【完結】ダーク・ナイトはへこたれない   作:澱粉麺

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すばらしきこの世界

 

 

ボクはその場に急行して彼らがいた場所に辿り着く。何が起きたのかという事を聞いて、直ぐに向かったのだが、その実大した速度は出せていなかったのだと思う。そうして着いた先では、音が一つしかない。全てが死に絶え、もしくは逃げ出したということを表す無音に近いそれ。

その、残る一つだけの音とはどんなものか。

 

どす、どす。不気味で、少しだけ粘着質な音が断続的に、等間隔に鳴り響き続けている。音の先に向かうべく、音の方へと歩いていくとそこには唯一の生きて動く者の姿。

平たく言えば、イスティの姿があった。

 

 

ぶつぶつと虚ろな目で、ただ惨状の真中で。

壁に、どす、どすと額を当てている。

音の正体はそうした打撲の音であり、粘着質な音はつまり、ぼたぼたと滴る血の音。

止めようとして、手を引っ込めた。手を汚す事を敢えて任せたのだ。ただ無責任に止めるだけのそれをしたボクにそうする価値と理由はない。

 

 

「……私には、苦しみ悩み葛藤することなど許されない…そんな事をする、資格もない。私が、私のようなものが苦しむことなんて赦されるものか。自己満足の懺悔を許せるものか…」

 

周囲にある、彼女以外には見えない黒影を諭すように。彼女の中にある魔女を言いくるめるように。何よりも、自分に言い聞かせるように。ずっと、そうしたことを呟いていた。

 

それに顔を引きつらせながら、ボクは、彼女がダークナイトに見せた異常なまでの攻撃性に、得心が入った。

彼女は許せないのだ。

無辜を殺し食った悍ましい屑を。自分自身を。そしてその最も許せない存在と同様に無辜の民を虐殺していく存在を。闇色の騎士共を。魔女に付き従う眷属のようにあらんと造られた存在を。

だからその自己嫌悪と共に、憎悪を狩り立てる。ダークナイトへの憎悪はつまり、自分に燃え上がらせる紫色の炎なのだと。

 

慰めんとした言葉を飲み込んで、代わりに自分の顔を整える。できるだけ、悪辣な顔になるように。人の心の無い、そうした奴に見えるようにした。

 

 

「イぃスティ。隙も気配も丸出しのボクにすら気付かないほど無防備でどうするつもりだ。もしこれがボクでなく、他の敵に狙われてたのならどうする?即、命取りだったぞ」

 

「!ダ…!えっと、その…」

 

「頼むよぉ。かんっぺきに役立たずになったボクからすりゃ、唯一の頼りはキミなんだ。だから犬死になんてよせよ?

これからはそんな自己憐憫と、自慰はやめろ」

 

そう、悪態のように嗤って彼女を嘲る。

そうあった方がきっと、彼女の救いになれるから。

彼女はそんなボクの心情をわかってるのか、そう言われて当然だと自分を蔑んでいるのか。どちらにせよ悲しげに微笑む。

なんとか、目には正気の光が戻っている。

さっきまでは無くなっていた光。

 

「…分かっている、分かってるんです。これが必要であることも、この自己満足が何も生まないことも、ダルクの言っていることも、全部。だけれど…」

 

 

「……私は…子どもを殺してしまった…」

 

 

もう既に、魔女の時に殺してるだろう。とか。

ダークナイトだから人じゃないよ、とか。

そういう言葉は、流石に言えなかった。

彼女の言っていることは、『私』。つまりはイスティ・グライトが自らの意思でもって殺した、ということを表している。

魔女として、あの災害としてではない。

相手が実際どうなのかということでもない。

彼女そのものの人格の意思で。

ただ、子供を殺した。それが事実だ。

 

どんどんと、『暴食の魔女』と『イスティ』の区別がつかなくなる。やっている所業も、魔術の内容も変わらなくなっていく。

ああ。それもきっと彼女の心を蝕んでるんだ。

 

「なにはともあれ、折れた手を治したらどうだい?

さすがにそのままだと痛ましくて仕方がないよ」

 

「あ…はい、確かにそうですね。

…力を寄越せ、『ウィズ』」

 

そうしてイスティは、先んじてヴァンに折られた腕を魔女の力を引き出して治そうとした。そう、言ったのだが。

 

「あれ?」

 

魔力は放たれる事はなく、代わりにきょとんとした沈黙が占める。名による使役、魔女の力のただ乗り。それが出来ない。

それが出来ないということは、どういうことか。

 

「…イスティ、これは…」

 

「さあ?どうなってることやら…でも彼の憎しみを、そのまま残しておくのもこれはまた一興かもしれません。

なににせよ、これは彼がくれたものなのですから」

 

 

…随分と変態チックなことを言うようになってしまったものだ、と心の中で嘆息する。それを言おうか言わまいか悩んで、またやめた。どちらかというと、もっと違うことを言おうとしたのだけど。

ただまあ、まだボクの杞憂かもしれない。

 

 

「キミはなかなかに呑気だよね…」

 

「なっ…何がですか、それは!」

 

「いいや、なんでも」

 

 

心外というように、声を上げるイスティ。

それが空元気だとしても、ほんの少しだけいつもの快活な彼女に戻ってくれたようで、喜ばしいと思った。心から、喜んだ。

 

 

 

 

……

 

 

 

その日の、野営の時だった。

ボクが焚き火の前で不寝番をしていた時、ふとイスティが起き上がった。むくりと、突拍子なく。

 

「ン…眠れないのかい?

無理矢理にでも寝ておいた方がいいよ」

 

そうまで、言ってから。自分の迂闊に気がついた。そうなるまで、吐き気がするほどに平和ボケした自分に気が付かなかった。ぞくりと身震いをしたのは、ぼうと寝ぼけ眼で彼女を眺めてからワンテンポ遅れた後にだったのだから。

 

 

(違う。これは─)

 

 

そうだ。ボクはこの期に及んでとんでもなく、平和ボケをしていたのだ。目の前にある者がきっとずっと、ボクの友人であると。

何を思い過ごしていたのだ。彼女は、目の前のこの子は。不発弾だったというのに。ただ炸裂していないだけの、核弾頭だ。

 

彼女はにたぁ、と笑った。

白い牙を剥き出しにして、じとりと。

 

 

『ああ…』

 

『癪だけど、この子の言う通りだったのねえ。

私には何も無かった。情景も何もないから、弱かった。私は本当に産まれたばかりの、赤ん坊だった』

 

『だから、それを手に入れれば、なるほど。

意識のないこの子からなら主導権を奪える』

 

 

心臓が早鐘を打つ。雑巾として絞られたかのように汗がぶわりと湧き出た。ぐるりと世界が回ったような錯覚に陥いる。

 

 

「キミは…いや、お前はッ!」

 

何故、目覚めた?何故出来た?

それを独り言で言っていた気がする。

だが何を言っていたかはわからない。

こいつには言語は通じる。

だが言葉は通じない。

きっと、それは遥か昔にはわかっていたこと。

『暴食』が産まれる前のもっと更に昔。

魔女が初めて生まれたときのその時からの摂理。

 

魔女だ。

こいつは、イスティ・グライトではない。

『暴食の魔女』そのものだ。

 

 

「何故、ここでお前が目覚める。

どうしてその子をまだ苦しめる。

なにが目的で、そうする!」

 

『へえ。目覚めてすぐ質問攻めなんて、テーブル・マナーのなってない事。食べちゃいたいくらいうざったいけど…いいわ、特別に許してあげる』

 

「……ッ」

 

許す、と言われ。

心底ほっとした自分が情けない。

そこで食いかかるほどの強さは、心身ともに無い。

 

 

『怖い顔。でも勘違いしないで頂戴?

私はね、別に貴方達の邪魔はしないわ。

というかできる力も、無い』

 

「そんなわけが…」

 

『あるの』

 

 

びたり。唇に指を当てられた。

ただそれだけで、身体の震えがぴたりと止まった。

それは恐れをなくしたわけではない。ただもっと、根源的な恐怖に震えすらもう必要がないと身体が勘違いをしたということ。

 

 

『そうね。最初の『私』が大きな樹のそれだったのなら、前目覚めた時の私はその枝の一つくらい。そして今の私はそれのさらに葉っぱの一枚。出涸らしも出涸らしよ』

 

『ねえ。だから出涸らし同士仲良くしましょう?あなただって呪いのせいでろくに命も残ってないんでしょう』

 

「……だと、どうだと言うんだ。

殺戮しかできない滓と仲良くをしてボクに何の得がある?貴様みたいな害獣が、会話の真似事なんてやめろ。気色悪い」

 

 

それを聞くと、『魔女』は悩むような動きをした。まるで劇者じみた大袈裟なジェスチャー。それだけで、心情を伝えるかのようなわざとらしい身振り手振り。

 

 

『そっか。あなたが辛辣なのは私があなたたちの邪魔をすると思っているのね。なるほど、納得。だけどそれなら、その必要もないわ』

 

『邪魔はしない。むしろその逆。

その協力をしてあげる。

貴方達は、ダークナイトの彼に逢いたいんでしょ?

そうしてその為に、この先に向かっている』

 

『私はすこーし。微力でもそれを手伝ってあげる。勿論あなたたちにやってあげたっていう見返りも無し。どう?破格、でしょ?』

 

 

破格だ。

破格が、すぎる。

だからこそ恐ろしい。

何も見返りが必要ないというのは確実に嘘だ。

ならばこれは何を求めての要請だ?

わからないが、確実に碌でもない。

 

 

「…何を企んでいる」

 

『ほぉんとつくづく失礼。

私は企んでなんかないわ』

 

「…今日の昼に、イスティがお前の力を求めた時に不発に終わった事があった。あれはつまり、お前は別の場所に意識を転移していた。そういうことじゃないのか?」

 

『あら、正解。お利口さんね、あなた。

だけど私はちょっとお散歩してただけよ。

ちょっとした思い出作りのために』

 

「……その申告をどこまで信じれると?」

 

『信じる。ふふ、信じる、ねえ。どっちでもいいのよね、こっちからしたら。結局のところ貴女には選択権は無いんだから。確かに私は出涸らしだけど今のあなた程度なら殺せる。別にあなた自身は自分が死んでもいいと思ってるかもしれないけど…』

 

『……くすくす。この子が、もし。寝てる間に貴女を殺したとわかったら、どうなっちゃうでしょうね?』

 

「こいつ…ッ!」

 

 

この子、とはつまり、今好き勝手にその身体を使っているイスティのこと。

彼女が、どうなるか。

既に彼女の心は限界ぎりぎりだ。そこにもし、微睡の中でボクを殺したとしたらどうなるだろうか。精神がいよいよもって崩壊するだろう。

もう、保たない瞬間が来ているのだから。

 

 

「……分かった。

その脅迫、いや、提案…呑まざるを得ないようだ」

 

『うん。契約成立ね。

まあ、本当に大した事は出来ないんだけど。

この子が寝たらあなたに情報を教えましょう。

それと、この子の記憶もちょっと元気になれる程度にはいじっておいてあげましょうか?ふふ、ふふふ」

 

 

『はーあ…すばらしいわねぇ、この世界は』

 

 

(………?)

 

 

ボクはここで、初めて疑念を抱いた。

ある一つの疑問。不具合を見つけたような違和感。

 

何故だ?

こいつは、前に見かけた時はもっと無機質な目をしていた。無生物的、とまであるくらいには生物性を感じなかった。ところが今はどうだ。会話が、出来た。話をした。本当に襲い掛かってはこない。

何よりも、こう。感情が露わだ。

目の中に感情の色が確実にあるという変化。その感情も、食欲とかのシンプルな欲求に根ざすものという感じではない。

 

そうだ。なんというか。うまく例えられないが…

浮かれて、いる?

久しぶりに表に出ることが出来た高揚なのか?

顕現を成せたことの嬉しさによるもの?

そのどちらも違う気がする。どうにもそれは違う。

それすら不気味で、ボクはただゾッとし尽くしている。鳥肌ももう、立ちつくし、立つものも無くなったほどに。

 

 

「イスティ…には。

お前のことは伝えない方がいいのか」

 

『お好きにどうぞ。

でもきっと、わたしを知ったら怒りそうだから静かにしておいた方がいいかもしれないわね』

 

「…わかった。では…お前のことは、ウィズ、と呼ぶべきだろうか」

 

 

『あ、それ。そのダサい名前で呼ばないで頂戴。

私には『彼』が付けてくれた名前があるんだから』

 

 

 

『「ロア」っていう、素敵な名前。

ね、羨ましいでしょう?』

 

 

魔女の鱗片は、そう言って妖艶に嗤った。

初めて知った人の心を、どす黒く染めて。

 

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