「まずは勝利おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
「無敗記録がまた一つ伸びましたが、今のお気持ちはどうでしょうか?」
「率直に言って勝てた事に喜びを感じていますが、反省すべき事もありましたので、トレセン学園に戻り次第映像を確認しようかと思います」
「その向上心が強さの秘訣ですね。次のレースは決まっていますでしょうか?」
「それは…」
「是非ともティアラ路線に!無敗トリプルティアラも夢じゃありません!」
「マイル戦線は如何でしょうか⁈その素晴らしいスピードを遺憾無く発揮して下さい!」
「ここは王道のクラシック路線でしょう!長距離も問題ないとの事なのでその強さの証明に!」
「凱旋門賞も視野に入れているとの事でしたが挑戦するのでしょうか⁈日本の悲願を目指しませんか!」
「今年度より発足したアスリート養成プログラムにご興味はありませんか!様々な分野に挑戦でき、今後のキャリアにも繋がります!」
「「「「「『セレーネグリマー』さん‼︎」」」」」
「私の好きなように走らせろぉ‼︎」
私、『ムラクモヒメ』は普段は優等生で声の荒げることのないルームメイトのグリちゃんこと『セレーネグリマー』の付き添いで、トレセン学園の敷地内のとある場所にある切り株、通称『大樹のウロ』に来ています
この場所はトレセン学園生が誰にも言えない事、知られたくない事、レースで負けた悔しさ、怒りなどを切り株に向かって大声で発散する場所として脈々と伝わっている場所です
本来一人で来るような場所なのですが、未だ無敗を誇るグリちゃんがこのレースで負けたウマ娘が来やすい場所で鉢合わせするとやっかみやトラブルになる事を危惧して、私が周辺の立ち入りを牽制していました
「…お待たせ、ヒメちゃん…」
「…まだ何か叫んだ方がいいんじゃないかな?」
「…大丈夫。そもそも私が優柔不断でどう走るか決めてないのが問題だし…」
「トレーナーさんには?」
「『君の望むように走るべき』って。色々アドバイスは貰ったし走らなくてもいいとも言ってくれたけどぉ…」
耳も尻尾も元気なく落ちているグリちゃんを見るのは初めてです
近年稀にみる強さを持ち、更には見目麗しいのも相まって、レース場ではメイクデビューから今に至るまで例年よりも客員が観測されたそうです
これを受けて各路線でのグリちゃん争奪戦が繰り広げられ、メディアにも動向が注目されて迂闊に出歩くと取り囲まれる始末
「流石にそろそろ決めないと…トレーニングの方針も無難にしか出来ないしレース場の対策も滞ってるし…」
「…憧れの先輩とか、印象に残ってるレースとかがあればそこを目指すとか?」
「うぅ…小さい時はただ漠然と『勝ちたい』、で走ってたからなぁ…ヒメちゃんは?」
「私は…その、『弱いままが嫌だった』…から?かな?」
「…もう一度トレーナーさんと話し合ってみる」
「…そうだね」
二月中旬
立春を過ぎて少しづつ温かさを感じ始め、春一番も観測された今日この頃
私は電車を乗り継ぎ、去年の『
【ウマ娘トレーニングサポーター】の契約更新をするにあたり、本来書面でのやり取りだけで済む事ではあったが、実際に契約したのは本来この世界に存在していた(であろう)『私』であって、この世界の住人ではなかった私にとっては初めての事なので、無理を言って対面で行うことにした
今現在はカフェテリアで
「やぁやぁ初めまして、僕はサポート科に在籍している『ナインティメモリー』というものだ。よろしく」
灰色のパーカーに白衣を着た、見知らぬウマ娘が目の前に座ってきた
「…何か御用でしょうか」
「いやぁ、トレセン学園に導入されたAI、『三女神』が推薦したというサポーターがトレセン学園に来ると聞いてね?是非ともデータを取らせて欲しいんだ。あ、何も怪しい薬を飲めとかでは無いよ?僕はアグネス氏ではないし、そもそも専門は『ウマソウル』に関する事だからね。所で君はこのカフェテリアで何を注文したのかな?」
「…ホットコーヒーです…」
「ふむふむ、成程、定番のチョイスだミルクや砂糖は入れるのかい?」
「…気分によって変えます。これで何か判るんですか?」
「分からない事が多いさ、しかし魂という形に出来ないものを観測しようとするのならばひたすらに共通点を探したり相違点を比べたりする必要があってね?本当なら何百項にも及ぶ質問に答えて欲しいところだが…あぁ、メールで後日送ってもらえないかな?相応の謝礼は贈ろう、これが連絡先だ」
そう言って名刺を差し出され、社会人の癖で受け取ってしまう
「後でメールをよろしく。ところで君は『ウマソウル』に興味はないかい?サポーター制度で関わる以上、ウマ娘の身体能力の成長にも影響があるこの要素は理解した方がいいと思うが…」
「…まぁ、『
「そうだろうそうだろう、僕もトレセン学園に入る前から『ウマソウル』というものに興味を持ってね?数多のウマ娘の特徴を細かく記録したり、僕自身が実際にティアラ路線に挑戦してみたりね」
「…えっ?」
「本格化を終えた後もサポート科で思う存分研究してもいいって言われて喜んで飛びついたのさ、何せ日本中のウマ娘の情報が集まる上にトレーナーとウマ娘の絆によってより力を発揮できるという精神論や根性論を間近に見れる場所だ、ウマソウルの研究にはもってこいだね。更にはウマ娘の限界スピードに挑み続けたり奇抜なトレーニングの効果を大真面目に精査したり究極の料理やスイーツなどを追い求めたりリハビリに効果がある温泉の成分を自作の入浴剤で再現しようとしたりね、楽しい事がいっぱいだよ?」
「な、なるほど」
早口で言葉を並び立てる彼女に圧倒されていると、少しオシャレなカップとソーサーに入ったホットコーヒーが届いた
ジッとこちらを観察するような視線を受けて疲れた精神を落ち着かせるべく、コーヒーに視線を移してゆっくりと最初の一口を啜った
「ところで…君は何故ティアラの名を出した時、
「っ⁉︎」
置こうとしたカップが、ソーサーにぶつかってガチャリと音を立てた
「僕は常々疑問なのだがね?『日本ダービー』と『オークス』の違いとは何なんだろうね?同じ東京レース場、距離も同じ、違うのは開催時期ぐらい、しかしそれも一週間ほどの差しかない…それなのにクラシック路線とティアラ路線とで区別される。まぁ中長距離路線グループとマイル、中距離路線グループで走るメンバーで分けられたのが一説だが…それならばマイルと中距離が得意なのにクラシック路線に拘るのは何故なのか、ティアラ路線からクラシック路線に挑戦したウマ娘が居るのにその逆はどうなのか、気になるんだよねぇ…」
「…その道に、憧れたからじゃないか?」
どうにか言葉を絞り出す
正直、右耳に目がいった理由は明かさない方がいい気がした
『ウマソウル』の元となり、性別に関わるこの要素は知らない方がいいと思うし、何故そんな事を知っているのかという追求がくるだろう
「まぁそれも否定できない、けれど納得が出来ないんだよ、日頃細かな特徴を記録していくなかで、とある選択で『A』と『B』の双方に差がない場合、大抵の事はほぼ
「とんでも無く低確率で出走者が左耳寄りだったのでは?」
「ゼロじゃないけどね、ならば、日頃体調管理を怠らず、ルーティーンに従って生活をしていたのにも関わらず、ティアラ路線のレース当日に体調を崩して走れなくなったのは何故か?ジンクスという非科学的要素すら当てにして耳飾りを左耳にしても出走にまで漕ぎ着けれなかったのは何故か?」
「…」
「そこで『ウマソウル』という物が密接に関係しているのではないかと疑っていてね…あぁ脱線してしまった。それで、君は何故…右耳の耳飾りを見たんだい?」
喉が酷く乾く
テーブルから身を乗り出して、こちらの顔を覗き込んでいくるウマ娘から眼を離す事が出来ずにいる
時間の流れが酷く遅く感じ、この場から逃げ出したい衝動に駆られていると…
「ナニ迷惑かけてんだ、コラ」
目の前のウマ娘が何者かによって横から突き飛ばされた
「イッッッタイじゃないか‼︎いきなり何をする‼︎」
「こっちの客人にナニしようとしてやがる」
「失礼な!『ウマソウル』に関する新たな視点を聞き出そうとしているだけだ!」
「問い詰める、の間違いだろ?とにかくこれから用事があるから終いだ終い」
そう言って突然の襲撃者は、私の手を取って歩き出した
(コーヒーは先払い、殆ど飲めなかったが)
「質問の回答のために連絡を宜しく頼むよぉ‼︎」
「ちっとは遠慮しろよ⁈そんなんだからサポート科が変な目で見られてんだよ!」
「まぁ事故にでも遭ったと思って諦めろ」
「は、はぁ」
クローバーレースが所属するチーム『モサラー』の部屋で先ほど助けて貰ったウマ娘と向かい合って紅茶を飲んでいる
「ちゃんと挨拶した事は無かったな、ダートメインで走っている『ゲートスラッシュ』だ」
「ど、どうも」
「…トレーナーはもう直ぐ来るから待ってな」
そう言って彼女は自分のカップを持って席を立とうとする
「え、いや、座ってても良いですよ?」
「…あんま気にしねぇのか?こんなんだぞ?」
前髪を上に上げながら彼女は言う
鋭さを感じさせる髪型に睨みつけるような眼、強い口調に強気な態度、そして隠れていた額に斜めに入った一本線の深い傷跡
平穏に生きていた私にとっては関わることの無かったどこかアウトローな雰囲気を出す彼女だが、助けられた事もあり無碍にはしたくない
そもそもチーム練習に参加した時に、真面目に練習しているのを知っているし、トレーナーと真剣に話し合っているのも知っている
「気にしませんよ、怖くないってわかっているので」
「…そ。スマホは弄らせて貰うぜ、サポート科で使う資料を纏めるんだ」
「ええ、どうぞ」
「お疲れ様です!あ、〇〇さんちょうど良かった、遅くなったけどバレンタインのプレぜントです!」
「ありがとう」
「鍋パの時お土産ありがとうございました!シュシュ先輩にもお裾分けです!」
「『シュシュ』呼びは止めい」
「えー?」
この後、クローバーレースから貰ったお菓子を摘みつつ、クローバーレースが話を回し、私が相槌をうち、ゲートスラッシュが横で聞き流して三橋トレーナーを待った
メモリーが居ると文字数が嵩む…