サ イ バ ー パ ン ク お ね ロ リ と せ が ら   作:ハム山公男

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case.2-1

「ここがあなたのお家? ニュートーキョーの一人暮らしはこんな小さな集合住宅がスタンダードなのかしら」

「ここはセーフハウス。私の家は狭苦しくて君を連れていくなんて到底できないんでね」

「……これよりも下の等級の家が存在するの?」

「人間、五畳あれば寝て起きて食事をする事はできる」

 

 私の言葉に、ミカは心底嫌そうな顔をした/なんだかんだ、お嬢様暮らしだったのは確からしい。

 コンクリートジャングルの片隅/摩天楼の影の中/私達の前にひっそりと佇む集合住宅は、マダムが保有する物件の一つだ。それを私は、セーフハウスとして格安で提供してもらっている。

 一見してボロ屋/その実態は、最高等級のセキュリティが施された隠れ家。パーソナルナンバーでの認証を初めとした多重ロック/防音/防弾エトセトラ。

 おまけにこのあたりの土地自体、度重なる無軌道な土地開発によって地図と実態が一致しないというオマケ付き。

 私の知る限り、人を匿うにはこれ以上の場所はないと言っていい。

 

「そういうわけで、ここがこれから君の家になる。オーケー?」

「分かったわ。けれど、いいの?」

「なにがだ?」

 

 私のクエスチョン/ミカのアンサー。

 軽い口調で、なんでもないことのように。

 

「その扉、爆弾が仕掛けられているけど」

「………は??」

 

 瞬間、爆発/慌ててミカを小脇に担いで跳躍/ミカのぐえっという声が聞こえた気がしたがそれどころではない。

 近隣のビルの屋上に避難して見下ろすと、わらわらと市街地装備を整えた悪党どもが湧き出してくる様子が見えた/頭を抱える。

 

「ここがバレてるって、相当だろ……どうしろっていうんだこれ……」

「とりあえず、火の粉は払わなくていいのかしら?」

「火の粉程度なら払うが、これはもう放火だ。ここは一度逃げに徹して――」

「セラ。あなた、なにを言っているの?」

 

 咎めるようなミカの声/思わず、緊迫した状況も忘れてミカの方を見る。

 ミカは、心底不服そうに私を見ていた。

 

「わたしがあなたに渡した剣は、彼らを引き裂いて余りあるはずよ」

「……いや、そういう問題じゃなくて。本来君は秘匿されるべき存在で、その力を大っぴらに振るうのは――」

「いいから。『やって』」

 

 瞬間、勝手に起動する『剣』/見ている世界が書き変わり、神の視座を強制される。あまりの情報量の格差に、少しだけ酔ってしまった。

 反射的に反発/相手を思い出して止まる。どのみち、『剣』を使われてしまった以上は私はこの子に従う他ない。

 

「……ああ、もう!! 君はここから動くなよ!!」

 

 そうして、私はビルの屋上から身を躍らせた。

 

 ☆

 

 あらゆる隙間を許さないと言わんばかりに雑多な建造物が地上を埋め尽くす旧東京には、一つ特性がある。

 高度が上がると、治安が少しばかりマシになっていくのだ。

 

「…………」

「……怒っている、のかしら?」

「怒ってはいないよ」

 

 ハイウェイを流れる星々の一つ/自動運転タクシー/目的地設定無し、環状線をぐるぐると回りながら時間稼ぎ。

 ため息/過去の人生で一度も考えた事のない類の問題を前に、どうすべきか迷っていた。

 

「……まず、『剣』について。私はこれを大っぴらに使うべきじゃないと思っている」

「何故? 力を持った人間は、それを振りかざすものでしょう?」

「力を振りかざすにも作法がある。それを知らずに大きな力を使う人間は、力が大きいだけの愚者だ。本当に怖いのはあの手の刺客ではなく――」

「後ろにいる企業、って事かしら? けれど、その剣があれば企業の一つや二つ、簡単に潰せるでしょう?」

「そうやって敵を排除して、排除して、排除して……ある日急に、この街のマーケットがなにも売ってくれなくなるかもしれない」

 

 ミカが、ぐっと言葉に詰まった。本当に慣れない。なにを偉そうに? 普段は賢しらな事を言いながら反抗して説教される側だというのに。

 マダムの気持ちが、少しだけ分かった。彼女も彼女の経験則と真理から、私に忠告してくれていただけだ。

 

「マーケットから排除されるだけならまだいい。ある日急に、大陸同盟の核ミサイルが東京を焦土に変える可能性すらある」

「大袈裟よ」

「ミカ、正直に答えてくれ。……君のフルスペックなら、都市管理AIにも対抗できる。違うか?」

「…………掌握は無理よ。拮抗は、できるでしょうけど」

 

 薄々分かってはいたが、その返事にぐにゃりと視界が歪んだ気がした/あまりにも現実離れした話だ。

 

 都市管理AI/世界にたった三つしか存在しない技術特異点を超えたAI/人類が『使う』AIではなく、人類が『使われる』AI。人類の存続と繁栄のため自分たちの企業連合体を最大化しようと衝突し続ける怪物どもに、この世界は支配されていると言っていい。

 ただ計算のみで成立する無機的な支配者は、世界がおおよそ三当分された現代であっても賛否両論だ。日本を取り戻せと盛んに叫ぶナショナリストどもなんていうのは、その典型だろう。

 そして支配者ども――ではなく、そのおこぼれに与る企業という名のゴミどもは、己の敵を無慈悲に処理してきた。

 

「都市管理AIは、企業連合体を支配者たらしめている心臓だ。君の力を誇示し続ければ、企業は自分たちの心臓に銃を突き付けられていると思うだろう」

 

 ――私が、その手の連中を処理してきたように。

 

「……なら、どうしろというの?」

「……ミカ?」

「やっと透明じゃなくなったのに? あなたという目と手足を手に入れたのに? わたしに、透明なままでいろというの?」

 

 思わず、私の方が動揺してしまった/怒りの感情の発露/勢いのままに、私の脳を焼いてしまいかねないと一瞬思った。

 慌ててなにかを言おうとするが、それより早くミカが叫んだ。

 

「あなたも、わたしになにもするなというの……!?」

 

 涙で潤んだ瞳が、私を射貫く/やってしまった/的確に地雷を踏み抜いた。

 この子のアイデンティティが、力に依存しているであろう事くらい分かっていたのに/それを使うなと抑圧され続けてきた人生である事は分かっていたのに。

 

 涙を指で拭って話しかける/可能な限り優しい声色を意識。

 

「ごめん、そういう意味じゃないんだ。ただ……使い方を知るべきだという話だよ」

「……力の?」

「そうだ。このままでは危険だとか、そういう以前の、君がどういう大人になるかという話しとして――」

 

 電子タバコ/メンソールのフレーバーと共に思い出す。

 この安価で手軽で奥深い趣味を教えてくれた友の顔/いつも笑顔だった/けれど、最後に見た表情は違う。

 

「今日殺し合った相手と、実は気が合うかもしれない。明日は味方かもしれない。だから、敵を淡々と処理するような生き方は……友達を失う」

 

 口にした途端、恥ずかしさに心拍数が上昇するのが分かった/多分顔が赤い。

 なにを青い事を言っているんだ、私は。今更だろう。そういう生き方をしてきた人間が偉そうに。

 

 静寂/耐えきれなくなってミカの方を見ると、彼女は目をまん丸にして驚いていた。

 

「友達」

「ああ、そうだよ。友達がいなくなるって言ってんの」

 

 半ばヤケクソに言って、電子タバコの水蒸気を吐き出す/メンソールがやけに冷たかった/体温、やや高め。

 

「ふっ、あははははははは!!」

「……笑うな」

「笑うに決まっているでしょう! 大真面目な顔でわたしのナイトはなにを言うのかと思ったら、友達って! あなたもいないでしょうに!」

「うるさいな! ああそうだよ! 友達いないっての! 悪いかよ!」

 

 笑い声が続く/その口に棒付きキャンディーを突っ込む/ただの合成甘味料と着色料の塊だが多少はマシな味がする物を、ミカはくすくすと笑いながら舐めはじめた。

 カーナビゲーションシステムを操作して目的地を設定/おおよそ、話すべき事は話した。

 

「ったく、人の記憶を覗いたからって好き勝手言いやがって……とにかくいいか。そういうわけで、私は専守防衛・隠密行動を基本方針としたい」

「ふふ……ええ、いいわ。あなたの提案を受け入れます。確かにあなたの言葉にも納得したもの」

「そりゃどうも」

「ねえ、セラ」

 

 丁度、環状線から出て地上へ降りていくところで、ミカが私に囁く。

 

「わたし、あなたが一人目の友達だと思いたいの」

「……まあ、友達も悪くないが」

 

 ARを開き、リストを表示/その内ひとつをミカに転送する。

 ミカの表情/きょとん/彼女に笑いかける。

 

「私達みたいななんでも屋は、こういう時相棒って呼ぶんだ。さあ、仕事を始めようじゃないか相棒」

「……ええ! 相棒!」

 

 嬉しそうなミカの声/口角が自然と上がる。

 ハイウェイから摩天楼へ、星が一つ落ちていく/闇に吞まれず輝く星を、私は守らなくてはならない。

 そのために、行動を開始した。

 




2023/8/7
case2に入るにあたり、これまで『首輪』としていたものを『剣』としました
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