高速で流れる街並みを、新幹線の窓際の席で頰に手を突きながら眺めて物思いにふける
学生にとって3月のイベントとは、卒業式だ
在校生も卒業生も一緒に校歌斉唱、卒業証書の授与、などの予行練習を行い卒業式の日を迎える
ウマ娘の養成機関の最高峰、トレセン学園でも当然卒業式が行われる
しかし、ウマ娘には『本格化』という現象がある
この『本格化』の始まる時期はウマ娘によってバラバラで、同じ時期に入学しても『本格化』が入学後すぐの中等部初期、高等部の初期となる事もよくある
極端な例だと小学生から『本格化』の兆候が現れ、トレセン学園へ飛び級する者も現れたり、逆に高等部のカリキュラムの殆どを消化してから『本格化』を迎えた例もある(その者は学園に所属しつつも、授業ではなく資格の勉強や大学課程の通信教育、職業訓練をおこなう事が多い)
では一般的な人間で言う高等部の卒業時期に『本格化』が重なり、レースに出場し続けているウマ娘はどうなるのか
答えは卒業せずにそのまま在籍、である
そして本格化が終わった後に改めて大学受験、もしくは就職活動をして次年度にて卒業である
(大変珍しいケースだとサポート科に移り、そのまま研究員兼スタッフとして学園に居続けるへんた…奇特な奴等もいる)
その為、同時期に入学した同期と別々に卒業式を行う事もあり
または、先輩後輩と同時期に卒業する事もあるので、トレセン学園内での卒業式は簡素に行われる
その代わり、所属チームで卒業ライブを実行して派手に卒業生を送る事が多い
また、歴史に名を刻むような活躍をしたウマ娘は何処かの
(これは3月だけでなく、卒業を決めた次の月で行われるケースをある)
外が暗くなり、鏡と化した窓ガラスに映る自分の顔を見る
額に斜めに走った古い傷跡、その原因となった事故の記憶が頭の中で呼び起こされた
母の母、つまり自分にとっての祖母は教師であった
田舎の小学校でやんちゃで力強いウマ娘を纏めたクラスを担当していた
(自分が物心ついた時には定年退職していたが)
勉強はもちろんの事、URA(Uma-musume Racing Association)が立ち上がったことにより徐々に発展してきたレースとウイニングライブをノウハウが無い中手探りながらも教えていた
スターティングゲートでのスタートの練習もあった
人数が少ない学校用に作られた一人用のゲートに子供達が入って、ゲートを開くと同時に元気よく飛び出していったとは祖母の話
祖母の定年退職時、ゲートの新調と共に御役御免となったゲートを譲り受けて自宅の庭に設置した
大きな音と共に開かれるゲートは子供にとって興味の対象となる
自分もご多分に漏れず使わせて欲しいとせがんだ
外から見ているだけでは分からなかった
自分が『ゲート難』待ちでパニックに陥りやすいなんて事実は
意気揚々とゲートに入って狭い鉄の箱に閉じ込められて、言いようもない不安感に襲われて、気がつけばギャンギャン泣いて暴れ出していた
祖母と母親に抑えられて宥められて、ようやく落ち着いた時には自分も母も祖母も、ぶつけて切った事で自分の額から流れた血で汚れ、三人とも地面に膝をついて荒い息を吐いていた
病院で傷を縫い終わった後、血相を変えて駆けつけた父は祖母を責め立てた
やれ、娘の顔に傷を付けるとは何事かと
何故そこで祖母を責めるのか
何度も何度もゲートに入ってみたいと強く強請ったのは自分だ
暴れだして額に傷を負ったのは自分がやった事なのに、祖母も母も身体に内出血ができていたと言うのに
大好きだった祖母が父に頭を下げるのが嫌で苦しくてムカついて、父を殴ろうとする子供だった自分を、母が必死に止めてくれた
その日から、この傷が自分にとって誇れる物であるようにレースの世界を志した
傷を囃し立てる者も
模擬レースでも選抜レースでも上手くいかず、ライブの練習などした事なく上手くいかった自分は、八つ当たり気味に周囲を威圧しまくって孤立していった
「ライブの練習、一緒にしない?」
そう声をかけられたのは一つ上のふんわりと笑う先輩であった
聞けばトレーナーと練習をしている時、一人音楽をかけて踊る練習をしていたのを見つけたので気になったとのこと
「…しない」
「じゃあ私のライブの特訓に付き合って下さい、そして意見を下さい!特に音程!」
「………容赦なくダメ出しすんぞ」
「ありがとう!やっぱり良い子だね君は!」
この後も距離を取ろうとしても尚踏み込んでくる先輩に根負けして、手を引かれてトレーナーに紹介されて、同じチームに入った
先輩であった『ポムフルール』は誰にでも押しが強いわけではない
しかし、なぜか自分に対してはやたらと構いたがる
何故こんなにも構うのかと聞いてみると、『何となく?』だとか『勘?』だとか『ウマソウル?のせい』と、要領を得ない
傷のことも聞いてみたが、『貴女が優しいから気にならない』と言われ、抵抗するのを諦めた
この後も、チームメンバーが一人増え、二人増えと騒がしくなっていったが、自分に対してだけは後輩よりも遠慮がなかった気がする
そんな
父が運転する車の後部座席に座り、スマホを操作する
彼女の卒業ライブの日程が決まったことがLANE(無料SNSアプリ)で共有され、具体的なセットリストと立ち位置などの詳細データをスマホに落とす
「もうすぐ着くぞ」
「…ん」
子供の頃はやたらと目の敵にしたが、流石にこの歳になってまで引き摺ったりはしない
あの時だって父は自分の事を考えての発言と理解している
「傷は隠さなくて良いのか?」
父がクツクツと忍び笑いをしながら問いかけてくる
「昔ならともかく、今は
「怖がられて見えないところで落ち込んでたのにな」
「ぅるっせぇ」
目付きが悪いのも相まって涙目にさせたのも昔の話
今は
「最後に会ったのは…温泉旅行の時か」
「メインはコッチの重賞レースの応援だったろうが」
「まさか勝つなんてな」
「まさかじゃねぇ、実力だ実力」
自分の重賞の時、父はレース会場まで母と祖母を車に乗せて応援に来た
自分だって仕事が忙しい癖に、娘の晴れ舞台だからと頭を下げて回ったとは母の談
ウィニングライブでは額の傷を臆面なく曝け出した
恥じることなど一つも無い
父も母も祖母も、こちらに向かってライトを振っているのがよく見えた
レース後は近くの温泉地で二泊三日の宿泊をした
代々温泉好きな血が流れていた三人のウマ娘に振り回されて父は苦労しただろう
また、時間が取れたら何処かの温泉街に行こう
祖母にそう約束したのが帰り際
祖母は心からの笑顔だった
目的地に辿り着き、祖母を目の前にして静かに両手を合わせる
「ただいま、ばあちゃん」