【ウマ娘トレーニングサポーター】には一般ソーシャルゲームとは違う点がいくつもあるが、その一つが『複数人で同じアカウント』の使用が公的に認められている事だ。
利用規約は読み飛ばす私ではあるが、数多のソーシャルゲームの規約の一つには、アカウントを貸与する行為は禁止する、と、ある
プレイ時間が物を言うイベントで一人が時間をやり繰りしながらするより、複数人がイベントを走り続ける方がポイントも獲得できるアイテムも差が出るのは当たり前のことである。(他にも理由があるが…)
では【ウマ娘トレーニングサポーター】にて、複数人が協力してイベント上位を狙おうとする人が居た…という事にはならなかった
理由としては、一日にどれだけ走ろうが筋トレをしようが
獲得できる成長ポイントに上限があったのだ。
更にはやりすぎると担当からLane(アプリ内のウマ娘とやり取りするSNSという設定)で、オーバーワークでトレーニングが止めらている旨を伝えられる。
(検証勢いわく、週3回が限度、連続するトレーニングは効果が薄い)
似たような理由で毎日何処かに出かけても、
練習しないと(本職、我々ユーザーのアプリ上での上司に当たる)トレーナーに怒られるとのこと
(当然、やる気アップやスキルアップを望めない)
『本当』にそこにウマ娘の生活があるかのようだった
各々自分だけのウマ娘を担当できるのだ。
複数人で一つのアカウントを使う事など周りに居ないというのがほとんどだろう
しかし確かに複数人で行うメリットは存在しているのだった
公道に当然の様にウマ娘専用の走るレーンが設けられた通勤路
度々走り去るウマ娘を遠い目で見つつ、私が属する会社は無くなっていないことで当面の生活が保証された安堵と、ほんの僅かな落胆を抱えて退屈な労働義務を消化した。
世界が変わった(否、まだ認めない)あの日から一週間後の休日
私の担当である『クローバーレース』は紙パックのオレンジジュースを飲みながら私の隣を歩いている。
「やっぱりオレンジジュースは100%よね〜」
オフとして穏やかな時間を御所望の私が担当している(設定の)彼女はご機嫌である。
頭に生えているウマの耳は今日もピコピコクルクル、何か面白いことがないかと探しているようにも見える。
ウマの耳とは不思議な物だ、と(非)現実から目を逸していると彼女のセンサーに何か引っかかったようで私の手を握りしめ
「こっち来て!〇〇さん!」
と、駆け出した。
満面の笑みで言われたら反論なぞできるものか
「ヤッホーヒメちゃん、奇遇だね!」
「あ…クレちゃん…奇遇だね?」
自宅から少し離れた運動公園のランニングコースに近い休憩スペースの一角には、トレセン学園のジャージを着た芦毛で目隠れウマ娘が準備運動をしていた
「今日はこっちでトレーニングの日だったんだ」
「そ、そう…トレーナーが根を詰めすぎてるから軽めにって…!」
クローバーレースほどではないが、やや嬉しそうな声色を出す芦毛のウマ娘。
はて少々気弱そうに見えるウマ娘、どこか見覚えがあるぞ?と唸っていたらその答えがやってきた。
「やぁ〇〇さんじゃないか。トレーニングかい?」
「…今日はオフです、村中さん」
村中さん。【ウマ娘トレーニングサポーター】の同士でライバル
結婚していて小学生の息子がいて、ゲームが趣味の彼は、よくゲームのやり過ぎで奥様に怒られていた
ゲームに対して眉をひそめる奥様であったが、【ウマ娘トレーニングサポーター】内の村中さんの担当、ヒメちゃんこと『ムラクモヒメ』に一目惚れ
今では村中さんよりも積極的に育成に励んでいるのだとか
(『ヒメちゃんは私の担当よ!』と宣言され大喧嘩したらしい。尚息子の『僕もやる!』の一言で収まった。子は鎹、か)
数少ない一人のウマ娘に対して『一家』で育成するユーザーであり
家族で『一緒』にトレーニングすればその質が倍以上の効果があることを知る人は少ない。(例え知っていても四六時中一緒に行動できる人も限られるが)
しかしそんなことよりも私にとって大事なことは彼は私と同じ
『ユーザー』であることである
彼は『元』の世界のことを覚えているか?
……晩ごはんを気合い入れて作ってくれるんだって!あんなに楽しそうにしているヒメちゃんは久しぶりでしたよ!」
「…それは何より」
結局質問することができなかった。
どうして一家で楽しそうに彼女等と話している最中に
『彼女達は架空の存在ではないか』
と、言えるのか
触れあえて、会話できて、喜びあえて、笑いあえる
そんな幸せが満ち足りた空間に冬の如き冷気を叩きつける勇気(蛮勇ともいう)は持っていなかった。
……落ち込みやすいけどそれでも頑張っちゃうから村中さん達が見ていてくれると…って〇〇さん?〇〇サブトレーナーさん?」
「…あ、えっと…なんだっけ?」
「…そのぅ……もしかして……楽しく……なかった……ですか?」
彼女の元気な尻尾がへたり込む。
普段のクローバーレースから想像できないくらい周りの喧騒に掻き消されてしまいそうな声を聞き、自分の失敗を悟る。
サブトレーナーが担当のコンディションを崩すなとか
そんな話などではない。
『今』眼の前に居るのに、話しかけてくれているのに
未だに私は彼女とちゃんと向き合っていないのだ。
例えこれが夢であったとしても、いや夢ならばこそ
アプリ開始時に魅せられ惚れ込んだ『クローバーレース』の笑顔は守らなければならない。
「いや、すまなかった。…言い訳できまい。これは完全にこちらの落ち度だ」
「いえ、そんな…」
「休みだというのに暗い雰囲気にさせてしまってはな…何か埋め合わせをさせてほしい、何でも言ってくれ」
「何でも…ですか?」
「あぁ、何でもだ」
その時、先程から萎れていた彼女の尻尾がバサリと動いた
その真意は…よく分からなかったが
「じゃあ、美味しい物を一緒に食べに行きましょう?」
「そんなことでいいのか?」
「はい!そして…」
「貴方が好きなもの、いっぱい教えてくださいね?」
そう言った彼女の瞳には強い意志が込められているように感じた