私は生まれ育った小さな町で一番速いウマ娘でした
地元のウマ娘の子ども達に走りを指導する教室で推薦され、トレセン学園の試験を受けて合格通知を手にした時は、親戚みんな集まったお祝いをしてくれました
重賞、そしていつかG1の栄光を
そんな事を夢見た私は、トレセン学園では溢れるほど居る一人のウマ娘でしかありませんでした
トレセン学園の駐車場にて、学園から借りた学園のロゴ入りの車の周りに
「リストチェック」
「全項目OK、全部積み終わってるッス」
「よし、全員居るわね」
「はーい」「ハイ!」「ハイッス」「はい」「…おう」
「じゃあ『ポムフルール』の卒業ライブの会場にいくわよ」
「一番後ろは貰うぞ、そして寝させてもらう」
「ルル先輩は二列目の真ん中にしましょう!わたしはその右」
「ワタクシは左側ですわ!」
「ずるいッス!自分も座りたいッス!」
「道案内の都合もあるから助手席なの、ごめんね?」
「「「えぇー⁉︎」」」
「早く車に乗りなさい、出るわよ」
「でも本当にいいんですか?ルル先輩の為のライブなのに私たちもセンターに立っていいだなんて」
「いいの。それに、皆んなが歌っている所も見たかったから」
「お客さんが少ないからって気を抜いて失敗したら、暫くの間練習はライブ特訓よ?」
期待に胸を膨らませた学園生活一年目は気楽でした
クラスの皆んなで夢を語り合い、トレセン近くの美味しいスイーツに心奪われたり、先輩の方の熱いレースに憧れたり、本格化が始まった同期入学者を羨ましく思ったり、選抜レースでトレーナーが付かなかった者同士で残念会を開いたり
しかし、良い結果を出せずトレーナーが付くこともなく地方へと移る者、無理なトレーニングで大怪我をしてしまいアスリートとしての道を断たれた者、早くから本格化して周りとの差に心を折られ、退学する者が居ると
先輩方から聞いた、華やかな学園生活のイメージの裏側を聞かされた時にはまだ、心の何処かで信じきれてはいませんでした
「車のナビもあるから寝てても良いのよ?」
朝早くから出発したのもあって、可愛い後輩達が喋り疲れて静かになった車内でトレーナーさんが勧めてくれましたが、首を振って断りました
「私はトレーナーさんとお話したいですね」
「そう。…何を話そうかしら」
「初めて会った時の話でもします?」
三橋トレーナーは難関と名高いトレーナー試験を若くして突破したすごい人です
初めはチーム《モサラー》の前任のトレーナーの元でサブトレーナーとして下積みをしていたのですが、前任が共にG1レースを勝利したウマ娘の卒業を見届けると突如引退を宣言
引き継ぎを終えたときにはチーム《モサラー》には三橋トレーナーと卒業間近なシニア級のウマ娘が一人だけの状況に放り出されてトレーナー業に奔走する羽目になったそうです
そしてチームメンバーの最後の一人が居なくなった翌年、スカウト作業と担当ウマ娘が出来るまでの繋ぎの仕事として新入生向けのライブ指導教官としていたトレーナーに、特訓のお願いをしたのが知り合ったキッカケでした
その後も何度かお世話になって、互いに人となりを知って
ポツリと、恐る恐る、問いかけてきたトレーナーのチーム加入のお誘いに乗ったのでした
「音をよく外してたあの頃と比べて歌うのが上手くなったわね?」
「あまりからかわないで下さいっ!」
後ろで眠る後輩たちを起こさないように声量を落として抗議する、少し顔が熱い
自分でも下手だとは思っていました
友人たちの少し優しげな眼はよく覚えています
結果的にトレーナーと会えた事になったので笑い話にはなりましたが
「私はまだ頼れる先輩で居たいんですっ!過去の失敗は掘り起こさないで下さい」
「はいはい」
規則正しく呼吸を行う後輩たちを少し見て、聞かれて無いことを確認して胸をなでおろします
私がチーム《モサラー》に入って、ライブ練習に熱心だった『ゲートスラッシュ』を引っ張ってきて、先輩と慕ってくれる《スノウエンゼル》、《クローバーレース》、《スピッツチアー》が所属して、チームが賑やかになりました
そのうち私にも本格化が始まって、選抜レースに挑むことになって、輝かしい蹄跡を刻むことを夢見てトレーニングに打ち込んで
自分は主役ではないことを、嫌でも解らされました
私の育った小学校の体育館で学園から貸し出されたライブ衣装を着た私は、舞台袖にある小窓から今日集まってくれたファン(8割方身内や地元の知り合い)を覗いていました
「じ、自分がルル先輩休憩中のMCって大丈夫ッスかね?!」
「あぁぁ?!ちょっと心臓バクバクしてきたんだけど?!」
「落ち着く、落ち着くんですの。ワタクシ、デビュー戦でも歌ったではありませんか、だから大丈夫ですの」
「阿鼻叫喚じゃねぇか…」
「全く、まず深呼吸しなさいアンタ達。機材のチェックをするわよ」
三橋トレーナーが手早くウマ娘用の小型スピーカーを私達に取り付けます
ライブ中でスタッフからの指示を受け取るための物で、それぞれの髪の色に合わせて目立たなくしています
「何度も何度も練習したじゃない、身体に染み付くレベルで。大丈夫よ、積み重ねてきたものはそう簡単に崩れはしないわ」
「いざとなったら三橋トレーナーに踊ってもらおうぜ、監督責任として」
「『ゲートスラッシュ』、その時は貴女も道連れよ、抜けた穴を『ぴょいっと♪はれるや!』に変更して」
「自爆テロはやめろぉ?!滑り台なんかしている所なんざ見たくも見られたくもねぇよ?!」
トレーナーとスラッシュの軽口で、少し後輩たちの緊張が和らいだ気がします
なんだかんだ後輩を気に掛けるスラッシュを見て微笑ましく感じます
「そろそろ時間だし、円陣でも組もうかしら。ほら集まりなさい」
「円陣ねぇ…分かってる分かってる、やらねぇとは言ってないだろ」
「では行きますわよ、最初の『うまぴょい伝説』!頑張っていきましょう!」
「掛け声お願いするッス!ルル先輩!」
「…行くよ、皆んな。トレセーン、ファイッ‼︎」
「「「「オーッ!!」」」」
頂の冠の数は数あれど、実情は一握りの有力なウマ娘同士の奪い合い
そもそも重賞レースに出れるだけでも上澄みに分類される
レースで一度も勝てないのが大半なのだ
身も心も擦り減らしても尚続く戦いの日々に着いていけなくなったウマ娘は、自身の夢を諦めて消えていく事も珍しくなくて
一緒に目指そうと言った隣人を、結果的に自らの手で突き落とした事もあって
走り続けて、なお、近づけない栄冠の輝きは
いつしか眩しくて疎ましくて眼を背けたくなっていきました
歌いたくても歌えなかったあの歌
バックダンサーとしてしか踊れなかったあの曲
今、私だけの為のステージで披露することが出来ても
心の中に虚しさを感じ、笑顔に影を落とす
涙がでそうだ
私は重賞を勝つことが出来なかった
そもそも挑むことさえ出来なかった
ファンの、地元の皆んなの期待に応えることが出来なかった
応援に来てくれたのに悲しい顔をさせてばかり
トレーナーに悔しい想いばかりさせてしまった
トレーナーの「ライブの指導だけは一流」なんて心無い評価も覆せなかった
視界が滲んできた
惨めで、情けなくて、悔しくて、不甲斐なくて、期待に応えたくても失敗して、勝ちたくても勝てなくて、相手の見る目が怖くなって、失望されるのが怖くなって
でももう、レースで取り返すことも覆すことも、もうできない
本格化のピークもとうに終わった
私が走ってきた意味とは何だったのだろうか
いつの間にかセットリストを消化して、ライブは終盤に入っていました
しかし、このままライブを続けられそうにありませんでした
「トレーナー、私…歌えそうに無いです…」
チームメンバーによるソロが行われている中、私はファンの皆んなに無様な姿を晒すのが嫌でトレーナーにそう懇願します
それを聞いたトレーナーは何か指示を出し、私の両手を取りました
「ゆっくりで良いから、聞かせて頂戴」
理由を、という事だろう
当然でしょう
主役な筈の私が急にポイコットだなんて
「歌おうとしても、歌いたくなくなって、身体も、皆んなの前に出れなくて」
「えぇ」
「それに、ファンから『夢をありがとう』だなんて言われて、私は、何一つ持ち帰れなかったのに」
「えぇ」
「ライブ、したくないです。こんな私じゃあ、何も…」
「…えぇ、でも、ちょっとステージを覗いてからにしましょう?」
そう言ったトレーナーに手を引かれ、外から見られない舞台のギリギリまで近づく
曲が終わって『
「…それでルル先輩が未勝利戦で勝った時のライブは全力でサイリウム振りましたよ!」
「ルル先輩よりも、自分たちの方がはしゃいでいたッスねぇ」
「後その横断幕!居ましたよね?掲げてましたよね?!」
「おうっ!全レースを持ち回りで持ち寄って掲げたぜ!しかもその日の担当が俺だったから帰ってきた時の皆んなの歓迎が手荒くてなぁ!!」
「そりゃそーだ!!こっちだって現地でセンターで歌うとこ見たかったわ!!」
私の名前が書かれた、可愛らしい横断幕が見えた
何度も負けたレース後のLIVEで、何度もバックダンサーを務めた私に向けた横断幕がそこにあった
「でもバックダンサーだとしても腐らずに踊ったルルちゃんもカッコ良かった!背筋をピンっと伸ばしてな?」
「例え負けたとしても前を向いてまた挑むルルちゃんは俺等のヒーローよ!!」
「いつもチームみんなのお茶とか用意してくれたり、勉強もよく見てもらってました!」
「自分もライブ練習でよくセンターの動きを見てもらってたッス!」
皆んな、笑顔だった
私の良い所を、手放しに褒め称えて
負け続けてた日も、何度もレース場まで足を運んで
そして今日だって、こんな私なのに来てくれた
本当に情けない
言ったじゃないか、頼れる先輩でいたい、と
私は最後の晴れ舞台を台無しにする気か
私は仲間たちの献身を無駄にする気か
私はトレーナーの顔に泥を塗る気か
私はファンの想いを投げ出す気か
「…トレー…ナー…」
「…ん」
「わた、し、行き、ます」
「…えぇ、まずは深呼吸してから行きましょう?」
ライブも、終わりに近づいた
歌える
踊れる
頭の中がぐちゃぐちゃでも、
私に根付いた積み重ねがあるから
「トレーナー、最後に一つ、我儘を言っていいかな?」
アンコールで歌う曲を、急遽リクエストする
突然の変更でも、皆んな、笑顔で了承してくれた
最後の気力を振り絞ってアンコールに応える
音程を無視して魂で叫ぶ
「トレセーンッ‼︎‼︎ファイッ‼︎‼︎」
皆んな、涙を滲ませていた
私もまた、涙が頬を伝った
でも、体は動く、声が出る
「ずっとずっとずっとずっと想い 夢はきっと叶うから‼︎」
私は叶わなかった、それでも
夢は夢のまま、終わらせないように
夢なんて叶わない、と諦めないように
願う
いつか大舞台を走る、あの娘達の背に届けと
叫ぶ
いつか挫けそうになる、あの娘達に聞こえるように
走れ、勝利へと
「雨も風も超え雲も闇を超え願い焦がれ走れっ‼︎」
Don’t stop! No, don’t stop ’til finish!!
私は、あの子達に
ーーー夢を託す