【完結】ダーク・ナイトはへこたれない   作:澱粉麺

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藪医者はかく語りて: 後

 

 

 

さて、閑話を休題しよう。

ローラウドも戻り、聖女協会は一層フル稼働をしていた。新たな聖女として連れられる予定の女の子も発見されたらしい。

だが私達は、あの時。引き摺られてでも彼女を聖女の座として残しておくべきだったのだ。イスタルテ様がいることがタガとなっていた王権の暴走は、あれを機に悪化の一途を辿ったのだから。

 

大気の汚染は止まらない。

病気のみならまだ良かった。だが瘴気は魔術に使われるルーンと混じり合い、新たな脅威に変貌を遂げてしまったのだ。

それはつまり、『アルター』と呼ばれる。物を異相の姿に変貌させてしまう恐ろしい空間異常だった。

 

 

そして、その空間異常と技術の進化の進む先の特異点で、私達は絶対に触れてはいけないものに触れてしまったのだ。

神々のみが触るべきである禁忌。

次元の狭間が、世界の端にある事の発見。

 

 

………少年。グライト嬢。

君たちは、この世界の世の淵とは何か。

あの淵は何に繋がっているのか。

考えたことはあるかい?

無い、という前提で話を進めさせてもらう。

 

『淵』などという、便宜的に付けられた名前から勘違いをしてなかったかい?あれが地獄や彼岸などという、ひどく抽象的な存在に繋がってるという勘違い。それは違う。

あれは、正しく淵なのだ。

あれはこの世界の淵。そうして、壊れた世界の分水嶺。あちらの世界と、こちらの世界の淵なんだ。

 

む。何を言いたいかいまいちわからない?

まあ、つまりだ。私の言う『彼の世界』や、『世の淵』という言葉は彼岸此岸を表すオブラートに包んだ物言いではない。

文字通りに、『あちらの世界』なのだよ。

 

そうだ。つまり、そういうことだ。

この宇宙には、世界は二つ存在する。

私たちは瘴気の溢れる、『淵』の先の世界。

そこから来たのだ。

 

便宜的に、今君たちがいる世界を第一世界、私の生まれ故郷の方を第二世界と名称づけようか。

私達の世界は空気中に漂う魔術の源、ルーンと技術の特異点として第一世界の入り口を作り上げてしまったのだよ。

そしてそこから第一世界を覗いた者は、思った。

 

 

『ああ。なんと移住先にちょうどいいだろう!』

 

汚染に汚染を重ねて、こんなヘンテコなマスク無しでは生きてはいけない世界。全ての人間がうんざりとしていたし、もう限界の世界だった。だから第二世界の住人は思ったのだよ。

こんな綺麗な世界に移り住めたら、なんてね。

 

そうして私達の技術はそれ以降、ただ一つに向けられ始めた。もう一つの世界を、自分に都合のいい居住条件として侵略をし、原生物を皆殺しにしてくれる生物兵器の製作に。

生き物の尊厳を踏み躙る為だけの存在の製作。

 

 

「ふざけるなッ!!

こんなふざけたことを許せるものですかッ!」

 

それを、知った時の私達の怒りが掻き消えるほどの、初代聖女、イスタルテ・グラントーサの怒髪天。齢六十を迎えんとする母の、これ以上ない激昂を私達は見ることとなった。

 

「私達に与えられた罪を!なにも犯していない者に押し付けるだけ押し付けようと言うのですか!?罪だけを犯し、大気を汚して自然も生き物も殺し変貌させた罰を!擦り付けて自らだけが生きるなど、そんな恥知らずな事をよくも、よくもッ!!」

 

彼女はもう実権から差し引いて久しい。

だが、それでも。まだまだ使い込まれているメイスを手に、全身に聖なる光の力を纏わせて歩く姿は恐ろしく全盛期的で、この世の無念の怒りを一身に纏めたようなその激怒は、王都に向けられていた。

 

そうだ。

私達、聖女協会はまだ祀り上げられる前の二代目聖女を待たずにクーデターをあげようとしていたのだ。生物兵器などというイかれた実験を止めるため。侵略用に生み出された生き物。

 

自らの血を浴びせて自己と同一の存在にして鎮圧をする事を目的としたおぞましい、別世界への尖兵。

『ダーク・ナイト』の軍勢。

それらを生み出すことを止めんとして。

 

 

……その、我らの協会に。

王が差し向けたものだったのだろうか。

もしくは天災のような自然発生物か。

それとも、初代聖女の力を嗅ぎ取ったのか?

それは未だにわからない。

だけれどそれは。

 

 

『ケタケタケタケタ』

 

 

『暴食の魔女』は、瘴気を纏って現れた。

瘴気の、アルターの影響でルーンにねじくれた人格が宿った産物の、魔力の塊。魔という存在、そのもの。

第二世界の歪みの全てが形になってしまったもの。

ケタケタと笑いながら現れて。

私達の人員の七割と母さんの左腕を持っていった。

私も、下半身を丸ごと『喰われ』た。

まともな身体であれば即死だったろう。

 

 

「ひっ…あ、ああっ、かあさ、かあさん…!」

 

「……ロウ。

ハイと、他の生き残りを連れて逃げなさい」

 

「でも、でも!」

 

 

「大丈夫よ。

娘を守る時の母は、無敵なんだから」

 

 

…私達は、敗走した。

身体がどこもかしこも黒く齧られて消えていく母の姿を最期に見た。ただそうしながらも、彼女は一歩も引かなかった。

光の蝶は魔女の瘴気を相殺し、そしてまた彼女の槌は腕を喰われようとどこを貪られようが止まることは無かった。

 

私は最後に、母と言葉を交わすこともできなかった。死体の肉が一片たりとも残る事は無かった。

 

ただ、遠くで。ぼろぼろに崩れかけたルーンの塊が世の『淵』に飛び込んでいくのだけが見えた。相当の痛手を負った魔女、だけが。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

私達は、魔女が消えていった『淵』の近くに改めて拠点を置いた。もう、王都には居られない。ここまでボロボロになってしまって、クーデターをする事もバレた中でそこにいれば皆囚われて処刑となるだろう。

 

どうにか、そこで拠点を立てて。

私達の治療も出来た。

全てが傷を負った。

失うものがあまりにも、多すぎた。

泣いて精神を崩壊した者もいた。

だが、それでも。私たちは止めれなかった。

 

 

「ハイ…」

 

「ロウ。…何よりも、ありがとう。

また、私はお前に助けられた」

 

「やめてくれ、感謝なんて!…私はただ…ただ、母さんを見殺しにしただけなのに…」

 

「…ロウ。気持ちはわかる。だけどきっと、グラントーサ様はそんな後悔を抱いて欲しいからあの時私たちを逃したんじゃない」

 

「……」

 

「……魔女はまだ死んでない。

だから私たちで打倒しよう。

それこそが、グラントーサさまの望みだ」

 

「…ああ、ああ。そうしよう。

ハイ。二人で斃そう。

それでこそ、母さんは報われるんだ」

 

 

そうだ。

そうあれば、そうだけであれば。

きっと私達姉妹は一緒でいれた。だけれど、そこで終わらないから私は全てを取りこぼした。

 

私達は、そこで止まるわけにはいかなかった。

だから、私達は『淵』に飛び込んだ。

そうして第一世界に拠点を置いた。

私たちという穢れをこの世界に持ち込むことは、あまりにも侮辱ではないかと思ってもロウはしかし、歯を食いしばって我慢した。

聖女協会、という名を捨て。

『魔女狩り教団』となる事にも。

それでも私達は許容をしたのだ。

 

それでも私達には戦力が足りなかった。時間が足りなかった。人手が足りなかった。何もかもが、足りなかった。だから禁忌を犯した。もうとっくに犯している禁忌ならば、いいではないかと。

ハイとロウの、二人には内緒で、と。

 

 

クローン計画。

魔女に最も肉薄した人物、初代聖女、イスタルテ・グラントーサ。子孫のいない彼女の複製を作るために、生き残りの私達は、骨と髪だけの残骸になった聖女の死体を残骸にし『尽くした』。

それから生まれた不完全な複製を、壊して組み合わせてほぐして繋ぎ合わせる。そうして、沢山の従順な戦力を生み出せる。

 

……ああ。わかってる。

私だって、それに吐き気を催した。

だけどロウはそんな程度では済まなかった。

旅で見た世界の汚さ。変貌した瘴気の作用。

そして、彼女の感情の烈しさと母さんへの愛。

そうしていながら、母を見殺しにした事実。

いよいよぜんぶに、耐えきれなかったんだ。

 

 

「…おい。なんだよ、これは」

 

「なぜグラントーサさまがこんなことにならなければいけない?なぜ母さんがこんな辱めを受けなければならない。誰よりも高潔だったあの人を。誰よりも優しかったあの人が。なんでこうならなきゃいけない?」

 

「……ああ、そうか。わかった、わかったぞ!

こんな世界は駄目だ。だめなんだ」

 

 

ぐにい、と身体が展延して怪物の姿となって。その場でロウは、私を除く魔女狩り教団のメンバーを皆殺しにした。私と、クローン体たち…そのうちの一つがグライト嬢だったわけだが…を殺さなかったのは、情、だったのだろう。

唯一残っていた、感情と正気の一欠片。

 

「駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ、駄目だ駄目だ。何もかも、全部。こんな、自浄作用もない腐った世界で誰が幸せになれる」

 

「……この世を焦土にしよう。魔女も殺す。こんな世界も殺す。私たちの世界もこの世界も全部全部碌なものか。全てを無くして消し去っての根本治療をしなきゃ」

 

「ハイ。お前も手を貸せ。こんな世界はだめだよ。こんな世界、あるべきではない。この世界は病んでいるんだ。だからドクターとして。私達はこの二つの世界を治療しなきゃいけない。そうだろう?」

 

 

「あ…」

 

……ククー。笑える、だろう?

目の前で、狂気に堕ちていく私の姉を。私はただ曖昧に、間抜けに、手を伸ばすだけで引き留めることができなかった。そこには、彼女の意見を否定できないだけの厭世が私にもあったからだ。

 

だけど私にはまだ、その姉の手を振り払うだけの正気は残っていた。この期に及んで狂いきることが、出来なかったんだ。

 

 

「……いいや、ロウ。この計画は必要だ。

魔女を殺す為に、絶対にな。

そして私は魔女だけを殺す。それだけだ。

前も言ったろう?」

 

「私はお前の馬鹿げた治療論には、付き合わない」

 

 

「………そうか。

ならばお前も敵だな、『ハイレイン』。

出来損ないの妹。いいや、小娘が」

 

「…ククー。そう、とってもらって構わんよ。

…なあ、『ローラウド』」

 

 

 

 

……

 

 

…そうして、私は唯一残った魔女狩り教団として活動を続けた。第二世界から持って来た通信機や銃、技術を使っての諜報。武術は下手だと言っている場合ではないと身につけた護身と銃術。

私は、私のできる全てを用いて魔女を殺す。

そうしなくてはならない。

そうでなくては、ならないからだ。

 

 

そうしてから私はこの世を去る。

魔女を殺して、私も死のう。

そうしなければ私の罪は浄化されない。

私と私の姉の、罪は清算されることはない。

魔女を。あの世界の歪んだ技術を。

穢れを持って来た私たちの罪。

 

私は、どうしようもない藪医者だ。私が救いたかった大切な人は、誰一人救えなかった。

だから、せめて。

この世界だけは救おうと思ったんだ。

魔女を、どうやってでも殺して。

魔女を、何を犠牲にしても殺して。

 

 

…私の過去は、これで終わりだ。

二人とも、ご清聴ありがとう。

 

 

 





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