【完結】ダーク・ナイトはへこたれない   作:澱粉麺

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壊れたエンドレス

 

 

 

 

「…イスティ、今そっちにボクの確認した視覚情報を送る。やはり全てがダークナイトのようだ。恐ろしいね。こんな数がいるなんて…」

 

「ええ。私も改めて情報の確認をしました。

……それでは今から、殲滅します」

 

「…必ずしも、そうする必要があるかい。

まだ、正気を保ってる人もいるじゃないか」

 

「今はまだ、です。

いつかは失われるかもしれない」

 

「でも…

…大丈夫、かい。

キミだって、そんな」

 

「大丈夫です。死にはしませんよ」

 

「キミの実力を疑うわけではないよ。

だけれどそういうことではなく…」

 

「大丈夫ですよ」

 

「だが」

 

「大丈夫って言ってるじゃないですかッ!」

 

「…っ」

 

「………すみません」

 

「…いや。こっちこそ、愚問だった」

 

「……いいんです。

私はもう、こうすることでしか、罪を償えない。

償いきれない罪を、それでも償えるとしたら。

ただ、これしかないのです」

 

 

 

 

……

 

 

 

ヴァンは空を眺めていた。

瘴気まみれの薄汚い空。

星や二つ月などとうに見えなくなった、光がない黒い夜は、むしろ彼の心を落ち着かせる。その放心にも似た心の整理の時間でいくつかの事を考えて、また忘れていく。思考をまとめ上げるというよりはただ、何もしていない時間ではあったが、その時間こそが彼には必要だったのだろう。色々なことがありすぎた、目覚めてからの数ヶ月。止まってしまっては心が死ぬから、身が死ぬからと動き続けていたのだから。

 

もっとも、彼は。彼自身はその無意味な時間を悔やむことになる。ただこれさえ無ければ、と焼かれるような後悔に。

 

(………)

 

彼の独白に、手を取って、肯定をしてくれたロアの、ただそれだけが如何に心強かったことか。彼女がただ共にいて欲しいと首を括ってくれた事を、口ではやめろと言いながら、本心は嬉しかった。この世界で目覚めてから一つも無かった生きる意味に、初めてなってくれた。

だからそうした彼女の為に、その場所になってくれたあの集落に留まるのも、いいのではないか。そう、決心をし始めた、その時だった。

 

異臭。

鼻についたそれに気がつく。それを一度気取れば何故今まで気づかなかったのかというほど濃厚に漂ってきて。そしてそれはどこからやって来たのかと、問われれば。

 

先まで、自分がいた方向。

そこから、漂う泥が腐ったような臭い。

 

判断してから即座に奔った。

風の如く、長く伸びた髪がぐおとマントのようにたなびき黒い風じみて中空を駆けていった。嫌な予感がした。

酷く、嫌な臭いだった。そうだ、この臭いは。

幾度も嗅いだことのある臭いなのだ。ただむしろそれが当然のもので、身近だからこそ中途まで気が付かなかった。

この、臭いは。

ダーク・ナイトの黒血の、その臭い。

 

 

ざっ、と、駆ける足を止めた。

止めざるを、得なかった。その光景を見て心が揺れない程、少年の心はまだ成熟しきってはいなかったから。

 

それは顔も見知らぬ者ではあった。

だがその身体から流れている血の色からして、まだ逢っていないだけのこの集落に集まっていたダークナイトたちの人々だったのだろう。きっとこの先、自分が勾留を選ぶならば、顔馴染みになっていただろう人々。

 

それらは皆、磔にされていた。建物に、壁に、地に。こうまでせねばならないのかと思うほどに徹底的に、白と黒のマーブル模様の原石じみた刃が突き刺さり、突き刺さり。針を刺しておく、ピン・クッションを彷彿とさせる程に刃まみれになって。

 

咄嗟に、口を抑えた。

不快感を覚えても、吐き出す内容物など無いだろうに。

自分の、いやに冷徹で冷静な部分が自らを嘲った。

この中にテッドは居たか?分からない。

それを確認している余裕はない。

 

「…ロアッ!」

 

ぶわり、とかくはずの無い脂汗をかく勢いでまた走り出す。この惨劇を行なった犯人は誰だ。そしてロアの、彼女の場所は何処だ?耳を澄ます。死の静寂以外の音を探す。この自らの身体の使い方が、皮肉にもこの苦境でわかりつつあった。それを喜ぶ暇などないが。

 

 

「さて…」

 

声が、聞こえた。その声がした方向へ踵を返して走り抜ける。先までよりもずっと早く、早く。黒い旋風となって駆けた。故に、そこに辿り着くまでには時間はかからなかった。

だからそれは走る早さの問題とか、そういうものではなく。ただ全てにおいて、一手、遅れてしまった。それだけだったのだろう。

 

 

「おやすみなさい。

せめて、良い夢を」

 

辿り着いた先にはロアと、もう一人の女性。そのフードを被った女は、幼女の両脇を抱っこするように上に挙げ。

その四方にマーブル模様の原石じみた刃が浮いて。

 

どすり。その全てが。

ロアの小さな身体に、所狭しと突き刺さった。

 

 

「───」

 

…繰り返すようだが。

彼はまだ、ここにきて、一日も経たない。幼いダークナイトに出会ってから、まだ一月も経っていない。

だけれど、だからこそ。許せないことがある。

 

 

 

 

……

 

 

 

「あら」

 

背後からの気配に、直前で気が付いて。

イスティ・グライトは片腕でその不意打ちの一撃を受ける。その当たった腕がひしゃげ折れた。その腕を、他人事のように眺めて。

そうしてその襲撃者の息もつかせぬ二打目を目視して、残った片方の腕でメイスを背から引き抜いた。

 

ごが、ばぎぃん。

 

かち当たった鉄パイプと、メイスが諸共に折れる音。数え切れぬほど血を吸ってきた槌が割れ折れた。

そのメイスはつまり、彼女の、陰鬱でそれでも彼女の想い出の全てである記憶。彼と一緒に、もらった道具。彼らとともにいた、記憶だった。魔女自身が壊した、そのものらとの。

 

 

「あ……!」

 

襲撃者が着地をする音。そして折れた鉄たちが地面に落ちる音。イスティは折れた鉄を名残惜しげに眺めてから、そうしてから、その想い出を折れせしめた相手を、怨嗟と憎悪の目付きで睨む。

よくも、壊してくれたな、と。

彼との思い出を、彼とのものを。

 

だがその憎悪も、長続きはしない。

そのそうして、睨んだ相手を認識して。

憎悪は呆気に取られ、そうしてから感涙に変わる。

周囲に揺蕩う光の蝶が、ちかちかと揺らめいた。

 

 

「ああ、ああ!あなたは…貴方は!」

 

 

「おい」

 

咽び泣き、近寄ろうとしたイスティを、その襲撃者の低い声が止める。ただ彼は片腕が無く。少し流れた血は黒く、ダークナイトであることがわかる。そしてその残った腕で、串刺しになった少女をぎゅ、と抱きしめていた。ただ、強く、強く。

 

「てめえ…何をしてる」

 

 

髪が、伸びていた。

片腕が無くなっていた。

口調も違う。目つきも、何も変わっている。だがそれでもイスティの目の前にいる人物は、つまり。

 

 

(僕がイスティの騎士でありたいと思ったのは君が聖女の力を持っていたからでもない。ただ、君が立ち上がる姿と、僕に笑いかけてくれたその笑顔を想ったからだ)

 

(イスティ!君は君だ!)

(オレの、聖女よ!)

 

 

「てめえが!てめえが、魔女かァッ!」

 

 

「……」

 

 

黒い瞳が、彼女を見据えてそう叫ぶ。

声も、目にも。ただあるのは怒りと憎悪。

そればかりは覚悟はしていたこと。

そうなる事も、仕方がない事。

だがしかし。

ただ、彼女にはそれよりも。

 

 

「…あなたにだけは…」

 

「……そう、呼ばれたくはなかったです。

『ヴァン』」

 

 

フードを、そう言いながら彼女は下ろした。

そこにある顔は老婆のように白く、ぼさぼさの髪。ここまでの惨劇をしたとは到底思えない、可愛げのある顔。そして何よりも、ぽろぽろとおさな子のように邪気の無い涙を流すその姿が、ヴァンには酷く気持ちが悪かった。

 

その魔女はただ、悲しげに両腕を広げた。抵抗するでもなく、戦おうとするでもなく、ゆっくりと手を広げる。それは飛び込んでくる子どもを受け止めるような、そっと愛玩動物を、抱きしめんとするような。

それが更に彼の激情を逆撫でをした。そうだ。それには、何かしらの思惑があるわけではない。ただ此方に向ける好意しかなかったのだ。

自らが初めて会う存在が、殺意を自らが向ける存在が、ただただ自らを愛していることを伝えてくることのなんとおぞましく恐ろしいことか。

 

反吐が出そうな中、腕の中にいる虫の息のロアを持ったまま、それでも戦わなければならない。そう思って、思考を巡らせていた。

 

 

『本当に初めて会う存在なのか?』

 

突如出てきた、そんな疑問が脳を揺らした。

刹那、彼の脳に存在しないはずの何かが溢れ出す。

何も無かったはずの記憶。

彼に少しだけ残っている、女の子が泣いている姿。

その、褐色肌の女の子の記憶とは、また、別。

 

桃色の髪と、頬を染めた爛漫な姿。

健啖で元気で可愛らしくて。

目の前の存在とは似ても似つかないはずなのに。

違う所の方が、多いはずであるのに。

 

で、あるのに。

ヴァンの脳みそを抉りかき混ぜるのはその少女の笑顔。走り回って、ころころと表情を変えるそんな聖女の、姿で。

 

 

「…なんだよ…」

 

「なんなんだよ、この記憶はッ!!」

 

何もかも分からない、激情と困惑にすり潰されて消え入りそうな理性を、そう叫んで誤魔化す。片腕はロアを抱き留めるのに使っている。だから頭を抑える事すらできず、頭痛に耐えきれず蹲って。ああ、突如叫んだヴァンを驚愕と共に見つめた魔女の顔は。

その、記憶の中の可憐な聖女に、そっくりで。

 

「!……ヴァ…」

 

そうして、蹲ったヴァンに呼びかけようとした。

 

刹那。

どふ、と。黒い煙が立ち上った。

一寸先も見えなくなるような黒煙。その中で、ヴァンは自らを担ぐ腕の感触に暴れかける。

 

 

「待て、暴れんじゃねえ!逃げるぞ、坊主ども!」

 

「っ!テッド…!あんた、生きてたのか」

 

「んなこと話してる場合じゃねえ!

さっさと、ずらかるぞ!

嬢ちゃんもまだ助かる筈だ!」

 

 

そう、担がれその場を後にしていく彼ら。

だが、何故だったろう。

ヴァンには魔女が此方を眺めているのが分かった。その表情も、目付きも、敢えて追うつもりがない事も、全てが分かった。

だから、その口の動きも。

一瞬たりとも見逃さなかった。

 

 

ま、た、あ、い、ま、しょ、う。

 

 

そう、言っていた。

 

 

 

 

……

 

 

 

また、廃墟。

随分と走って遠くに来たが、どこに来ようと人はいない。本当にこの世界は終わってしまったんだろうか。

そんなことに拘ってる場合では無いけど。

 

「ぐ…抜けやしねえ!ヴァンよ、手伝っ…」

 

 

ロアから刃を抜こうとして、びくともしないテッド。それを横目にオレはずるり、と片腕で軽々と引き抜いた。焦りながら、息まで、人間だった時のクセで荒くしながら、引き抜いていった。

 

「お、おお…すげえ怪力だな、お前…」

 

「そんなことよりテッド!まだ生きてるんだよな!?治療のための道具を探してくれ、オレも協力するから!」

 

「あ、ああ!勿論だ。手持ちはねえが…

この廃墟は元は病院だ、道具はあるはずだ!」

 

髭面が、頷いてから走り出す。

ここまで逃げてきたのはただあの襲来者から逃げるだけではなく、この治療も見据えてのことだったのだろう。本当に、頼りになる。

そのことと、ロアがまだ生きていること。

それにようやく落ち着きが取り戻せてきた。

 

 

「よし、大丈夫だロア!まだ生きてる!オレたちは、すごく死ににくいから!だから痛いかもしれないけど我慢してくれ、なんとか治してやることができるはずだ、まだ、まだ…!」

 

せめて息をしやすいように、彼女の顔から、いつも外したがらなかったフルマスクを外す。少しだけ抵抗をしようとはしていたが、それが間に合わず。ぱかり、と取れた。

 

傷だらけの顔は、何かの虐待の後か、災害の後だったのか。喋れないのも、その恐怖の後遺症だったのだろうか。そもそも、こんな小さな女の子が素体になったのはつまり、もう、死体として扱われていたからなのか。そんなこと、オレにはわかりはしない。

だが一つわかることは、マスクを外した彼女の顔は苦しげに、しかし優しく微笑んでいて。その笑顔のまま先まで身体に突き刺さっていた刃を手に取った。横に乱雑に落ちていた、マーブル模様の刃。

 

 

それで自らの首を、掻っ切った。

 

 

「……え?」

 

 

どちゃ、と黒い血の中に小さな肢体が沈む。

二度と動かなくなった、その小さな手を握った。

冷たい。元々血の通わなかったから、冷たい手だった。だけど、もっと違う。根本的に、たましいが失われた冷たさ。

 

 

「……なんで?」

 

「なんで、なんで!なんでだよ!どうしてぇ!」

 

 

錯乱をして、問いかけても何も答える事はない。

元々、聾唖だったのだから当然だ。

そうでなくてももう、二度と話す事はない。

もう動く事もない。

死んだ、ふりでした〜と、イタズラじみて動き出す事も、けらけらと声を出さずにも笑うふりをする事も、ぴょんぴょんと跳ね回る事も。もう、何一つしない。オレが、間に合わなくて。

 

 

「…………」

 

…暫く俯いて、瞑目の後。

オレはロアの首に突き刺さったままの、ガラスの破片の様な蝶の刃を引き抜いた。ずるり、と彼女の黒い血でコーティングされたそれは、光の粒子となっていく他の刃と異なり、もう消えることはない。

 

 

「………ヴァン。

死んじ、まったのか…嬢ちゃん…」

 

どさどさ、と大量に持ってきた医療器具を落とす音。そうしておっさんもぼろぼろと泣き始めてしまった。お人好しな人だ。こいつにとっても、オレたちはまだあって数時間しかしてない奴らだろうに。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「…テッド。

あんた、あいつらを追うつもりだろう。

目がそう言ってるよ」

 

「おうよ。

敵わねえかもしれねえが、納得がいかねぇよ。

あいつにせめて少し、何かしてやらなきゃな」

 

「ならテッド。それをオレにも手伝わせろ。仇討ちなのか、復讐なのか。この世界をどうこうしたいのか。自分でもまだよくわかんねぇ」

 

 

「だけど、だけどよ。

少なくともオレはあいつにもう一度会わなきゃならない。呼ばれもしちまったからな。あの、クソったれの魔女に」

 

 

黒く、更にどす黒くなった彼の眼。そうしてまた、黒くなった刃を背負って彼らは歩き始めた。

目的はいまだに、わからない。だがそれでも。

合わなければならない。

あの女に。あの、⬛︎女に。

 

 

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