大晦日が目の前に迫ったこの日、中山レース場でジュニア期のG1『ホープフルステークス』が行われようとしていた
「………!」
レース場へと続く地下バ道にて、襟元にウマ娘のトレーナーである事を証明するトレーナーバッジをつけたスーツの男性が立っていた
「ていっ」
「…っ⁈」
そこに、後ろから歩いて来た彼の担当と思わしきウマ娘が、指先で男の横腹を勢いよくつついた
不意を突かれた男は驚きで身を激しく
セレーネ、と、怒りを滲ませウマ娘に呼びかけた
「緊張しているようだったからほぐしてあげたのよ?」
「…!…?」
「私は大丈夫よ。私なんかよりも、比べものにならないぐらい緊張している身近な人が居たからね」
「…」
男は少しウマ娘を観察した後、ウマ娘の少し震える右手を両手で包み込んだ
「…」
「…ホント、突然カッコよくなるのはズルいな…」
「…」
「ありがと。ちゃんと見ていてくれて。もう大丈夫」
その言葉を聞き、男はウマ娘の手をそっと離した
自由となったウマ娘は、ゆっくりとレース場への出口に向かい歩き始め…外に出る直前で、男の方へ振り返った
「センター、歌って見せるからね?」
そう言って、力強く外へと歩き出した
私、ムラクモヒメは今、【ウマ娘トレーニングサポーター】の制度にてお世話になっている村中さんのご自宅でお世話になっています
いつもならお正月は私の実家に帰る所ですが、本格化を迎え、去年メイクデビューを走った私は、今年は同期と凌ぎを削る一生に一度のクラシックのレースに打ち込むべく両親への説明を済ませ、トレセン学園からなるべく離れない場所で過ごすことを決めました
「ヒメちゃんお餅は何にする?」
「あ、えっと…きな粉で、お願い、します」
「遠慮しなくて良いのよ!自分の家だと思って寛いじゃいなさい!」
炬燵に入りっぱなしなのは気が引けるのですが、手伝おうとすると『客人だから』の一点張りです
村中さんの奥様にはとてもよくしてもらっています
娘が欲しかったとのことで、あれこれ着せ替えさせられたり、私の手強い癖っ毛の手入れをしてもらったり、今日は一緒に衣服関連の福袋を買いに出掛けます
「母さん、わたしは…」
「あなたは自分で用意しなさいな」
「ははは、手厳しい…」
村中さんが奥様に袖にされていましたが、奥様がさりげなく村中さんの好みの物を近くに置いて準備しているのを知っています
「ん…おはょぅ」
「あぁ、おはよう」
「おはよう、ナギト君」
「おはよう、まずは顔を洗って来なさいな」
村中さんの一人息子のナギト君が目を擦りながら起きて来ました
ゆっくりとした動きで、洗面台へと向かい、少ししてから先ほどよりも冴えた目で戻って来て炬燵の中に入ります
…私の隣へと
炬燵は当然ながら四方向から座れる物です
そして、今この場にいるのも四名
なので四辺にそれぞれ一人づつ炬燵に入れるのですが…
炬燵の前にテレビがあるので、テレビに近い席を空けるために子ども二人を一緒に座るように言われてここが指定席となりました
…未だに慣れませんが
「はい、きな粉餅、ナギトもきな粉で良いわよね?」
「うん」
「ぁぁありがとうございましゅ」
机の上に、きな粉を絡めた大量の餅が積まれた皿とお茶が置かれます
二人で手を合わせ、いただきます、と呟き食べ始めました
午後、奥様に手を引かれ奥様や私の試着ひたすら行い、お店を回り続けて帰って来ました(男性陣はお留守番)
中村さん夫婦が夕食の準備中で空席が増えた炬燵で、ナギト君と向かい合って座っています
「…ん…m、e、r、c、i」
ナギト君はフランスのお友達から貰ったというお手紙の返信を、翻訳アプリを使用しながら書いています
以前、破天荒なウマ娘に巻き込まれて『メガドリームサポーター』で仮想空間内に行った時に知り合った子だそうで、その子の希望で手紙のやり取りを始めたそうです
…別に、私は直接会えますから、羨ましくなんてないです
「そろそろ、特集の時間じゃ無かったかな?」
お鍋の準備を終えた中村さんが、お鍋に火をかけるためのガスコンロを持って炬燵まで来ました
「あ!グリちゃんの?」
「…去年の『ホープフルステークス』を含めたジュニア期のG1レースの、振り返り…」
[…さぁ、最終コーナー入って先頭は『ハヤテイチモンジ』、後続も距離を詰めてくる。]
[ジリジリ迫って来ているのは1番人気『セレーネグリマー』、後方から『トルククロール』]
[最終直線に入ってハヤテとグリマー並んで…、いや『セレーネグリマー』が加速!後続を突き放す]
[200を通過して先頭はグリマー、二バ身差でイチモンジ、クロールが外から上がってくる]
[残り100を切って先頭グリマー!脚色は衰えない!]
[グリマー、一着でゴールイン!1番人気に堂々と応えて見せました。これからのクラシック路線が楽しみです。二着は…]
レースは先行策のグリちゃんが先行集団を引っ張り、終盤にスパートをかけて逃げていたウマ娘を抜いてそのまま勝利
全国から有望なウマ娘が集まるトレセン学園で、その中で更にレースで
夜空を連想させるような深い紺の西洋のドレスに金色の刺繍が星のように煌めき、胸元の丸い宝石が輝く月を思わせます
左右で長さも材質も違うスカートから覗く脚は鍛え上げられて尚美しく、レースを走り切っても未だ健在
たなびく長い金色の髪は天の川のように流れ、走りながら観客席に手をふる彼女に盛り上がるファンの方々とは対称に、ゴール後に肩で息を整えているウマ娘達の表情は暗いものでした
「スゴイね!グリちゃん」
「…うん、とても、強い…」
純粋な尊敬を口に出すナギト君の言葉に素直に頷けません
私の気持ちは、今画面に映らないウマ娘ときっと同じでしょう
「「ご馳走様でした」」
「はい、お粗末さま」
美味しいお鍋を頂き、食器をナギト君と共に流しまで持っていきます
「はい、ありがとう二人共。…明日にはもうトレセン学園にいっちゃうのよねぇ…まだ冬休みなのに」
「はい、ありがとうございました。とても楽しい時間でした」
「そんな他人行儀じゃなくて良いのに…この家から通うでもいいのよ?」
「あ、あはは…有り難いですけど、その、少しでも長く練習したいなって」
「そうよねぇ…あのグリマーちゃんに負けられないものねぇ」
「…えぇ」
「そういえばさ」
「ん、…ナギト君、どうしたの?」
「ヒメちゃんはさ、『勝負服』?は、もってるの?」
勝負服
それは、G1を走るウマ娘一人一人に作られた専用の衣装
学校の制服(を、模した服)、着物やドレス、カジュアルな服装など、各々の希望を聞き取り勝負服職人とトレーナーも交えて細部を詰めて作成されます
「私は…まだかな。『今のうちに考えとけ』ってトレーナーさんに勝負服案の用紙を渡されたけど」
「つまり私たちで考えて良いってことね⁉︎」
「母さん、少しは落ち着いて…」
「あなたは机を綺麗にして、そこ使うから」
「はい」
私たちは、奥様主導で炬燵で用紙を囲み、私の勝負服案の会議をすることになりました
「グリマーちゃんが西洋風のドレスなら、此方は和風の着物よ!いっその事、十二単みたく重ねまくるわよ!」
「流石に重くなるから、そう見える、だけでいいと思うよ」
「色は白基調!布一枚一枚に濃さを変えていくわよ!」
「あ、ぁぁあの、ちょと待ってくだしゃい」
「和服……刀?とか?」
「…!それも良いわね?!」
「十二単に刀は…まぁ『
「うぅぅ…どんどん進んでくぅ…」