻まれる文字/CHANGE THE WORLD。

 

『あなたの剣は、わたしの欠片。大切に使ってね? わたしのナイト』

 

 そして、世界は姿を変えた/真の姿を現した。

 

 ☆

 

 私の視線の先で、女が足音を消しながら扉へと近づいていた。

 性能だけはいい逆関節/駆動音は吸音材でシャットアウト/同じ素材が足先にも使われ、高い隠密性を実現。

 頭からすっぽりと覆うフーデットコートは光学迷彩を携え、あらゆるセンサーを無視して女を目的地へと導く。

 

 マツシマ=カオリ/女/大陸同盟系多国籍PMCレッドラム所属の傭兵/34歳/右利き/一男一女の子持ち/シングルマザー/レズビアン。

 ミッション/簡単な仕事だと聞かされた――子供を一人攫うだけ。護衛の抵抗があれば殺せ。

 よくある話/よくいる傭兵。

 

 ――それら全ての情報が筒抜けのままに、死角から躍り出た私のシザー・ハンズが彼女の肉体をバラバラに解体した。

 

「な、ん……!?」

「ありえない、って思ってる? 奇遇だな。私もだよ」

 

 四肢を失い地面に倒れ伏す女の胸倉を掴み上げる。

 彼女は、私を怪物を見るかのような目で見ていた。さもありなん。

 

「私の目を見ろ」

「あ、が……!?」

 

 目が合う。たったそれだけの事で、女の電脳のプロテクトが粉々に砕かれる。

 最早女は、私の支配下にあった。生かすも殺すも私次第。記憶も人格も、人の最も柔らかいところを手の平でもてあそぶような感覚。

 その中から、必要な情報だけを慎重に取り出す/難易度の高いオペに挑む医師を思い起こさせる。

 

「……なるほどな。お前は生贄か。その電脳のバックドア、お前も気付いていないんだろう? 生きて目的を達成すればよし、そうでなくともお前の記録は、背後の連中に渡っているわけだ」

「ぎ、ぎゃ、ひゃは、ぎゃががががが――――――――」

「ミカ、よさげなウィルスはあるか? オーバーキルにならない程度に、嫌がらせでいい。こちらの情報を渡したくない」

『お優しい事ね、わたしのナイト。いいわ、今作って送ってあげる』

 

 そこから一秒と経たず送られてくるパッケージ/バックドアを通じて流し込んだ先を汚染/もしデータを復元しようと直結する奴が現れたらそいつも汚染するおまけ付き。

 

 女の電脳への干渉を解きプロテクトを復旧してやると、女はしばらく惚けていた。

 やがて青い顔できょろきょろと周囲を見回す/先ほどまでの異常な様子がまるで嘘のように言葉を紡ぐ。

 

「お、お前、私になにをしたの……!?」

「お前にはなにも。ただ、お前の背後の連中はどうなってるか知らないがな」

 

 私は女の頭に銃を突き付け、丁寧に忠告をした。

 

「私はお前を殺してやるほど親切じゃない。子供のためにも精々生き地獄を生き延びてみせろ」

「ッ!!!」

 

 引き金を引く/銃声/空砲/電脳に仕込んでいた暗示のトリガーによって女がここにきてからの記憶が上書きされ、ショックで気絶する。

 倒れ伏す女を前に、私は一人ごちた。

 

「これが、君が見ている世界だっていうのか。ミカ」

『おおよそ、そうね。どう? あなたから見てこの世界に、価値はあると思うかしら?』

 

 答えを保留しながら、懐から取り出した電子タバコを咥える/電脳が再生する爽やかなフレーバー/今の気分には、あまりにも似つかわしくなかった。

 今、この事務所の裏路地から軽く視線を動かしただけで、周囲のどこに誰がいるのか分かる/なにを考えているのか分かる/電脳に触れる事が出来る。

 それだけではない。この街を支配するあらゆる電子機器が、まるで手足のように動かせる。さっきの女などその典型だ。

 あれはあらゆるセンサーに観測されないはずのもの。だがしかし、周囲のあらゆるセンサーに干渉して、なにも観測されない空白がある事に気付いたからそこに『ある』と分かったのだ。

 

 幾度となく/言葉にせずとも/決して実現し得ないと思いながらも滅びろと願った世界は、あまりにも脆弱だった。

 指先一つで、滅ぼせるほどに。

 

 その全ては、この鈴を転がすような声をした/寂しげな顔を見せた少女から与えられたものだった。

 

『この、なにもかもが透明な世界で、けれどわたしは誰にも触れられないわ』

「……壊してしまうから?」

『ええ。わたしはどこまでも、ただの傍観者。そういう風に権能を制限されている』

 

 権能。おおよそ少女が自分の力について話すには似つかわしくない言葉だが、この街を覆う電子の海を自在に支配する彼女を表現するには正しかった。

 ミカは、神だ。電子の神。おそらくは、ロクジョウ=アラヤが生み出した人造神。世界を破壊しつくし、きっと己の思い通りに再構築する事すら可能な演算能力を備えた規格外の電脳。

 

『だから、わたしはナイトが欲しかったの。わたしとずっと一緒にいてくれる、わたしの目に、手足になってくれる優しくて強い誰かをずっと探していたわ』

 

 だがしかし、皮肉なことにミカはどこまでも少女であった。

 愛を求めた/それはきっと、父親からは与えられなかった/話題に出ない母親からも。

 ナイト。騎士。愛しい人。あまりにも空想じみていて軽い言葉だ。

 だけど、ミカにはきっとそれしかなかったのだ。

 仮定する/空想する/物語の中に、欲しいものを見いだすしか。

 

「……私は、物語なんかじゃない」

『ええ、知っているわ。見たもの』

「それでも、私がいいのか」

『ええ、あなたがいいわ』

 

 大きくため息と共に、電子タバコの水蒸気を吐き出した。

 

「……厄介な猫を拾ってしまった」

『ふふ、にゃあー。猫ちゃん、わたしも好きよ』

「奇遇だな。私も放っておけないタチなんだ。構いすぎて引っかかれる事もある」

 

 そうだ。色々と、大仰な事が付随しているが、本質はたったそれだけの事だ。

 

「分かった、今から迎えに行くよ」

『ええ、待っているわ』

 

 その日、私は愛に飢えた猫を引き取った。

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